第1688話 どこまでが勝利の為の尊い犠牲か
思わぬイシスの力の有用性。まるでティティーに対抗するためにあつらえたかのような用意のよさだが、今はなんだってありがたい。
ハルは彼女の周囲の水弾は彼女に任せ、自分は空中より離れて地上に迫る脅威へと対応する。
しかし、怒り狂う人魚の発狂状態から撃ち出される水滴の量は膨大で、イシスの援護あってなお手が回りきらない。
……いや、別にティティー本人は怒ってなどいないのだろうが。
「どいて、ください……」
「おお! ドルフィンキック! 地上で!」
「ドルフィンキックって攻撃名ではなかった気がするのだけれど……?」
「細かいことは気にするなルナちー!」
あくまで虚ろな感情のまま、ティティーはその巨大な人魚の尾で強引に前方を薙ぎ払う。増大した重力に逆らう、恐るべき運動性能だ。
大質量の海水が丸ごと殴りかかってくるようなものだが、今更そんな攻撃などでダメージを受けるハルではない。
ただし、その振りぬいた勢いによって、まき散らされた水滴を防ぎきれるかはまた別だ。
「まずっ……!」
「奥には街が!」
焦るソラに言われるまでもなく、ハルは対処に動いていた。このままの勢いで水しぶきが飛んで行くと、その先ではついにNPCの生活圏へと到達してしまう。
だが、勢いよく散らし飛ばされた水滴の全てを、漏れなく防ぎきることは到底、不可能。
カップルで水の掛け合いをして遊んでいる時、水しぶきを避けきる彼氏はいたとしても、水しぶきを一粒一粒、叩いて落としきる彼氏はこの世にいないはずだ。
「……馬鹿なことを考えてないで、次善の策をとらないと!」
ハルは水滴というには大きすぎるその水弾が飛び去るまでの一瞬の間に、可能な限りの処置を試みる。
まずは上空に向け可能な限り広範囲に向け空間拡張を実施。該当エリアの空間を何倍もの広さへと膨張させる。
その内部に入り込んだ水滴は、一見、外部から見れば空中で静止しているようにその場に縫い付けられた。
「イシスさん、任せた!」
「えっ! ちょ、多い! いきなりめっちゃ多いっ! えーっと、とにかく、お魚ちゃんたち、お願いねー……」
「爆発するから、手早くね!」
「おどかさないでくださいってばぁ……」
だが、一瞬のことであったために、ハルも全ての弾丸を取り込む広範囲にエリア展開出来た訳ではない。
むしろ、全体から見れば確保できた量は半分にも満たず、残りは元気に飛び散ったままだ。
「取捨選択を慎重にする必要がありそうだね……っ! 黒曜、軌道計算!」
「《御意に。計算完了。着弾地点を視界に表示します》」
慎重に、しかし迅速に、ハルは飛び散る水滴の軌道を計算。その着弾予測地点を割り出していく。
その中でも、人の生活圏内を直撃する特別まずそうな弾丸を選別し、優先的にロックオンし宇宙に送り飛ばして行った。
「間に合わない! 処理しきれないか!」
だが、その数のあまりの多さと拡散していること。その二重苦により全ての処理は間に合わない。
最も危険な直撃弾は避けられても、このままでは街の人々の生活に大きく影響の出る被害が出ることが避けられない。
「仕方がない。悪いが、最悪よりマシってことでさ」
ハルは完璧な対処を諦める決断を一瞬で下す。だが最悪の被害を許容する訳ではない。水滴が地面に降り注ぐ前に、せめて被害を軽微に収める。
まるで空中で自らがレーザー砲台にでもなったかのように、ハルは四方八方に向けて次々とレーザー砲を、光の魔法を乱射していった。
「ヒュウ! 派手にやるねぇハル君! まるでシューティングのボスキャラだ!」
「って、何やってんですかハルさん!」
「落ち着けソラっしー。ぜんぶ地面に着弾するよか、ずっとマシ」
「た、確かにそうですが……」
レーザー砲に撃ちぬかれた水滴は一瞬で蒸発し、『光子魚雷』としてのカバーを外される。
反応を始めた内部の反物質は全て空中で誘爆。異世界の空を、一斉に破滅の花火が彩った。
「まるでハル君がやったみたいだね!」
「言わないで! 僕もそう思うけど!」
「笑えハル君! 己の力に酔いしれて高笑いを上げるのだ!」
「笑ってる場合か! ……けど、それとは別に光明は見えたかな」
ハルは振り返りティティーへと向き直ると、その彼女の姿を見て高笑いはしないものの微かに微笑む。
ティティーのその身体のサイズは、最初の時と比べて微妙に小さくなっている。
どうやらダメージに加え、水弾の放出でも文字通り『その身を削って』いるようだ。
そうした質量の減少は通常ならば即時回復してしまうのだが、今はハルの重力フィールドの影響でそのエネルギー源たるダークマターが悪影響を受け、正常に処理が行われていない様子。
更には反物質弾頭を作るための対生成にも多くの水量を消費するらしく、撃ち出した質量以上に彼女の体積は減少している。
脅威ではあるもののさすがに、ハルの<物質化>のような無法に生成し放題とはいかないようだ。
「ならばこのまま攻撃を続けさせていれば、実質的に彼女のダメージはかさみそのまま撃破できる」
「許可できん! 今の被害でも相当なものだ! 耐えられんぞ、こいつが全ての体積を消費しきるまでは……」
「……そうですね。申し訳ないですが、私もソウシさんと同意見です。可能ならば、その手は止していただけると」
「代案なしで心苦しいけどねぇ」
「まあ、この国の人からすればそうだよね……」
今は人里への被害は辛うじて抑えられたが、このまま先ほどのような攻撃が何度も続けば、次も無事で済む保証などない。
いや、簡単に脳内で見積もってみても、最低でも小さな集落がいくつか、丸ごと消し飛ぶとハルの計算結果は無慈悲にもはじき出していた。
「ん-。仕方がないのかねえ」
機密兵器の秘匿は諦め、ルシファーでも呼び出すかと、ハルはその考えを脳裏によぎらせる。
このまま、ソラたちの国をある程度犠牲にすれば、恐らくこのまま勝利は可能。しかし、冷徹にそう決断するには、少々彼らに情が湧きすぎてしまった。
……甘すぎるだろうか? その自問自答に、自分自身でも『甘すぎ』と『妥当な判断』の意見が両立し簡単に答えは出せはしない。
そんな迷いを抱いている間にも、ティティーは攻撃を容赦せず待ってはくれない。
今度は、トレードマークの日傘を生み出すと、ハルを真似したとでもいうのかその開いた傘の戦端からレーザービームのように圧縮した海水を放出しだした。
「技のレパートリーが多いなっ!」
ハルはその超高速の直線攻撃を視認したその瞬間、水流の先へと<転移>で割り込む。
いかにレーザーと似ていようとも、その実態は水流であるために光速とは程遠い速度。『見てから回避』ならぬ『見てから直撃』も容易であった。
まあ、それでも人間技ではないことは間違いない。
「ハルさんっ!?」
「うわっ! やられちゃった!?」
傍から見れば<転移>したハルに向けて正確にティティーが水圧カッターを直撃させた、そう見えたことだろう。
しかしその攻撃は皮一枚の所で、ハルに触れることなく静止している。
いや、実際には今も猛スピードで動き続けている。しかしハルの周囲に張り巡らされた『環境固定装置』のフィールド内部は、凄まじく引き延ばされた広大な空間となっている。
その内部を進むうちに水は次第に勢いを失い、重力に引かれて自然に落ちて行き、終いには爆発して終わるのだった。
「……これもしっかり反物質入ってるんかい。まあ、消費が嵩んだのは良いことだけどさ」
やはり傍目には、ハルが大爆発の直撃をもろに受けたように、そう見えたことだろう。悲鳴のようなハルを案じる声がソラたちから上がる。
だが、アイリたちは無事を確信しているように、ハルは今も全くの無傷。
いうなれば、ハルにとっては遠く彼方の空で爆発があったのを見ているようなものなのだ。
「しかし、まいったね。こうやって次々と新技を出されては、いずれ対応しきれない瞬間が来るかも知れない。その瞬間が、彼女の蒸発しきるより前に絶対に来ないとは言い切れない」
「それに、自爆でもされたら、それも大変なのです!」
「アイリ? 不吉なこと言わないで? もしティティーが残りの質量全てを反物質爆弾に変えでもしたら、国どころがこの星が消し飛ぶよ?」
「なんと!」
対消滅反応のエネルギーはそれだけ強力なのだ。この大地を穴だらけにしている今も、実は使っている反物質の量は水滴一滴にも満たない、ほんの塵程度のものであろう。
まあ、逆に言えばその程度しか生成出来ないくらい、彼女にとっても大変な作業だということ。
まさか自分の身体を丸ごと爆弾にしてくることなど、出来るはずはないだろう。微妙に不安だが。
「あ、あのぉ……」
「どうしたのイシスさん。対処できるといっても危険なのは変わらないから、あまり近づかない方が良いよ?」
「は、はい。私も正直、近づきたいなんて思わないんですけどぉ。でも、もしかしたら、私とお魚ちゃんで、何とかできるかなぁ、って……」
※サブタイトルの話数ミスを修正しました。(2025/8/23)




