第1677話 このさき海お断り
ソラたちからの完成の合図を受けたハルは、そこで無理に海を抑えるのは止めて彼らの国まで後退する。
例の施設が組み上がったならば、これ以上無理に海へ抗うのは魔力の無駄にしかならない。
その際、ソラの国国境に至るまでの道中、そこに存在する地面をハルは根こそぎ、<魔力化>によって魔力へと還元、消失させながら上空を進むのだった。
「わわ! 大地が、消えていくのです!」
「これは、天変地異とはまた、別の恐怖を感じるわね……」
「抗えぬ大いなる存在の力みたいのを感じるぜい。逃げても隠れても、“それ”が来たら成す術なく一瞬でこの世から消失してしまうのだ。うーんホラー」
「僕を怪異とか邪神扱いしないで?」
「でもさでもさ? 大地の削れる速度、ぶっちゃけハル君の方が早く出来てね?」
「まあ、それはね。僕の場合は、物質的な抵抗値とかまるきり無視して一瞬で消失させてるし」
あちらも大概に規格外だが、あくまで波の潮汐力にて大地を削っている以上どうしてもその分の抵抗を受ける。
対してハルの方はというと、それこそ手品でも見たようにパッと消えていくだけなのだ。
「んー、これはやはり、ハル君が本気で災害を起こそうとしたら、この海なんかよりも危険な存在と言って間違いはないな!」
「……否定はしないけど、やらないからさ。この消した地面だって、事が終わればきちんと埋め戻すよ」
「でも、その際に<物質化>を使ったら、土地として認めてくれないのでしょう?」
「それがあったね……、まあ、お望みとあらば外の世界のどっかから土を持ってくるってことでさ……」
また仕事が増えてしまったようだ。ハルはそれに対処することになる、未来の自分の姿、それをなるべく思い描かぬようにしつつ今の現実へと集中する。
例え仕事が増えるとしても、やらぬ訳にはいかないのだから。
「ハ、ハルさんがやらなくても、このままでは海に飲まれてしまうのですものね!」
「そうだよアイリ。まったく酷いよね、ユキたちは?」
「どうせ敵の手に渡るのだから、どさくさに紛れて自分が確保してしまっても良いだろうというゲーマー的発想」
「各方面への言い訳もばっちりね? その後ちゃっかり半分くらいは着服してしまえば、政治家的才能もありそうよ?」
「こーら。これ以上僕を悪者にしないの」
自ら自国を焼くようなものだろうか。敵に渡るくらいなら、その前に自分で滅ぼしてしまうのである。
やるかやらないかでいえば、まあ、やるハルだった。しかもそこそこ頻繁に。
そんな、一切の障害物の無くなった『コース』に沿って、人魚の操る海水はもの凄い勢いで流れ込む。
距離により勢いを殺されるなどということはまるでなく、むしろ直線を思いきり加速するレーシングカーのように、その自然の暴威を最大限に増していた。
今まで以上にティティーの乗る大波の玉座は跳ね上がり、それはもはや災害を超えてなにかの一大スペクタクルショーのようでもある。
そんなこの世の物とも思えない巨大な山のようになった水の斜面を、恐怖せぬどころか楽しそうに滑り降りる影と、そこから聞こえる愉快な声が後方からハルの方まで届いてきていた。
「波乗りだぁ♪ こんな大波、めったにないぞ♪ びゅんびゅん、ざぶざぶ♪ モサくんもたのしーね♪」
「……た、楽しいのでしょうか!?」
「体、削れているけれど大丈夫そう? その恐竜?」
「へーきへーき! この子はちょっと手足が吹っ飛んだって、その辺のナノマシン拾ってすぐ再生だぁ♪」
「まあ、マリンちゃんが楽しいなら、自動的にそいつも楽しいだろ」
「君らってこの疑似細胞に厳しいのなー」
まあ、ユキの言う通りかも知れない。いや厳しいというか、ハルや神様たちはこれらを生物扱いしていない、という部分が態度に出ているといった所か。
激流にその身を、なにか無駄にヒレが各所に追加され毒々しいグラデーション発光を体表に循環させるようになったその身を削られるモササウルスは、マリンブルーの言うようにそれと同時に、この海の海中に漂う疑似細胞を吸着して自動でそのダメージを回復している。
ハルによりコントロールを掌握され、マリンブルーによって追加調整された今もなお、元の再生機能は健在だ。
正確には触れた細胞をその場で瞬時にハッキングし、自らの物として再構成している。
勝負を決する事は出来なかったが、無理をしてでも細胞支配の工程を進めていた結果がここにきて生きてきた。
「……それで、恐竜はまあ分かるわ? 強そうだものね? ……で、あれはなに?」
「うん、まあ、アレも、強そうじゃあないか……」
そんな強化モササウルスと並走するかのように、超大波でサーフィンを楽しむ存在が、隣にもう一人。
「ざっぱーーん! だね! ひゃー、ひょーっ!」
「うんうん♪ ソフィーちゃんもノリノリだぁ!」
「でもボードが無いから、なんとも中途半端だ! あっ、そうだ! フラワリングドリームでやってた、剣に乗るスキル、ここで再現しちゃお!」
「いやーんっ♪ かっこいいぃ~~♪」
「あの子も恐竜だったかしら?」
「うん。まあ、似たようなものかも知れない」
「す、すごいですー……! 人間技とは、思えないのです……!!」
「私もやりたくなってきた」
「……これ以上人外を増やさんでいい、ユキ」
「ちぇー」
「海の恐怖も、これでは形無しですね?」
呆気にとられる人魚姫もそうポツリと漏らすほどの怖いもの知らずの二人であった。
しかし、そんな全てがアトラクション扱いの少女たちの態度に関わらず、この疾走する波の脅威は本物。
図らずも自分でスピードを増してしまったハルだが、さて、ソラたちの災害防御は、この増大したスピードと威力に耐えられるのだろうか?
*
「ハルさん、止まって、いや止めてくださいそれ! 既にそこは施設の影響範囲に入っています。そこを削る意味はありませんから!」
「というかぁ、なにそれぇ……」
「馬鹿げているな。最初からそれでやったらどうなんだ?」
「海には効かないんだよ。何らかの所有権があるのか、ガードされちゃう」
もし効いたとしても、敵対する全てを<魔力化>で消失させていたらキリがない。そのうち本当に、世界の全てを消し去ることになってしまいそうだ。
「それよりも、何をしてくれているんだ、お前は? より凶悪さが増しているようだが……」
「いやすまない。距離で減衰すると思うじゃん。タイヤでも付いてるのかね?」
「ますます、普通の物理法則で計れない相手という訳ですね」
「ソラも真面目に納得してないで文句言うー」
「そうだぞ。俺の苦労が水の泡になったらどうする」
「ソウシはソウシでほぼ働いてないじゃぁんっ~~」
「ふっ。分からんか俺の存在の重要性が」
「なぁにぃこいつぅー」
寸劇はさておき、ハルは国境沿いに建てられた施設の手前でスキルを止める。
シェルターのように丸みを帯びた、それでいてファンタジー感も感じさせる特殊設備が、国の前線基地代わりに完成していた。
「これ一つ? もっとズラズラと、並んでる風景を想像してたんだけど」
「平気ですよユキさん。ご覧の通り、影響範囲は非常に広い。施設一つで海の襲来は十分に防げるようです」
「……というより、コレ二つも三つもあったら、素材が足りないよぉ」
と、いうことらしい。確かに前回も、希少な資源をこれでもかと建築に要求し、効果の発揮の際にはそれを食いつぶして消費していた。
今もそんなレアメタルやレアアース等はアルベルトたちの手によって全開で合成されており、施設に目をやると生産されたそれらがメタの手によって(口によって?)次々と搬入されていた。
「どれだけの災害を鎮められるかは未知数ですが、同時に生み出された職員の話によれば、恐らくは心配は要らなそうです」
「あの『海』を相手にしても?」
「はい」
「まあ、たぶんこれ外の更に地獄のような環境を平定するための設備だしね。海だって、止めてみせるか……」
狂った惑星軌道により乱れっぱなしの星の環境。恐らくはそれを、こうした施設を使って強引に改善しようというのがアレキたちの目論見。
ならばこんな海ひとつに負けてはいられない。そう思うと、ハルも納得しなんだか出来る気がしてくるというものだ。
「きゃーーっ♪ どけどけぃ♪」
「どかせちゃだめだよマリンちゃん! あそこがゴールだ! 綺麗な着地で、最終結果を採点だ!」
「よーしっ! ここで急ブレーキっ♪ うおおおおっ♪」
「ブレーキ? んー、どうしよ。まあ何だって<次元斬撃>!」
「こっちに向けないでくださいよ!」
ソフィーの前方に向けた強引すぎる『ブレーキ』にて少々地形が欠けはしたものの、防災効果はその驚異的な性能を発動した。
もはや高層ビルでも押し寄せて来るような異常なその『海』の激突は、フィールドに触れた途端にまるで幻術かなにかだったかのように一切のその物理的圧力を失っていく。
この地にはそんな海からこぼれた細かな水滴がぱらぱらと雨のように降り注ぐ程度で、持ち上げられた莫大なその水本体は、まるでやる気を失って萎びれる生き物かのように、巻き戻すようにゆっくりと水位を徐々に下げて行った。
雨といえば、海と同時に迫って来ていた真っ黒な雨雲にまでその影響は及んでいる。
大時化の海を彩っていた暴風を伴う嵐もまた、フィールドにぶつかると同時に綺麗にその進行をせき止められる。
空は国境を境に綺麗に二分され、こちら側に広がるのは爽やかな雨上がりの晴れ間。見上げればかすかに、虹の橋も掛かり始めたようだった。
「……これは、凄いね。思った以上だ」
「はい。凄まじい効力です。その、資材消費も、凄まじいですが……」
そう。この防災効果、別に消費なしでも効果時間無限でもない。そこがこの作戦上の、一番のネックであった。
さて、やはりそうした時間制限は付きまとうものの、ずいぶんと気は楽になったのは確か。
ここからは本当に、この海を完膚なきまでに解体すべく、その正体へと迫っていくとしよう。




