第1704話 地下に広がる天空の都市
そこからはハルの予想通りに、そしてある意味ハルの予想以上に、天羽の工事は進んで行った。
ハルたちの建築速度は相当なものだが、それに差し迫るほどに天羽の工事スピードも早い。
特にその複雑さにおいては、同じような家をひたすら量産するだけのハルよりも圧倒的に緻密であると、認めざるを得ないだろう。
天羽の脳内にはきっと、詳細にして完璧な図面が敷かれているに違いないのだった。
「……まあ、現代建築、エーテル工法はそうした複雑な基礎設計を廃して自由なデザインが出来るのが強みだ。別に、無理に張り合う必要などないと言える」
「ハルさんが聞かれてもいないのに言い訳してますねー」
「あはは。そんだけあの人凄いってことだ。しかしハル君。自由な設計が出来る割に、我が国の建物は平凡だったぞ? もっともっと自由に、創造性を爆発させねば!」
「いいんだよユキ、平凡で。そんな無駄に独創性を発揮したら、無駄に暮らしづらい家になって困る。まあ、住むのは僕じゃないからいいんだけどさ」
「無責任な芸術家のやりそーなことか」
「そうそれ。やはり毎日の生活に関わる物は、奇をてらった見た目なんかよりも、機能性こそを重視しないと。まあ、それにしてもコピペが過ぎたとは思ってるけど……、それでも僕らの国は国土面積が比じゃないからしょうがなかったし……」
「言い訳してますねー。思う所はあったみたいですねー」
「まーまー。今はほら、家はぜんぶ木の根に侵食されてめっちゃ独創的になってるしさぁ」
まあ確かに、平凡さとコピペ感はあの大樹の侵食による木造“感”で消えてくれた。それはユキの発言に同意するハルだ。
いやそもそも、元の家々の並びに平凡さを感じていたのはハルが現代人だからで、見る者が違えば十分に独創的だったりしたのかも知れない。
そんな現代人のハルから見て、天羽の工事は実に独創的そのもの。見ていて非常に感心する。
前時代の雰囲気に懐古感情を感じているという訳でもない。前時代も同様に詳しく知るハルであるが、こんな建築など存在しなかったはずだ。
「おーおー。ぺらぺらな足場がまた増えてるねぇ。なんかアレみたい。なんだっけ、放熱板」
「冷却フィンですかー。ヒートパイプに放熱フィンが何枚もくっついてるやつー」
「そうそれー」
「ユキさんは物知りですねー」
「いや良く知らんけど。かっこいい装置にはよくくっ付いてない? ロマンなんしょ? 知らんけど」
「そうですよー。放熱板は、ロマンなんですよー。知りませんがー」
「まあ、確かにそんな風にも見えるかな……?」
穴の中に何本も丈夫な支柱を立てて、その上に水道橋を通し上空に(大地と平行ではあるが)縦断させた天羽。
その一大事業の真意は、川の流れを存続させる為だけではない。
真の目的は今この工事にあり、その為の壁面や支柱の過剰な耐久性の確保。ハルのその推測は、やはり間違っていなかった。
ユキとカナリーの語っていたように、天羽はまるで支柱に薄い板を何枚も噛ませるように、放熱フィンのように足場を何層にもわたり構築している。
そうして穴の底以外に足の踏み場が出来たその日から、乱雑に建てられた住宅は全て撤去され、その『フィン』の上へとNPCは次々に引っ越して行ったのだ。
「この板の上を拠点にして、彼らは足元の採掘の仕事に従事するんですねー」
「そんで、掘り出した資源の加工も板の上で行うと。天羽っちは空中に、変則的な鉱山都市を作る気なんだね!」
「まあ、空中というか、地下だけどね……」
元は海底の地下深くであるのに、住人の感覚としては恐らく『空中に浮かぶ都市』。
海底都市に負けず劣らず、また変な都市が生まれたものである。
「しかしまた人口増やしたみたいだけど、食料とかだいじょぶなん?」
「そこは、問題ないようだ。さっきユキが言ってたように、既に採掘資源を加工する工房も板の上に建築されている」
「それを周囲の国に売りに行ってー、代わりに食料を仕入れて来ているようですねー?」
「貿易で成立してる国だ!」
「うん。これは他国が無いと成り立たないが、周囲は既にティティーの居た派閥が密集していた。そこに、上手く入り込んだね」
別に海があったからではないが、彼らの派閥は食料自給率が高い。農業が盛んな自然豊かな国が多かった。
代わりに工業は遅れがちで、鉄鋼製品は非常に需要が高いだろう。
まあ、この魔法の世界で工業にリソースを振っているプレイヤーがそもそも少ないので、そちらが進んでいる天羽のような者が稀なのだが。
「狙っていたとしたら、ずいぶんと計算高い」
「ついでに有用性を示すことで、しれっと土地の支配も認めさせたようなものですからねー」
「そうだね。まあ、あの天然さを見るに、計算じゃなくてぜんぶ感覚でやったって線も濃厚だけど……」
「天才的センスってやつかねぇ」
ただ、そこは彼の立場に気を遣って、周囲が事を荒立てなかったということも十分にあり得る。
彼はこのゲームに参加しているプレイヤーの中で、唯一の『本家』からの参戦者だ。
いわゆる『分家筋』である匣船から派遣された大多数のプレイヤーには、迂闊に手が出せない相手なのだった。
ハルはそうしたリアルの事情についても補足説明を追加していく。
「そうした恵まれた己の立場もまた、彼のあの能天気さを作り上げた要因なのかも知れないね」
「あの子の無邪気な『善意の提案』を、周りの人間は苦虫を噛み潰しつつも笑顔で受け入れなければいけなかった。そういう訳ですかー」
「そうした状況も多かったはずだよ」
「ふむふむ。しかしだ、ハル君!」
「どうしたんだい、ユキ。今の話で、何か疑問が?」
「いや疑問じゃなくて。その『恵まれた立場』を使ったゴリ押しに関して、ハル君が言えた口か?」
「おっしゃる通りで……」
特に今などは圧倒的な国力とハル本人の武力を背景に、この地ではやりたい放題のハルだった。
それこそ表だって文句を言って来る者は居ないが、内心邪魔に思っているプレイヤーばかりであろう。
*
「……まあ、僕の事はいいんだ」
「あっ、逃げた」
「にげましたねー」
「逃げてない。実際、僕の事をチクチク刺している場合でもないだろ」
「そだねぇ。こんな『地下の空中都市』なんて作って、なにしようとしてるかだよね」
「ファンタジーらしいおもしろ都市を作って、この世界に華を添えてくれようとしてる。訳じゃあないでしょうしねー」
「まあ、実に異世界らしさはあるけどね……」
海底都市、大穴の中の階層都市。図らずもファンタジー要素の強い独特な街が続けざまに誕生したことになる。
ついでに、大樹が全ての家に侵食したハルの王国も追加しなくてはならないか。
いずれ実際の人間が移住してくるとして、そんな独自性に富んだそれこそ『ゲームの中の世界』での生活は、心躍ることだろう。
……まあ、海底都市に実際に居住する人間が現れるかは分からないが。
「そんな移住者のためのテーマパークを作るのが運営の目的だったら、今のとこ成功と言えるんですかねー?」
「どうだろうねカナリーちゃん。そんなに、単純な話でもないとは思うけど……」
「ですねー」
「それに、今は平和に貿易してるこの階層都市だけど、規模を大きくしていけば存続が怪しくなるかもしれない」
「おっ? 戦争するん?」
「そうと決まった訳じゃないけど」
「まーでも、不安要素多いか。特に水がな」
「その通りだねユキ」
人が増えれば、当然消費する水の量もそれだけ増える。特にこの穴の中では、そこに浮かぶようにして暮らす階層都市では、地上のような水の確保もおぼつかない。
そのための水道橋、という見方も出来るが、それはそれで新たな問題も生まれそうだ。
「水道を通すって事は、下流への供給を保証すると言っているようなものだ。そこで、全部自分たちの為に使ってしまったら……」
「相手の首ひねってるのと同じだね!」
「生殺与奪ー、ですよー」
「上流を抑えるのって強いからねー。ハルくんもそれで、ソウ氏にビビられてるし」
「僕は別に、蛇口を閉める気はないんだけど……、ただ水田が大量に水食うだけで……」
「同じことじゃーんっ」
「水利権は、おっかないんですよー」
まあ、それが分かっているので、ハルも例の塔を建ててまで夏の水不足に備えたという訳だ。決して軽視はしていない。
ちなみに、そろそろあの塔の内部の貯水も底を突き、それと同時に塔そのものも消滅する。
イシスの天空バカンスも、夏と共に終わりを告げるという訳だ。
外の旱魃も徐々に改善の兆しをみせてきて、今度は再び地獄のような大洪水がこの地の周囲を襲うらしかった。
「逆に、更に上流側が水せき止めたりしたら、天羽っちがキレる可能性もあるな!」
「どうなんだろう。彼がキレる様子は想像できないけど、でもやるときはやるタイプに感じるなあ」
「笑顔で、ぼっこぼこですよー?」
ぼっこぼこかどうかはともかく、今の安定が永遠に続くとは限らない。それは確かだ。
「……特に、彼がここで何を掘って、何を作ろうとしているかは気がかりだ。だからこそ、こうして僕らは注視を続けている訳だが」
「毎日、進捗チェックしてっけど、なんか見えたん?」
「今のところはずっと、基盤作りだけでしたよねー?」
「いや、ようやく予兆は見えてきたよカナリーちゃん。どうやらやっぱり、平和が続くとは保証できないみたいだね。あれを見てよ」
「ひときわ大きな、工場ですねー」
「柱の根元に引っ付いて、重そうだし重要そーだね」
この変わった国では、重要施設ほど柱や壁に近いといった傾向があるようだ。
そんな柱に直付けされた、最も『地価』の高そうなエリア。そこに作られた大規模工場は、どうやらハルが推測するに、近代兵器の製造を行っていると思われた。




