第166話 契約者としての視点
「貴方、NPCの殺し方を知っていまして?」
「……ん、まあね。知ってるよ」
「流石ですわね。それなら話が早いですわ」
知っているも何も、ハルはNPCに対する制限を解除されている。殺そうとは思わないが、やろうと思えば殺してしまえる立場だ。
だが、ミレイユの言おうとしているのは、そういう話ではないだろう。
ハルも、殺し方はともかく、制限の裏をかく方法については考えた事はある。
自身には必要なくとも、そのルールを明確にする事でこのゲームについて、いやカナリー達AIについての理解が深められる為だ。
結果、分かった事は、制限に引っかかるのは本人の意思がかなり重要視されているという事だ。事故であれば酌量される事も多いらしい。
当然、それだけの単純な物ではない。事故であれば、無意識であれば、何をしても良いとはならない。例えるならば、あり得ない事だが、罪の意識無く首都の中心で極大魔法を暴発させる、ということも不可能だ。
「いわゆる未必の故意なら……、いや君の行動的にもっと単純か。権利を有する誰かに依頼してやればいいのかな」
「前者の方ですわね。明確な暗殺依頼は出来なくなっているようです」
「へえ。その時点で殺意を認識してるんだね。面白い」
「……咎めないのですわね?」
「殺意がアイリやメイドさん達に向いてるなら咎めるけど。そうじゃないなら別に」
「…………意外にドライな方ですのね。もっと博愛主義なのかと思っていましたわ」
……今の間が気になる。やはりこの地には、アイリ達の害になるような事をしに来たのだろうか。
まあ、それはともかく、なかなかの分析力だ。直接会うのは初めてであるし、あまりこのゲームで姿を晒す事も無かったというのに、ハルの事をよく観察している。
ハルは人死にを嫌うが、これはもっぱら自ら手を下す場合の事だ。他人の事情にはそれほど関知しない。この世から殺人事件を全て無くそう、という博愛精神は持ち合わせていなかった。
だが、出来れば平和であれば良いとは思っている。そこを読み取っているのは大したものだ。
……ただし、ゲーム中は除く。勝利の為なら、独裁も殺戮もなんでもありだ。ハルがこの世界をゲームだと認識していなくて本当に良かったと言えよう。
「ですが私の殺意、とまでいかずとも、害意はあなた方のこの国へと向いておりますわ。そこは先に謝っておきます」
「敵なら謝る必要なくない?」
「ございますわ。ケジメは必要です。……意外に苛烈な方でもあるのですね」
彼女は逆に、この世界をゲームだと認識していると読める。
敵とは言っても、それは所詮ゲーム上のライバルだ。どちらかが滅びるまで戦うような、不倶戴天の敵とまではなり得ない。
「……イマイチ要領を得ないけど、要は、パーティーを開かせたのも僕への嫌がらせ以外に目的があったって事だね」
「嫌がらせではございませんわ。……その、セリスの意を汲んだ結果そうなってしまったのは否めませんけれど」
ややこしいが、ハルへの対抗意識という点はセリスの意思。それを作戦として形にしたのがミレイユの意思、ということらしい。セリスの対抗心と、ミレイユの合理性が合わさった結果、陰湿な作戦になった。
セリスがサバサバしているので、そのどちらもミレイユの意思なのかとも思ったが、彼女はハルにはライバル意識は持っていないと語る。
「じゃああの、若干不自然だった模擬戦もセリスの提案なのかな?」
「いいえ、私の発案です。あそこで負ける事まで含めて、セリスの役割です。……彼女は、勝つ気でいましたが」
「完全に裏目に出たね」
「予想できませんわ、あんなの」
ぷいっ、と顔をそらし、少し不機嫌になる。策略家にとって予想外の事態は頭にくるものだ。ハルも気持ちは分かる。
しかし、あんなの、とはどんな事だろう。神が思うように動いてくれなかった事か、ハルがスキルを全て封じても魔法を使ってきた事か、それともセリスがムキになって<簒奪>を晒してしまった事か。
「あんなのって?」
「コアを潰されるとデータが巻き戻ることですわ!」
「ああ、なるほど。ならつまり、セリスはあの場所で復活する為に、模擬戦に臨んだんだ」
「その通りですの」
普通、他国の城へ勝手に入り込む事は出来ない。不法侵入だ。
だが、ログインしなおすだけなら? 前回死んだ場所で復活するだけなら、進入には当たらないのではないか。一度は正当に入った場所である。
そうして宴が終わり、皆が寝静まった後に、こっそりとセリスがログインする。恐らくはミレイユからの密命を持って。
いや、セリス自身は何かを成す意識は無いだろう。それがミレイユの語った未必の故意。ミレイユの害意は、セリスの手によって本人も知らぬ間に花開く。
それを、ハルが潰してしまったようだ。
「なんともまあ、面倒な事を……」
「本当ですわ! 手間が台無しですの! ですがその、貴方が赤の王様を連れてきてくださったおかげで、うちの王子様には収穫だったようですけれど……」
「あー、ヴァーミリオンと接触する機会なんて無いもんね」
「そこに何でサラリと接触していますの……」
本当に、なんとも面倒な事だ。この世界において暗躍するには、本来そのような複雑な手順を踏む必要があるのだろう。
ハルはカナリーによってその全ての制限を外されており、透視も進入もやりたい放題なので忘れていた。カナリーには感謝せねばなるまい。
いやそもそも、今のハルにその制限は有効なのだろうか? 肉体で活動している時ならば、無効になる可能性もある。
「ん? 君もあの王子様の嫁?」
「違いますわ。私はフリーです。そこはセリスだけの事情ですわ」
「そっか、悪巧みだけ担当なんだね」
「頭脳担当と言ってくださいまし!」
あの王子様は、現在もこの国の城へと滞在している。せっかく合法的に他国へ来たのだ。パーティーだけでなく、政治的な会談など色々とするいい機会なのだろう。
しかしそれは、ミレイユと接触する機会も無かった事を意味する。その王子の所感を知っているということは、何らかの遠隔通信手段を持っているという事でもあった。
「君の頭脳は、王子様にも頼りにされてるんだね。それが、君のこのゲームの楽しみ方?」
「ええ。等身大の戦略シミュレーションなど、他にやれる機会はございません。楽しませてもらっていますわ」
戦略シミュレーション、と彼女は語った。つまりは、自国を勝たせる為に動いているのだろう。そしてそこには、戦略が必要になる物騒な要素が関わっている。
別に、戦闘が発生せずとも戦略を弄するのに不自然は無いが、彼女の態度がそれを否定している。挑戦的であり、勝利に対し貪欲だ。
少し、ハルと似ている部分がある。
そんな彼女がここへやってきたのは、何も勝者であるハルに説明責任を果たしに来てくれた訳ではないだろう。
先に語ったように、それは彼女なりのケジメ。その先は、ハルに対する敵対行動が待っていると考えられる。
これまでの彼女の話で、いや彼女の能力を考えるだけでも、その内容も大方予想が付く。
「対抗戦でセリスが回復薬を大量に持ってたのは、ミレイユのおかげなんでしょ? 君はそういうスキルも持ってるんだよね」
「あら明晰。賢い男性は好きですわ。その通りですの。私、スキルも後方支援に向いていましてよ。初日に、貴方がMPの重要性について、掲示板で教えてくれたのには感謝しております」
「MPの生産力の高さは、むしろ前衛向きだと思うけどなあ」
「見解の不一致ですわ……」
このゲーム、何をするにもMPを高く保つ事が重要になる。
ハルはもはや個人では扱いきれない魔力を自在に操る立場なので忘れがちだが、ハル自身も最初は必死で<MP回復>を鍛えたものだ。そしてその絶対の法則は、今もプレイヤーの間では変わらない。
ミレイユも、最初からそこに注視し、今でもそれに特化したプレイヤー。詳細は不明だが、ある意味で他のどんなユニークスキルよりも、このゲームの攻略に特化したスキルを持っていると言える。
基本を征する者が最も強い。その点でも彼女は、ハルと考え方が近いプレイヤーだと推測できた。
そこまでハルと同じだというならば、その先に考えることも同じ。
「……<神託>のレベルはいくつ、ミレイユ?」
「……頭が良すぎるのも、考え物ですわよハルさん。もう少し、おしゃべりの時間を楽しみませんこと?」
ミレイユの表情が寂しげに曇る。もう少しばかり、平和に過ごしていたかったようだ。
それならば、もっと別の場で、ただのお喋りをして過ごせるようにセッティングすれば良かっただろうに。
だがそれは、彼女の方針が許さないのだろう。ついでのお喋りならともかく、戦略的に無意味な、ただの雑談をわざわざしに行くのは己が許さなかったか。それとも立場の問題でそれは出来ない、と考えていたか。
なんにせよ律儀な人だ。ゲームだと思っているならばもっと気楽にやれば良いのにと思う。しかし彼女にとってはきっと、ゲームだからこそ全てを真剣にやらねば気が済まないのだろう。
「……スキルレベル137、ですわ。お察しの通り、潤沢なMPを湯水のように消費して、ログイン中は常に<神託>を使用しています。貴方と同じように、ですわ」
「もう<降臨>も使えるって訳だ」
「ですわ」
己の身を依り代に、レベルの全てを捧げて神を召喚する<降臨>。その使用条件は恐らく、<神託>のスキルレベルが100を越えること。
何故か100で止まらず、それ以降も無駄に上がりつつける<神託>のレベル。ミレイユも、ハルと同じくその特異性に気が付いた一人、という訳だった。
「これも、貴方がセレステとの戦いの詳細を書き込んでくれたから気づけた事です。思えば、私は常に貴方の後追いですね」
「それが悔しかった?」
「いいえ、感謝をしている、はずです。ですが、そういった感情が無いとは、言い切れません……」
彼女自身、気持ちの整理が付けられていないのだろう。仕方の無い事だと思う。ハルのプレイは色々と規格外だ。
<神託>のレベルアップひとつ取ってみても、ミレイユの苦労は分かるというもの。あの、凄い勢いで減っていくMPを常時補充する作業は、ハルのような力が無ければそれは苦労したことだろう。
それを初期の段階で、難なくやっていたと理解すれば、それは怒りも沸くだろう。何だこいつはと。ハルもそう思う。
「お見苦しい姿をお見せしました。ですが、今日はそうした私的な感情をぶつけに来た訳ではありませんわ」
「そっちの方が良かったんだけどねえ」
「ですの?」
「ですの」
政治的戦略はめんどくさい。ハルへの感情をハルへとぶつけに来てくれた方が分かりやすくて良かった。まあ、言っても仕方の無いことだ。
「……ともあれ、あの対抗戦、私たちの対抗試合、という意味ではありませんね?」
「だろうね。神様同士の対抗だ」
「それを知った貴方は、何としてでも毎回勝利を掴み取っている」
「単に勝ちたいだけかもよ?」
「いいえ、今回で確信しましたわ。貴方がそうする以上、契約する神に、なんらかの恩恵があるのですね」
さて、どこを見て確信されてしまったのか。まあ、色々と露骨に勝利をもぎ取りに行ったので仕方ない。
更に言うならば、以前のセレステの神域での戦いについてもそこから推測されてしまったようだ。あの戦いも、同じように何か契約神にメリットがあるからやったのだと。
その点に関しては、実はまるで違うのだが、結果的には正しいのでやっかいだ。
カナリーがセレステを倒すことで、正確には神域の魔力ごと全て支配することで、彼女を自分の勢力下に置いた。カナリーの利になる事である。
「このままでは、何も分からぬまま貴方の一人勝ちになってしまうのでしょう。そうさせる訳にはいきません」
「だから、同じ手段を僕に返そうって?」
「その通りですわ」
「冷静なようで、セリス同様に君も焦ってるんだね」
「……」
この手自体は悪くない。彼女が最初に語った、NPCを害する方法でもある。彼女は神を呼ぶだけだ、それ以降は己の意思は介在しない。
だが、その一致に思い立ったのが悪かったのか、目的の部分が曖昧になっている。別に神を使ってこの国を滅ぼしたい訳でもないだろう。
何故ハルが執拗に勝利を目指すのか、その目的を明らかにすることを優先してくれれば良かったのだが。
自分の計画が、ことごとくハルに潰されたのは彼女もセリスと同じだ。そこに、焦りが出たのだろう、一刻も早くと。
空気が重くなってきたため、会話はここまでと決意を固めたのだろう。セリスがソファーから立ち上がり、その後ろ側へと回って距離を取る。
「貴方の拠点の傍で、大規模な戦いを起こしてしまう事は謝罪しておきますわ」
「だから謝るなっての。謝るくらいならやるなと」
「……そうもいきませんわ」
まあ、仕方ない。彼女を追い詰めてしまったのはハルなのだ。……いや、仕方なくはないか? セリスといい、勝手に思い込んで、勝手に追い詰められているだけのような気もする。
ともかく、こうなってしまった物は仕方ない。半ば、この展開を予想してここへ招き入れたのはハルだ。セリスの回復薬を見たときから嫌な予感はしていた。
「そのままで、よろしいので?」
「よろしいよ。……<降臨>した瞬間、大爆発する奴でもないでしょ」
「そうですわね。貴方の交友関係、謎ですわ……、彼とも仲がよろしいのでしたね」
「いや、別に……」
彼女も当然“色”は紫。呼び出すのはウィスト、魔法神オーキッドだろう。話の通じない相手ではない。戦闘は、避けられないだろうが。
「では、ごきげんようハルさん。いずれまた、違った形でお会いしましょう」
「ああ、ごきげんよう。またねミレイユ」
彼女がメニューを呼び出し、<降臨>を起動する。いつかのハルのように、足元から光に包まれて行く。
ハルもカナリーを呼び出すと、これから始まるであろう戦闘の準備に移るのだった。
「カナリー、神域の全魔力をロック。絶対に相手に使わせないでね」
「はーい。魔法の使えない魔法神なんて、ぼっこぼこにしちゃいますよー」
その会話を聞いていたのかいないのか、光の中から、いつも通りの渋い顔をした神が姿を現す。
※表現の修正を行いました。
分かり難かったセリフを少しだけ調整しました。大筋や、セリフの流れその物に変更はありません。(2021/9/11)
誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/4/27)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/3/18)




