第168話 空に降りる神話の光
お屋敷で警戒に当たっている間にも、神殿の上空での戦闘は継続されていた。
ウィストの放つ魔法は、どうやらプレイヤー用に用意された物とほぼ同一のようで、堅実な攻めを感じさせる。
堅実、とは言っても威力はプレイヤーのそれとは桁違いだ。この場の魔力をまったく使えないにも関わらず、ハルの禁呪にも匹敵する属性魔法を次々と展開してきた。
「雷が苦手なのバレた。雷属性ばっか使って来るようになったし」
「何で苦手なんですかー?」
「こっちも電気使ってるからね。そこに干渉しないように調整するのにひと手間かかる」
「ゲームの魔法なら、対属性で対抗しましょー」
「無茶言わないでカナリーちゃん。僕はゲームの魔法ぜんぜん育ててないんだから」
シルフィードのように、魔法、しかも一つの属性を重点的に鍛えている者は、もう上級の魔法の解禁をしているようだが、ハルは中級をいくつかがそこそこだ。
ゲームの魔法には早々に見切りを付け、この世界の魔法、オリジナル魔法とでも言うべき物をアイリと共に研究している。
それは、ゲームにおける属性相性の概念が添付される前の純粋な魔法。よって、“相性が良い魔法”という物をぶつけて対抗するという事も不可能だった。相性はウィストが作った仕様だ。
「じゃあ力押しですねー」
「力押し得意そうだよねカナリーちゃん」
「失礼なハルさんですねー。私は技巧派なんですー」
まるで積乱雲の中にでも居るかのように無数に迫る雷撃の嵐を、カナリーが神剣の一振りで雑に切り払う。それだけで魔法の雷は空中に散って行くが、すぐに次の雷撃が飛んでくる。
剣の間に合わない分は、ハルの前に彼女が割って入り、その身で防御してくれた。
「ありがとカナリーちゃん。大丈夫?」
「この程度なんともないですよー。……かなり鬱陶しいですけどー」
「隙も予兆も無いね。ついでにクールタイムも」
「クソゲーですねー」
更に言えばMP消費もほとんど見られない。プレイヤーの魔法も、鍛えると少しずつ消費MPが減って行くが、ここまで少ない消費は見たことが無い。
<降臨>のコストでどんどん消費はされているが、それに比べたらほぼ誤差だ。“魔法を使わせまくって魔力切れを早める”、という戦法は意味を成さないだろう。
そのMPの回復、そこがミレイユの操作であり、彼女に介入出来るのはその回復のみだ。後は裏で会話して作戦方針を立てていたりもするのだろうが、目に見える部分はそこだけである。
その回復タイミングから、慎重に彼女の動きを読み取る。
回復のテンポは一定で、精神的に落ち着きのある状態であると推測できた。まだまだ、回復薬の備蓄には余裕があるようだ。
「彼女のユニークスキル、<MP回復>の少なくとも五倍はありそうだね、回復量」
「すごいですねー。どこから持ってきてるんでしょうねーその魔力はー」
「物理法則無視で沸いてくるエーテルにそれ言う? ……まあ、後で考えてみよっか」
「そうしましょー」
カナリーが気にするという事は、重要なことなのだろう。自然回復力として個人に与えられている魔力には、どうやら<回復>スキルを含めて上限が設定されている。
ミレイユのスキルは、その上限を突破する埒外のスキルなのかも知れない。
推定するに妹であるセリス同様に、ゲームの基幹システムに介入出来る極めて特殊な姉妹だということだ。
「でもこの程度の威力ならー、ハルさんの中級魔法でも過剰に魔力を注ぎ込めば、吸収や消滅が狙えるんじゃないですかねー?」
「効率悪いよ。打ち返した所でダメージが期待できる訳でもないし」
何せ相手はユーザー魔法の製作者だ。隅々まで知り尽くしているだろう。簡単に無効化してくるのが難なく予想される。
「それにそんな事言ってるとあっちも、……ほら来た!」
「ヒント与えちゃいましたかねー?」
こちらの会話を聞いたミレイユが提案したのか、有り余るHPをコストとして注ぎ込んだ巨大な雷球が生み出されていた。
ハルが<魔力操作>で強引に魔法に魔力を注ぎ込むのとは少し違うが、正規のシステムでもHPMPを追加コストにして、魔法の威力を上げる操作がある。今はそれを使っているようだ。
「とことん基本に忠実な奴め……、使用量は基準値を外れてるが……」
「大盤振る舞いですねー」
だがこれはチャンスでもあった。大技を連発させて敵のリソース削りを加速するか、もしくは大量にコストを消費し、ギリギリまでHPが減った時を狙い、不意打ちでトドメを刺すか。
カナリーもそのあたりを狙って、わざと会話に出したのかも知れない。
だが敵の無駄遣いを待つも、雷球の巨大化はそれ以上せず、追加のHPを注ぎ込んでは来ないようだった。
ここにきて節約した、という訳でもなさそうだ。回復の処理が止まり、ミレイユも困惑している事がうかがえる。
「撃っても来ないし。何やってんだか」
「あーきっとあれですねー。あれ以上大きくすると、地表に被害がでちゃうのでー」
「お屋敷だけじゃなく、神域全体が保護対象なのか」
「神域を損壊するなど、あってはならない行為ですからねー」
「カナリーちゃん。どの口」
セレステの神域をズタズタに破壊した口から出る言葉ではないだろう。
ハルとカナリーの<降臨>は、ハルが制限を全て外されていた為あそこまで全力が出せた。だが、ミレイユの場合は制限のかかったユーザーだ。
本来、彼女はこの神域に立ち入る事すら不可能だった身。この地を傷を付ける事などもっての他だった。
「何にせよこの隙に攻撃だね」
「はーい」
待ってやるようなハルとカナリーではない。カナリーの神剣からは、雷球を真っ二つにするように光の斬撃が放たれる。
だが大人しくそれを受け入れるウィストではない。その軌道から逸れるように、魔法をコントロールして飛ばしてくる。
大きさからは予想できない機敏な動きで、剣閃を回避して飛んでくる雷撃の塊を、今度はハルが内部から破壊する。
この神域は、すべてカナリーの魔力が支配している。ハルは何処でも自由に魔法を発動出来た。それが例え敵の魔法の内部でも。
魔法は、発動後も純粋な物理現象ではない。その内部には複雑な魔法式が健在だ。
逆に言えば、発動後であってもその式の列を乱されると、魔法の構築を維持出来なくなる。
中から爆風で滅茶苦茶にその式をかき乱し、こちらへ飛んでくるはずだったそれはウィストの傍で電流を撒き散らす事になった。
「至近距離に直接、反物質を生み出してやるのはダメなんですかー」
「ダメそう。近すぎる物は<魔力化>で無効化されてるみたい」
「そういう弱点があったんですねーあれはー」
「反『物質』だからね。物質じゃなくなると意味をなさないのは、まあ当然だ」
生成した瞬間に消滅するように作り出してはいるが、どうしても多少のタイムラグはある。その間に神の処理能力で再び魔力に戻されてしまっては、反応も起こらない。
ならば直撃させるには、マゼンタにやったように周囲を完全にとり囲み、爆縮の内部に閉じ込めてやらねばならないが、それには動きを止めるのが難しかった。
今はあまり動かずに攻撃してくるが、移動速度自体は高速だ。カナリーの剣もあれから当たっていない。
「これだけ制限があろうと、やっぱり神か。手ごわいね」
「私も攻撃は苦手ですからねー」
「……苦手なの? それで?」
命中性に難があるとは言え、これだけ圧倒的な威力を誇る斬撃を飛ばしておいて、苦手だという。得意だったら一体どうなってしまっていたのか。
まあ、自称技巧派の神様である。以前セレステを相手にした時の魔力の侵食のような、処理能力の高さが売りなのだろう。
「でも少し、お互い決め手に欠けるよね」
「良いんじゃないでしょうかー。負けなければ、こちらの勝ちなんですしー」
「……そうなんだけどね。ケンカを売られた以上は、きっちり勝っておきたくて」
「悪い癖かもですねー」
そう言いつつも、カナリーとしても強く止める気は無いようだ。
ふたり、更に上空へと<飛行>して行く。
神域の高度上限。カナリーの魔力の終わる少し下まで達すると、そこでウィストを待つ。彼もこちらに追従し、高度を上げてきた。
魔力切れによる撤退でもハルの勝ちには変わらないが、可能ならこの有利な舞台で、撃破してしまいたい。
神からの宣戦布告されていない現状、撃破しても支配下に置けるかは不明だが、ミレイユの心は折れるだろう。何度も同じ事をされてもたまらない。
「……こんなに上空まで来てどうした。ここでは、貴様らの有利を捨てると理解できていないのか?」
「理解してるよ勿論。でもこちらとしても、威力のある魔法使えないのは同じでね。決め手に欠ける」
「ふん、馬鹿が。逆に地上に降りてしまえば、何もせずとも貴様らの勝利であったものを」
「……いや、その勝ち方はちょっと。君だって嫌でしょ?」
「構わん。詳細の確認もせず、得意顔で暴走する娘にはいい薬だ」
先走った契約者に対し、少々お冠のようだ。裏で何やら話しているのか、魔力の回復が一時止まる。口喧嘩でもしているのだろうか。
『ムキーッ』、と顔を赤くして食って掛かる様子が、ミレイユには似合いそうだ。
文句を言いつつも、彼女の決定には逆らえないのだろう。ウィストが戦闘を止めることは無い。
その視線が上空を指していたので、そこはハルも釘を刺しておく事にした。
「ああ、神域の魔力からは出ない方がいいよ。流石に、再進入の許可は出さない」
「許可しませんよー」
「だ、そうだぞ契約者」
いくら窮屈な戦いだったからといって、わざわざ本気を出させる事をしたりはしない。
自由に周囲の魔力が使える、無色の空間への脱出を許す気は無かった。
ここへ来たのも、派手な戦いがしたいというよりも、攻めに転じた際の相手の隙を突くためだ。隙が出来るのは、守勢ではなく攻勢の時。
ミレイユが調子に乗って多量のHPをコストとして消費した瞬間に、最大火力を叩き込み撃破する。
「では行くぞ。うかつな己を悔いるが良い」
言うが早いか、ウィストから天を走る紫電の一撃が放たれる。
稲光鳴り止まぬ雷雨の日に、空に上がればこんな気分だろうか。そんな錯覚を抱くほどの、強烈な雷撃。
地上からでも、この雷鳴ははっきりと目にする事が敵っただろう。先ほどは、ハルが避ければ背後の屋敷に被害が出る可能性があり、放てなかった一撃だ。
「ってこのレベルでもノーチャージか! バランス考えろ!」
「クソボスですねー。設計ミスですねー」
「やめろ。オレは勝たせるように設計されたモンスターではない」
先の雷球の比ではないHPを込めて放ったにも関わらず、発動は一瞬。その回復を担っているミレイユですら思考が追いついていない。
ハルが<魔力操作>でもって、魔法に追加コストを込める際には多少の時間を要する。発動した魔法が徐々に大きく育って行く形だ。
大してウィストのそれは最初から最大。いつかハルがやったように、属性合わせの後出しでは勝負にならなかった。
「流石は神……、いや、プレイヤーも同じこと出来るのか実は? 同じ魔法って事は」
「貴様らではどう足掻いてもHPが足りん。諦めろ」
それは裏を返せば、HPさえ担保出来れば同じことが可能だと言っているような物だ。ハルの<HP拡張>を知らないか、知っていてミレイユに伝えないようヒントを与えてくれているのか。
どちらにせよ、試すのは今度だろう。どうせ目の前の専門家には通用すまい。
同じ威力の光条のひと筋が、ウィストを中心として次々に放たれる。連射性にも穴が無い。きっと、やろうと思えば全方位に放つ事も出来るのだろう。
たまに連射が途切れるのは、ミレイユの回復が追いついていない為だ。
……良い傾向だ。その瞬間を付けば、全てのHPを削りきらずとも勝負は付く。
ハルはカナリーを抱き寄せると、その手に抱えて雷鳴から逃げ回る。流石にこれを全て防御するのは身が持たない。
「躱すか。相変わらず勘の良い奴だな」
《良いのは勘じゃなくて運ですねー》
──お守りだねカナリーちゃん。
《常に身に着けておきますかー? おすすめですよー》
──流石にちょっと、大きすぎるかなー……。
腕の中に抱いた大きなお守りによって、ハルを狙う雷は全て“運よく”その身を逸れて行った。
流石は幸運の女神カナリー。ここまで露骨な運の良さでもお手の物らしい。
「じゃあこっちからも遠慮なく! 反陽子砲ー!」
ハルの方も逃げているばかりではない。こちらも攻撃を遠慮せずとも良い高度だ、<魔力化>を受けない距離から、大出力の反物質砲を乱れ撃ちする。
当然、距離がある以上回避されるが、こちらはどの位置にも打ち放題だ。まるで巨大なブドウの房を形作るように、次々と空に爆風の球を描いてゆく。
そのブドウを切り裂くように、カナリーの神剣の波動が突き刺さった。




