第1661話 風雲無いのに海急を告げる
投稿遅くなり失礼しました!
ハルたちが調査偵察という名の観光を続け、ちょうど海底都市と地上を結ぶ“通路”を見学中にそれは起こった。
一方通行の急流となっている海水の通路を使おうとしていた海底の住人達も、何かを察してそそくさと屋内へと入って行った。
ハルたちも一緒に来いと彼らは誘ってくれたが、それを丁重に拒否。何が起こるかを見届けることにする。
「水がざわざわしてるね! なにが始まるんだろ!」
「ねぇねぇ。なーんかヤバくなーい?」
「そうですね。ハルさん。私たちも避難した方が」
「ああ、そうしようかねソラ。ひとまず、海上に出ようかみんな」
ハルたちは一時海底の国を後にし、急速に海面に向けて浮上して行く。
足元で灯る生活の灯りが水により閉ざされてゆき、代わりに頭上から太陽の光が徐々に淡く降り注いで来た。
その光を目指し高速で浮かび上がるハルたち。急浮上による圧力差のダメージを、気にしなければいけない人物はここには居ない。
「ざっぱーん!」
「おーおー。ソフィーちゃんイルカみたい」
「任せてユキちゃん! お魚さんゲームで鍛えた私に、隙はないよ!」
「お魚さんゲームぅ?」
「ああ、ビームを放つシャケやらマグロが艦隊を成して侵攻してくる狂ったゲームだね」
海といえばマリンブルーの領分である。彼女主催のゲームもまた懐かしい。
そんな彼女は今、夏という季節もあって本業で忙しくしている。
海と言うことで頼りたい気持ちもあるが、前回もマリンは夢世界でずいぶんと頑張ってくれた。無理は言えないだろう。
「波が立ってきましたね」
「ねぇ。最初はずっと静かな海だったのに」
「このまま戻ろうか。イシスさんたちが心配だ」
穏やかに凪いでいた海は一転、徐々にその表面にさざ波を引き起こし始めている。
それは深く青い水のボウルに白い泡を浮かばせて、徐々に勢いをつけてそのクリームを撹拌しはじめた。
そんな、晴天の下での嵐の予兆。足元にそれを感じながらハルたちはイシスたちの待つ『海岸線』へと飛翔する。
海底都市の頭上から始まったその時化は、ハルたちを追うかのように勢いよくその範囲を広げて行くのであった。
「おっかけてくる!」
「んー、うちらを追ってるというより、最初から目標が岸辺なんじゃないのー?」
「だろうねユキ。また海の範囲を、これで拡げる気か」
「あの竜宮城の人たち、大丈夫かな!」
「だいじょぶだよソフィー。家の中に入ってたもん。慣れてるんでしょ」
「そうですね。それに、海の表面と比べて海中の方が、波の影響は少ないと聞きます」
「まあー、この波が普通の波と同じとは限らないけどねぇ」
「ミレはなぜ私のフォローを台無しにするのでしょうか……」
ただ、実際ミレの言う通りではある。きっとこの波は、通常のそれとは別の現象だ。風もないのに波だけが荒れて強くなっていく異質さが、それを物語っている。
そもそも物理法則すら歪んでいるこの海を、普通の海と同じに考えてはいけなさそうだった。
一方で、あの海底都市が無事であろうという事もまた間違いはないだろう。
なにせあそこはこの海の支配者が建てた都市。そしてきっとこの波も、その者による仕業に違いない。
ならばわざわざ、自分の力で自分の都市を壊すような愚行は犯すはずがないのだから。
「あっ! ハルさんです! ハルさんが帰ってきました! おーいっ!」
「おーいおーいっ! アイリちゃんー! ただいまー!」
そうして波と共に飛行するハルたちを、海岸で待つアイリたちが発見する。
元気に手を振り合うソフィーを先頭にして、ハルたちは無事に彼女らと合流。こちらの方は、何ごともなかったようだった。
「お帰りなさいハル? なんだかずいぶんと、楽しそうだったわね?」
「ですね! わたくしもちょっと、覗き見しちゃったのです!」
「ずるいですよーハルさんー。私はー、よく分かりませんけどー」
「……イシスさんはイシスさんで、ずいぶんと満喫しているみたいじゃないか」
「すごいのですよ! イシスさんはバカンスの、達人なのです……!」
いつの間にかビーチパラソルを取り出し、水着に着替えてその下に寝そべっているイシス。ここが敵国との『国境線』だと忘れそうになる格好だ。
肝が据わっているのかよく状況を理解していないのか。ともかく悪いがバカンスは中止にしてもらった方が良いだろう。
「イシスさん、ほら、小物かたして。海が荒れるから、避難するよー」
「えっ? えっ? 入りさえしなければ穏やかで、平和なリゾート地じゃなかったんですか?」
「入ったら危ない海が平和な訳がないだろうに」
「正論過ぎますね」
いそいそと『セレブセット』を片付ける、庶民感丸出しのイシスだ。丸出しついでに肌の露出も激しめの格好で、かがみ込んでお尻を突き出して作業されると実に目の毒である。
「ハル? イシスの大きなお尻を食い入るように見ていないで、こっちの海について説明なさいな」
「ああ、そうだね」
「って、ええっ!? 見ないでくださいよぉハルさん! というかデカくないです!」
「別に悪いことじゃないわ? というか、反応していないでさっさと済ませなさいな。ほら、手伝ってあげるから」
「相変わらずルナちーはママだな」
「わたくしも、お手伝いするのです!」
そうして、彼女らのビーチセットの片付けが済む頃、目の前の海はより一層その荒れ具合を激しくしていったのだった。
*
「それで? どうなっているのかしら?」
「いや、正確なところは、僕らにも分からないんだよね」
「うんうん! 私たちが行った海の底の街を中心としてね、なにかしらの異変が起こってるんだよ!」
「って、ええっ!? 海の中に、街があったんですか!?」
「まあ、その話は、また追い追いね」
「わたくしも、楽しみなのです!」
「気にならないかと言われれば、もちろん気になるけれどね?」
アイリとルナは、“ハルを通して”何となく知っていたが、イシスはというと寝耳に水、バカンス中に海水。全くの不意打ちだったようだ。
とはいえ説明している時間はない。聞きたくてうずうずしている彼女をなだめ、まずは目の前の波と向き合うことにする。
「まあ、そんな敵の本拠地だろうエリアで引き起こされた現象だ。確実にこの『海』の拡大と関係あるだろう」
「……この波が、海岸線を削り取って、その、『国土』を拡張している犯人なのでしょうか?」
「かもね」
ソラの語る、その可能性は高い。というかそれ以外にハルも思いつかない。
「今までは、酸で溶かすようにじわじわと浸食をしていたようだけれど、ついに強硬手段に出たということかしら?」
「このまま全土を、海に沈めてしまう気なのです!」
「んー。かも知んないんだけどさぁ。なーんか変じゃね?」
「何が変なんですかユキさん? あっ、例の、派閥の話ですか?」
「いやそっちは正直どーでもいい。私は。そーじゃなくってー、そいつ今、ログインしてないんしょ?」
「ああ、そうだね。そのタイミングを狙って、僕らは偵察に来た訳だし」
「だしょ? やっぱ変だって! プレイヤーがいないのに、こんな大規模な能力発動。タイマーでもセットしといたんか?」
「確かにそうね?」
「そうだね。サコンは、スキルの発動に本人がログインしなきゃいけないようだった。だから僕も、それが鉄則かと思いはしたが……」
「あれ? どうしましたハルさん? 私の方見て」
だが、既にその法則を否定する例外が目の前に存在している。
イシスが原因になったと思われる、天空魚の水槽。あの水槽の水に施された物理法則の異常。それもまた、イシスの居る居ないにかかわることなく常時発動されていた。
「あの海底都市の環境がそもそもそうなんだ。もし、領主のログイン中にだけしか法則変異が適用されないというならば」
「うわ! 確かにだ! 敵のひとがログアウトしたら、竜宮城の人たち溺れ死んじゃうよ!」
そう。あの都市を成立させるには、そもそもフィールドの常時発動が不可欠。サコンのフィールドとその違いは、一体なんだというのだろうか?
単純に考えるならば、サコンの封印効果の方が複雑でより強力な法則の“ズレ”を引き起こす必要がある。そう考えられる。
実際、ハルはイシスの例のみの段階ではそうかも知れないと考えていた。
イシスのやっているのは、あくまでただ『水を蒸発させない』だけ。本人も『しょぼい能力』と嘆いていた。
……まあ実際はやっている事は異常そのものであり、しょぼくも何ともないのだが。
しかし規模が小さい事象に留まっているのは間違いない。一応、納得の出来る範囲である。
「……あの海底都市の環境維持、それに、いま目の前で巻き起こっているこの波。これほどの規模とエネルギーだ、どう考えてもサコンのそれより弱いとは考えにくい」
「うーん。水に関わるスキルだけ、運営に贔屓されてるとかぁ? ないかぁ」
「それは安直すぎるでしょうミレ。ないと思いますよ?」
そんな推測を無言で否定するように、より強力になりつつある波がついに地面を削り取り、砕いてその身のうちに飲み込んでいく。
領主不在のままについに本気で進撃を開始してきた感のあるこの海。果たして、その底に隠された能力は、一体いかなるものであるというのか?




