第1669話 絶対防御による絶対攻撃
投稿遅くなり申し訳ありません!
エーテルネットワークにおける通信については、実はあまり一般に詳細が知られていない。
いや、空気中を満たしたナノマシン、エーテルの粒子を媒介し、情報が伝わって行くのだろうということは誰もが知っている。
しかし、更につっこんだ話となると多くの者が説明に窮する。
まあ別にそこは特に問題ではない。電線をどのように電気が流れて来るか知らずとも、電気技術をフル活用していた前時代と同じようなものだ。
しかし、そんな認知度の低いエーテルネットの通信技術の中でも、ひときわ謎な部分がある。
それは通信速度が明らかに光速を上回っている事。
どこかで通信が空間をジャンプしているようにしか考えられず、専門家ですらその原理は突き止める事が出来ていない。
ただ、そんな状態であっても今日も問題なくエーテルネットは機能を続けている。便利な技術とは、得てしてそういうものだ。
「この異世界の存在を知った当初は、通信はこっちの世界を経由する事で距離的な制約を無視しているのかと考えていたんだけどね」
「そうではないと?」
「うん。だって考えてもみてよソラ。ここ異世界が中継点ならば、こっち側ではエーテルネットは使えないはずだろう?」
「ああ、そうですね、確かに」
「いやぁ、そうだったとしても、こっちで使えてるのがそもそも変じゃーないの?」
……まあ、ミレの言う通りなのだが、そこは気にしないでいただきたい。説明すると長くなる。
「そんなもの、こちらで使う時には地球を経由しているというだけではないのか?」
「おお。頭の回転が速いねソウシ君。急に出した仮説だというのに、流石だ」
「ふっ。あまり舐めるなよ、俺を」
「学園でのお勉強の成果が出たのでしょうかね」
「お前も、たまに含みのある言い方をするなソラ。どうした、学園生に何かコンプレックスでも?」
「いえ、ただ『あの学園の教育方針にも意味があったんだな』と、感心していただけですよ」
「ふんっ」
ソラたちは自分たちの立場を卑下してはいるが、あの学園の真実を知る数少ない人間のうちの一人。
そんな彼らからしてみれば、学園の表向きの理念を信じて真面目に勉強している学生たちは、哀れに映っていた部分もあるのかも知れない。
とはいえ、ソラの性格が悪いと責められはしないだろう。実際に、学生たちは三家にとって都合の良い傀儡である部分は否めない。
だがしかし、学園の表の教育方針は別に完全にデタラメという訳でもない。
実際に、あらゆる問題の解決をエーテルネットに頼りきりの現代人を嘆く声と、学園を賞賛する意見もきちんと存在するのが今の世論の現実だ。
「まあ、今はいいさ、ソウシ君の学力は」
「おい……」
「いやすまない。ただ、細かい理屈を長々と語っている状況じゃないからね」
「ふんっ! それはその通りだ。仕方ないから協力してやる。さっさと何とかするがいい」
「はいはい。仰せの通りに」
上手く誤魔化されてくれた。実際は、エーテル通信が空間を超える現象への理屈付けは、最近はエリクシルネットを使っての説明が出来てしまう。そこを解説する訳にはいかない。
通信の中継地、経由地が全てあの世界に集約されるのであれば。そう仮説を立てているハルたちだった。
「要するにだ。俺が完全に周囲と断絶した空間を作り出しても、お前は問題なくその内部に通信を届かせられる。そういうことだな」
「ああ。出来る?」
「ふっ、無論だ。と言いたいが、少し待て。己の身から離れた地点に隔離空間を発生させるのは、まだ経験がない」
「近くならあるんだ」
「舐めるなよ? 自身を中心として周囲と空間的に隔絶させる事で、俺はいかなる攻撃も受けない完全防御を……、って、言わせているんじゃないぞ!」
「ははは。ごめんごめん」
「……ソウシさんが、勝手に言っただけでは?」
「ねー」
来たるべき戦いに備えて、練習熱心なソウシであった。
どうも大樹を使ったハルの国の激変を間近に見てからというもの、彼のやる気に火をつけてしまったようなのだった。
「ちっ……、よし、出来たが、これは長くは保たんか……?」
「おお、凄い凄い。十分だよソウシ君。時間内に終わらせてみせるさ。そうしたら、そのまま次の『泡』を別の所に発生よろしく」
「ええい、人使いの荒い!!」
まるで海に浮かぶ巨大な『泡』であるかのように、ソウシの空間遮断は海水とそこに浮く疑似細胞を囲い込み、完全なる隔離を実現する。
ハルは宣言通りにその内部のエーテルを操作し、全くの無防備となった疑似細胞達を労せずして一気に掌握していくのだった。
「……うん。思った通りだ。空間遮断をしてしまえば、敵の方は操作信号を受けられなくなる」
「なんだ、俺の前ではこいつらは単なる雑魚になり下がるということか。フッ、フハハハハハハ! いいぞ! 楽しくなってきたじゃあないか!」
「そうだね。ソウシ君は言うなれば、このゲームそのものに対する『特攻スキル』を得たって感じかな。これは、まずい技を教えちゃったかなあ」
「……ふっ。間抜けめ。今さら悔やんでも遅いぞ」
「あのー……、でもこれハルさんが協力しなければ、ただの短時間の足止めにしかならないのでは……?」
「そぉそぉ。バカだよねぇ」
「くっ……! 五月蝿いぞ! いずれ、単独で完結する技に仕上げてみせる……!」
転んでも、それを認めなければ転んだ事にならない。常にそんな勢いで生きているソウシなのだった。
それに、彼ならなんだかんだ、本当に応用法を見つけてしまいそうではある。
「しかしハルさん。大きさは違えど、敵もまたナノマシンの集合体のような存在。互いを繋ぐ通信方法も、似通っている訳ではないのですか?」
「ああ、それはねソラ。恐らくだがこいつらは重力に作用する何らかの未知のエネルギーを利用して動いている。通信も、恐らくはそのエネルギーを使って同時に行っている、そう考えられるね。僕らは、ダークマターと仮にそれを呼んでいる」
「ダークマター……、気になりますね……」
「ふーん? 重力使ってるから、ソウシの空間ごと隔離には成す術がないってことかぁ」
「ふっ。お前らもなかなか賢いじゃないか。学校も出ていない割には」
「なんだぁこいつぅ?」
「先ほどの反撃という訳ですね。失礼をしました」
一応は同じ国を治める仲間なのだ、仲良くして欲しいものである。
まあ、この程度は軽いじゃれ合いのようなものか。ドロドロと腹の中に不満を溜め込むよりも、むしろ健全かも知れない。そういう事にしておこう。
彼らの諍いをそう現実逃避して、ハルは目の前の海に溶け込んだ疑似細胞達を次々と支配下に置いていく。
一度全体を完膚なきまでに支配してしまったそれは、もう取り返そうと細胞の群れが押し寄せて来たところで決して揺るがない。
そうなると敵はもう物理的に食らい取って作り直すしかなく、ハルはその攻撃にさえ対処していればいいことになる。
「だが、おい。やはりキリがないぞ。結局この灰色の波全てを、端から丁寧に潰していくのか?」
「どうしたソウシ君。もうバテたのかい?」
「馬鹿を言え! が、しかし、さすがにこれ全ては俺の体力は持たん……」
「ふむ。しょうがないよねそれは」
煽って発破をかけたところで、無理なものは無理。さすがのソウシも、この規模を相手にしては強がるよりも冷静にそう現実を見ざるを得ないようだ。
しかし、そこは問題ない。ハルも最初からその気はないのだから。
チマチマと潰していくことを諦めたからこそ、ハルはこの手段へと切り替えたのだ。
「恐らくもうじき、『閾値』を越える。そうなればそこからは、もう攻撃を受けることなく一方的に侵食を進められるようになるはず」
一度その状態になってしまえば、あとは加速度的にこちらの支配を広げて行けるだろう。
そうすればもう海の広さがどの程度だろうと、細胞の量がどれだけあろうと、大した問題ではなくなるのだ。
「……とりあえず、この僕が作った壁に支配した疑似細胞を塗り広げて、コーティング膜を作る。そうして防御を固めれば、海の侵攻を抑えつつ攻勢に転じられるはず」
「なんでもいいから、早くしろ。慣れない技だからか、遠隔は消費が激しいのか、そろそろ限界だ……」
「もうほんの少しだ。頑張って」
そうした絞り出すようなソウシの献身により、ハルの支配が想定した閾値を越えた。
入り込んだ細胞の内部で安定して行動できるようになったエーテルは、そこから足場を固め一気に周囲の侵食を始める。
後は、襲ってくる細胞達を端から逆に食い取っていけば、万事は解決。残るは海の水そのものと、集めた大量の細胞の廃棄処理をどうするか、そこを気にするのみ。そのはずだった。
「……んー? ねぇハル君。なーんか沖の方、おかしくなーい?」
「どうしたのユキ。この海はいつだっておかしいよ?」
「うんそうだね! でもハルさん、今度は何だか、黒い雨雲が出てきているよ!」
「本当だねソフィーちゃん。さっき散々爆発させた水蒸気が、今になって凝縮したのかな?」
そう寝ぼけた事を言いながら、ハルはなんとなく全体の状況をチェックしていく。そうして、厄介なその事実に気が付くことになった。
アリバイ作りのためかずっとログインしていなかったこの海の主が、つい今しがた、こちらへログインしてきていたようなのだった。




