第1681話 舞い降りる黄金の
地上を覆い尽くす『深海』の出現。ハルたちはその常識を頭から無視した環境下に、『地上』環境を纏って突入する。
環境固定装置によって再現された地上一気圧は、深海の水圧を無効化し戦闘行動を可能とさせる。
しかし水の抵抗を無効化し進むのは難しく、どうしても水中特有の『もったり』した動きを強いられているのだった。
「流体制御が上手く働かない。この地形効果は完全に、彼女の支配下にあると思っていいだろう」
「うーん! 水の流れもないし、これじゃあ追いつけないね! なんとかしなきゃ!」
「あんまり激しく波を起こすと、ソフィーちゃんマリンちゃんに利用されるって分かったんだろうね」
手痛い奇襲を受け学習したか、深海に身を潜めた人魚は攻防一体の激流結界を発生させるのを止めていた。
例え人間が決して生きて出られぬと確信する程の水流だろうと、ソフィーたち相手には突破されてしまうと、身をもって知った彼女である。
今度は人魚の見た目らしく、自ら海中を優雅に泳ぎ距離を取ることで、ハルたちの接近を許さない。
「むーーん! 泳げない! ハルさん、この装置解いてよ!」
「我慢しなさいソフィーちゃん。解除したらその場で即座に水圧でやられちゃうよ」
「むーーーん!」
「しかしハル? この装置本当に、きちんと機能しているかしら?」
「た、確かに! 先ほどからなんだか、息苦しいというか、体が重苦しい感じがするのです!」
「もしかして圧力は防げないとかじゃね?」
「いやそんなはずはないけど」
確かに、この環境固定装置のバリアは空間を無数に分割して超長距離を稼ぐことを本質としている。
だからこそ、どれだけ距離があろうと平等に圧しかかる気圧水圧には意味がないように見えるだろう。
しかし、当然その対策をしていない装置ではない。謳い文句は『溶岩の中でも深海でも』。とうぜん、高圧対策も万全だ。
まあ、本来のこれは消費エネルギーが大きすぎて、本当に深海になど行ったら一分と持たずに電源が切れ、そのまま押しつぶされてしまうだろうけれど。
「恐らくは、通常の物理法則と異なる空間を展開されてるためだ。装置の設定では、彼女の世界にまで対応しきれていない」
「発明者さんの想定も甘かったねぇ」
「いや、さすがに異なる宇宙の法則なんて持って来られる事を想定なんてしないだろう……」
「“うちゅうふく”開発も、大変なのです!」
まったくである。このアイリたちの異世界だってハルたちから見れば『異なる宇宙』ではあるが、幸いなことにそこに流れる物理法則は地球と同じ、もしくは近似値だ。
だから、ハルも無意識にどんな世界であろうと物理法則は一定にして不変、そう思い込んでいた所があった。想定が甘かったといわざるを得ないだろう。
ただ幸いというならば、幸運なことにまだこの深海も完全に“外れた”世界ではない。多少“ズレた”だけであるからこそ、こうして装置を使うことで対応出来ているのだから。
「よっしゃ! なんにしろ、ちょいと動きにくいだけだ! うちらの敵じゃないってね。私とソフィーちゃん、それにマリりんが突撃するから、ハル君たちは後衛から上手く追い込んでくれ!」
「いっくぞぉ!」
「ああ。気を付けてね」
「援護するのです!」
既にまるで水の抵抗を感じさせなくなったユキたちが、、高速で人魚のその元へと迫って行く。
当然それを更なるスピードにより泳ぎ回避する人魚のティティーには、どれだけ追おうと追いつける気はしない。
そこで、そんなティティーの退路を断ちユキたちの眼前に出ざるを得なくするのが、ハルたちの役目という訳である。
「反物質は何故か反応しないが、幸い魔法は使い放題だ。三人でたたみかけよう」
「はい! 頑張るのです!」
「やれるだけやってみるわ?」
「マリンちゃんも、この子の深海対応が済むまで遠距離から援護するぞ♪ うてぇー♪ マリンちゃんびーむっ♪」
装置の対象外である元モササウルスに更なる改造を施しながら、マリンブルーも既存機能のビーム砲にて遠距離攻撃で参戦する。
しかし、正確にティティーを捉えたはずのそのビームは、先ほどと同じように水の反射鏡に弾かれるように、大きく屈折しその射線を逸らしてしまうのであった。
「ビームは効かないか♪ こまったね♪」
全然困ってなさそうにマリンは言うが、事は彼女のテンションよりずっと深刻だ。
水のバリアは、どうやら光を捻じ曲げるだけでは終わらないらしい。ハルたちの放った高威力の魔法でさえも、ただの一つもティティーに届くことなくその軌道を変えられているのだから。
「なんと! わたくしの魔法が!」
「私のもダメね? 思い切り範囲を広げて、撃っているのだけれど」
「これが、伝説のスキル……、『全体攻撃無効』……!」
「うん。違うと思うよアイリ」
「そもそも威力自体が、なんだか上手く出ていないような気もするわ?」
「すみません。私たちの防災フィールドが、強力すぎる魔法を『災害』認定して弾いているのかも知れません」
「気にしないでちょうだい。今はこの海を抑えておく事が、何よりも重要なのだから」
防災フィールドの影響か、それとも深海フィールドの影響か。魔法攻撃も思ったような威力を出すことはなく、更には水に流されるように散ってしまう。
この戦いは、もう完全に彼ら正式プレイヤーが主役。既存の法則内の力にしか順応しないハルたちは、ここから先はお呼びではない。そんな風に宣告されているような気さえした。
「構う事ない! やっちゃえやっちゃえ! どんどんやっちゃえハル君! むしろ燃えて来たじゃないの!」
「うんうん! 高難度ミッションだ! 詰め将棋だ!」
そんな中でも生粋のゲーマーたちの闘志が鈍ることはない。
むしろ、制限されたカードのみでいかに勝つか。そんなパズルのようなミッションをプレイしているようで燃えて来ているようである。
実際、この状態であってもやりようはある。攻撃が逸らされるとはいっても、サコンのフィールドのように発動すらしない訳ではなく、途中で無効化されかき消されている訳でもない。
攻撃自体は最後まで、きちんと威力を伴ってその役目を全うしている。
ならば、あえて逸らされることを承知で『壁』の役目として、ハルたちは攻撃を放つ。そうした選択も取れるのだ。
ティティーの身には届かないだろうが、攻撃が攻撃として成立している以上、彼女はその領域には入り込めない。
ならば、あくまで牽制に終始することで彼女の逃げ道を限定し、最終的にユキたちの元へと誘導する。
「こういうのは、あなたの得意分野よね?」
「ん、まあね。自動制御にせよティティーが手動で海流を操っているにしろ、その防御パターンには何かしらの癖や法則性が出るものだ」
「そこをハルさんの洞察力で読み取って、詰みにハメていくのですね!」
「そういうことだね」
今までも、ハルはそうして数多くのゲーマー達に勝利してきた。今回も、その一ページを追加するだけのこと。
「……しかし、時間制限が気がかりだ。果たしてこの深海がソラたちの国を水没させるまで、間に合うかどうか」
「あまりに水量が多すぎる! ハル、このままでは到底持たんぞ!」
「頑張れソウシ君。今こそ君の秘めたる力を、覚醒させる時だ」
「そうアニメかなにかのように都合よくいく訳があるか!」
残念だ。どうやらソウシは、ハルと同様に地道に計画的にしか覚醒出来ないタイプらしい。
……いや、タイプもなにも本来それが普通のはずなのだが。この世界には都合よく覚醒できる人間が多すぎる。
そんな都合の良いティティーの新能力によって、地上の深海は次々とその影響範囲を拡大していく。
いずれティティーを追い詰められたとしても、それまでに国が水没してしまったら。それはもう戦略的にはティティーの勝利であろう。
そんな、彼女の目的が今にも達成されようとしている今、ハルたちにまさに必要としていた新たな援軍が、いや直近で聞き覚えのある声が舞い降りたのだった。
*
「ハルさーん! どこですーっ! あっ、いたっ。めっちゃ水没してるじゃないですかー!」
「イシスさん。戻ってきちゃったの?」
「あら? なんだか姦しい弱音が聞こえないと思ったら」
「危険ですよ! イシスさん! おうちに避難していた方がいいのです!」
「いや、ほら、こんな時ですから、私にも何かできないかなぁ、って」
とはいえ『何か』などと言っても何を、そうルナたちが無謀を忠告し諌めようとするよりも先に、イシスが何に“乗って”いるのかに彼女らも気付く。
地上の海底から見上げるその揺らぎの先には、のんきな彼女を乗せたその二対の黄金の輝きが、上空からこの海を照らし見下ろしているのであった。
「天空魚さんなのです!」
「わざわざ持ってきたのね……、確かに、それなら何か、しでかしてくれるかも知れないけれど……」
だが、イシスと天空魚の力は今のところ、大した能力は持ち合わせていない。
異常な物理法則は一応操れるが、その力はせいぜいが自分の住み家を快適に保つ程度のもの。
彼女もまたここで都合のいい覚醒は果たす可能性も勿論あるが、今のところそんなスキルで何を、そうハルも思いかけた。
「……いや、ナイスだイシスさん。もし制御できるなら、イシスさんのあの力をこの海に大して使っちゃって!」
「えっ、えっ? あのしょぼしょぼ能力ですか? 意味あるんですかねぇ。むしろ、海が蒸発しなくなってより強くなっちゃうのではぁ……」
自信なく、疑問に思いつつも、しかし素直にイシスはスキルを発動する。
すると、その影響範囲の海が即座に、この世から消失し始めたのだった。
偶然か幸運か、それともイシスの無意識下の閃きか。彼女の力とソラの防災フィールドが複合した結果、構築された連携技である。




