第1686話 背の高い人に体重の話
さて、敵の爆風を全て瞬時に宇宙に送り飛ばし、リズムよく防御を続けるハルではあるが、とはいえこのまま受け身で勝利はあり得ない。
この大いなる海を肉体としたティティーを相手に、まさか持久戦で勝利できるとも思えなかった。
なのでそろそろ、根本的な部分で彼女の世界を否定しなければならないだろう。
そのための鍵となるのは、やはり今まさにハルへと襲い掛かっているこの反物質。
彼女の体内、海のフィールドの中では反物質反応が発生せず、対消滅による爆発が起こらない、という部分が肝となってきそうだった。
「……気になるのは、反応が起こらないというだけでなく、彼女自身が体内で反物質を生成していそうな部分だ。やはり僕の『陽電子砲』に対する単なるカウンターとは思えない」
爆発を無効化し、その全てを受け止めているハルにはよく分かるのだが、彼女の攻撃はハルの放つ反物質砲とは性質の面で大きく異なる。
電子一個単位でごく精密に生成しているハルのそれと違い、ティティーの放つ物は最初から構造が複雑だ。『反水』とでも言おうか。
これは、ただハルの攻撃の模倣、受動的な反撃だけでは決して起こし得ぬ現象だった。
「ソラ! 彼女は元々リアルの超能力で、こうやって反物質を作り出したりしていた!?」
「はいっ!? いやそんなの……」
「どうなんだろう。匣船の超能力は、物質生成を得意としているらしいけど?」
「何でハルさんが知っているんですか、そんなこと……」
「まあ、色々と縁があって」
「じゃなくて! さすがに言えませんよ他家の能力の事なんて。いくらゲームで敵対しているからといって、それとこれとは話は別です。絶対にお教えはできませんからね」
「まあ、そりゃそうか」
だが申し訳ない。今のソラの反応で、ティティーの元々の超能力が物質生成とは別物であることは何となく察せてしまったハルだ。
まあ、ソラがそもそも現実の彼女の力を全て知っているとも限らないので、完全に確信もできないのだが。
「……んー。それでもねぇハル。彼女がリアルで反物質ばんばん作ってたとか、そんな事は確実にないと思うよぉ~~」
「ミレ。あまり迂闊な発言は」
「いいじゃんこんくらい。ソラは頭固いんだから。常識的に考えようよ。そんなバカ貴重な能力持ちだったら、もっと本家の中枢に取り入れられてるって」
「まあ、それはそうなのですが……」
「なるほど、参考になったよミレ。ありがとう」
これもまあ分かってはいたが、いかに<物質化>のごとき生成能力を持つ匣船の家系でも、さすがに反物質生成は出来ないらしい。
当然か。それが可能であるならば、あの学園の地下、秘密の隔離施設にその力を使った設備が確実にあるはずなのだ。
例えばあの燃料補給もままならない環境でも、反物質エンジンが稼働できればエネルギー補給には困らない。
例えエンジンは実用化できていなくても、実用化に向け、必ず隠れてあの場で実験を繰り返しているに違いなかった。
そうした痕跡が全く発見できなかったということは、匣船の物質生成能力も、反物質の生成には至っていないということ。
……まあ、あの地は三家共同の施設であるので、本当に貴重な能力は他家にも秘匿したまま、匣船家だけが知る地で実験しているなんてこともあるかも知れないが。
「……まあ、今は『不可能である』と仮定しよう。ならばこの反物質生成もまた彼女の主能力ではなく、あくまで副産物でしかない。そうも考えられる」
「副産物でこの威力とは、ふざけた話だ……」
「そう腐るなってソウシ君。君の能力もたいがいふざけているよ」
「彼女の海とは、反物質は無関係だと?」
「うん。考えてもみなよソラ。対消滅反応を抑えて反物質の存在を安定化させたところで、海にとってどう有利になるというんだい?」
「それは、確かに」
「単純に物質量が倍に増えるから、大量の水を用意するのに有利とかじゃないのぉ」
「ミレの視点も、なかなか面白いけどね」
確かに物質と反物質は、対消滅を起こさなければ両者にはまるで差異はない。
水と反水を混ぜて嵩増ししても見かけ上異常はなく、あの大量の海水を用意するのに一役かうのではなかろうか。
しかし、それもどのみち、無から生成するコストを要することには変わらない。
それだけの為にわざわざ物理法則を大きく弄るのは、あまり割に合う能力とは思えなかった。
故に、それはあくまで副次効果であるとハルは仮定する。
ティティーは反物質反応が起こらない世界を作ったのではなく、なにかもっと別の、大きな力の働きをズラした影響でこの結果が生じてしまったのではないか? そうハルは思うのだ。
「であるならば、見るべきは目の前の派手な爆発ではなくそちら側だ。いや、爆発も爆発でしっかり対処しておかないと国が滅ぶんだけどね……」
相変わらずハルの眼前では、ティティーが次々と放つ『光子魚雷』、反物質を閉じ込めた危険な弾頭が飛び交っている。
それが彼女の制御を離れ、破裂するその瞬間、ハルは瞬時にそのエネルギーを宇宙の果てへと逸らしているのだ。
この破壊力にどうしても目を奪われそうになるが、真に目を向けるべきはこの力を押さえ込むその裏側。
これほどの力を“発生させない”原因となった力こそが、彼女の海を成立させている根底の力。彼女の宇宙の法則という訳だ。
「なんだろうね? 何をすれば、そんな宇宙になる? やっぱり重力か? 物質が二倍だから、重力も二倍とでもいうんだろうか? そんな馬鹿な」
「ハル君ー、考え込んでっと、危ないぞーっ」
「おっと」
見れば、ひたすらに水滴をばら撒いて、いや危険極まりない反物質爆弾をばら撒いているばかりだったティティーの巨体が、いつの間にかそれを止めて直接攻撃へと切り替えていた。
ハルへと向けその大きすぎる手を振り下ろし、なおかつ蛇女のように人魚の尾を地上でくねらせ高速で前進する。
意識がおぼろげながらも、このままでは効果が薄いと悟ったか、それともただの気まぐれなランダムパターンか。
ハルもそれに対応し、宇宙へと消し飛ばしていた水滴の群れ、反物質弾頭への対処を一時中断する。
「はははははは! クリーンヒットだね! 敵の突進に置き爆風を直撃させるってのは、どうしてこうも気分がいいんだろうか」
「わかる」
「あれは難しいですが、そのぶん決まった時は気分爽快なのです!」
「ユキもアイリちゃんも、わかっている場合ではないわよ?」
突進を止める事には成功したが、結果、また少々地形が吹っ飛んでしまったので、楽しんでばかりもいられない。
気まぐれに彼女が体当たりを選択するたびに、大地はえぐれ山は吹き飛び、人の住めぬ死の大地が広がってしまうだろう。
「仕方がない。まだ解析はしきれないが、反撃しつつ探っていくしかないね。……ソフィーちゃん! 危ないから、一旦下がって!」
「んー、大丈夫! どうにか対処してみせるから、だから私ごとやれーっ!」
「楽しんでるだろ君。後味悪いなあ……」
むしろ次はどんな極限環境で戦うことになるのか、どう見てもそれをワクワクして待っているソフィーの顔だった。期待に光り輝いている。
ハルは彼女の避難を諦めて、ソフィーが人魚の尾に食らいついているままで攻撃を敢行する。
放つ力は、重力。未だ確証はないが、やはり最も可能性が高いと感じるのが、この力。
何か一つ大きく力のバランスが崩れた結果、対消滅の起こらぬ宇宙が出来上がった。その原因として、可能性の高そうな力。そして今この星を最も騒がせている力である。
「あとは単純に、効きが良さそうだしね。そんな巨体では、受ける重量も大きかろう?」
「あっ! デブって言った! ハル君いま女の子にデブって言ったー!」
「言ってない。むしろ言ったのはユキ」
「だめよハル? 胸の大きい子は、それだけ体重が重いものだわ? 過剰なダイエットを男が求めたら、ハルの大好きなお尻も小さくなってしまうのよ?」
「だから言ってないって……」
「緊張感の無い奴らめ……」
まったく、どこから刺されるか分かったものではない。本当に恐ろしい戦場だ。
ソウシの表情も実に険しくなっている。きっと彼も恐れおののいているのだろう。哀れまれている訳ではないと思いたい。
「そんな事よりもだ!」
ハルは頭を振って気を取り直し、決して体重が重い訳ではない人魚の巨体、その周囲全域に魔法を発動する。
操るのは周囲の重力その全て。ティティーの周りにだけ、通常の何倍もの重力が襲い掛かるように影響を拡大していく。
これぞ、ゲームでよく見る重力魔法といったところ。神々から『神力』すなわち重力操作を学ぶことで、ハルもこうしたいわゆる『重力倍化』を自在に操れるまでに成長した。
巻き込まれてしまったソフィーもまたその強大な引力に襲われ膝をつくが、予想通りというべきか、その表情は実に楽しそうだった。特殊ステージ攻略の気分である。
そんなただ腕を上げるにも重い環境下でも、彼女はなんとか<次元斬撃>の刃を振るい、再び人魚の尾へと傷を与えていた。
「……さて、やはり影響は出ているみたいだね。傷、というか、破損個所の再生が遅れている。なにかしら、彼女の世界に重力は影響を及ぼせているようだ」
だが、どうも『完全攻略』とは言い難い。不自由そうにもがいてはいるが、完全に行動不能とはではいかないようだ。
さて、この彼女へ与えた影響をどう読み取るか。彼女の世界は何によって成り立っているのか。
それを解き明かし、完全攻略といくとしよう。彼女が重力の檻から抜け出すその前に。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。
サブタイトルの話数ミスを修正しました。(2025/8/23)




