第1700話 穴の開いた日々
遅れて申し訳ありません! 1700話のお礼は後日改めて!
ハルたちはそうして戦後処理をこなしつつ、いくらかの日々を過ごす。
少々時が過ぎたところで相変わらず、太陽は大地を照り付け真夏の暑さは健在だ。
そんな中で、海が出たり消えたりなんてすれば環境はそれこそ外と同様に地獄のように荒れてもおかしくはないが、今のところその影響は軽微。
暑い日々は続くも、落ち着いた推移で季節の変化は続いている。
「海底の埋め立ては順調に進行しています。一部、水の流出があった地域は優先的に処置を行い、現在はそれもほぼ終了。他国の領域侵犯にはなっていますが、抗議や干渉を行うプレイヤーは現れておりません」
「ご苦労、アルベルト。まあ、川の水がドバドバと穴の中に流れ去る状況を何とかしてくれるなら、黙認してやらせておく事を選ぶだろうね」
「はい。大幅な地形の変化による周辺環境への影響も、シミュレート結果よりずっと小さく収まっています。これは、アレキの環境制御能力によるものでしょう」
「へへっ。すげーだろ、オレの魔法は! 感謝してくれよな兄ちゃんさ!」
「……いえ、その力を誇るというのであればアレキ。以前と同じ範囲にまで調整してもらえませんかね。小さいとはいえ気流の乱れが、あの穴を中心に発生しているのも事実なのですよ?」
そう。穴の影響はゼロではない。地形が大きく変われば、気流も変わる、温度も変わる。
自然の変化は地形に敏感であり、時に思ってもいない連鎖反応を引き起こしてくる。
今回もそれは当然のように同じであり、大地に深く開いた渓谷を中心にして巻き起こる不規則な風が、ここハルたちの国にまで確実に影響を及ぼしていた。
空には変わらず夏の太陽が照り付けているというのに、なんだか風だけは、一足先に秋のそれが訪れたかのように、不安を煽るうねりを見せているのであった。
「いやしょーがねーだろ? あんだけ大規模に変化があったんだから、風も変わって当然。むしろ感謝して欲しいくらいだね、この程度で抑えてやってんのをさ」
「そこは融通をきかせなさい。アレキも今は、ハル様の支配下にいるのですよ?」
「とはいえなぁ。特定ユーザーの優遇はできねーしハル兄ちゃんたちが撤退すれば、もうちょい言う通りの調整も効くようになんぜ?」
「この言い口、怪しいですねハル様。今も我々を排除しようと目論んでいるのでは?」
「だから仕方ねーだろってばぁ! オレも身動き取れないんだって!」
ハルの支配下に置かれながらも、未だに翡翠たち運営グループとの契約にも縛られているアレキ。
こちらからしてみれば敵と内通しているに近い感想を抱きがちだが、アレキの立場で見れば、両者の強制力により板挟みとなる非常に窮屈なものなのかも知れない。
「まあいいさ、アルベルト。その辺は言っても仕方ない。もう十分に検証し結論は出ただろう」
「はっ!」
「ほっ……」
「完全に以前の環境に戻したいなら、やはりあの大穴も完全に埋め戻さないといけないか。アルベルト、工事の進捗は?」
「はい。現在、南側四割ほどを平地として復元することに成功しています。地質改善等の処置はまだまだ必要ですが、ひとまず地上環境のみで見れば元通りと言っていいでしょう」
取り急ぎ、ソラたちの国の被害範囲は、同盟国として緊急修復を終えたハルたち。
そこから北上するように、その先の大地も元ティティーの海があった場所を目指すように修復工事を進めている。
それに乗じてソウシなどは、元々の国境線を越えて統治範囲を広げるべく半ば火事場泥棒ぎみに進軍しているが、まあそこは口出しはしないハルだった。
元の支配者との間で問題が起こったら、本人同士の話し合いに任せるとしよう。
「しかしながら、この先は今までのようなペースは維持できません。今後の対処は、何か状況に変化がない限り遅々としたものとなる事が避けられません」
「メタちゃんが処理していた土砂のストックが尽きたからね……」
「ふなーお……」
「気にしないでメタちゃん。あの土があっただけでも、ずいぶんと助かったよ」
「うにゃあ~~?」
「そうさ。あれがなければ、僕らは魔力を膨大に消費するか、どこぞの大地を削り取って来るかしかなかったんだ」
「手段がある時点でやべーけどな兄ちゃん」
「にゃうにゃう♪」
まあ、それも可能か不可能かでいうなら『可能』というだけで、諸々の影響を考えるとなるべくやりたくないのも間違いない。
魔力を<物質化>するのは元より、別所の地面を剥がして持ってくるのも、問題が大きい。
この星は人が生活しているエリアこそごく限られた地域に収まっているが、それ以外の地域には誰もいない訳ではない。
それぞれのエリアに神々が点在して支配しており、その周辺を大きく荒らしてしまっては苦情が来ないとも限らなかった。
「仲間のねーちゃんのスキルで何とかなんねーの?」
「ルナの<近く変動>は、別に無から物質を作り出すスキルじゃないからね。それこそ地殻変動のように、周囲の地形を寄せる事で望みの地形を生み出すスキルだ。本人いわく、『ブラのようなもの』だとか……」
「はは。ルナ様らしいですね」
「ふなおぅん!」
「ええ。そうですよアレキ。あなたも運営の一員でしょうに。スキル性能くらい把握していないのですか?」
「だからオレの担当は環境構築だってーの」
まあ、ルナの<近く変動>では本当の本当に全くの不可能かというと、実はそうでもない。
穴の周囲から少しずつ地形を引っ張って、均してゆけば、最終的には見た目は大差ない平坦な地面が出来上がるはずだ。
もちろん体積は変わらないので、フィールド全体が少しだけ“薄く”なってしまうのは避けられないが、そこまで大きな影響は出ないだろう。
しかし、それをやるには工事が大規模すぎてルナの負担が大きい事と、他国の領土に踏み入って行う作業量があまりに多いことから、現実的ではない。
特に穴と直接面していない国ほど、工事にいい顔はしないだろう。そもそもサコンの国がまず無理だ。
「しかし、発想自体は流用できるかも知れません。要するに、全てを元通りに土や岩石で埋める必要はないのです」
「どうするの?」
「にゃっ! うにゃにゃん、にゃにゃ! にゃっふー!」
「ふむふむ? ……つまりメタちゃん、それはどういうこと?」
「つまりはですね。どうせ埋めてしまうのですから、地下部分はスポンジ状の構造物を敷き詰めて補強してしまい、目に入る上層だけを、土を被せて仕上げてしまえばいいという事です」
「ふにゃにゃう。にゃんにゃん♪」
「なるほどね。メタちゃんが言うなら、きっと問題はないんだろう」
スポンジと聞くと脆く押しつぶされてしまいそうに聞こえるが、そこは問題はない。神々の技術力だ。
その特殊素材はむしろ鉄より丈夫で圧倒的に荷重にも耐え、しかも材料も使わずに済む。
プレイヤーもNPCも関わらぬ地下の部分なので、そこは<物質化>で作っても問題がない。
まあ、地面を透過して見る力があるNPCが調査すれば、地下に大空洞が空いているように見えてしまって恐怖を感じるかも知れないが、不安なら引っ越してもらえばいい。
「にゃにゃう、にゃうにゃう。ふにゃっふっふ……」
「どうせなら、その地下空間を使って秘密基地を作るのもいい、ということらしいですね。その意見には、私も賛成です」
「好きだよなぁお前ら、そーゆーインケンなの」
「何を言いますかアレキ。あなたはそんな見た目をしているくせに、このロマンを介さないのですか」
「見た目となんの関係あんだよ! いや、男なら、太陽の下で元気に遊ぶべきだろ!」
「まあ確かに、そっちの方がアレキの見た目通りか」
まるで少年漫画の主役でも張っていそうな、赤髪で元気な少年の外見を持つアレキ。地下の秘密基地のロマンを解するには、少々タイプ違いのようだった。
まあ、そんな男のロマンの方向性はさておき、今回はハルもその意見には賛同できない。
この地はいずれ完全に現地の者に委ねるつもりでいるのは前述した通り。あまり趣味の施設を作っては、後の者達が掘り当てて大騒ぎにならないとも限らなかった。
「いや、今回は、それはやめておこうか……、地下に秘密施設を作るなんてのは、御兜他三家に任せておけばいい……」
「あちらに動きは?」
「いや、今は特に動きは見られないね。彼らも警戒しているんだろう。学園地下は半ば休眠状態だ。まあ、僕が常時見張ってるとは気付いていないはずだけど」
「それこそ、他にも同じような施設を持っているかも知れませんしね」
「ふなんな」
「そうだねメタちゃん。暇があったら、今度探してみようか」
「にゃうにゃう!」
まあ、果たしてその『暇』とやらが、いつ訪れるのかという問題はあるが。
「ああ、そういえば、その御兜からの参加者が、面会の申し出を送って来てたっけ。そんなことせず、直接会いに来たっていいのに」
「名家の跡取りとして、そんな真似は出来ないのでしょう」
「そこはほら、サコンとかを見習ってさ」
御兜天智の孫である、天羽もまたこのゲームに参加している。一応、ハルの国とも友好関係という立場になるのか。
今までは遠方に居を構え自由にやっていた彼から、今回突然ハルへと連絡が飛んできた。
どうやら、例の『海』、今や『穴』についての話があるそうだが。埋め立てに何か問題でもあったりするのだろうか。
なんにせよ、今は材料不足でそもそも工事は進められない。
ハルはとりあえず穴の現状は維持しつつ、天羽の訪問の日を待つことにしたのであった。




