第169話 雷帝
「命中しましたー。手ごたえありですー」
「やったか」
「やってませんー。剣光それ自体を蹴っ飛ばして逃れたようですー。その足は千切れましたけどー」
「知ってた。……トカゲの尻尾切りだね。器用なやつ」
直撃すれば、あわよくばHPをゼロにと期待できたのだが。しかし当然、敵もそれは理解している。何としても直撃は避けるだろう。
破壊した部位も、回復薬によってすぐに再生される。やはり一撃で倒してしまえなければ、振り出しに戻ってしまうだけだろう。
「でも再生が終わるまでは好機なのは変わらない。カナリーちゃん、どんどん斬っちゃって」
「はーい」
カナリーが剣の閃光を暴風の如く振るうのに合わせ、ハルも爆風で援護する。
直撃による大ダメージはカナリーの神剣に任せ、反物質砲による爆発は追い込みによるサポートに徹底する。
移動経路を塞ぎ、逃げ道を絞る。あえて一方向だけ残した道の先には、カナリーの神剣を先置きしてある。
それを察して踏みとどまったとしても、後ろからは対消滅によるエネルギーの爆風が押し寄せる。二重の罠だった。
「徹底して私の剣は避けますねー」
「僕の爆風は当たるけど。これだと決定打にはなりえない。死な安されてる」
「私のハルさんがナメられてますー。いけませんねー、もっと威力を上げて思い知らせちゃいましょー」
「……これ以上は、ちょーっと環境にも影響が大きいかなーと」
例え遠距離からでも、取り囲んで全方位からの爆縮でトドメを刺す事は可能だ。単純に爆発の威力をもっともっと上げてやればいい。
だがそれをやると、流石に周囲への被害が大きくなりすぎる。ただでさえ今も、爆風が気流をかき乱し、実際の嵐もかくやといった天候の乱れを引き起こしてしまっているのだ。風は、お屋敷はもちろん、首都にまでも届いているだろう。
そこも敵には理解されている。ハルの爆撃は、ある一定の威力までしか出ないと踏んで、『死ななければ安い』とばかりにそちらに突っ込んで突破される事もある。
ご丁寧に、雷撃による攻撃は据え置きだ。雷雲は無いが、風と雷が吹き荒れる様は、見る者の不安を煽る異様となっているだろう。
「これだけ派手にやって、互いにノーダメージってのも情けないね」
「そんなことないですよー。神の威を見せ付けるのにも、一役買ってますしねー」
「政治利用か。神様ショーだね。……相手もそれを考えてるのかな? まあ、それは良いや」
「じゃあー、敵の回復はどうですかー?」
「少し、備蓄に不安が出てきた頃だろう。回復の手が一瞬、無意識に躊躇するようになった」
常にテンポ良く一定のリズムで成されていたミレイユによる回復が、回復薬の在庫を気にして、一瞬止まる事が出てきた。恐らく、最初に用意していた総数の半分を切った。
「ただ、HPに関してはまだまだ余裕ありって感じかな。……逆だったら良かったのに」
「そっちが切れれば簡単にトドメ刺せるんですけどねー」
「ねー」
互いに、時間との戦いだ。ハルは自分たちの手でウィストのHPをゼロにしたい。ウィストは、戦闘不能になる前にハルを倒してしまいたい。
「何にせよ、攻めあるのみだ」
「ですねー」
ハルは、ウィストから飛んでくる雷撃の進路を爆風で捻じ曲げながら、カナリーと共に攻撃を再開した。
◇
腕に抱いたカナリーが、無造作に次々と神剣を振るう。その様子は子供が遊ぶようにかわいらしいが、威力の方は無邪気では済まない。
空を切り取り、爆風も雷も切り裂いて、真っ直ぐに敵を狙う。
直撃すれば体力の大半を持っていかれるそれを恐れて、HPをコストにした大技は控えるかと思われたが、敵は気にせず連打してくる。
絶対に直撃などしないという自信の表れか、それとも、直撃するような事態になれば、どの道自分の負けであると割り切った合理性か。
どちらにせよウィストの思考だ。あのミレイユでは、ここまで思い切った戦法は取らないだろうとハルは推測する。事実、先のかすりヒットから、一定値以上は体力を割らないように調整している。ミレイユの指示だろう。
「ハルさん、危ないですよー!」
「わかってる!」
そのカナリーの切り裂いた空間に、割り込む物の姿があった。
<神眼>に映るその色は紫。黄色で満たされたこの神域に、そぐわない不純物。
カナリーの神剣に切り開かれた魔力の、一瞬開いた空白地帯に滑り込んできた、敵の魔力だった。
ハル達の手元まで一瞬で滑り込んできたそれの内部に、これもまた一瞬で魔法の式が羅列される。ウィストによる遠隔の魔法、それを強引にここまで通して来た。
式は折り重なって陣を成し、紫紺に輝くその魔法はすぐさま発動する。煌めく光の波動はハルたちを怪しく照らし、強引に干渉しようとしてくる。
「踏み込みが浅いですよー」
「陣地確保がお粗末だね」
基点となる紫の魔力、こちらの本陣へと電撃的に切り込んだそれは、すぐさまカナリーによって侵食され黄色に置き換わった。
そうなればそこはもうこちらの領分。ハルは展開された魔法式を粉々に握りつぶすイメージで、欠片も残さずバラバラにする。
「えっぐいな。原子破壊か、魔力版の」
「神に効くわけないじゃないですかーもー」
「カナリーちゃんを装備してなかったら、キツかったかな」
「常に装備しておくと良いですよー?」
発動した魔法は、複雑すぎて全ては読み解けなかったが、プレイヤーの体を構成する魔法式の結合を分離し、破壊する魔法と推測された。
ゲーム的なダメージを解さず、その体を直接分解する、ゲームルールを超越した魔法。強引にゲームに当てはめるならば、『即死呪文』といったところか。
ハルの抱くカナリーが抵抗し無効化してくれたが、分身体である今のハルが、あれを直接浴びたら危なかった。
魔力であるプレイヤーへの対策は、完全にお手のものなのだろう。
敵の魔力が支配する空間だったら、あんな物が次々に飛んで来るのだ。想像するにも恐ろしい。
「神剣を使うとこうなるって言いたいんだろうね。だから使うなと」
「『使わないで下さいお願いします』、でしょー?」
ナメるなとばかりに、カナリーは躊躇うこと無く神剣による閃光を放つ。
切り取られた空間に、やはり紫の魔力が滑り込んで来るが、カナリーは一瞬の間も無くそれを侵食し、自陣の魔力へと変換してしまう。そこに魔法を通す隙など与えない。
「無駄ですよー。魔力を流すスピードは褒めてあげますが、周囲は全て私の魔力。押し潰すのは一瞬ですー」
「だが、それに割く意識は取られるだろう」
遠く浮かぶウィストから声が届く。カナリーの神剣、その利点であり欠点だ。
その閃光が切り裂いた空間は、魔力的な空白地帯を作る。敵陣であれば、セレステの神域でやったようにこちらの魔力を侵攻させる隙間が生まれるが、自陣であれば逆を許してしまう。
そこを突き、神剣による攻撃をし難くしようという策だろう。
「分かってませんねー。意識を取られるのは流す側も同じ。それに取られるのは意識だけじゃなく魔力もですよー。ごちそうさまでしたー」
何ら問題にならない、とばかりにカナリーは斬撃を再開する。無数の光の剣が空を切り裂き、その進路を両断して行く。
そこにウィストが魔力を流し込んで来るが、カナリーがそれを侵食するのに何の痛痒も与えられていなかった。彼女はそもそも、ハルの腕の中でぶんぶんと剣を振っているだけなのだ。余力は十二分に残っている。
対する敵は、攻撃と、回避の合間にそれを行わなければならない。しかも魔力を流すにもコストがかかるのだ。確実に割に合わない。
「クソ、出鱈目な侵食スピードだな……」
「『やめてくださいお願いします』ですよー」
「黙れ」
結局、魔力をこちらに通すのは諦めたようだ。いや、リソースの消費を嫌ったミレイユから待ったがかかったか。
試み自体は悪くないとハルは思う。ウィストの魔力操作スピードは目を見張る速さだ。こちらの手元に届くまで一瞬。カナリーとて侵食が少し追いつかない。
何かの拍子に処理が遅れれば、そのタイミングで魔法を発動出来るだろう。当然、決定打になどさせないが。
自身の活動限界が限られているのに、安定を取ってしまうのは彼女の思い切りの悪さだろう。ミレイユもあまりゲーム慣れはしていないと見える。
ならばそこを突こう。ウィストとミレイユの戦略の乖離、そこに付け入る隙が生まれる。
「カナリーちゃん、勝負を決めに行くよ」
「はーい。ぶっ飛ばしちゃいましょー」
再び反物質砲による追い込みをかけつつ、カナリーにも斬撃を再開させながら接近する。
カナリーの剣光は、光を飛ばしている訳ではないので光速にはならない。着弾までにはタイムラグがあり、命中精度を上げる為には接近するのが都合がいい。
当然、敵の攻撃も近づくほどに激しくなるが、その攻撃の威力には上限がある。
ミレイユが安全策として、限界値ギリギリまでのHPをコストにさせないためだ。これならば、近づいても防御しきれる。
追い立てられ、徐々に上昇していくウィストを追ってハルも空を駆ける。逃げる先は無限ではない。神域の外へ出るのは禁止しているため、実質そこが、神域の境界線が“壁”だ。
「そこまで追い詰めればチェック」
「チェックメイトではー? 直接バラバラにしてやりますよー」
「スプラッタだねカナリーちゃん」
余裕の表情で追い詰めてくるハルたち二人に、ウィストが顔を顰める。『もう勝った気でいるのか?』、といった所だろう。
事実、ウィストの回避スピード、防壁の堅牢性、共に素晴らしいものがある。ケアレスミスで神剣の直撃を受けでもしない限り、ハルたちに撃破は適わないだろう。そして神にケアレスミスは無い。
「オレを神域の端まで追い詰めたとて、そこで勝負が着くと思っているのか?」
「どうだろうね? 君が神域の外まで逃げてしまったら、決着は諦めるしか無いかな?」
「馬鹿にするな」
どうやら、領域外に出る気は無いらしい。であるならば、やはり神域の端まで追い込んだ時が勝負だろう。
画面端を背負うのは、基本的には不利なものだ。
そのままハルは、徐々に彼をその“画面端”まで追い詰め、その距離を詰めて行く。
「わざわざ安全を捨てて、上空まで来たのはその為か?」
「それもあるけどね。やっぱり隙が出来るのは、攻撃に移る時だ。特に、敵を仕留めようとリソースを傾けた時」
自身の割り振れるそれを、全て防御に割り振っている時には、付け入る隙はなかなか生まれないもの。それを崩すには、自らを餌にして攻撃に振らせてやるのが単純で効果的だ。
それを聞いたウィストの口元が、ニヤリと皮肉げに歪むのが見えた。
「なるほど、同意見だ」
何の事かと問いただす前に、上空の境界線、画面の端の更に向こう側から、雷の雨がハルへと降り注いだ。
◇
「<雷帝>」
技の発動後に、ようやく魔法名の宣言をするのが聞こえる。発動前に宣言して対策を取られるのを防ぐためだろう。本当に効率的なことだ。
と言っても、人間の耳では聞き取れる物ではない。雷鳴による轟音しか聞こえないだろう。わざわざ直接届けてくれたらしい。嫌味なことだ。
《神域の外、無色の魔力にずっと式を用意してたんですねー》
──そうだね。最初に空を見上げたのは、外に出ようと企んでると見せかけて、こっそり式を構築してた。
そんな遠距離操作も出来るとは、本当に魔法神の面目躍如といった所だろう。
この雷、神域に被害を与えないように、この上空のギリギリの区間にしか効果を及ぼさないらしい。ハル達の周囲にだけ、雷撃が渦巻いている。
ハルがウィストを追い詰めているように見せかけ、実際は彼に誘い込まれていた訳だ。
《でもハルさんはー、読んでいたのですよねー?》
──まあね。だからこうしてお喋りしていられる訳だし。僕が彼の立場でも、同じように画策しただろうから。
《不意打ちのハルですねー》
──どの口。
そのハルに影響されて、自身も不意打ちを行うようになった女神様が何を言うのか。
鳴り止まぬ雷鳴、龍のように尾を引きうねる雷撃の渦の中、ハルとカナリーはじっと耐える。
この魔法の設置を事前に察知していたハルは、対策として空間隔離の魔法を何時でも発動出来るよう準備していた。今はそのシールド内で機を窺っている。
──隔離空間そのものが破壊されてる。どんな雷だ。
《完全な遮断ではないですからねー。見えるように光は通してますしー》
──完全に空間を割っちゃえば良かったか。
《空間断裂はダメですー。止めてくださいー》
こちらの世界では元通りに直すのが大変なようだ。
雷龍は消える様子を見せず、依然として周囲を暴れ回る。徐々にシールドはヒビ割れて行った。
──さて、カナリーちゃん。シールドが割れると同時に、敵の攻撃は当たらず、代わりに僕の攻撃は直進するような状況は作れる? 運良くさ。
《もちろんですよー。私、幸運の女神様ですからねー。その私を抱いたハルさんは、どんな都合の良い状況でも思いのままですー》
──……何処まで適用されるのか興味が出てきたけど。まあ、今はそれに甘えちゃおう。
攻撃に移る時が最も隙が大きくなる。特に相手を仕留める瞬間が。
敵は、ハルにそれを意趣返ししたつもりだろう。しかし、ハルが狙っていたのはこの瞬間こそだった。ハルの裏をかき、不意打ちで最大火力を叩き込んだ瞬間。
そこにこそ、隙が生じる。ハルはその瞬間を、じっと待つのだった




