第1706話 基本的に電気の無い二つの世界
完全なロボットをはじめ、サイボーグも含む機械式ボディの動力問題というのは、意外とシビアだ。
基本的に人体よりも重くなりがちなその身体を動作させ続けるには、想像通りかなり大きなエネルギーが必要とされる。
基本的にそれらは前時代の技術を引き継ぎ、電力によって賄われている。
なので当然電池を積んで運用する事になるのだが、長時間駆動のために大容量のバッテリーを搭載すれば、そのぶん本体の重さも増してしまうというジレンマを抱える羽目になっているのだった。
「ソフィーお姉さんは、その辺どうしてたの? あっ、もしかして、たっくさん食べてそのエネルギーで機械の手足を動かしてたとか!」
「うーん、それが出来ればよかったんだけどね! 残念だけど、そんなことは出来ないんだ! 私は食べる量、普通だよ!」
「なーんだ。お姉さんならそのくらい、出来るかもって思ったんだけど」
「いかにソフィーちゃんといえど、そこまで人間離れしてないっての。まあ、ヨイヤミちゃんはもっとそういう年相応の発言をしたっていいさ」
「ぶー。ハルお兄さんに子供扱いされちゃったー」
「ヤミ子、子供じゃーん」
「ぶーぶー!」
「ですが、とても素敵な発想なのです! そういった事は、不可能なのでしょうか?」
「……確か、出来なくはなかったわよね? ねぇハル?」
「うん。可能だよ」
「おお! やろうやろう!」
「いいですねー。たっくさん食べますよー」
「カナちゃんは食べたいだけじゃーんっ」
現代はエーテル技術が発達しているので、そういった生体発電の方法も複数種類存在している。
最も一般的だと思われるのが運動時のエネルギーを電気に変える方式。
とはいえ激しい運動をする必要はなく、普段の生活の副産物として特に意識をせずに行える。ちなみに効率は悪い。
それとは別に、食事によるエネルギー補給を起点としたいわゆる『生体プラント』としての機能を用いた発電方法も存在する。
人間の体の持つ複雑な消化吸収能力に、血中に取り込んだエーテルの力を組み合わせる。そうすることで体全体を一種の化学プラントとして稼働させ、人間発電所にすることが出来るのだ。
ちなみにいうまでもないが、こちらも効率は悪い。
「効率面から、わざわざやる意義が見出せないんだよね。それなら同じエネルギーを使って、発電機でも回した方が良い」
「夢がない話なのー」
「そうね? でも、それは機械の手足のような大きな物を動かすことを考えた場合の話よヨイヤミちゃん。例えばほんの少しだけ電気が必要なアイテムがあったとして、そういう時には重宝するわ?」
「それだけの為に発電機持ち歩く訳にもいかんしねー。今の時代、電池持ち歩くことも無いしさー」
「そ、そうなのですか! ゲームではあんなに、重要アイテムとして“ばってりー”が出て来るのに!」
それは、アイリがプレイしているゲームに古いものが多いためである。
電気文明からエーテル文明にほぼ推移が済んだ今、電池を持ち歩くどころか一般流通で買い求める事も現代では稀となっていた。
「それで、結局ソフィーさんはどうしていたのでしたっけ?」
「うん! それはねイシスさん! 頻繁に充電してたってだけだよ、普通に!」
「あっ。なんというか、普通に当たり前といえば当たり前の結論ですね」
「あんまり重い電池積んだら、動きが悪くなっちゃうしね! それでも結構、動くんだよ? 試合の間くらいなら何の問題もなし!」
「ですがそれだと、日常生活が不便じゃありませんでした?」
「んっ? ああ、イシスちゃんは知らないんだっけ。うちの田舎はね、そういうサイボーグさん向けに、基本的に道路のどこでも電気が通ってて充電できるんだ」
「それは田舎なんですかねぇ……」
まあ、田舎というよりも、障害をもった者の療養地という側面が強い。
機械の体を持つ者らが、決して生活に不便しないよう整備された実験都市という部分もあるのだろう。
ハルも以前、ユキと共に実際に訪れた時には驚いたものだ。
「まあそんな訳で、今の機械式ボディの設計は、そんな感じで何時でも充電できる事を前提に作られているんだ」
「だから、当然そんな物が無いこの世界では、同じ機構は本来使えないはずなのよ」
「あっ、そいえばそんな話だった」
「最初からその話よユキ……」
まあ、ハルとしても確かに脱線しすぎてしまった感はある。
とはいえそうした前提があり設計が行われている以上、例え現実と同じロボット兵を作れたとしても、同様に運用する事は困難なのだ。
「これは天羽っちがやらかしたのか、それとも動力のアテがあるのか。どーなんだろ」
「きっとあの『放熱フィン』の街に、電流コードをバリバリ敷き詰めるんだ!」
「ですがヨイヤミちゃん、それだと、ロボット達は街の外へは出られないのです……!」
「街の中で働く労働力ってことでー……、あっ、それだと、『NPCでよくね?』なのかぁ……」
「そもそもこのゲームに、発電施設は実装されてない、らしいですよ?」
そう、イシスの言う通り、今のところ見たことはない。
もちろん、ハルたちの知らぬ所で既に辿り着いているプレイヤーも居るかも知れないが、それだけ文明が進んだならば明らかに一目で分かるだろう。
それは天羽の国も同じことで、彼の知識と技術を抜きにして考えれば、国家としての技術力はまだまだ近代には程遠いファンタジーのレベル感なのだった。
「パン生地は? あの疑似細胞はなんか、無限のエネルギーを取り出して動いてるじゃん。メカのお腹にあれ詰め込んでさー、発電させるとか」
「あはははは! パンを主食にした、ロボットだってー!」
「それこそさっきの、『効率が悪い』って話じゃないの? そんなことせずに、疑似生物をそのまま使えばいいじゃない」
「それ以前に、あれをそんなに思い通りに操れたら苦労しないよね……」
ハルたちですら、既に成立した存在に手を加えるので精一杯だ。
そして仮に操れるならば、そのまま人型に捏ね上げて『人形パン』にでもした方が手っ取り早い。
「だからやっぱり、あの土地で採掘している資源が何かのリアクターとしての役目を……、」
「ふみゃっ!?」
「……ってメタちゃん、急にどうしたの?」
「にゃうにゃう!」
その時、それまでクッションに埋もれるように丸くなり、のんびり欠伸をしていた猫のメタが急に飛び上がる。
皆の視線が集中する中、メタは何ごとか大慌てで、ハルたちへと猫語でまくし立てていた。
その内容を、傍で控えていたアルベルトが翻訳してくれる。
聞けばそれは確かに、猫も飛び上がるような緊急の案件だった。
「どうやら、件の『パン生地』、疑似細胞生物が現地にて大量に観測されたようです」
*
メタの分身体、地球のロボットのエネルギー問題など気軽に超越したその猫型ロボットの群れは、もちろんゲームエリアへも多数配置されている。
ハルたちの国は今、適当に道を歩けばお散歩中の猫に行き当たる、そんな猫の多い都市と化していた。
そんな環境に溶け込んだ完璧な擬態の義体がリアルタイムで映像を送って来る。
その内容は、ダジャレでふざけている場合ではなさそうな深刻な場面を映し出していたのであった。
「にゃうにゃう! ふみゃおうん! ふしゃー!!」
「落ち着けメタ助。よーしよし、うりうりー」
「猫さんが、荒れているのです!」
「……まあ、これは確かに、嫌な感じねぇ」
「メタちゃんでなくても、びっくりしますよー」
映し出されたのは、どこかの家の屋根の上からの、空を見上げた映像。
そこには本来なら、抜けるような夏の青空が広がっている、そのはずだった。
しかし映し出された映像には、どこにも空の青さは見られない。代わりに飛び込んでくるのは、なにやらキラキラと光を反射する別の藍さであった。
「これは、あの時の蝶か……?」
「わー、すごいすごい! お兄さん、行こう行こう! 捕まえろ、捕まえろー!」
「うん。止めておこうねヨイヤミちゃん。虫取りなら、今度また別に連れて行ってあげるから」
「そんな普通なのは興味なーい。こともないか! それはそれで行く!」
「わ、わたくしは、どちらも遠慮したいのです……!」
アイリは虫が苦手であった。ちなみにハルも好きではない。だが、虫取りに興味津々なヨイヤミのためならば、そこは気持ちを切り替えよう。
「……ともかく今はそんな事より、この現象の究明だ。これは、全て疑似細胞で出来た生物ってことで間違いないね?」
「にゃっ!」
「そのようですね。メタのレーダーは高性能です、信頼してよろしいかと」
「どっから出て来たんですかー?」
「みゃおん! ふかーっ!」
「それが、以前に配置された翡翠の魔力からの転移であると、メタはそう言っておりますね。つまりは、騒動の原因は翡翠であると見て間違いないでしょう」
「……少なくとも、彼女を通した運営の誰かなのは間違いないか」
「その通りです、ハル様」
何か仕掛けて来るとは思っていたが、思いのほか大規模だ。
この空を埋め尽くす蝶がそれぞれ疑似細胞であるならば、それだけの量がゲームに追加されたことになる。
それはつまり、ティティーの海のような爆発的な異変が、再び起こりやすくなるということだろうか?
「まあ、だが、ゲーム環境の進展を促進したいという理由ならば、理解も……」
「ふみゃう! みゃーご!」
「どうやら、転移してきたのは蝶、つまり疑似細胞だけではないようですね。あれらは、その肢に通常の物質、何やら種のような物を抱えているとのこと」
「不安だ……」
ここに来て、翡翠が大きく動いたようだ。種といえば、彼女の研究内容である植物と関連性が深いはず。
その目的がゲームから逸脱したものになるならば、この先少々荒れるかもしれないのだった。




