第1673話 災害であるが故の対抗策
海を真っ二つに割り、文字通りに切り開きながらソフィーは進む。
その進撃の道はルナの<近く変動>によって塞がらぬように固定され、<次元斬撃>が更なる波の壁を切り開く。
一歩一歩、着実にソフィーはティティーの元へと迫り、このまま行けばその細く白いたおやかな首筋に刃が届きそう、そう思った時だった。
「あっ! 逃げた! このー、待てぇー! むーっ。くっそーう、もう少しだったのに~~」
「……でも、ある意味助かったわ? 正直、スキルの維持がそろそろ限界だったもの」
「そっか! じゃあルナちゃんはクールダウンしないとね! CTだ!」
「人をゲームのユニット扱いしないの。まあ、今は似たようなものかしら」
「よーし! ルナちゃんのCT明けまで、私があいつを抑えるぞー!」
「……この子にはCTは無いのかしら?」
「ソフィーさんは、“しーてぃー”とは無縁なのです!」
「なんだそのチートキャラ」
人のことは言えなそうなユキだった。まあ発言者はともかく、発言の内容には完全に同意するハルである。
以前から『凄いスキルだな』とは思っていたが、いや以前はその程度の認識しかなかったが、敵の扱う能力の幅が増えれば増える程、その異常性が際立ってくる。
あらゆる物を力任せに押し流すティティーでさえも、ソフィーにだけは常に注意を払い、必ず一定以上の距離を取るよう警戒を続けていた。
そんなソフィーの迫力が勝ったのか、ここにきて初めて、彼女とその海は少しだけ後退しその勢いを殺す。
その距離は今まで荒らしまわった大地の範囲からすれば微々たるものだが、それでもこれは明確に大きな成果だと捉えていいだろう。
ティティーに付きしたがうように、うず高く持ち上げられた『海の山』はその全体を大きく回転させ渦を巻き起こしながら後退する。
それに合わせて、足元に溢れ出た水もまたまるで潮が引くようにしてその前線を少しだけ後退させたのだった。
「よーし。これで『一セット』だね! 後は同じ事をミスなく繰り返していけば、ちょっとずつボスを削れるってこと!」
「ちょっと待って? 今のを何度もやるのかしら? しかもミスなく?」
「そうだよ? 何か変かな?」
「特定パターンのルーチン化は基本だぜルナちー。息を合わせた仲間との連携が、勝利の鍵じゃ!」
「むしろ一回だけで既に息が詰まりそうなのだけれど? 疲労で」
「なに。何度もやってりゃ日常になる」
「なりたくはないわよ」
「『大縄跳び』とか言われるね。最近はあまり流行らないかな」
そもそも、今回の相手は人間だ。パターン化された行動を繰り返すボスではない。
自分にとって不利な行動にはその場で対応し、同じ失敗を何度も繰り返す事などしないだろう。
事実、彼女の海は今までと違って随所に小さな渦を巻き始め、まるで固定対象となることを妨害しているようだった。
「ど、どうでしょう! ルナさん、あれは、いけそうでしょうか……!?」
「いけなくはない、とは思うわ? ただ、なんとなく、疲れそうね?」
「疲れそう?」
「ええ、対処に必要な消費MPが上がった感覚、かしら? たぶん、抑えておける時間がさっきよりも短くなっていると思うわ?」
「なるほどね」
通常の海の水を<近く変動>で抑えるコストが1だとすれば、特殊地形である渦は二倍三倍のコスト消費が割り当てられているといった感じか。
通常ならば、そのぶんティティーの方もそれだけ大きなコストを払って地形を生み出しているはずなのだが、残念ながらまったくそんな気配は読み取れないのだった。
まあ当然か。これだけの大災害そのものを自由に操っているのだ。今さら渦の三つや四つ、追加で生み出したところで何だというのか。
その渦は対象に取りにくくなっているだけでなく、更なる追加効果としてドリルのように大きく地形を削り砕く効果も持っていた。
それにより山のように迫りくる海はスピードを上げ、今までよりいっそう勢いを上げて足元の土地を丸飲みし始める。
「うーん! 一歩下がって、三歩進みそうだね! パターン入っても意味ないかも!」
「地力が、違いすぎるのです!」
「せめて二歩下がろう?」
「下がってくれるだけ、マシだと思わんとなハル君」
そうかも知れない。しかしこれでは本当に、せっかく掴んだと思った必勝パターンも焼け石に水、いや水に焼け石だったか。
後方を確認すれば、視界の果てには既に、ソラたちの開拓している領土。そしてその奥には、ハルたちの国境線も兼ねているあの大樹の姿が見え始めてしまった。
「うーんヤバい。これ辿り着かれるんじゃない? 普通に」
「そんな簡単に諦めないでくださいよ。いえ、私も既に、そんな気はしてきているのですが……」
「あたしたちの国がー」
「ご安心ください。貴方がたは、眼中にございません。少し通るだけですので、我慢してくださいね」
「……完全に舐められていますが、悔しいですがこの実力差。それも当然ですか」
「だから通ったら死んじゃうってのぉー」
「あくまで目標は僕らの国ってことか」
「南方の土地をあれだけ確保されていては、困る方も多いでしょう。それを、解消してあげませんとね」
「いやその結果世界の全てを君が抑える事になりそうなんだけど……」
「マップが見渡す限り、海になるのです!」
さすがにそれは、多方面からリアルに抗議が来そうなのだが大丈夫なのだろうか?
ソラの読みによれば彼女はどうやら今の派閥には依存しない何か他の後ろ盾を得たようだが、これはその程度の話では済みそうにない。
何故なら全てを海に没するなどというその結末は、派閥がどうこうといったレベルを超えて、もはや家全体、匣船の本家の意向にも反しているからだ。
そもそも彼女らがアレキたちの誘いに乗りこのゲームに参加を決めたのは、この異世界、地球外に存在する貴重な土地や資源を我がものに出来るという誘い文句に釣られてのこと。
その土地や資源が今まさに、丸ごと海中へと没しようとしているのだ。それでは何の成果にもならないだろう。
だが、ティティーはどう見ても自棄になったようには感じられない。全てが計算通り、そんな余裕の表情を崩さない。
なので、その理屈で撤退を説いても、引いてくれるようには決して思えないのだった。
「仕方がありません。我々も、出来る限り力になりましょう」
「お前に何か出来るのか? これまでまるで、戦闘力など磨いてこなかったじゃあないか」
「ええ、大丈夫ですよ。戦闘能力の高いはずの今のソウシさんよりは、少なくとも約に立ちそうですから」
「くっ……! おのれぇ……!」
ハルが酷使したせいで、超能力を発動する何か体力のようなものを使い果たしてしまったソウシ。
今は完全にお荷物となってしまっていることに、そのプライドの高さゆえ歯がゆい思いをしていそうだ。
その元凶たるハルの方へと、ソウシは恨めしそうな視線を飛ばして来るが、ハルとしてはなにもかけてやる言葉がないので、そっと視線を逸らしてやるしかないのであった。
「しかし、何をするんだいソラ? ソウシ君に同調する訳じゃないけど、君は完全に内政中心のプレイスタイルだろう?」
「ええ。ですから、その内政ステータスをここで生かします。“一度、先に戻りますので、ハルさんは時間稼ぎと素材の支援をよろしくお願いします”」
「……ああ、なるほど。理解したよ。了解だ、そっちは任せて。時間はまあ、保証はできないけど稼げるだけ稼いでみるさ」
「……ええ。お願いしますよ?」
「おぼえてろよぉ。この冷血おんなぁー」
「ミレ……、逃げ帰る三下の台詞にしか聞こえませんよ……」
そんな捨て台詞、ではなく、反撃の宣言を残してソラたちは海に背を向け自国へと去る。
ティティーの手前、作戦内容を口には出さなかったが彼らが何を言いたいのかハルにはきちんと伝わった。
そう、既にソラたちの国には、この空前絶後の『災害』へと対処するための備えがある。
それが世界を洗い流す天罰の如き災害であっても、いや災害であるからこそ、彼らはそれを防ぐことが出来るのだ。
それは、かつてルナの地震がきっかけになり発生した災害対処のイベント。それにより生まれた『防災施設』の存在があった。
意味不明なレベルでレアメタルやレアアース、果ては貴重な宝石類を食い尽くしはするが、その代わり災害を完全に封殺しどんな環境でも人類にとって快適な、暮らしやすい環境を維持する施設。
まるでハルの環境固定装置のフィールド版ともいえるその建築施設を、ソラたちは作り出す事が可能。
「アルベルト」
「《はっ!》」
「デビリッシュアークを全力稼働だ。いや、リミッターを外して暴走させても構わん。全力でソラたちの必要資材をカバーしろ」
「《承知しました! お任せください!》」
ハルはアルベルトに通信を入れ、必要なその資材の緊急生産を彼に指示する。
これで、あとは時間さえあれば、あの施設が能力を発揮することが可能になるはずだ。
「……なにを、企んでおいでですか?」
「さあね? 言う訳ないだろう? まあ、そんな訳で、悪いが準備が整うまで、君にはこれ以上進ませないよ。全力で抵抗させてもらう」
「いやソラっしーの国までは、進ませてもいいんだけどねー」
「……ユキ、水を差さないで?」
ともかく、どんな手段を取ろうとも、ソラたちの準備まで間に合わせる。それが、ハルに課せられた新たな緊急ミッションなのだった。




