第1703話 穴の中に生まれる都市は?
それからまた数日が経ち、天羽による大穴内部への入植が始まった。
彼は驚くほどスムーズに、元はティティーの領地だった海底都市の跡地を乗っ取ることに成功する。
ティティーの起こした地上の大時化騒動はゲームフィールド全体が注目する騒ぎとなって、事件が終息した後もその影響は続いている。
要はほとんど全てのプレイヤーがその跡地に注目し、睨み合い、身動きが取れない中で、天羽だけが何も気にせず飄々とその地をかっさらって行った訳だ。
「誰もが動けなかった理由の一つに、戦勝国であり戦後の“穴埋め”も行っていたハルの存在があったものね? あなたに直接確認をとることで、天羽だけはその懸念を払拭できたのも大きいのでしょう」
「だろうね」
ルナの言う通り、ハルの存在が与えていた影響も勿論ある。
今は土不足で休止していたとはいえ、海のあった巨大な渓谷を埋める為の大工事を進行していたハル。
その最中に占領を行ってしまえば、そのハルを敵に回すかも知れないし、そうでなくとも勝手に工事してくれているその対応をみすみす止める事になる。
支配するにしてもどうせなら、穴ではなく陸地が良い。彼らはきっとハルの工事が終わった時点で、示し合わせたように行動を開始する気でいたのだろう。
「そうして他のプレイヤーが僕の工事を待っている間に、天羽君は逆にその工事を止めにかかった。海底資源を抜きにしても、時流を読んだいい手だと言えるだろう」
「そうね? 戦わずして、大幅に国土を広げられたのですものね?」
「しかし、ハルさん、ルナさん。もし資源がはったりなのだとして、穴の土地を手に入れる利点はあるのでしょうか? わたくし正直、流刑地のようにしか思えないのですが……」
「そうだねアイリ。確かに普通なら、あの中に放り込まれてもマトモに国家運営する段階まで辿り着けないだろう。けど、天羽君には既に安定したメイン都市があるし、このゲーム特有の特性もある」
もしアイリの言うように、裸一貫で大穴の中に送り込まれ、そこから『開拓スタートしろ』と言われたら厳しいだろう。
あの中では住民の活動を維持する、食料の栽培もままならない。街を作ってもすぐ廃墟一直線だろう。
……水はまあ、今は頭上から落ちてくる物やら横穴から噴き出す地下水がふんだんにあるので、ある意味困らないだろうが。
「……まあ、水さえあればなんとかなるか。魚も落ちてくるかも知れないしね」
「なるわけないでしょう……、あなたじゃないんですから……」
「その水も、工事がきちんと完了してしまえば降って来なくなってしまうのです!」
上流の者としても、大切な水が穴の中に落ちてしまうのをいつまでも見ていられない。下流の者は更に死活問題だ。
ハルの行った仮設の処置を引き継ぎ、穴に落ちない迂回ルートを構築するだろう。
だが天羽は穴を全て手に入れる事で、その頭上の淵の処置までも、なし崩し的に引き継いでしまったのだった。
まさに今その元は海に流れ込んでいた川を延長し、穴の頭上を通す水道橋工事が、ハルたちの見守る前で行われているのであった。
「すごいですー……、こんな圧倒的な大きい建造物、わたくしの世界ではお目にかかれません……」
「それは、日本でも同じよ? こうした物が見られたのは、前時代までのことね?」
「エーテル工法が便利すぎて、廃れてしまったからねえ」
深い穴の底から、見る者を圧倒する迫力を持つ大柱がそびえ立つ。しかも並んで、何本も何本もだ。
その力強すぎる頼もしい支柱に支えられながら、今まさに天空へ続く橋が次々と組み立てられていた。
それらは徹底的に計算された構造力学により荷重を逃がされ、直下のみでなく横方向にも向け負荷が分散されていた。
特にそれら全てを支える終点となる渓谷の絶壁は、病的なまでの補強が成されて、元の断面の名残りが一切ない。
それはむしろ、支柱の足元の処理よりも気合が入っているようだった。
「これは、壁がメインの支点なのかな、むしろ? いや、足元をおろそかにしている訳じゃないんだろうけど……」
「……確かにそうね? 柱の大きさに対して、少々頼りなく思えるというか」
「わたくしには、どっちも凄いとしか思えません!」
これはもしかすると、足元からは彼の言っていた資源を掘削する必要があるためだろうか?
今後支柱の周辺さえも掘ることになるので、あえてガチガチに固めず臨機応変に処理できるよう猶予を残している。
それは、穴の底に築かれた新たな街の作り方からも見て取れた。
それらはどう見ても人口を確保するためだけの雑なものであり、これが完成系とは到底思えない。
時が来れば住居もまたその場からどかし、その足元さえ満遍なく掘り起こすという意思が見えるようだ。
「しかし、なぜ天羽さんは橋から作っているのでしょうか? 周辺国に、味方であるとアピールするためでしょうか?」
「それもあるとは思うけど、恐らくはそれだけじゃない。彼はたぶん、もっと壮大な計画を描いて行動しているんだろう」
なんとなくこの橋の造りから、今後想定されている計画まで見えてくる。
ハルはこれまでの天羽の行動を思い起こしながら、順を追ってアイリに解説していくのであった。
◇
「まず、天羽君がその領民を率いてこの地にやってきたけど、彼らの行動は資源採取とはまるで関係なかったね」
「はい! みなさん食料をたくさん担いできて、それを置いておうちを作り出したのです!」
この地はどう頑張っても、食料生産に向いていない。それではこのゲームのルールでは、家を作っても住人はその場に根付かない。
ただし、既に領主が別のエリアに活動の基点を持っている場合は別だ。そこから食料を供給してやることで、強引に人口を維持してやることが出来る。
ハルはやらなかったがその方法であれば不毛の地にも、NPCの労働力を増やす事は可能であった。
「しかし、それならなにも現地で家を作らずとも、労働力そのものとして連れて来た方が早いのでなくて?」
「そうですね……、本国のみなさまは、家を作り終わるとそこで、戻って行ってしまいましたし……」
「自国のリソースも、削らずに残しておきたかったんだろう。現地で増やせば、人員の流出が起こらずに済む」
「代わりに食料の流出は倍ですけどね?」
そこは、新たな事業にかける投資と割り切っているに違いない。
もともと天羽の国では、自国での食料生産が薄めのようだ。彼の国は工業で栄えており、食料品は他国からの輸入で賄っている。
その輸入量は更に増える事となるだろうが、この大穴からの資源採取が軌道に乗れば、その出費すらもカバーできるという計算だ。
事実、天羽の国の技術力は圧倒的。それは、この一大建築事業を見れば嫌でも分かる。
御兜の家に伝わっているであろう今は廃れた建築知識。そこにこのゲームの自動建築スキルが加われば、それはもう魔法のように、<物質化>でも使っているかのような速度で次々と巨大な構造物が組み上げられていく。
その作業を支える為の労働力として大量のNPCが必要となり、その為にはまずこの地に無理してでも次々と家を生み出す必要があったのだ。
「合理的だよ。何も考えてなさそうな態度だけど、さすがに計算して行動している」
「なにげに失礼ね? あなたも?」
「だって行き当たりばったりそうな性格だったし……」
「読めないお人、なのですね!」
まあ、名門御兜家の生まれである以上、それは当たり前か。
その計算され尽くした作業工程と、それにより生み出された成果物は、見事という他ないのであった。
「しかし見事であるが故に、この先の行動も読みやすい」
「というと?」
「まず、あの住宅の適当さ。あれはすぐに解体する事を前提として建てられているのは間違いない」
「そうでしょうね? あの足元を、掘るつもりなのですから」
「ですがそれだと、せっかくの作業員が居なくなってしまうのです!」
そう、このゲームのNPCは、自宅が無くなれば存在できない。彼らは家に紐づけられ、ある意味で家が本体なのだ。
そういう意味では家が解体前提だと、作業員も使い捨てということになってしまう。
「最初は、この水道橋をかけたらお役御免なのかと思ったけど、それだとどうしても不自然だ。彼らは、この後も仕事があるとしか思えない」
「まあ、この橋は主目的ではないですものね?」
「地面を掘るのが、真のお仕事なのです!」
「だとしたら、彼らの家をきちんと用意してやらないといけない。そこで次に注目するのが、この橋とその支柱の造りだね」
「作りが、何か変なのかしら?」
「とっても、立派ですが!」
「うん。立派すぎるんだ、あまりにも。確かに頑丈さは求められるけど、ここまでの物はいらない。特に、荷重が水平方向に余裕を持たせ過ぎているように見える」
「そんな事まで分かるのね?」
現代では、エーテル工法によって構造体その物が、内部的に自力で荷重を分散出来るよう進化している。それこそ、粒子一粒一粒が的確に自重を分散している。
それにより奇抜なデザインの建築も容易となり、圧倒的に自由度は上がった。
しかし、今使われている前時代の物はそうではない。そのある種の機能美を持つ外見からは、一部の外側を見ただけで計画されている全体の力学的構造を読み取れる。
そこからハルが導き出した、天羽の計画はこうだった。
「彼は恐らく、この支柱を中心として、空中に広がる階層都市を作り出そうとしている。これはそのための、準備と見た」
※誤字修正を行いました。「支店」→「支点」。出店しなくてはならなくなりました。まあたぶん店も出ることでしょう。でも本店はどこなのでしょうね?




