第170話 神退者
周囲を埋め尽くす天雷の中、ハルは機を待つ。果たしてその時はやってきた。
この大魔法の中、いつまでも消えるどころか減る事の無いハルのHP表示に業を煮やしたか、追加の魔法発動が来た。ウィストのHPがコストとして消費される。
判断としては、実際そう悪くない。攻めるときは徹底的に攻める。最初からその姿勢なら、ハルも近寄るのを躊躇い、もう少し苦戦していただろう。
ハルの攻撃の一切が止んだ事からも、防御に手一杯で、まさに追撃のチャンスだと踏んだのだろう。
だがそれが、ハルの誘いでなければだが。
「来たっ! カナリーちゃん、いける?」
「はーい、いつでもー」
ハルは常時展開していた電磁シールド、その制御に全力を回す。急速に出力を上げられたそれは、バチバチとスパークを周囲に回転させ、この空間の雷鳴に、更に異様を追加する。
ずっと防御の為に展開し、敵の雷魔法に干渉されないよう苦心していた物だ。だが目的は<雷帝>の防御ではない。敵を撃破するための攻撃だ。
──アイリも、準備は良い?
《はい! エネルギー臨界、システムオールグリーン! 何時でも撃てます! ……えへへへ、こういうの、言ってみたかったです!》
お屋敷に居るアイリの準備も万全。待機しているルシファーもこれに合わせ最大稼動中だ。
敵の攻撃に合わせ、射出する。そして、すぐにそれは来た。
「撃て」
「《荷電粒子ビーム、最大出力。発射!》」
ハルの展開した電磁シールドに向けて、超加速された粒子群が<転移>されてくる。すぐさまシールドに反応し、収束し、位相が揃う。
全くの同時、雷撃を防御していた隔離空間の壁が砕け散った。
ハルとカナリーは雷撃の雨の中に再び曝されるが、それらは互いに衝突し、弾かれ、二人へ向かう事は無い。
電磁シールドの効果ではない。何故か、“運良く”雷がこちらへ来ない瞬間を引き当てていた。見た目にしてみると非常に露骨だ。
そのぽっかりと開いた雷電の渦を砲撃筒代わりに、光速近くまで加速された、荷電粒子砲の一撃が射出された。
◇
到達はまさに一瞬。その狙いあやまつ事なく、砲撃はウィストへ直撃した。
本来ならば、<雷帝>の電磁力に干渉され、ねじ曲がり、正確な狙いなど取れなかっただろう。だが運良く、雷は道を空けた。
仮にも敵の制御する魔法をそれだけ操るとは、カナリーの恐ろしさが垣間見えるようだ。
ビームは発射される直前の敵の魔法を飲み込み、打ち砕き、ウィストもろとも爆散させた。もはや空に彼の姿は無く、<雷帝>の魔法も雲散霧消している。
「やったか? ……黒曜」
「《はい、ハル様。やりました。きっちりと撃破ログがございます。……アイテムなど、報酬は無いようですが、<神退者>の称号が付与されております》」
「やってたか。……しかし、あれって倒せる想定だったんだな。称号があるって」
「《……それが、もうひとつ、<想定外だった、プレイヤーが本体を倒しちゃうなんて。慌てて称号作るハメになっちゃったよ>、という称号もございまして》」
「称号でメッセージ送って来るの止めろってば……」
あの神とも、直接もう一度話したいものだ。
ただ、システムに保障されているという事は、撃破は確実だろう。
「結局、不意打ちに頼る事になっちゃったけどね」
「仕方ないですよねー。正面から殴り合って勝てるようには出来てませんからー」
「完全にこっち有利のフィールドに整えた上であれだもんね。万全だったらどれだけ強いのか……」
「ゲームの攻略らしくて良いじゃないですかー。本来、ほんの数割だって削り切る攻撃なんか不可能なんですよー?」
そこが恐ろしい。ルシファーの主砲、その最大出力を叩き込んでも、最大値から即死圏内には行かないようだ。
純粋な物理攻撃である故に効きが悪いというのはあるが、どれだけの防御性能なのか。
「それだ。あの最後の攻撃。あれは何だ? あんな物はオレも想定外だ」
「…………は?」
そうして勝利の余韻に浸るふたりに、かかる声があった。
「どうした?」
「……いや、『どうした』、じゃないが。……何で、しれっと生きてんの君?」
心なしか二割増しでぶすっとしたその声は、先ほどまで戦っていたウィストその人であった。撃破メッセージまで出ていたので、完全に気を抜いていた。
「神がそう簡単に死ぬか」
「いや死んだでしょ! 自国に戻れよ!」
「そうですねー。私もこれからハルさんといちゃいちゃするので、居座られると迷惑なんですがー」
「安心しろ。もう契約者はリンク切れだ。敵対はしない」
「話聞けや」
まあ、少なくとも<降臨>が継続中ではないというのは朗報だ。回復薬が尽きるまでは絶対に死なない、とかだと面倒すぎる。
しかし、それならどうしてまだここに存在出来ているのか。
この地での復活は、カナリーの許可が必要なはずだ。彼女も、ウィストやミレイユに復活の許可を与えないだろう。
「貴様らに切り飛ばされた足があっただろう」
「あったね」
「あれを隠しておいた」
「ええぇ……」
撃破された瞬間に、意識を足に移して生きながらえたとでも言うのか。
そもそも何処に隠していたのか。カナリーの神剣で出来た隙間に魔力を流し込んだ時、ハルに即死呪文を撃った際だろうか? それを目くらましに、裏で足を隠していたとか。
「じゃあ足から生えて来たんだね君」
「妖怪足だけ男ですねー」
「やめろ」
「『実録! 女神の神域の奥地で、謎の足だけ男を見た!』」
「ここ見晴らし良いから、奥地って感じしないねカナリーちゃん」
「森でも作りますー?」
「やめろ」
勝利の余韻を壊された腹いせに好き放題言う。
未だにくっつきながら悪口を言ってくる主従に、ウィストは露骨に眉をしかめた。いい気味だ。
「で? あの攻撃は何だったのだ?」
「何で当然の権利のように聞いてんのさ……、教えたくないなー、また真似しそうだし」
「そうですよー。まだ敵なんですよー?」
「単純に興味だけの上に、オレは特に貴様らと敵対しているつもりは無いのだが……」
研究一辺倒であり、勢力争いに特に興味は示していないのか、そんな事を言う。
先ほどの戦いは、主体はプレイヤー、神を降ろした側の方のようで、ウィストは配下に加わらなかったようだ。
つまりは再び剣を交える可能性があり、あまり手の内を晒す気にはなれないが。まあ今更隠すほどの事でも無いし、構わないだろう。ミレイユの視点も消えている。
ハルはルシファーと荷電粒子ビームについてを、彼に説明する。
「ほう。興味深いな。だから貴様は電撃を嫌っていたのだな」
「扱いが繊細だからね。最初からアレで決めるつもりでいたから、カモフラージュとして電磁シールドは解除したくなかった」
「チャージには随分時間がかかるようだな。だがそれを差し置いても、あのスピードは脅威だ」
「ほぼ光速だからね」
魔法の発動にはどうしても式の構築から発動までのタイムラグがかかる。それは、彼のような到達者とでも言うべき専門家でもゼロには出来ない。
つまり、超高速の砲撃は、撃たれた後に対処が出来ない。
「マゼンタにはまるで効かなかったから、有用性が確認できて良かったよ」
「防御力だけはやっかいだからな」
その後も少しのあいだ情報交換をしていたが、腕の中のカナリーが焦れてきたので、そのあたりで切り上げる事にした。
続きは自国でという事なのか、彼の神殿への通行許可が下りたようだ。
行くのもやぶさかではないが、また戦闘になったりはしないだろうか。なんだか、他人の神域では戦闘しかしていない気がする。
今回、ウィストの撃破は成ったが、彼、魔法神オーキッドから宣戦布告を受け、それを下して配下に置いた訳ではない。未だに関係は中立だ。
「今度はそのうるさい女は置いて来い」
「なにおー、ぶーぶー」
「まあ、僕がカナリーちゃん連れて行ったら、それこそ宣戦布告だから、やらないけどさ」
「えー、もうしましょうよー。喧嘩売られてますよーこれはー」
「貴様の妻は連れてくるが良い。あれは話が通じそうだ」
「やっぱり喧嘩売ってますー! なら私もハルさんと結婚しますかねー」
「やめろ」
最後まで神コントを繰り広げて、ウィストは去って行った。結局何をしに来たのか、と思わないでもないが、そこはミレイユの事情なのだろう。
カナリーはハルの手から飛び降りると、ぷんすかと怒りを顔に出して、戸締りのポーズをしている。ついでに塩も撒くようだ。こういうところ、日本的な彼女である。
大量に塩をぶちまけた後、植物に悪いからと、せっせと回収していた。見ていて飽きない彼女だ。
そんなカナリーが居たからこそ、今回の戦いは勝利することが出来た。
ハルは何処に塩を撒いたらいいか悩む彼女の手を引いて、お屋敷へと戻るのだった。
*
「あ、ハル君にカナちゃん、おかえりー。って、ハル君はこっちにも居るんだったね」
「ただいまですよー」
「ただいま。まあ、こっちの僕はルシファーに入ったきりだからね」
「裸のユキと一緒にね? ユキ、きっとイタズラされているわ?」
「ルナちーはすぐそゆこと! ……お、おてやわらかにねハル君?」
「柔らかいのはユキの体よ」
「してないってば……」
そのルシファーからユキの体をポッドに戻し、構築を解除していく。ハルの本体が戻ってくると、なごりを惜しむカナリーをなだめつつ、分身を消去する。
久々に、分身の多視点を使っての作戦だった。
「カナリー様! おかえりなさいませ!」
「アイリちゃんただいまー」
ハルと共に搭乗していたルシファーから排出されたアイリも、てこてことカナリーに駆け寄る。今度は彼女に抱きつくようで、駆け寄るアイリを抱きとめていた。
「カナちゃんは甘えん坊さんだねぇ」
「戦闘中もずっとハルに抱かれていたものね。……だから、ユキの体に手を伸ばす必要が無かったのね?」
「いえ、ハルさんは中でわたくしと抱き合っていたので!」
「……迂闊だったわ。二人同時に抱ける、便利ね、ハル?」
「時代は一人いちハルですよー」
「君ら好き放題言うのやめい」
流石に疲れが出たので、ハルがソファーに身を投げ出すと、アイリを抱えたカナリーもそれに続いて、またくっついて来る。確かに甘えん坊だ。
いつもくっつきたがる彼女だが、こんなに常時求めて来たりはしない。
「どうしたのさカナリーちゃん?」
「いえー。今日は私、大活躍だったのでー、ご褒美ですー」
「カナリー様、とっても素敵でした!」
「もはや因果律の調整よね。色々と言葉が出ないわ」
「この時代に乱数調整を見るとはねぇ。お姉さんもびっくりだ」
「擬似乱数が現役だった時代はユキ生まれてないだろ……」
「あ! わたくし知ってます! 最初からやり直すと、全く同じ結果を出せるんですよね!」
レトロゲームの話だ。ミニゲームとして収録されている昔のゲームは、まだ完全な乱数という物がプログラム的に達成不可能だった。
そのため、その生成法則を読み取って、望む結果を導き出す乱数調整という事が出来たりしたものだ。当然、ほとんどの物は人力による調整などほぼ不可能だったが、中にはアイリの語るような簡単な物もある。
ミニゲームは思考操作が可能なので、ハルの頭脳ならばそれなりの状況再現が可能になっている。
余談であった。カナリーの行いは、現代におけるその再来であるという事だ。
「あれが無ければ勝てなかった?」
「ハルさんなら勝ちますよー」
「……カナリーちゃんのその信頼は何処から来るのか。でも、かなりキツくはなってたはずだよ」
「流石は神よね。あれでも本気ではないのでしょう?」
「魔力が自由に使えれば、最後の雷みたいのが常時飛んで来るね」
「うへー。流石に無理ゲーだなぁ、今の私じゃ手が出せん」
「ユキさんも、ルシファーに入って戦うのです!」
普段の体、接触用筐体だったか。それであれば出力は多少落ちるだろうが、それでも自由にしたウィストとは戦いたくない。戦術の応用性が段違いだろう。
カナリーが一芸特化とすれば、ウィストは万能型だ。隙の無い相手はやりにくい。
「後は、戦闘指揮がミレイユだったってのが大きいね。彼女の思考は読みやすい」
「思考って、HPMPバーの動きを見るのだったかしら? ……ちょっと理解できないわ」
「ハル君はいつもそういうコトやるよ。エスパーかっていつも言われてる」
「直前に、本人と面と向かって話せたのが大きいね」
そこで会話に興じてしまったため、ハルに癖や思考の傾向を読まれる事になった。後は、体力ゲージの動きにそれを当てはめてやるだけである。
「ゲージの動きでフェイント入れられて、初めてハル君の対戦相手だね」
「やっぱり理解できないわ……」
「ユキさんも凄いのです!」
慣れた相手だと、そこに頼りすぎるのもまた危険だ。相手も、読まれている事を承知で対策を打ってくる。
今回の例で言えば、“回復をわざと躊躇し、薬の残量を誤認させる”、“わざとHPを無駄にコストに消費し、ハルの攻撃を誘い込む”、といった逆利用が可能だ。
ユキであれば、そういった対策を取って来るだろう。
「でもさ、神様がそんなに人間の言うこと聞くん?」
「それが<降臨>スキルなんじゃない? 不本意そうだけど、ウィストの奴は全部従ってたし」
「へー。あ、じゃあさじゃあさ! カナちゃんもハル君の言うこと全部聞かなきゃいけないんだ!」
「そうですよー? 言いなりですよー?」
「えっちだわ」
「か、カナリー様が、いいにゃり……、ふおぉぉ」
言いなり、という言葉に女性陣が目ざとく反応する。別にそういう風に言いなりにするつもりは無いのだが。
カナリーもそんな会話を無駄に楽しんでいるようで、無駄に会話を広げてくる。やっぱり猥談好きの色欲担当だこの神。
「例えばハルさんが下着を脱げって言ったら、この場で脱がないといけませんー」
「そういえば、カナちゃんのおぱんつ見たこと無いね。みんな、家ではガードゆるくなってるのに」
「ユキの視点が男子だわ……」
「カナリー様の、おぴゃ、ぴゃ」
アイリは、少し落ち着くべきだ。親愛する主神の性的な部分なので、少しオーバーヒートしてしまっている。
カナリーはふわふわしたワンピースで、しかも常にふわふわ浮かんでいるので、ふとした拍子に見えてしまいそうなものであるが、そこは謎の神パワーで堅くガードされているらしい。
見えそうで、絶対に見えない。視線感知機能のようなものがあるのだろう。
ただし、ハルはその対象ではないようだった。
「でもカナリーちゃん下着はいてないじゃん。脱げないでしょ」
つい、突っ込みを入れてしまう。これがカナリーの策だと分かっているのだが。
「あー! やっぱりハルさん、覗いてましたー! えっちですね~」
「いや……、そりゃ、見ちゃうでしょ……」
ハルも男子だ。かわいいお尻が目の前にさらけ出されていれば、つい目を向けてしまう。
隠してほしい。神パワーで。やはり痴女ではないのか。やたら透けやすい服を好んで着ているし。
ただ眼福ではあるので、止めろとは言えないハルだった。
そうして、ようやく戦闘の残り火も消えてゆき、いつもの日常がお屋敷へと戻ってくる。
ここ数日は、続けてパーティーの参加から対抗戦、休むまもなく今日、と慌しく続いていた。この後は、少しゆっくりと、皆とこうして穏やかに過ごしたい。
そして叶うのなら、その先も平穏な日々が待っていれば良いと願うハルだった。
※誤字修正を行いました。(2021/8/11)




