第1696話 女帝を動かす動機と利点
「結局、ルナちゃんママってば何がしたかったのかな?」
「それはですねユキさん! 恐らくは、月乃お母さんはハルさんを王様にすることを、まだ諦めていないのです……!」
「僕らの住む日本では、『王様』って言うのはちょっと語弊があるかも知れないけどねアイリ」
「そうですかねー? 私はそれこそ、事実上の王様に、ハルさんをさせようとしているんだと思いますけどー」
「カナリーちゃんまで」
「まあ、何にせよ、懲りるお母さまではないのは分かっていたわよね……」
以前、月乃は『フラワリングドリーム』開催に乗じて、ハルをそう誘導しようとした事件があった。
その時は最後の最後でハルたちに企みを看破されてしまい、ルナを中心に絞られることになったのだが、それで懲りるような彼女ではなかった訳だ。まあ、ハルもそれは分かっていた。
月乃からは結局、彼女の計画の詳細や、ほぼ確実に存在しているであろう異世界側の協力者については聞き出せなかった。
また月乃はそそくさと家を出てしまい、今はハルたちだけが実家に取り残されている。
どうやら今回は、全てを語ってくれるほどの及第点には達していないらしい。
ハルたちはまだ、彼女の企てる事の真相には、まるで届いていないようだった。
ひとまずはティティーと交わした約束は反故にせぬよう念は押せたので、今は目的は果たせたとしよう。
「まあ、王様うんぬんってだけじゃなく、奥様の目的は色々と複雑に絡まってるんだろうけど」
「今回の素直に認めてくれたのも、きっとバレても問題ないことだったからなんだろね?」
「ですねー」
「いったい裏では、どんな深慮遠謀が張り巡らされているのでしょうか!」
「どうせロクでもないことよ? あまりあの人を過大評価しない方が良いわ?」
とはいえ、月乃の手腕が天才的に優れていることは疑いようのない事実。
ルナにも受け継がれている、全体の流れのようなものを読む力はまさに超能力でも使ったかのようだ。ハルでも遠く及ばない。
どちらかといえばハルは、一対一の個人戦でこそ、その才能を発揮する。こちらは逆に月乃ですら赤子扱い出来るほど圧倒的だ。
そんなハルが彼女の陰謀から逃れることは実は容易い。ハルが月乃を“倒して”しまおうと思えば、月乃に抗う術はない。
もしくは異世界に逃げ込んでそのまま決して出て来なければ、月乃にはもう手出しは叶わない。
そうするだけの力が、今のハルにはあるのだから。
しかし、ハルはそうしない、そう出来ないことを月乃はよく知っている。それ故の余裕だ。
それに力で彼女を従えなどすれば、それこそ暴君としての、王様としての態度そのものだろう。
「……面倒だ。相変わらず。もっとボタン連打で勝たせてほしい」
「あはは。ハル君がまだ、ゴリ押し思考に支配されてる」
「ティティーさんを脳筋でやっつけた時の、爽快感が抜けてないのです!」
「そのティティーは、大丈夫なのかしら? 戦闘中はずいぶんと、上の空だったけれど……」
「ああ。どうやら問題ないみたいだよルナ。あれはどうやら、処理すべき情報が多すぎて一時的に脳がオーバーハングしてただけみたいだから」
「普通に危険そうに聞こえるのだけれど……」
まあ、後遺症が残るような致命的な変身ではなかった、ということで。
ハルが(勝手に)現実の彼女の肉体を診断した結果、大きく疲労が残る以外の不都合は見当たらなかった。
今は深く眠りについており、そうして回復を図れば問題は何も残らないだろう。
「しかし、ティティーがイシスさんと同様に記憶を引き継いでいたとはねぇ……」
「ね。びっくりだねルナちゃん」
「はい! 龍脈の、巫女さんだったのです!」
「ですよー? まあ、そこまでの力を持ってたかは知りませんがー」
「まあ、居るんじゃないかとは思ったよ。僕らが把握しきれてない、記憶保持者の存在はさ」
あの『皇帝』、織結悟や情報屋、帝国宰相の万丈。そしてイシス。
そうした夢の中での記憶を現世に引き継げる存在を、全て拾いきれていない可能性にハルたちも気付いてはいた。
しかし、かといって本人が一切を語らなければハルたちにも探しようがない。問題が出なければ、ひとまずはそれでよしとしていた。
実際、他人に語っても信じられる話ではない。相手は記憶が無いのだから。都市伝説が一つ増える程度であろう。
「奥様ちゃんはどこから、そんな情報を仕入れたんでしょうねー?」
「情報屋とかが、こっそり喋ったのかな? 締め上げよっか」
「おやめなさいユキ。どうせ大した情報は持っていないし、楽しくなさそうだわ?」
「あはは。楽しかったらやるんだ」
「まあ、彼らへのヒアリングはかなりやったからね。隠し通せたとも思えない。一番可能性があるのは皇帝だけど、彼が奥様にリークするのも想像つかないし……」
「商売敵ですもんねー。いえー、政敵と言った方がいいんでしょーかー」
まあ、相手が運悪く有力者であり、かつ超能力者だったのが痛い。それがあるので、どれだけ考えても決して答えが出ない可能性があった。
なのでハルたちはひとまず、『ブラックカードなどの秘密の通信網で接触したのだろう』と仮定し、それ以上の追及は白紙に戻す事とした。
もし知りたければ、ティティーから直接聞き出せばいいことだ。
それよりも今、最優先し考えなくてはいけないのは神々の中に居るであろう協力者について。
場合によってはそちらの方は、このまま見過ごしていては何らかの事件の発生をいたずらに承認することになりかねないのだった。
◇
「とりあえず、誰が怪しいんだろう? やっぱりアメジストちゃん?」
「しかしユキさん。あの方は、今はお仲間、なのです」
「そうかしら? いえ、まあ、そうよね?」
「ですよー? ハルさんがとっ捕まえたんですから、裏切れませんー」
「調査の結果は出たの?」
「まー、いちおうはー。徹底的に体に聞きましたがー、特に変なものは出ませんでしたー。あの子自体が変ですがー」
体に聞いたなんて言うとなんだか恐ろしかったり、えっちなようにも聞こえるが、要は神の肉体を構成する魔力を徹底的にサーチしたということだ。本当に物理的に、肉体に聞いたのである。
それでも心の中まで読んだ訳ではないので完全に安心はできないが、少なくともアメジストは今、ハルを裏切り暗躍する手段を何もその身に備えていない事が確認はできた。
「まあ、自然に考えればやっぱり、アレキたち今の運営陣の誰かだよね。そもそもアレキが、ブラックカードを介して匣船家に接触してたんだし」
「ですねー。同様に奥様ちゃんにも、別口で接触しててもおかしくないですよー?」
「しかし目的が、不明なのです!」
「確かにね? 侮る訳ではないけれど、お母さまは異世界に対してはまるで無力よ? 特に惑星開拓なんて大事業に、役に立つとは思えないわ?」
むしろ彼らからしてみれば、月乃はハルたちサイドの人間だと認識されているはずだ。
ハルたちには知らせず事を進めたいと思っていた彼らが、接触するには危険が大きすぎる人物。
そう考えるとやはり、メリットがあるようには思えない。
一応利点がありそうなのが、植物の遺伝子改造を行いそれを使った実験をしている翡翠あたりか。
月乃もまた、遺伝子操作した人間、いわゆるデザイナーズチャイルドを生み出せる程にその分野には精通している。
遺伝子操作の実験だけならば、異世界で行っても地球で行っても、結果に大差はないだろう。
そのことを女の子たちに話すハルだが、やはり反応は芳しくない。まあ、ハル自身も乱暴な理屈であることは百も承知。
「なさそうですねー? まず効率が最悪ですー。貴重な奥様ちゃんを使って、やることじゃありませんー」
「まあ、そうね? お母さまを動かすなら、そんな末端の研究員のような仕事なんてさせてる場合じゃないわよね?」
「というか、ルナちゃんママが動いてくれないんじゃないの?」
「ですね! 月乃お母さんは、お忙しいのです!」
まあ、そんな訳で、翡翠という線も動機以外に当てはなる部分が少ない。これも可能性が薄いと言わざるを得なかった。
もちろん、翡翠について、ハルたちだって全てを知っている訳ではない。
もしかするとその知らない何かで、月乃の利害と一致する部分があるという事も考えられる。
他の運営陣についてもそうだ。ハルはまだアレキと翡翠以外のメンバーを特定できていない。
そんな状況では可能性はそれこそ無限。これも、考えるだけ無駄な情報なのだろうか?
「あとは、怪しみが強いのはミントちゃんかね? ほら、アメジストちゃんが、あの子もエリクシルネットでなんかやってたとか」
「確かに、ミントもまた要注意だよね。あの子は特に、その目的自体が危険極まりないし……」
「人類の精神、幽閉計画なのです!」
ただ、月乃は確かに陰謀を張り巡らせるのが大好きな怪しいひとだが、そんなディストピアのような世界の望んでいるかといえばそんな事もない。
ミントの計画にも、やはり同調する利点があるとは考えにくかった。
ただ、エリクシルネットとそこから繋がる夢世界のこともある。状況を考えれば一応候補者の中では、今はミントも可能性は高いといったところか。
「よし、まあとにかく考えていても仕方ない。そんな感じで今後はいっそう注意して、」
「ちょっと待ってくださいー。ひとり忘れてますよー」
「ん? どうしたのカナリーちゃん? 他に、神様で怪しそうな候補者いたっけ」
「居ますよー。いえ正確には、神って訳じゃないんですけどー。この場合セフィさんも容疑者として疑っておくべきなのではー?」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




