第1710話 真の未開拓の地へ
ひとまず害はないものの、なにしろ不気味。そんな発光花の大群は既に、このゲームフィールド上を埋め尽くしていた。
今やゲーム内の何処に行っても、そこが誰の領地であっても、この美しく咲き誇る花を確認できない場所はない。
昼間はこの夏の太陽に照らされ燦々と鮮やかな色彩で花弁を輝かせ、夜は逆に自ら光を放つことにより、優しく柔らかな光で周囲を彩っている。
それ自体は別に悪くない事ではあるし、この花の量の多さも一種のイベントと思えば納得しそうだが、これが常態化するとなれば話は別だ。
「なにせ同じ花だしね、全て。幸い色は様々だから、すぐ飽きるって事はないだろうけど」
「ですがー。こう何処を向いてもお花畑ってのも、なんだかですねー」
「まるで開発者の頭の中を表現しているかのようですわ?」
「そうに違いありませんよー?」
「気付いたら悪口言ってるのやめよう?」
カナリーもアメジストも、この力の限り花をばら撒く翡翠のゴリ押しに呆れ気味だ。まあ、ハルも正直、これはやりすぎだとは思う。
「とはいえ、彼女の目的から考えるとこうなるのも必然だったとも言える。なにせ彼女の実験には、ひたすらに規模が必要だ」
「あれですねー。人間以外であっても魔法を使わせる事で、魔力の発生を促せる可能性があるというー」
「うん。それを確認する為には、ひたすらに規模が必要だろうからね」
「一つ一つの花は小さくても、これだけ集めれば観測可能な数値になりますかー」
「正気とは思えませんわね? もしこの研究が実を結んだとしても、それがなんだというのでしょう? 単体では有意なデータを確認できない、微小なレベルの魔力なのですから」
「まあー、積み重なったところで、雀の涙でしょうねー」
「ええ。それなら地球人一人さらって来た方が、コスト的にもリターン的にもずっとマシですわ」
「小数点以下数桁の超低確率はー、何回回そうとも当たりませんからねー」
「カナリーちゃん。それは何か違う。というか君はその確率を設定する側だろうに……」
「まあ私は当てちゃうんですけどねー」
「ユーザーが聞いたらキレますわ?」
とはいえ、彼女らの言う事ももっともではある。
仮に翡翠の研究がその実を結び、魔力という種を付けることに成功したとしても、その研究が実用に足るのかは疑わしい。
ここまで広範囲に花を植えて初めて魔力の発生を確認できるというならば、それにより実用的な魔力量を得る為にいったいどれだけの土地が必要になるのだろう。
もう既に花だらけで若干げんなりしがちだというのに、ここから更に広がる事になるのだろうから。
「この惑星全体を花で埋め尽くして、花の星でも作る気なのか、翡翠は……?」
「それくらいやって初めて価値が出そうですねー。それとも、それでも足りずに宇宙中を花だらけにするんでしょうかー」
「相乗効果で爆発的に生産量が上がって行くというなら、まだ使えそうでしょうけど」
「それでもイヤですよー。右向いても左向いても、花しかない星なんてー」
「そうですわね。翡翠は人間の居ない星でも作りたいのでしょうか?」
「まあ、確かに楽園とか天国っぽい光景ではある」
自然の破壊者は存在せず、ひたすら美しい花が咲き乱れる理想郷。確かに、想像上の楽園のような世界ではあるだろう。
もし『人間は不要』と考えるならば、確かにこの研究も悪くない。
効率が低くとも、無駄遣いする人類に邪魔をされなければゆっくりじっくりと星に魔力を増やしていけばいいのだ。
……まあ、その場合も神様が魔力を無駄遣いしないとは限らないのだが。
「あの子、ヒトが嫌いだったのかしら?」
「まあー、少なくとも異世界人は好きではないんでしょうねー。私たちに合流してませんしー」
「かといって、地球人まで邪険にしているって感じではなかったな。誰かさんと違ってね」
「照れますわハル様」
「無敵かお前」
神々の存在理由を考えると、人間そのものを不要としているとはどうにも考えにくい。
人に奉仕する為に生まれたというその存在の根底にある部分は、人が遺伝子に逆らえぬのと同じように逆らい難い。
であるならば、魔力が欲しいならばやはり人を使えばいいのだ。それこそ文字通りに『目に見えるレベル』の、圧倒的な高効率。
「……まあ、考えていても仕方がないか。いずれ本人に、答えを聞こう」
「その通りですわハル様。あの生意気な巨乳と同時に、絞り上げてやりましょう」
「羨ましいんですかー、アメジストー。だったらそんなちんちくりんボディは止めて、真似すればいいですのにー」
「わたくしはこの姿で、完璧ですの!」
だったら妙な事を言わなければいいのに、他神の悪口はどうにも止められない神様たちだった。
「どのみち、心配せずとも今はまだ、『惑星全て』など夢のまた夢ですわ。この星の環境が、それを許しませんもの」
「ですねー。それに、弱いとはいえ魔法を発動している以上、魔力圏内にしか生息できなさそうですしねー」
「確かに」
「《それなんだけどさ兄ちゃん。ちょっと見て欲しいデータがあんだけど!》」
「おや。アレキ?」
「盗み聞きなんて趣味が悪いですね。躾けのなってない子供ですこと」
「《おめーもガキじゃねーか! てか聞かれて困るなら情報共有してんなっての!》」
「マナーの問題ですわ?」
またここから、ぎゃいぎゃいと言い合いに発展しても困るのでハルはなんとか神様たちをなだめつつ、アレキの話とやらを聞きに行くことにする。
さて、ひとまずは収まったと思われたこの『蝶よ花よ』騒動。これ以上まだ何かあるというのか。
*
「この花だけどさ、オレの陣地の外にまで種飛んでるぜ」
「あらら」
「本当ですねー」
「……確かに。ゲームエリア内だけに収まってなかったのか」
「ああ。そうみたいなんだよ」
「ですが、外なら放置しておけばいいのでは? どのみち過酷な環境に対応できないでしょうし、なにより魔力が無いでしょう」
「それが、そうでもねーみてー。こっちも見て」
「……ふむ? これは空からの夜景の撮影って感じか」
「文明の光ですよー」
「野生の光でしょうに……」
「どっちでもいいっての。これ見て分かるように、夜にはちゃんと発光してるんだ、こいつら」
魔力の無いはずのエリア外であっても、花はきちんと発光している。
過酷な外の環境で生き抜けるかはさておき、魔力問題の方は解決している事は確かである。
その方法には、いったいどのような手段を用いたのか。これは、ウィストとエメの出した解析結果がヒントとなっていた。
「同族と接続しているのか? 体内に仕込まれた魔法で」
「だろーな。それによって、花から花へと魔力を連鎖的に受け渡して、オレの陣地からかすめ取ってるに違いないぜ! ふざけてるよなー」
「まるで栄養を受け渡す粘菌ですわね」
「アメジスト、例えがキメー」
「趣味が悪いですねー」
「失礼な方々ですわね。知的で分かりやすい、優秀な例えでしょうに」
まあ分かりやすいのは確かである。イメージは置いておいて。
同種の花をまるで身体の一部、細胞の一つのように扱い、餌のあるエリアから末端にまで栄養を届ける。その様子に似ている。
そのための、接続効果だったのだろうか? しかし、ハルもそこそこ魔法には詳しくなったが、そんな効果はあの単純な式には含まれていなかったように思ったが。
「……まだ、あの花の効果について解析しきれてない部分があるのか?」
「となるとこのまま、増え続けていったら面白そうですわね? アレキの魔力が外に吸い取られて、干からびてしまうのでしょうか」
「なんもオモロくねーっての。まーその危険があるからさ、ぶっちゃけこれは敵対行動と見ていいんじゃないかと思う」
「さすがにですねー」
「まあ、大した量ではないとはいえ、明らかな横領ですわね」
同じ運営の仲間としての協調を超えた、これは明らかな越権行為。だからこそアレキも、こうして表立ってハルたちへと協力を要請できたのだろう。
つまりは、ゲーム進行の枠を外れた、翡翠の明らかな暴走行動。
何をしようとしているかは謎なれど、彼女が大義名分を無くしたことは明らか。そういう事のようだった。
「……一応、この花を使って地道に星の環境改善をしてくれる気なのかも知れないけど?」
「ないない。どんだけ掛かるんだよ、その計画! 気が長すぎるっての兄ちゃん!」
「改善したところで、やっぱり花だらけの愉快な星なんて嫌ですよー?」
「まあ、一応というならば、被害を受けているのは今のところアレキだけなので、放置するというのもアリだとは思いますよハル様?」
「この先どうなっか分かんねーだろ!?」
それもそうだ。花がゲームエリアから吸い取る魔力がたかが知れているといっても、この機能をハルが見逃していたのは確か。
だとするならば、まだ未知の機能が何か、奥に潜んでいないとも限らない。
「……そうだね。じゃあ、行ってみようか、外に。どのみち、いつまでも翡翠たちのゲームの中だけで完結している訳にもいかないしね」
「そうですよー。さっさと本丸を叩いちゃった方が、手っ取り早いですよー?」
「お気を付け下さいませハル様。わたくしも影ながら、応援しておりますわ」
「いやお前も行くんだよアメジスト。なに逃げようとしてるんだ」
「そうですよー。いざという時は、またハルさんの盾になりなさいー」
「あーん……」
今まで、手出しをしてこなかった外の領域。未だ過酷なこの惑星の大自然が猛威を振るうそのまさに未開拓エリア。
その地に初めて、ハルたちは踏み出して行く事を決めたのだった。




