第1667話 業務提携する不俱戴天の敵
「おお、これはあの時の」
「そうだ。空間に亀裂を作りあらゆる攻撃、一切の進軍を遮断する。これぞ王にのみ許された、領土を守るための強権と言えよう」
「でもここソウシ君の領土じゃないし、君は今ソラの臣下じゃん」
「うるさいぞ! いずれはこの地も俺が治める。その時の為の、確保をしているに過ぎないんだからな!」
「そんな分譲地の予約みたいにー」
まあ予約はともかく、ソウシの空間制御能力は絶大だ。その力は、かつてよりも大規模に、この海その物を堤防と切り離していた。
このゲームでは、やはり超能力には何かしらの強化がかけられているのか。ログインしたばかりのプレイヤーが念弾や飛行能力を自在に操るだけはある。
ハルの<物質化>した黒い防波堤と荒ぶる海水との間に、よく見ればほんの少しの空洞が見られる。
それに遮られるようにして、海水もモササウルスも、サポートする海流に乗る細胞達もそれ以上先へは近づけずにいた。
ソフィーのあらゆる防御を無効化する<次元斬撃>とは逆に、どんなに強力な物理攻撃であろうと絶対に突破できない、無敵の盾だ。
「凄いね! よーし、まけないぞ! 私の<次元斬撃>も合わされば、もう向かうとこ敵なしだー!」
「おいやめろ! 馬鹿やめろ! せっかく俺が築き上げた無敵の城壁に、穴を開けようとするなっ!」
「てりゃあーー!」
「話を聞けぇ! この脳筋バカ女が!」
そんな絶対防御の盾の奥から、ソフィーは悠々と固定砲台かのように<次元斬撃>を、いや<次元斬撃>超烈断裂をお見舞いする。
ソウシの築いた『絶対』のはずの防御壁は容易く破れ、空間の断裂勝負はあっけなくソフィーに軍配が上がった。
非常にややこしく頭が混乱しそうな話だが、どうやらソフィーは、ソウシが作り出した空間の裂け目そのものを、更に切断し切り開く事が出来るようだ。
相変わらず、意味の分からないスキルである。
「うん! この矛盾も、私の矛の勝利だね!」
「味方の盾を壊して得意げにしているんじゃあないぞっ! 戦略目標を考慮しろ、戦略を!」
「いや、ソウシ君から『味方』なんて言葉が聞ける日が来るとは。感無量だね」
「お前もくだらん事に感じ入っていないで、コイツをさっさと止めるんだよ! ……はぁ。何とか元通りに閉じたからいいものの」
「へえ。流石は<次元斬撃>。じゃあソフィーちゃん、何度でも撃って遊べそうだね?」
「うんっ!」
「そこで煽るな喧嘩を売っているのかこの唐変木!」
いや、面白いのでからかっているだけだ。まあ、さすがにこの辺で止めておくとしようか。
やはりソウシを相手にすると、つい悪戯気分の湧いてきてしまうハルなのだった。
「しかし、凄いですねソウシさん。いつの間に、これほどのスキルを?」
「そーそー。あたしたちにも、教えてくれれば良かったのにぃ」
「ふんっ。今は下の立場に甘んじてはいるが、いずれ下剋上するべき対象だ、貴様らは。慣れ合う意味がない。この世界でも、リアルでもだ」
「なまいきー。確かにあたしたちは匣船の派閥の中ではみそっかすだけどさぁ。それでも君くらい吹いて飛ばすのは訳無いんだよ? 学園卒業したての御曹司くん?」
「はっ! 権力を笠に着た脅迫か! その上から目線、気に入らんなっ」
「いえ、あの。それに関してはソウシさんの普段の発言を、省みるべきではないでしょうか……」
そう、立場が弱いと嘆いているので忘れがちだが、ソラとミレも一般人から見れば十分に雲の上の人間になるだろう。
そんな彼らと比較すれば、有名食品メーカーの跡取りとはいえ、ソウシも単なる見習いの新入社員が粋がっているようにしか見えないのかも知れなかった。
「……確かに、僕もそこちょっと気にはなるね。今後ソウシ君が何か躍進するための、ロードマップはあるのかい?」
「どーせガキが根拠なく吠えてるだけだってぇハルー」
「ソウシさんが子供ならミレも子供なのでは……」
「ソラ、そーゆーのいいの」
「ふっ……」
「こいつ、鼻で笑うなぁ」
「どうやらガキには分からないようだ。まあ見ているがいいさ。この俺の完璧な策略をな」
「うん。そういうのいいから、内容教えてよソウシ君……」
どうやら、もったいぶった内容を匂わせるだけでその具体的な策を教えてはくれないようだ。まあ、別にハルもそこまで知りたい訳ではないのでいいのだが。
とはいえ、彼のことだ。子供っぽい強がりというだけではないのは間違いない。何か自らの家と会社を更なる高みへと押し上げる、そんな策は存在しているのは確かなはずだ。
ハルがそう納得して話を打ち切ろうとしたその時、ずいぶんと予想外の人物から、そのソウシの計画に関する情報が漏洩されてきたのであった。
「あっ。私知ってますよハルさん。いや、全部かどうかは分からないですけど」
「イシスさん? 何で、イシスさんが?」
「いやだって、私の業務の一部ですし。ソウシさんの会社との提携も、私が処理してるじゃないですか」
「……いつもお世話になっております」
「ソウシ君が、敬語!!?」
「ええい! 何故驚くのがそこなんだお前は! 重要な取引相手には、敬語くらい使うだろう! というか、何故お前は把握していないんだよっ!」
「いやあ、最近表の業務はイシスさんたちに任せきりだし。というか僕には敬語使わないの?」
「敬って欲しかったら、自社の取引相手くらいしっかり把握しておくことだなっ!」
仰る通りであった。いや、ソウシとその会社も新技術を取り入れるためハルたちを取り込もうと動いていたのは勿論知ってはいたのだが。
「……なんだか、彼だけじゃなくハルの方もポンコツぶりが露呈しただけだったわね?」
「ハルさんはこちらの対処でお忙しいので、し、仕方がないのです……!」
「アイリちゃん? あんまり、甘やかしてばっかりいちゃだめよ?」
「言われとるぞー、ハル君」
これは、言われてしまっても仕方がない。粛々と受け止めねばなるまい。確かに最近、異世界にばかりかかりきりだった。
とはいえ、今は何より優先的に海をどうにかしなければならない事には変わりない。
ハルはそう言い訳をするように、目の前の海へとわざとらしく視線を戻すのだった。
*
「しかし、なるほど。どうりで僕らを味方扱いなんてしてくれる訳だ」
「自惚れるな。今でも、不俱戴天の敵だと俺は思っているからな。だが、そんな敵の力すら取り込んでこそ、超一流というもの。だからあまり失望させてくれるなよ?」
「いやあ、申し訳ない。まあ、僕も神様じゃないってことでさ。全てを全てとあまねく見通す境地には、至っていないんだ」
「また良く分からんことを……」
まあ実際は、割り振るリソースを減らしすぎた、というだけなのだが。
影響の大きい技術を生み出しておいて、本人は興味を失ったように忘れる。気まぐれで迷惑な神様そのものだ、とソウシたちには言われてしまいそうだ。
ただ、言い訳をするならば。イシスやルナ、そして月乃の采配を信頼している、という部分が大きい。
またハル本人が出張っても、余計に現場を混乱させる事になりかねない自覚はさすがにハルも備えていた。
「そんな事よりもだ。その神でないお前は、この状況をどう処理する。こんな天罰そのものみたいな、ふざけた状況をな」
「そうだねえ。まさに匣船の名に相応しい、地を洗い流す大災害だ」
「雨は降ってないけどねぇー」
「ユキ、一言余計だね?」
そんな神の御業であるかのような、この地上に現れた海。ソウシが空間防御でせき止めている間に、何とか根本の解決を計らねばならない。
加えて今は、物理的破壊力を底上げするモンスターの登場と、それを無限に再生させつづけるこの波に乗って供給される細胞群もどうにかしないといけなかった。
「言ってしまえばあれも、ナノマシンのようなものだろう。お前なら、逆に操れるんだったな?」
「確かに。前にソウシ君をおどかしたように、細胞内部にエーテルを混ぜ込む事でこちらから介入が可能だ。事実、そうしたハッキングで勝利した事もある」
「だったら今回もそうすることだな」
とはいえ、今回は少々エーテルにとっては逆風だ。正直エーテルネットを形成するには、この海は荒れすぎている。
細胞には追い風のようだが、エーテルの粒子には少々分が悪い。なかなか繊細なのだ。それに、元々エーテル技術は強力な物理的エネルギーを発する事が不得意だった。
しかし、確かにやってみるしかないのだろう。ハルはダメ元で、この広大な海の内部へとエーテルの群れを次々に送り込んで行くのであった。




