第1680話 地上にあふれ出した深海
最近遅れがちで、また分量も短く本当に申し訳ありません! ご迷惑をおかけしています。
「これは、なるほど。なるほど。自分で“こう”なってみて、理解しました。そちらの貴方が、苦しそうにしつつもなぜ活路をその瞳に抱いていたかを」
「いえ別に、そんな顔をしていたつもりはないのですけどね……」
突如として襲い来る精神的負荷に苦しみつつ、波間の奥でティティーは不敵に笑みを浮かべその負荷を歓迎していた。
苦しそうにしながらも笑うその姿は、先ほどまでの取り澄ました表情とは異なり壮絶な迫力を見せている。
そんな彼女に対しても、ハルはさりげなく通信に介入し、受けるそのストレスを一部肩代わりしてやった。
これは、なにも敵の肩を持ちその戦況を有利にしてやっている訳ではない。かといって苦しむ女子への同情でもない。
ハルにとっても、これは絶好の機会なのだ。この彼らに生じるあまりに都合のいい能力の覚醒。その裏で何が起こっているかを解析させてもらうチャンスである。
既にソラの例から、そのおおよその原理に予測はついているハル。
恐らくこれは、エリクシルネットに集う意識達に、能力構築に必要となる莫大な計算処理のようなものを肩代わりしてもらっているのだろう。
その際に感じる精神負荷は、そうした無数の意識の暴風にたった一人の個人の意識が混入した事によるダメージであると思われる。
「……接続場所は違うが、僕のやる『意識拡張』と似たようなものか? 集合知としての莫大な計算リソースを、自分ひとりの為に活用する手法。その際の副作用としての負荷、下手をすれば、自分というちっぽけな存在がネットの海に流れ出し消えてしまいかねないのも同じだ」
「ハルさんの、真似をしているのでしょうか!」
「どうかなアイリ。発想が似通っているといっても、エーテルネットとエリクシルネットは別物だからね。偶然かも」
「危なくないのかしら……? プレイヤーは、全員が“こう”なる可能性があるのでしょう……?」
「さてね。運営として、安全性はきっちり確保していると信じたいが」
「なんだけ? 『ネットのみんなに宿題を解いてもらう感じ』だっけ?」
「そうそれ」
ユキの語った例えが、少々マヌケではあるが非常に分かりやすくもあるだろう。
個人が持て余した難しすぎる宿題を、各種ネットリソースに強引に肩代わりさせる。全人類の叡智が集結すれば、乗り越えられない課題はないというやつだ。
それにより苦難をその場で乗り越えるスキルがリアルタイムで発現する。その都合よさを思えば、ティティーが少々の体調不良を苦にもしないという気持ちも分かる気がする。
「ああ、どうやら、私の海は次の段階へ進むようです。ご覧ください、そしてお受けください。今度は、止められませんよ?」
「早っ! まいったね、少々手助けしすぎたかな?」
そんな覚醒処理が早くも終了したらしく、彼女の『海』は新たな動きを見せ始める。
うず高く持ち上がっていたその見上げる程の海水の塊が、ゆっくりと防災結界の内側へと流れ込み、災害と無縁のはずの内部を水浸しに、いや海の底に沈め始めた。
「おい! 素通りされているぞ! 災害は全て防ぐのではなかったのか!?」
「私にも細かい仕組みは分からないんですよソウシさん。ですが、こんな明らかな異常事態、許可するはずなんて……」
「あいつ、この場で進化した?」
その海水は高所から流れ込んで来ているにも関わらず、直感に反し非常にゆっくりとソラの領地を進み始める。
やはり重力は無視するのが基本のようで、地面から見て異常な高度を保ったまま、海水の塊が進軍を続けている。
そんな見るからに大災害でしかないこの状況、それが防災フィールド内部まで簡単に侵入してきた理由。一見不条理でしかないそれは、すぐにハルによって看破されることとなった。
「……そうか。なるほど。この水は今、人間にとって限りなく害の無い状態だ。だからこそ、災害判定されていない。という事だと思う。多分」
「馬鹿を言うな。こんな大都市でも頭から丸ごと飲み込む水量。無害なはずないだろう」
「物は試しさ。中に入ってみなよソウシ君。ああ、いや、そのプレイヤーの体じゃ違いは分からないか……」
「……何を言っているんだ? 簡潔に説明しろ」
「まあつまりは、息が出来るってことさ」
ハルたちが偵察してきた、ティティーの治める都市がある海底と同じ状態ということだ。
水中に家があり、人々は海底で問題なく呼吸を行い、水圧に押しつぶされる事なく生活している。
そんな、人類にとって無害な水ならば、防災フィールドを素通りできても理屈の上ではおかしくない。
「……なるほど。あの都市の機能をこの場に持ってきただけならば、この短時間で対応が出来た事もまた納得ですね」
「あーよかった。進化した訳じゃなかったんだねぇ。怖がらせないでよねぇー」
「いや、ミレ、まだそうとも限らない。だから、水の中にはなるべく入らない方がいいよ」
「でも、入んないとアイツに近づけない……、って、痛っったぁっ……!」
迫る水の壁に何気なく手を差し込んだミレが、何かの衝撃を感じてすぐさまその手を引っ込める。
彼女はしばらく、魚にでも噛まれたかとその天然の水槽の中を覗き込んでいたが、そこに生物らしき姿は見えてこない。
それもそのはず、この水中の環境は、もうマトモに生物の生息できる環境ではなくなっているようだった。
「……水圧がやばい。こいつ、地上にありながら、深海以上の水圧を内部に叩きつけて来ているね」
「何も無害じゃないじゃないですか!」
「うん。文句は彼女に言ってくれ。何かしらの、抜け道を見つけたって事なんだろうさ」
もはや大地を削る必要もなく、地上に直接海を、いや深海を出現させるに至ったティティーのスキル。
それでいて人間が生活可能な環境だからと嘯き、災害判定をすり抜けている。
幸いなのは、中に入りさえしなければ、先ほどのように外部には攻撃は飛んでこないという部分か。
しかし、それで一安心などと言ってはいられない。どのみち全くこの水に入らずに、本体のティティーへと至ることは出来そうにないのだから。
「このまま、貴方の国まで海を直進させる。それでゲームセットですね」
「させないっての。いやしかし、本当、無法もいいとろだね君の海は……」
「これは、あれじゃなハル君。『水地形』にバトルフィールドを塗り替える能力!」
「おお! 確かに! 何故か水没してるのに、デバフ受けるだけで普通のユニットも今まで通り戦えるあたり、まさにそれだねユキちゃん!」
「ならうちらに任せときんさい。私もソフィーちゃんも、こんなの慣れっこだからね!」
「何故君たちは逆にやる気になっているのか……」
まあ、確かにゲームでよくある謎の『水地形』だ。地上ユニットでも何故か溺れずにそのまま戦闘が出来るあたり、よく再現されている。
……いや、そんな事に関心している場合ではない。
これはハルたちの到達を阻む壁にして、侵攻の為の尖兵。水に入らず手をこまねいていれば、じきに街が地上に居ながら深海に沈む。
攻撃を受けると分かっていながら、この海の中へと入るしかないのだ。
「ただ、今回はサコンの時とは違って、対策のしようはある」
「えーっ!! 深海攻略したいー!」
「そうだそうだー。最高難易度の状態でクリアしないで、恥ずかしくないのかハル君!」
「黙らっしゃいこの生粋のゲーマーどもが。コンティニュー出来ないんだから、安全策をとるよ?」
「ぶー」
「ぶーぶー!」
ぶーぶーと抗議をするユキたちを無視し、ハルは人数分の環境固定装置を起動する。
これにより例え深海に叩き込まれようとも、快適な地上の環境がハルたちの周囲には維持される。
サコンの時とは違い、魔法の発動自体を阻害してくるような物理法則変異ではないため、この程度ならば対策可能だ。
いわば地形効果無効の、対策スキルのようなものである。
ただし、これで守れるのは自分の周囲のみ。どうにかしてティティーを迅速に仕留めなければ、ハルたちは無事でも国が水没してしまう。
そんなティティーは当然のように地上に現れた深海の内部に身を潜め、近づく者を牽制する。
水の抵抗まで無視して移動できるようになる訳ではないので、そんな彼女に近づくだけでも至難の業だ。
どうにかしてこの無法、止めるまでいかずとも抑制することを、ハルは後方のソラたちに期待するより他にないのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




