第1701話 その瞳は善なる前だけを見て
改めまして、1700話などという長丁場に至るまでの応援、誠にありがとうございます!
最近は少々情けない姿を見せがちですが、読者の皆様のおかげで持ちこたえられています! ただ、そんな状況下で海のお話が長引いてしまったため、暦の上では秋に入ろうというのにまだ夏のお話……。まあ、リアルも相変わらず無駄に暑い日々が続いているので、ちょうどいい……ですかね?
御兜天羽。名門御兜家の跡取りにして、現当主である天智の孫息子。
まあ彼らのことなので、その出自も一筋縄ではいかないだろう事が察せられるが、天羽が実の孫なのか形式上の孫なのか、それとも“遺伝上の”孫なのか、ここでは深く追及する気はないハルだ。
いずれ当主の座を継ぐ身であるとはいえ、祖父である天智、御兜翁が現役であることを見て分かる通り、それはずいぶんと先の未来の話となるだろう。
彼はそんな未来の立派な当主となるべく、今は日々厳しい修行の毎日。
……というほどでもなく、来たるその日までは、どうやら案外のんきな猶予期間として過ごしているらしい。
「とはいえそんな彼は無能な放蕩孫息子かといえばそうではなく、既にきちんと当主に相応しい才覚を備えているようだ」
「なるほど。サボって遊び歩いているというよりは、十分な能力を持っているが故にそれを許されている、という訳ですね」
「そういうことだね」
そんな天羽を迎えるため、ハルは今アルベルトと共に、天空魚に守られた城の一室にて待機している。
アルベルトは執事のように、いや今日は実際に執事そのものを役目として、静かにこの場に控えている。
部屋は城の頂点付近にあつらえられ、城の頭上にある天空魚の水槽、もとい円環の直下に位置していた。
当然、その位置はこの国にとって非常に特別な意味を持ち、内装も特別に豪華。当たり前のように城主であるはずの王族の生活圏より上に位置する。
権力構造的に歪であると言わざるを得ないが、これはどんな時であろうとハルたちプレイヤーが絶対上位の扱いである以上仕方のない事だった。
「ハル様も、天羽様の実力をお認めに?」
「うーん。どうだろうね?」
「そのご様子ですと、やはりまだまだといった所ですか」
「いや、優秀な人物であることは間違いないと思うよ? 例に漏れず、超能力も備えているようだしね? ただ……」
ただ、そんないかにもな絵に描いたようなエリート御曹司である天羽にも、欠けているものがある。その感想は否めないハルだった。
「やはりまだ経験不足、というか世間知らずかな? もちろん、若いうちから天智さんみたいな落ち着きや老獪さを身につけろとは言わないけど。なんというか、それを差し引いても危ういんだ」
「危うい、ですか。未熟ではなく?」
「うん。危ういと言うのがしっくりくる。なんというか性善説に寄りすぎているというか、いや違うかな。そうだ、きっと人類という存在を優秀に見積り過ぎてるんだあれは」
「周囲の人間が、優秀な者揃いだからでしょうか?」
「そうかもね。それとも彼が特別天然なのか。人間の感情的、衝動的な部分を除外して考えがちなタイプに見えた」
本人が優秀な人物であると、時おり陥りがちなタイプではある。周囲も同じく優秀なその思考によって、世界を見ているものと思い込んでしまう。
なんというのだろうか。『こっちの方が効率的に進むのだから、みんな勿論こっちを選ぶよね?』と、疑いなく判断してしまうのだ。
一応、その考えも間違っている訳ではない。集まった人間が全て効率的ならば、それが最も上手くいく。
しかし全人類にそれを当てはめてしまうと、途端に上手くいかなくなる。人間は思ったほどには、理屈上効率が良い選択肢だけを選び続ける事は出来ないのだから。
猜疑心、嫉妬、虚栄心。さまざまな感情が『正しい』選択を阻害する。人間は思ったほど賢くないのだ。
優秀な人間の感覚でそこを読み違えると、まあ割と悲劇になったりする。頭のいいはずの研究者などが陥る事が多いように感じるハルだ。
「彼もなんとなく、そんなタイプに思える。良かれと思って、反物質爆弾を平和利用にと提供する感じ」
「それは、まあ、軍事利用されますね」
「だろう? いや例が極端だけどね」
「しかし、この場はゲームですし、皆様ゲーマーであるのならば、案外上手く回るのではありませんか? ゲーマーは、効率を尊ぶとよく聞きますし」
「冗談はよせアルベルト。お前、分かっていて言ってるだろう。ゲーマーこそ、猜疑と嫉妬とその他人間のよろしくない部分を煮詰めた存在だっての」
「ははは」
そんな善性のまぶしい御兜天羽が、もうじきこの場にやってくる。
はたしてそんな人間のよろしくない部分を煮詰めて育ってしまったハルと相対して、会談はどうなってしまうのだろうか?
*
「御兜天羽、参りました!」
「やあ、いらっしゃい天羽君。元気そうでなによりだよ」
「はい! ハルさんもご壮健そうでなによりです! いまの今までろくにご挨拶にも伺わず、大変失礼を!」
「いや、別にそんなこと気にする必要はないんだけど。僕らはそもそも、互いに競い合うライバルだしね」
「いえ、ボクはハルさんとは、競うより互いに高め合って行きたいと思っていますので!」
この真っすぐな彼の気質が、ハルは少々苦手である。
好ましくない訳ではない。しかし、人間関係は疑いから入るハルにとって、この疑いを知らぬ眼差しは少々毒だ。
これはゲーマーだからか、それとも陰謀家の月乃に育てられたからか。いや、天羽の特異な性質ゆえなのだと、そう思いたい。
……教育方針に関しては、御兜の家も大差ないと思っているハルなのだが。
ともかく、そんなハルとは相性の悪い白髪の青年は、時間通りにハルたちの城へとやって来たのだった。
「しかし、やはりボクなどまだまだですね。この短期間に、こんなに凄い城を建てるなんて」
「いや、これは僕が凄い訳じゃなく、ほぼ仲間の力だよ」
嘘は言っていない。謙遜している訳でもない。この城に限っては、ハルの功績はそんなに大きくはないはずだ。
それでも天羽は、『その仲間を集めたハルの力』と、むずかゆい褒め方をしてくれていたが。
「天羽君の方こそ、凄いんじゃないのかい? なんでも最初から、鉄鋼ルート目指して採掘を進めているみたいじゃないか」
「いえ、ボクはそれしか思いつかないので、大した考えもなしにそう進めているだけですよ。あっ、執事さん、お茶をどうも」
これもお世辞ではなく、ハルとしては本気で賞賛している方だ。
なにせ、ハルにとって、こういった国造りゲームに慣れた者にとっては、鉄鋼という力とその素材はある程度文明が進んだ後に手を出す物というそれこそ鉄則があるからだ。
強いことが分かっていても最初から直接目指そうとは思わない。そんな常識から見れば、天羽は階段を一段飛ばして進もうとする尊敬すべき挑戦者なのである。
……まあ、そんな事を気にしながらハルたちは、しれっと十段ほど上の世界から技術を持ち出して一段目で使っていたりするのだが。
「……そんな天羽君がわざわざ国を空けて僕の所まで来たってことは、何かその国家事業に関連した相談かい?」
「あっ、そうですそうです。そうでした! 楽しくってつい、今になるまで夢中で国の発展しか考えていなかったので、お恥ずかしながら……」
どうにもまだ、ハルへとこれまで報告に来なかった事を気にしているようだ。
正直ハルとしても、『面倒なのでそんなの別にいい』と言いたいところだが、突き放して悲しまれても困るので、下手な事は口にしないでおく。
気に病む部分がまるで異なる二人であった。相手を疑わぬ者と、相手を読み切れぬ者。
そんな朗らかな青年が統治する国は、いわゆる鉱山と鋼の都市。爽やかな外見にそぐわぬ、錆と煤にくすんだ街だ。
既にその知識とセンス、そして脇目もふらぬ情熱により鉄鋼業を軌道に乗せている天羽の国。しかし、その発展をそこで止める気は彼にはさらさらない。
天羽はそこから更に一段飛ばしで、機械工業にまでジャンプしようとしている。
それは彼が現代人でありその知識があるからというだけではなく、彼の秘める超能力が、機械に特化した性質を持つからだ。
機械が無くては、始まらない。逆に機械がそこにあれば、その時は今も静かに執事として控えるこのアルベルトの裏をかいてしまうほど、その力は驚異的だ。
「何か困った事があった? 森から変な人が襲い掛かって来るっていうなら、近いうちになんとかしようかとは思ってるんだけど」
「あっ、それは今のところ、大丈夫です。防衛戦力はきちんと、配備していますから!」
「なるほど? 流石、抜かりないね」
流石と言いつつ少々驚き、そしてある種の安堵をしているハルがいる。
天羽も別に、無条件に万人を信じ善性を愛し、全てに対してノーガードで済ますほどネジが外れてはいなかった。
守るべき部分はきちんと自分で守り、自国の安全は自分の手で保証している。
決して、『皆で協力する事が繁栄に最も近い道』などと語って、他国からの侵略などという『非効率』を警戒しない狂人ではなさそうだ。
……まあ、そういう家の教えだから機械的にそうしているだけ、という可能性はまだまだ残っているのであるが。
「それなら、なんだろうか? うちは見ての通り、原始的な木と石、それどころか土なんかを中心とした資材で出来てる国だから。はっきり言って取引には向かないよ?」
嘘である。今後機械ルートへ方針を伸ばしていくならば、レアメタルレアアースを生成可能なハルこそ理想の取引相手だ。
しかしどうやら、天羽はそれを嗅ぎ付けたという訳ではないようだった。
「いえいえ、職人芸の冴える、とても美しい街並みだと思います。ボクの家も木ですから、そちらも愛着はあるんですよ」
「とはいえ、能力的にはやはり機械と」
「はい。お察しの通りです。なので今回ご相談したいのは、例の海があった跡地についてでして!」
「あの大穴の」
「その通りです!」
こちらもまあ、少々予想はしていた事だ。タイミング的に、あの渓谷と関わる内容である可能性は高かった。
ハルたちにとっては邪魔でしかないあの元海の穴も、天羽にとってはまた違った景色と映ることだってある。
となればそれは、やはり彼の国の産業である工業と関連しているに違いなかった。
「先日、あの戦いの後、ボクもこっそりあの場へと調査に赴きました」
「そうなんだ」
知っている。しれっとすっとぼけるハルだった。
その情報を知らせてくれたのは背後に控えるアルベルトだが、彼もまたそれを一切、面に出さず、影となりその業務に徹していた。
「そこで地質調査も行ったのですが、なにやらあの元海底現地底には、非常に珍しい素材が埋蔵されているようでして!」
「……んん? そうなの、アルベルト?」
「申し訳ございません。私の調査能力が足りず、そこまでは見抜けず……」
「鉱石の事なら、専門家であるボクにお任せですよ!」
「流石、マテリアルもシェアを握っている御兜家だね」
そういう問題ではない。お世辞はさておき、神々の解析能力で見抜けないはずがないのだ。
当然ハルもエーテルを散布させ簡易とはいえチェックを行ったが、そこまで珍しい材料が眠っているようには思えなかった。
確かに地表に比べて鉱物資源が取りやすいのは確かだが、そこまで目を輝かせる程だろうか? いや、彼の目は確かに常時明るくてハルには直視出来ないが、それは別の話。
「なので、現在ハルさんが進行中の埋め立て工事は中断していただき、あそこはボクに任せていただけないでしょうか!」
となれば、これは彼の超能力、その力が花開いた結果である。そう見て間違いない。
さて、果たしてそのスキルで何を見つけたというのか。
今の宇宙に存在しない新素材か。はたまた地の底に古代の機械兵器でも埋まっているのか。
これはどうにも、素直に明け渡していいものか悩ましいハルたちなのだった。




