第1678話 相性勝負の様相?
「にゃう」「にゃうにゃう!」「にゃにゃうにゃう!」
列を作り並ぶメタの群れが、次々と施設に資材を搬入する。
それらは全て非常に高価な希少資源の詰め合わせであり、その資源を惜しげもなく消費しながら、ソラたちの施設は迫りくる『海』の侵攻を完全に無効化し抑え付けていた。
「あら。どう頑張っても、これ以上は進めないようですね?」
真っ黒な雨雲を引き連れて大地を削り取り続けたこの恐るべき人魚姫も、災害を完全無効化するフィールドの前には手も足も出ない様子。いや元から足はないが。
災害認定されてしまったが最後、彼女の力がいかに強かろうともこのフィールド相手には能力を完全無効化されてしまうようである。
フィールドの境界を境に、雨雲も暴風雨もまた、馬の背を分けるようにはっきりとその影響範囲を可視化しているのだった。
「相性ゲーか? 相性ゲーじみてきた。最強の能力が出にくくなるな」
「ユキは相性ゲー苦手だったっけ」
「メタ読みじゃハル君に勝てん。それに、どっちかってと圧倒的な暴力を一方的に押し付ける方が好き」
「そういう才能ゲーになるのを抑えるためにも相性が強められるんだろうね……」
例えばプレイヤー性能により極端に左右されるゲームにおいて、ユキに勝てる者はほぼ居ない。
そうした特定人物の常勝を抑制するのには、強い能力相性の存在は有効だろう。
まあ、このゲームがそうした理念のもと作られているかどうかは定かではない。ただ単に、運営が災害大嫌いなだけだという可能性が高かった。
「では迂回しましょうか」
「止めませんか? そういう空気を読まない行いは……」
「無敵の要塞は、まともに相手をせず迂回した方が良い。私は歴史に倣っただけです」
「マジノ線扱いは止めてください。その場合こちらも、また進行方向へ新たな施設を建設するだけですよ」
「出来ますか? 建築コストか維持コスト、あるいはその両方。ずいぶんと重たいようですけれど」
「…………」
見透かされていた。まあ、こう休みなく資材を搬入していれば無理もないか。
その作業員が、なぜか猫の姿をしていることだけはどうにも不思議そうな人魚の姫であったが。
彼女の目指す地はハルの国、ここより更に南方だ。
その面積は広く、ソラたちの国だけでは防波堤の役目をこなしきれない。そういう意味でも、まともに相手をせずに迂回するという手段は適切ではあるのだろう。
性格もまた冷静沈着。プライドを煽り挑発をしたところで、乗ってくる相手とも思えない。
「だがいいのかな? 東西どちらに道を逸れようが、今度こそマトモに、無関係の他国の領土の上を通らざるを得ない」
「そうね? 今までと違って、他人の作った街を水没させて進むことになるでしょうね? しかも派閥の外の」
「それはさすがに、激しく抗議を受けてしまうのです!」
というよりも確実にその場で敵対する。直接の侵略行為なのだから。
まあ、戦争状態になったとしても、この彼女の海が負ける光景はまるで見えない。
ティティーにとっては、平地だろうが街だろうが、大した違いもないだろう。NPCの軍が相手になろうと、それもまた同様。
故に災害、故に脅威。いくら人間が束になろうと、小細工を弄しようと誤差にすらならない。
相性問題でいうならば、それこそ人間ユニット相手への完全なる『特攻』能力だ。
「そうですね。それは少々、問題ですか」
しかし、ティティーはここで、意外にも躊躇し考えを改める。
いや意外でもないだろうか。この世界はたかがゲームとはいえ、彼女たちの参加経緯から現実へと大きくその影響は波及するだろう。
向こうでの家同士の争いにまで発展してしまう可能性を考慮すると、さすがに乱暴すぎる行いは憚られるか。
それとも、敵対することになるプレイヤーのスキルを警戒したか。
彼女の視点では、この地の他プレイヤーの能力は完全に未知数。自分がこうした強い力を有しているように、他人もまた何か予想もしないスキルを隠し持っているかも。そう考えてしまうのも自然である。
「……そうですね。目的を目前として、あまり不要な面倒ごとを背負いこむのもなんですし。やはり、ここは構わずに、正面突破といきましょう」
「受けて立ちましょう。……しかし、そのですね? 他家との敵対を憂慮するというのであれば、私の国も同様には考えないのですか?」
「あら? ふふっ……」
「こいつぅ、笑い飛ばされたぁ。まあ、ソラの家じゃ無理だよね。弱小だもんね」
「分かっていますよ、そんなことは……」
だからこそソラも、ここで負ける訳にはいかない。腹に力を入れるように、気合を入れなおす。
そんな彼の覚悟を丸ごと押し潰そうとでもいうように、海は再びその身を山のように膨張させていくのであった。
*
「さて、どうしましょうか。取るべき選択肢は三つ。このまま強引に押し切るか、相手の体力切れまで待つか、それとも能力の穴を探すか」
「体力切れなど。私はともかく、ハルさんたちの力を侮らないことです。彼らの協力を受けている以上、リソース切れはあり得ません」
「……いやあ、そこは、どうだろうか。もちろん僕らも頑張るけどさ、さすがに物が物だけに、ずっと供給が追い付くかは微妙なラインで」
「そこは、嘘でも持つって言ってくださいよ……」
アルベルトたちが必死に今、必要なレア資源の量産に励んでいてくれている。
しかし、生成装置たる『悪魔の玉手箱』も安全基準を超える出力で限界稼働中。無限に供給可能、などと約束はできはしない。
……もし、あれがオーバーヒートし爆発でもしようものなら、その被害は海の浸食など比ではないかも知れないのだ。あの塔は内部に太陽を封じ込めているようなものなのである。
少なくとも、ハルたちの国は丸ごと吹き飛ぶ。決して無茶は出来なかった。
「いいえ。そうではなく、貴方本人の体力が持たなそうではないですか。体調が悪そうですが、御病気ですか?」
「ご心配なく。病気だったらアラートがうるさくて、こうしてログインなんてしていられないでしょうよ」
「それもそうですね」
ティティーの指摘する通り、何となくソラの顔色は悪い。ハルも当然それは察していた。
これは、明らかに背後の防災施設が影響している。この施設を生み出す際も、彼は同様の負荷を覚えていた。
その影響でソラが戦闘継続不可能になると、ティティーはそう期待している。それまでの間、今度は自分が時間稼ぎをしていればいいのだと。
それは間違いではないかも知れない。事実、ハルが前回のようにその負荷に割り込んで『逸らして』やらなければ、今にも倒れ込んでしまっていたかも知れなかった。
だが、ハルはそこはあまり心配していない。むしろ、このティティーの読み違いを歓迎している程である。
何故ならばこの症状が前回と同様であるならば、それは新たな力の発現に至る合図。またなんらかのイベントが進行中である可能性が高い。
この処理が完了した際には、施設はより高度な力を発揮するか、もしくは新たな便利スキルが出てくるか。
どちらにせよ、時間経過はハルたちにとっての追い風かも知れないのだった。
「とはいえ、そんな勝ち方はスマートではないですね。それに、これはあくまで前哨戦。そう悠長にはしていられません」
「……私を舐めて成果を焦ったことを、後悔させてあげますよ」
そんなハルたちの期待を無にするかのように、ティティーは時間稼ぎの選択を即座に撤回する。
いや、時間稼ぎもそれはそれでする気ではあるのだろう。どちらに転んでも、彼女にとっては別に構わない。
選択肢のどれかを選ぶというよりは、三つの選択を同時に実行する気でいるのだ。
いや三つどころか、迂回の選択もしれっとまだ考慮に入れていた。見ればフィールドの境界に沿って、海は徐々に左右にも浸食を再開している。
「では、押しつぶしましょうか」
そうしてその領土、いや領海を広げると同時に、彼女の海は正面のハルたちへの攻撃も開始する。
より高く、より大きくせり上がった海は、その質量そのものを叩きつけようと“体当たり”を仕掛けてきた。
だが、それは先ほどと同様に、防災フィールドに阻まれ境界から霧散。気持ちの良い夏の雨となって優しく降り注ぐだけ。
しかし、先ほどと違うのは、それでも海がまったく勢いを失わない所。海面は過剰に上昇したままで、水平に向けしぼんでいくことは決してない。
「これは無理ですか、やはり。『波』扱いなのですかね。では、これなら?」
「わわ! 触手が! 飛んできたのです!」
「これは、通るのですね。水の槍は、災害扱いではないと」
「まあ、『あってたまるか』って感じだからねえ……」
よく『槍の雨が降る』などと例えで言うが、本当に振って来ることを想定しているはずもない。
エリクシルネットの人類の意識の中では、海が触手を伸ばして物理的に攻撃してくることは考慮されていなかったようだ。
そんな、セキュリティの抜け穴を探すように、次々とティティーは水の攻撃を試して来る。
浸食の無くなった分、ハルたちは海水の勢い全てを攻撃に回した彼女を、なんとか抑え込む必要が出て来たらしかった。




