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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
4部2章 翡翠編

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1709/1766

第1709話 手をつなぐ花

 翡翠ひすいの放った蝶たちはゲームフィールド全土に広がり、その日のうちに恐らく全てが“大地に根を張った”。


 また、夜になって分かった事だが、以前に見せてもらったような発光機能、あれもしっかりと新型である今作にも搭載されていたようだ。

 花と転じた蝶は周囲を優しく照らし出し、まだまだ暗く寂しかったこの世界の夜に華やぎと彩りを追加してくれた。


 まあ、それはいいのだが、そうしたメリットを差し引いても、この蝶の群れの襲来とそれが次々花に化けていく様子を目の当たりにしたプレイヤーは大混乱だっただろう。

 たまたまその時間ログインしていなかったとしても、今度はログインした瞬間に自国の風景が様変わりしているという衝撃に襲われる。やはり混乱は避けられないはずだ。


「解析結果が出たっすね!」

「おや。早かったねエメ。もっと時間が掛かるかと思っていたよ」

「単純なものっすからね! こんなちっぽけな花に、そうそう時間かけてらんないっすよ! まあ、とはいってもわたし一人の手柄じゃないって言いますか、オーキッドの奴がほぼ一人で終わらせちゃったんすけどね」

「ウィストもお疲れ様。助かったよ」

「フン……、礼など不要だ……」


 相変わらずの仏頂面ぶっちょうづらで気難しく顔をしかめているのは、自他共に認める『魔法神』オーキッド、ウィストだ。


 魔法を使って当然、むしろ個々が専門家で当然である神々の中で、この称号を名乗ることに他のどの神からも文句の一つも出ていない。

 そこから分かる通り、彼の魔法研究における功績は絶大であり、また今もなおその知識は飛びぬけている。


「君にとっては、この程度は朝飯前だったかな?」

児戯じぎだな。だが、生物の遺伝情報に直接コードを打ち込むというこの発想。それ自体は興味深いものと言える。評価に値しよう」

「おお。オーキッドがそんなふうに言うなんて珍しいっすね。じゃあ、この技術って結構やばいんすか?」

「いや」

「んん? なんすかー。やばいんだか、やばくないんだか、はっきりしない奴っすねえー」

「興味はそそられるが、まあそれだけだ。人は曲芸を見れば関心はするが、それを仕事に活かそうなどとは思わんだろう」

「曲芸扱いっすか……」

「凄い技術だけど、魔法として優れている訳ではないと」

「語った通り、魔法としては児戯に等しい。初歩の初歩だ。特別、語ることもあるまい」

「いやそこは語れっすよ」


 やはり、技術的にその『曲芸』を成立させるので精一杯であったか、あまり高度な魔法は詰め込めなかったようだ。

 未知の技術体系ではあれど、魔法神にかかれば書き込まれた内容を割り出すのにそう苦労はしなかったらしい。


 とはいえ、きっとこれはウィストであるからこそ片手間に成し得た事。逆にいえば、彼ですら解析には一晩を要した事になる。

 あまり額面がくめん通りに言葉を受け取って、『大したことない』と判断せぬよう気を付ける必要がある。


「それで、詰め込まれていた魔法は何だったのかな? 光るだけ、じゃあないんだろうけど」

「ああ。もう一つ記述されていた」

「あれっ? ってことは二つだけ? もっと色々と、機能が付与されているものと思ったんだけど」

「フン。そもそもが綱渡りの曲芸だ。そう簡単に、増やせるものではなかったのだろう。あるいは、これで十分と判断したかだ」

「コイツは褒めてんだかけなしてんだかよく分かんないっすね……」


 まあ、魔法に関して褒めるニュアンスが含まれている時点で、非常に優れた存在なのは保証されているのだろう。そう思いたい。


「じゃあそのもう一つが、何か致命的に危険な物だったり?」

「そうでもないんすよハル様。むしろこっちは、ある意味光るだけよりしょぼいっすね。あっ、いいすか? わたしから言っちゃっていいすか?」

「……好きにしろ。誰が語ろうと同じだ」

「なら不肖ふしょうこのエメが解説しちゃうっす! 付与されていたもう一つの魔法は、『接続する』効果をもった魔法式っすよ! 異なる魔法同士を複合した状態で発動する時に使う、アレっすね! たぶんこれを使って、周囲の別の花と接続してるんだと思うっす!」

「ふむ? 接続して、それでどうなるんだい?」

「それだけっすね」

「それだけ……?」

「はい。他に機能が無いっすもん。これでもう一つ魔法が書き込まれてたら違ったかも知れないっすけど、三つ目は無いんでそれだけっす」

「ふーむ……」


 なんとも奇妙な話だ。素直に見れば、現段階ではただの未完成。

 しかし穿うがった見かたをするならば、ハルたちが見落としているだけできちんと有効な機能が動作している。そう見た方が自然だった。


「何か、表面的には、単体で見ただけでは気付けない仕掛けが隠されているとかないかな? ほら、君がエーテルの塔に仕込んだみたいにさ」

「いやあー。無いと思うっすけどねー。あれって、そんな単純な仕組みで出来るものじゃないっすもん。たった二つの魔法では、どうにもしようがないっすよ」

「まあ、それはそうかもね」

「……あー、そういえばアレって、こいつの仕込んだ停止コードに破られたんすよね。なんか顔見たら、思い出してきちゃったっす」

「気付けない貴様が悪いのだ」

「むきーっ! こいつー!」

「やめなさい君たち……」


 エメも謙遜してはいるが、話に出ていた応用法であったりと魔法に対する理解は実に深い。

 そんなエメも、得意のパズル魔法を否定しているということは、花同士が繋がったからといってああした危険がある可能性は非常に低いはずだ。


 だとすれば、何を目的にこんなことをしているのか?


 実はこれはただの実験であり、未完成品でデータを取っているだけなのか。その可能性も否定できず、そうだとすれば無駄に怖がっているのも馬鹿らしい。


 しかしながらもし何かを見落としているというならば、その隠れていた全体像が明らかとなった時には、全てが手遅れになっている危険性も否定できないのであった。





「……まあ、今のところ、即座に危険はないと分かっただけでも良しとするか」

「そっすね。翡翠がなに考えてんのかはともかく、花単体には危険は無さそうっす。爆発したりもしないっすし、毒性があったりもしないっすよ。まあそもそも、NPC連中に毒なんて効かないでしょうけど」

「……ふむ。毒か。もしかしてNPCがこの花を口にしたら、その『接続』の魔法式によって肉体が『発光』と接続されて、身体が激しく光り出すNPCが誕生するのでは?」

「…………お前は、時おり天才なのか大馬鹿なのか分からない事を言い出すな」


 ウィストに、何とも形容しがたい味のある顔をされて呆れられてしまった。


 ……まあ、もちろん冗談である。NPCの肉体は魔法により構成されているので、もしかしたらそういう事もあるかと期待した訳ではないのである。


「まあそもそも、花食べる奴なんてそういないっすよ。トラップとして元から成立してないっす」

「うん。そうだね。真面目に回答しなくて大丈夫だよエメ」

「っす!」


 発光人間はともかく、ゲーム進行に害がないというならば、放置も一つの手ではあるか。ハルはそれも、視野に入れて行動すべきと胸に刻む。

 確かに不安は尽きないが、花にかまけてばかりいて、本筋を見失ってしまっては仕方ない。


 無害であるなら、もっと優先順位の高い事象じしょうから片付けるのもありだった。


「幸いと言いますか、今この花に気を取られてるのは我々だけじゃないでしょうからね」

「そうだな。むしろ正体を知らないぶん、他のプレイヤーの方が動揺は大きかろう」

「そっすね! なんかのイベントなのか、どう活用すれば進展するのか、それとも敵の攻撃なのか! 色々と考えたり花の調査をしたり、それだけで時間と労力を結構もってかれるはずっすよ!」

「その間に僕らは、体制を整えるチャンスってことか」

「はいっす。特に、今まさにお騒がせ中の天羽てんは様。あの方の動きが完全に止まったのが大きいっすよ」

「穴の底でもお構いなしに、蝶は入り込んで根を張っちゃったからねえ……」


 例の天羽の大工事が、蝶の花によって著しい妨害を受けている。最も被害を被ったといってもいい。


 大穴の底に発見した新資源。それを掘り出す事を目的にあの土地を支配した天羽にとって、花の存在はその上に完全にふたをされたに等しい。

 事実昨日から彼の行っていた工事は、完全な機能停止に陥っていた。


 たかがちっぽけな花、構わず土ごと掘り返し砕いてしまえばそれで済む。

 しかし、飛来するあの蝶の群れのインパクトと、光を放つ花の正体不明さ。その『正体不明』が頭をよぎる度に、迂闊うかつな手出しが躊躇されるのだ。


「その点、正体を知っている僕らに強みがあるか。その気になれば何も気にせず掘り返せる」

「やっちまうっすか?」

「いや。掘り返すにもリソースかかるし」

「ずいぶんとばら撒かれたっすもんねえ……」

「だね。ああ、そうだ。正体を知っているとはいっても、成長補助剤となっている疑似細胞は正体不明のままだけどね。そっちは、警戒しなくていいの?」

「そっちは平気っす。これ完全に、花の成長促進せいちょうそくしんの為の栄養に終始しているみたいでして、花の細胞が育つにつれて、完全に自身の身をそっちに明け渡して最後には消えるみたいっすよ?」

「なるほど……、なら、翡翠がこっちを使って何かするという線も消えるのか……」

「そうだな。疑似細胞が残っているのならば、それと例のダークマターのエネルギーを活用し、新たな魔法の境地を見せてくれるのかとオレも期待したのだが」

「期待してんじゃないっすよ! 敵の新技術っすよ!」

「フン。技術は技術だ」


 ひとまずは、『今のところは無害』、そういった解析結果がハルの下にもたらされた。

 しかし、安堵あんどを示す言葉とは裏腹に、無害であるがゆえに不気味。その感情は、むしろ一層強まっていくのを感じているハルなのだった。

誤字修正を行いました。「ばら撒かれったす」→「ばら撒かれたっす」。一瞬「れった」もアリかと思いましたが、普通に誤字なので修正しました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ハル様の曲芸を見てゲームに活かそうとするゲーマーならわりといそうな気がしますねー。需要はたっぷりあるかもしれませんよー? ……ハル様ではなくカナリーちゃんの曲芸と考えたらどうなるか? 見た目ふらふらし…
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