第1664話 しらみつぶしに細胞つぶし
巨大な海洋恐竜、モササウルスに似たモンスターが、ハルの築き上げた城壁のような黒い防波堤に衝突する。
巨大な牙を剥きだしにして、その大口でかじりつくようにして邪魔な壁面へと牙を立てていくモンスター。しかし、鋼鉄をもかみ砕いてしまいそうなその顎も、ハルの防壁を破壊するには至らなかった。
「だが、やるね。表面に傷がついた」
「むしろ、あんな怪物に攻撃されてその程度って何で出来てるんですか……」
「まあ、そこは企業秘密さ」
「でも、傷がついたって事はほっとけないね。攻撃し続ければ、いずれ突破できるって事なんだから」
「あんな硬そうなの噛みすぎてたら、それよりあっちの口が先に壊れちゃうんじゃないのぉユキ?」
「いんや? 奴らはその程度では止まらんのだ。見ているといい」
「ふーん?」
ユキの言うように、変幻自在の細胞の群れが形を作ったあのモササウルスは、例えその牙が欠けたとしてもすぐに再生して再び元気に攻撃を再開する。
その体力が尽きる事はなく、『ダメージが通るなら攻撃し続けていればいずれ倒せる』を体現したゲーマーのような存在だ。
よって少しでも歯が立つ以上、あのモササウルスを放置しておく訳にはいかない。
だがハルたちが動くよりもずっと早く、防壁の上に降り立ち怪物退治のため立ち向かって行った、勇敢な少女がいた。
「よーしっ。久々の狩りだぁー! ぶっ殺すぞぉー!」
勇敢改め狂戦士のソフィーが、自身を丸飲みしそうなモンスターの口と真正面から対峙する。
そこに恐怖は欠片もなく、新たな強敵と斬り結べる事に対する喜びを、その背中は純粋に物語っているのであった。
「とうっ! <次元斬撃>!」
「……凄い。一撃で真っ二つですよ」
「よわよわだったねぇ」
「いえ、ソフィーさんが強いのでしょう。我々ではきっと、相手にならなかった」
「私まで含めないでくれるー、ソラー」
「ではミレならなんとかなると?」
「まー、それは無理かも、だけどぉ」
「残念だけど二人とも、アレはまだ倒せてないよ」
「えっ?」
つぶやきを漏らしたのはどちらだったか。ソラとミレが思わず同時にソフィーの方を振り向くと、そこには二人を驚愕させる光景が広がっていた。
大開きにした口をそのまま頭ごと真っ二つに切り開かれ、下顎だけとなったモササウルスのその断面から、新たな上顎が生えてきている。
それは一瞬で何ごともなかったかのように万全の状態を取り戻し、大声で咆哮を上げると自らの健在を高らかに主張しているようだった。
「ね? これなら、自身のダメージを省みずに堤防が壊れるまでずっと噛み付いてきそうだろ?」
「あり得ない再生力ですね……」
「再生の材料はぁ?」
「吹っ飛んだ自分自身の体」
「キモー」
その肉体を構成する例の疑似細胞は、どこを切っても全てが全て同じ物。あらゆる部位があらゆる部位の代用パーツとなり、材料を取り込めばいくらだって再生がきく。
「あのドラゴンとおんなしだね! 斬りごたえのある相手だ! いっくぞー!」
そんな相手にもソフィーは、新しいおもちゃを見つけたとばかりに楽しそうに次々と<次元斬撃>をくり出していく。
防御不能のその斬撃嵐に、ズタズタに切り刻まれるモササウルスだが、やはり次の瞬間には完全に元通り。
まるで、逆に敵が疲れ果てるまでじっくりと待っているかのようだ。
「攻撃と防御のがまんくらべだ! これが……! 矛盾……!!」
「ちがうからねー!」
思わず叫んでハルもツッコミを入れてしまうソフィーの謎理論。そもそも剣が通っている時点で、矛側の圧倒的勝利ではないか。
「とうっ! 成敗っ!」
「ソフィーちゃんー。君の剣で壁が削れてるよ壁がー。むしろそっちのダメージの方が大きくなってるー」
「わっ! ごめんねーハルさんー」
あらゆる防御が意味を成さない無敵の矛は、ハルの防壁であってもまた同じこと。
どれだけ硬かろうが、まるで豆腐でも切り裂くようにスパスパと壁面の端を切り取っていく。
確かに、生み出したのは歪みのないシンプルな四角をした、いわば『豆腐建築』と言われても仕方のないすっきりとした形状だが、豆腐とはそういう意味ではない。
「んー、ソフィーちゃんは楽しそうだけど、やっぱキリなくない?」
「そうね? 無限に再生するというなら、あの子では相性が悪いのではなくて?」
「そんなことないよ! 私も無限に頑張れるから、互角、だね!」
「しかしソフィーさんは、剣で切りつけることに特化してしまっているのです!」
「そだねぇ。敵の細胞を殺せる範囲が、あまりに狭い。まあ、私なら何とか出来るって訳でもないんだけどねぇ」
「おっ!? なんか出してくる! 見ててみてて! 剣の可能性を、見せちゃうんだから! とう! <次元斬撃>!」
今までになく極端に口を大きく開き、ソフィーに、またその先の上空に居るハルたちへ向けて、何かを発射して来ようと予兆を見せる敵モンスター。
そんな行動などもう慣れたものと、初見の相手だろうとぴったりと、ソフィーはタイミングを合わせてその剣の軌道を揃える。
そしてその直後には、まさにその軌道上を通るように、強力なビーム攻撃が通過していったのであった。
「うん! どんぴしゃだ!」
空間ごと切り開かれたその斬撃の上を通過したビームは、真っ二つに切り裂かれて二又の光線に分かれて左右に飛んで行く。
それはソフィーのすぐ脇をかすめ、ハルたちを大きく左右に避けてあらぬ方角の空へと消えて行ったのだった。
「またビーム撃って来るだろうって、思ってたもんね!」
そしてついでとばかりに、その発生源たる口内にまで届いた<次元斬撃>の刃。
そんなに大口が開きたいなら更に広げさせてやろうと、縦に切り裂くと同時に中心から大爆発を起こす。
爆風によって巻き上げられた海水の雨に濡れるソフィーの姿は、まるで怪物の血の雨を狂喜の笑みで浴びる孤高の剣士のようなのだった。
*
「おっ! まだまだ元気だね! もっと来いこーい! 次はビームを撃てるとおもうなよーっ!」
今度は、ビーム発射の予兆すら見ぬまま、その更に予備動作の段階で技を潰してやると意気込むソフィー。
敵を自爆させることにより、確かに彼女は剣によるダメージ以上に深手を与える事に成功していた。
「……しかし、ハルさん、あのもさ、モサ、モサさん!」
「そうだねアイリ。モサさんの体積、吹き飛ばした細胞ぶんの減少が見られないね」
「はい! そうなのです!」
「なんで今ので伝わっているんですか……?」
「それは、愛の力、なのです……!」
愛の力はさておいて、実際そうしたダメージはまるで見られない。
敵がまるでナノマシン生物であるかのように細かな細胞の集合体だというならば、その最少単位へのダメージ蓄積はあるはずだ。
その細胞一つ一つを潰してしまえば、ほんの少しずつであろうとも全体の体積は減少するはず。
しかし、敵のモサさん、もといモササウルスの体長は最初と変わらず、依然としてその巨体による威容を保ったままでいるのだった。
「……これも、あの時と同じか。奴らは無から、己の細胞を創造出来る?」
「もう何でもありじゃないですかそんなの……」
「さすがに物理法則無視しすぎにも程がなーい?」
「うん。もちろん、本当にゼロからじゃないよ。推定、ダークマターのエネルギーを使って、何かしらの『材料』を元にはしているはずさ」
あの宇宙空間でのドラゴンとの戦闘。あの時も、周囲はそれこそ真空であり何の材料も見当たらないというのに、ドラゴンは次々とダメージを修復していっていた。
とはいえ、あの時は逆にあの場こそがダークマター、この星へと降り注いでいる謎のエネルギーの発信源であったため、その影響は大きいと思われた。
今は逆に、分散しそこまでの力はないはず。仮に材料を同じとするなら、大幅に弱体化をしているはずである。
「今は単純に海水食って生きてんじゃないの?」
「そうかもねユキ」
「やっぱり何でもありじゃないですか……」
「結局海を消し去るだけの攻撃しなきゃダメってことー?」
「分かりやすくていいよね!」
……そう感じるのは、きっとソフィーくらいのものだろう。
さすがに普通は、そうした可能性を付きつけられればその時点で意気消沈しそうなものである。
「ただ! 私も物理攻撃だけで、それをやろうとは思わないかな!」
「<次元斬撃>って物理攻撃だったん?」
「ユキ、余計な茶々を入れないの。気持ちは、分かるけれどね……?」
「物理、的な物なら何でも切り裂く、攻撃なのです!」
「なにか対応策があるってことかな?」
「うん! 任せて! 私もあの戦いを経て、また一つ成長したんだからね!」
いったいどこまで成長すれば気が済むのだろうか? ハルの知らぬうちに、ソフィーはどうやら新たな必殺技を身に着けていたようだ。
しかし、あの戦い、宇宙での戦闘にて、何を見出したというのか? ハルがその答えに辿り着く前に、ソフィーは既にその答えを見せようとしてくれているようだ。
まずは、通常と同じように<次元斬撃>で前方を切りはらう。ここまでは変わった部分は無いようだ。
だが彼女はそこで攻撃の手を止めず、その軌道にぴたりと重ねるように、更なる一撃をくりだした。
「食らえっ! 新・必殺技っ!」
※誤字修正を行いました。




