第1665話 灰の波
ソフィーの必殺スキル、<次元斬撃>により一度切り開かれた空間。その傷痕と、寸分たがわぬ位置へと返す刀で彼女は続けざまに二度目の斬撃を叩き込んだ。
「これが新必殺! <次元斬撃>・超烈断裂!」
高らかな技名宣言と同時に、その空間の傷口から強烈な閃光がほとばしる。
当然、その輝きはただ眩しいだけにとどまらない。派手さに見合った圧倒的な破壊力を伴って、剣閃による空間の傷口、その周囲一帯を根こそぎ吹き飛ばしていった。
「うん! 成敗!」
モササウルスのような敵モンスターも、それによりその巨大な顎どころか、口周りからそれに続く上半身まで、跡形もなく一撃で消滅。
もはや通常の生物であれば、どんな強靭な肉体を備えていようと即死は免れない。そう本能で直感する一撃だった。
頭部を完膚なきまでに消失させられたモササウルスは、さすがに活動を一時停止させて残る下半身を重々しく海底に沈ませてゆく。
ソフィーはそれを追うことなく、堂々たる立ち姿で必殺技を放った後の残心を表現していた。
「凄いじゃないかソフィーちゃん。今のは何をしたんだい?」
「うん! 私もね、そろそろ範囲攻撃が欲しいと思ってたんだ! だから、ハルさんをお手本にしてみた! なんたって私の先生だもんね!」
「いや特に何かを教えてあげられた気はしないが。というか、お手本ってのはまさか神剣?」
「そう! でも残念だけどハルさんみたいに超遠隔攻撃は出来なかった。でも、代わりに線での切断からえぐり攻撃にパワーアップできたよ!」
「もう僕よりソフィーちゃんが破壊神じゃないかなあ……」
「そんなことないよ! ハルさんに比べたら、私なんかまだまだだもんね!」
……どうだろうか? まあ確かに、大規模破壊に関してはまだハルの方に軍配が上がるのは間違いない。
地上なので加減しているが、その気になれば、というか周囲の被害を無視するならば、ハルは本当にこの海をまるごと蒸発させてしまう事だって可能だった。
しかし、近接射程の敵を絶対に殺す、確実に消滅させるという観点で見れば、今のソフィーの方が恐ろしい可能性がある。
問答無用で空間ごと切断する防御不能の攻撃。それに加えて更に、斬撃の範囲外すらもはや安全地帯ではなくなった。
今までは剣とその延長線上の軌道すら回避しておけば良かったものの、今や彼女の周囲全てが殺戮領域。ソフィーに斬撃を許せば最後、その死は絶対だ。
「凄いじゃんソフィーちゃん! ねーそれっていったいどーなってんのー?」
「わかんない! なんかハルさんの真似しておんなし所なぞったら、『ぶわーっ!』って出た!」
「そっかー。わかんないかー」
「ごめんねユキちゃん!」
「それは、ハルさんの真似、なのですか……?」
「そうみたいだねアイリ。僕の、というかカナリーの神剣は一振りではあるけれど、決められたラインを正確に、本当に正確になぞる必要がある。今のソフィーちゃんの技も同じだ。一撃目のラインと寸分たがわぬ位置を、もう一度完璧になぞっていた」
「それはすっごい、すごいのです!」
「特訓する機会があったからね!」
あの宇宙での戦いにおいて、敵の隠れ家、いや要塞が空間を超縮小して極小のごく一点のポイントに隠れ潜んでいた事があった。
ソフィーはそのポイントを剣の一振りで見事に撃ちぬいて、その空間的防御を切り裂いて中身を暴いたのだ。
その時に精密な身体操作のコツを掴んだらしく、それを応用し今回の技と成したらしい。
「それにしても、理屈が分からないわね……? 一度切り裂いた空間をもう一度切り裂くと、なぜ爆発するのかしら……?」
「うん。僕にもわからん」
「いいんじゃないんですかぁ? もう最初っから、訳わかんない事だらけなんですしぃ」
「……正直、君も僕にとって意味不明な存在の筆頭候補なんだけどねイシスさん?」
「えぇええっ!? 心外なんですけどぉ! ハルさんチームきっての常識人になに言っちゃってるんですかぁ!」
「うちの国の魚を順調に進化させてる人が何を言うか」
「あれは魚が勝手にぃ……」
夢世界における龍脈との親和性についても、あちらがひと段落ついたことで保留となっただけでまだまだ謎のままだ。
そんなイシスの引き起こす事態、いやむしろイシスの存在そのものは、ソフィーの型にとらわれぬ奔放な技と同程度に謎が多いのであった。
「しかしハルさん。これで万事解決、ではないのですよね?」
「モサさんはまだ生きてるんでしょー?」
「だね。二人もお察しのように、奴は頭が完全に吹っ飛んだところで死にはしない。別に脳とか無いからね」
「やーい脳無しの能無しぃ」
「こら。ミレ」
ソラとミレが不安そうに水底を覗き込んだちょうどその瞬間、脳はなくとも能を取り戻したモササウルスが、完全体に復帰して勢いよく飛び出して来る。
既にチャージしていたビームを飛び出すと同時に即時発射し、ソフィーを消し去ろうと奇襲を仕掛けたのだ。
「うわぁあっ!」
「とうっ! ご安心!」
「ソラ、びびりすぎ」
「ミレだって腰が引けていますよ……?」
「ぬっ……、これは、臨戦態勢ってやつ……」
ソフィーはそんな不意打ちに対しても、まるで問題なく対応しビームを真っ二つに両断し捻じ曲げる。
今度は跳ね上がった勢いからゆるく撃ち下ろされる角度で放たれたビームは、後方の彼方にて大地に直撃しその付近を粉砕していた。
「むっ! 無用な自然破壊、許さん! エクストリーィッムッ!」
ソフィーも防御一辺倒で終わらない。ビームを切り裂いた<次元斬撃>の剣筋が消え去らぬ前に、切り降ろした剣を反転、切り上げに転じて正確に二撃目を放つ。
その負荷に耐えきれぬ空間が爆発を起こしたように、周囲一帯の物質を跡形もなくこの世から消し去った。
「……ソフィーちゃん? 環境保護意識が高いのはいいけどね、建築保護も考慮して欲しいかなあ、って」
「うわうわ! しまったしまったー!」
そのソフィーの攻撃は敵の鼻先を捉えてはいたがむしろ、今は防御から派生したが故に足元の構造物への被害が大きかった。
やはり、この爆裂するかのような追撃も、また防御不能といっていい特性を備えているらしい。
非常に頑丈に構築されたハルの防波堤が、脆くも塵のように消滅して消し飛んで行ったのだった。
「よーし、今度は私から突っ込むぞー! 足場なんかもう、いらないもんね!」
堤防から海に飛び込むように、ソフィーは海のモンスター目掛けて突進する。
そうして次の瞬間には、再び<次元斬撃>・超烈断裂にて敵の頭をこの世界から消し去っていた。
「このまま、海に逃げ込む暇を与えなければいけるんじゃないですか? あのでかい魚、再生スピードにもどうやら限界があるようですし」
「そうね? イシスさんの言う通りだと思うわ?」
「ソフィーさんの必殺技は、連発し放題なのです!」
「バランス崩壊技だねぇ。『これ撃っときゃよくね?』枠」
「……そうだね。ただ、バランス考えてないのは相手も同じだ。果たして、倒しきれるかどうか」
「なんでさハル君。そこはソフィーちゃんを信じんかーいっ」
「でも、ユキだって相手しただろ、アレの同類を。結局僕らは、正攻法でアレを倒しきれていないんだから」
「むっ。確かに」
あの細胞の集合体として同系統である大翼のドラゴン。規模は違うが、それを倒すためにハルたちは最終的に『細胞のコントロールそのものを奪う』という手法を選択した。
それは最も効率的な手段ということもあったが、見方を変えれば、単純撃破を諦めたともいえてしまう。
「ほら、実際、再生スピードが増加してきている」
「おのれー。いったいどこから材料を。まさか本当に、無からなんて言うまいな!」
ソフィーは果敢に必殺技を連発し敵の体を削り取るが。その攻撃が尻尾の先にまで届ききることはない。
もう一歩、というところで、敵の身体の残骸は波にさらわれ、ソフィーが追いつくまでの間に再生を間に合わせてしまうのだ。
その波はよく見ると、波しぶきで白く染まっている部分以外にも、水としては白い部分が目立つことにハルたちは気付く。
その色は白というよりも、何となくもっと灰色がかった、独特な色をしているような気がするのだった。
「!! あれは、海の波が、細胞さんを運んでいます! モサさんに供給しているのです!」
「そうだねアイリ。海水に乗って、疑似細胞が追加共有されてる。というかむしろ、もう波自体が疑似細胞で出来ていないかあれ……?」
「うーむ。グレイグーじゃなくて、むしろグレイ・ツナーミといったところか……」
「どういうネーミングなのかしらユキのそれは……?」
「いやいや、れっきとした翻訳だぜいルナちー?」
ユキのネーミングはともかく、実際これはモササウルスを相手にすればいいだけではなく、海その物を相手取らねばならないのかも知れない。
やはり、海自体を消滅させねば、勝利は無いとでもいうのだろうか。
ハルたちは改めて疑似細胞生物と敵対する厄介さを実感しつつ、ソフィーへの加勢に加わる必要性を検討し始めるのだった。




