第1712話 大人の虫取り大作戦
ルシファーに乗り花畑の頭上を進むと、さすがに一瞬でその終端へと行きつく。
いかに種を持つ蝶が大量に発生したとはいえ、まだまだこの星を、大陸を花で埋め尽くすには遠く及ばない。
目指しているであろうティティーの新たな海にすら届いておらず、惑星レベルの開拓という作戦の難しさ壮大さを、よく表しているようだった。
「これが、海にまで届いたらどうなるんだ? 結局?」
「さー? でもどうせ、ロクなことにはならないですよー」
「うん。まあね。それは正直同意する」
神様が強引に事を進めて、今までロクな事だったためしがない。その辺は、嫌な信頼感が出来上がってしまっていた。
「うーん。海の中に、花でも咲かせてあげたいんかな!」
「そ、それはすてきなお話ですが……」
「それならユキ? なにもわざわざ花畑を接続しなくてもいいでしょうに」
「そかそか。んー。海に飛んでくまで、蝶が届かないとか。だから地道に道を」
「そもそも届いたところで、さすがに海の中で咲くのかな? いや、可能性はあるか……」
人間が呼吸できるような物理法則に改変されているくらいだ。花だっていけるかも知れない。
それに、もし無理だったとしても、そこは新たに翡翠が花の遺伝子を海に適応するよう弄ってやればいいだけの話だ。
「まあー、殺風景な海にお花を添えてやろうっていじらしい計画じゃーないと思いますけどー。海に『接続する』ってのは考えられそうですねー」
「というと、どういう事かしらカナリー?」
「あの土地は『流刑地』なんて言われてるようにー、ゲームエリアの外じゃないですかー。つまり魔力が、無いんですねー」
「確かにそうです! “えぬぴーしー”さんたちは、魔力が無くって大丈夫なのでしょうか!」
「彼らは、というかあのゲーム自体が、魔力をほとんど使わず推定ダークマターのエネルギーで動いているからね。活動に支障はないみたいだ。ただ」
「確かそれでも、ほんのちょっとは魔力使うんだよね?」
「うん。ユキの言う通り。どうしても必ず、魔力を消費するのがスキル発動の瞬間とかに存在する。起動コストとでも言えばいいのか」
「エンジンの点火の際には、必ずオイルを使うみたいなもんですかねー? まわしちゃえば、あとはしばらく持つんですけどねー?」
「それはどういう例えなのカナリー……?」
前時代の例えは、エーテル世代には通じず定期的にショックを受けるカナリーとそしてついでにハルなのだった。
「まあ、例えはともかく、このままではNPCの体に蓄えられている魔力を食いつぶすしかない。だからその対策として、この花の道を繋げようとしているって可能性は、あるにはある」
「なるほど! お花は隣同士で接続して、連鎖的にアレキ様の支配地から魔力を引っ張って魔法を発動しているのですものね! その機能を使って、遠くの海にも必要な魔力を届けられるのかも知れません!」
「あっ、そかそか」
「……そう聞くと確かに、納得できる気もする、わね? 北の大陸全土を魔力で覆い尽くすよりも、よっぽど楽でしょうし」
「しかしですねー。その理屈でも問題はありますー」
そう、『一応納得できる』というだけで、この理屈には穴がある。
それは、翡翠は独断で強引にこの作戦を実行しているという部分だ。
「遠隔地への魔力提供が目的ならば、アレキがキレる理由がないんですよー。円滑なゲーム進行のためですからねー」
「確かにそうね? 運営全体の合意の下に、行われている行為のはずだわ?」
「ですよー?」
「だとしたら、翡翠様がわざわざ海を目指す理由は……」
「まあー、そこは直接聞いてみましょうかー。ほらー、またあいつの使い魔が来ましたよー」
使い魔、などという呼び名には似つかわしくなさそうな、美しい翅を持つ蝶の群れ。
それが今まさに道の北端であるこの地を目指し、南方、つまりゲームフィールドのある土地から飛来してきた。
照り付ける日差しをその青い羽が反射して、空中にプリズムでもまき散らしたかのように幻想的な輝きを放っている。
それを待ち受けるかのようにルシファーも、その十二枚の翼からエーテルの粒子をとめどなく放出し、神々しい乱反射する輝きを宙に彩って道を塞ぐ。
二つの輝きが交錯するその結果は、果たして。
*
「さてー。どーしますハルさんー。このまままた種を植えさせて、観察しますかー?」
「いや。大人しく通してやる義理はない。というか観察したところで、何が分かるとも思えないしね……」
「ですねー」
蝶が種を植え、その身を花の礎とする場面は既に十分に観察した。
内部で何が起こっているかはよく分かったものの、翡翠の目的に関しては謎のままだ。これ以上同じものを繰り返し観察する意義は薄いといえる。
それよりも、明らかな目的と思われる海との接続。その完遂までの道のりを進ませてしまう方がまずそうだ。
「なのでここで通行止めにする。悪いがこれ以上、この先には進ませない」
「よっしゃ! 蝶狩りの時間じゃ!」
「虫取り、ですね……! ヨイヤミちゃんを、連れて来るべきでしたか……!」
蝶の群れを見るたび元気に捕まえたがっていた少女の顔を、思い出すハルたち一行。
しかし、今はそうのんきに構えている場合ではない。悪いが捕るならもっと、普通の虫にしてもらおう。
「来ました! すごい数です!」
ルシファーのコックピット内で、レーダーに映る膨大な数の虫をハルたちは補足する。
よくもまあこれだけの数、揃えに揃えたものである。疑似細胞というものは、本当に無限に生産できるとでもいうのだろうか?
「とはいえまあ、一匹一匹はただの虫だ。多少丈夫なようだけど、別に攻撃力が高い訳でもない」
「どーするハル君。焼き払っちゃう?」
「うーん……、それでもいいんだけど、綺麗な花畑と綺麗な蝶を火器で吹き飛ばす巨大兵器って図が、どうも……」
「どう見ても悪役のそれよね?」
「平和を破壊する、象徴なのです!」
「という訳で足止め程度にする」
「日和りよって! ハル君のくせに、いまさら! でもまあ気持ちは分かる!」
このままでは、この映像を見た正義の主人公が乗るロボにやられてしまうだろう。
……まあ、本気でそんな事を心配している訳ではないのだが、とりあえずまずは様子見として、蝶が新たな『道』を植え付ける事が出来ないように、ルシファーは花畑と荒野の境界を封鎖していく。
「どうするのかしら?」
「スモークを散布しますー。もちろんただの煙じゃなくて、全てが高濃度のエーテルですよー?」
「わたくしたちの『無尽増殖』によって、ルシファーのおなかの中でどんどん作られるのです!」
「うわぁー。エーテルって、日本じゃどこにでも有るって言うけど。だからってこうして視認することなんてほぼ無いよねー」
「生産性に関して、私たちも人のことを言えたものではないわね……?」
まったくその通りである。生み出すのがエーテルか疑似細胞かの違いだけで、ほぼ無尽蔵に量産し放題なのはハルたちも同じ。
そんな、本来は存在を知覚する事などないはずのエーテルの粒子が、霧のように雲のようになりルシファーの翼から放出される。
この恐ろしい程の高濃度となった白いエーテルの大気は、当然、視界を塞ぐだけではない。
術者次第でありとあらゆる機能を持たせられる万能の触媒であり、防壁でもあり同時に陣地だった。
「とりあえず飛行能力を奪う。このエーテルの雲の中に入ったら、いくら羽ばたこうが絶対に浮力は得られない」
「水の中だったらと思うと、ぞっとするのです!」
「浄化槽か何かかな?」
当然ながら蝶の移動手段は、その美しい翅による飛行だ。単純にそれを奪ってしまえば、彼らはもう目的地には辿り着けない。
愚直に北を目指して、疑うことなくその雲の中に突入する蝶たち。これがただの水滴だったなら、問題なく突破されてしまったのだろう。
「おー。すごいね。ぼとぼと落ちとる。毒ガスでも浴びせたみたいだ」
「人聞きが悪いよユキ。単に羽ばたいても、飛べなくなっただけ。誰が悪いかというならば、重力が悪い」
「今なら拾い放題ね?」
「だめですよールナさんー? そんな面白みのない体験じゃ、ヨイヤミちゃんは満足しませんよー?」
「むつかしいのね……」
次々と霧へと突入し、次々と墜落していく蝶たち。その身体が積み重なり次第に、地面に咲く花の上に山のように折り重なって行った。
今なら確かにつかみ取りし放題だが、そんなものを虫取りとヨイヤミは認めなさそうだ。
「あっ! 蝶のみなさん、霧に入るのを止めたみたいです! 迂回、する気でしょうか!」
「知能があるというのか。蝶のくせに生意気な」
「まあ、操作者が居るのでしょうけど……」
しかしその迂回のための進路も、当然塞いでしまう。まさに、一網打尽。
そうしてなんとも簡単に、これ以上の花畑の伸長を防止できたと思ったのも束の間、蝶たちの周囲に変化が起きる。
なんと、ハルたちは何の設定変更もしていないというのにも関わらず、霧の中の蝶が、徐々に浮力を取り戻しているのであった。
ハッキングによる無効化ではない。魔法を使って<飛行>してる訳でもない。
いうなれば、物理法則そのものが、また書き換えられているかのように。
※誤字修正を行いました。「その中に舞の」→「その十二枚の」。また妙なミスをしてしまい申し訳ありません。誤字報告、ありがとうございました。




