第1659話 水の中に光る
前方に見える謎の光源に向かって、警戒をしつつもハルたちは進んで行く。
その光は明らかに自然の物ではなく、海底にある物としてはどう考えてもおかしい。確実に人工物がある、そういって差し支えなかった。
「しかし、何があるんだろうね。光量から推定される規模は、かなりのものだと思われるけど」
「巨大な秘密基地だ!」
「秘密ならさソフィーちゃん。そんな光出してちゃまずくね?」
「そうかも!」
「海底資源の、掘削施設などでしょうか?」
「わざわざ掘る必要、なくなーい?」
「なくなくなくなーい!」
「そうですね。確かに敵は、こうして海を作るほど既に掘っているのですから。あえて工業設備など入れる必要はないのかも知れません」
「いや、どうだろうね。この『海』の生成では、そうした資源も消失させてしまうのかも」
「なーる。穴を開けるのは簡単だけど、必要な素材は手掘りで集めなきゃいけないってことか」
ただ、それとは別の理由で、ハルも掘削施設の可能性は薄いと思っている。
それは海底掘削に用いられる技術レベルがかなり高度なものとなる故であり、技術的に現状では再現できないだろうからだった。
確かに現代技術と比べても遜色のない、あるいは上回るほどの建築が徐々に作られてきてはいるが、それはあくまで魔法やゲーム由来の超技術あってのこと。
生活水準、技術水準はファンタジー世界のそれであり、今のところそうした大規模工業にはお目にかかったことはない。
とはいえまあ、あえて口に出して否定するほどの事でもないだろう。
ちょうどソフィーとミレが、楽しそうに『なくなーい』と連呼し歌うようにはしゃいでいるので、それを邪魔することもない。
「ハル君はなんだと思う?」
「そうだね。光源のスペクトルから見て……」
「おっとそーゆーの禁止! 先にネタバレするのも禁止! あくまで妄想で答えんしゃい!」
「ハルさん、なくなーい?」
「なくなくなーい。ここから見れるの、ハル?」
「ああ。まあやろうと思えば」
「だから禁止だというに。つまんないでしょー」
「……安全のためには先に調べた方がいいんだけどなあ」
まあ、確かに楽しさ半減なのも理解できる。ここは言われた通り、カンニングなしで考えるとしよう。
「そうだねえ。僕もソフィーちゃんと似た答えになるけど、やっぱり秘密の軍事工場かなあ」
「おっ! あるくなーいっ!」
「ソフィー、それってあるの? ないの?」
「わかんなーい!」
「それはどういった内容を想定しているのですか? 工場、ということは、採掘ではなく加工を行っているのでしょうか?」
「そうだね。といっても、近代的な工場がある訳じゃなくて、ほぼ手作業に近いものだと思っている。魔法による加工をしてるんだ」
「海底のばけもの工場だ! 来たる決戦の日には、そこからモンスターがぶわーっと!」
「お決まりだね」
「無理矢理作業させられてるのは、捕まった捕虜達なんだねぇ」
「それもお決まりだね」
「そんなの息が、持つのかなぁ」
「まあ、それも魔法でなんとか。ついでにあの明かりも魔法さ」
何でもかんでも魔法で解決しすぎな気もする。しかし、それぐらいの事は出来るのが魔法でもあった。
あとはまあ、問題となるのは動機というか生成物が何かだが、そこはまあ海底でしか作れない限定品、であったり色々とあるだろう。
そこにパワースポットがあるだとか、素材を空気に触れさせるとダメになるだとか、いくらでも理由はつけられる。
これはあくまで、ゲームだということを忘れてはならない。ゲームの文法で、そういった展開もきっとあるだろう。
「おっ。話してるうちに、だんだんと光もはっきり見えてきた。結構広範囲だね」
「よーし。このままつっこむぞー!」
「ソフィーちゃん、突っ込んじゃだめ。まずはちょっと離れて、様子を見ようね」
「ぶーぶー! でも、確かに秘密基地だったら、突っ込んだら警報が鳴って一気に戦闘になっちゃうね!」
望むところ、とばかりに鼻息を荒くするのが不安だが、まあ彼女も偵察であることは理解してくれているだろう。きっとそのはずだ。
肉眼でもはっきりと確認出来るようになってきたその光の出どころへと向かって、気持ち泳ぐスピードが上がるハルたちなのだった。
*
「おっ! この辺からは魚がいっぱいいる! 取り放題だ! ……でも、ここで取っても持って帰るの大変かも!」
「もしかしたら、ソフィーちゃんによる密猟を避けるために、敵は海を広げたのかもしれぬ!」
「そんな! まだ大して取ってないのに!」
「まあ、それはないとは思うけどね……」
そこまで魚が大事なのであれば、NPCによる釣りも禁止させているはずだ。
ここの魚たちはNPCの食料として漁もされており、普通に彼らの食卓にも上がっている。
面白いのが、捕らえたのがNPCである場合は、その場で溶けずにしっかりと形を保っているところ。いやハルとしては面白くない。人間差別である。
そんな魚たちは謎の光に照らされて、鮮やかに鱗を輝かせてハルたちの目を楽しませてくれた。
そう、今は魚もかつての灰色ではなく、それぞれ鮮やかに色がついているのだ。
「ん? ホンモンか、これ、いつの間にか?」
「いや、前と同じ疑似生物だね。生きた魚じゃないよ」
「そうなんだ! えい! おお、本当だ!」
「ソフィー、思いきりが良い」
ソフィーが付近を横切った魚を一刀両断すると、その身は灰色の粒子に分解され海中に溶けていってしまう。
中身は同じ疑似細胞の塊であると、目に見える形で証明された。
「あっ! わかった! この細胞が経験値で、モンスターを倒して細胞を取り込むことで、プレイヤーは強くなるんだ!」
「あー、経験値の理屈付けかぁ。あるよね、魔力を取り込むとか、そーゆーの」
「いえ、あの……、魔力はともかく、細胞を取り込んで強くなるプレイヤーも、それはどうなっているんです……?」
「きっと改造人間だねぇソラ?」
理屈をつけたせいで急にプレイヤーのバックボーンが不穏になってきてしまった。なんでも理由があれば良いというものではないらしい。
しかし、進む先の光には理由があってもらわねば困る。海の底がただ明るかっただけです、では意味不明すぎて帰れない。
ただ、どうやらその心配はないようであり、近づくにつれ光源と共にその光に照らされる影、大きなシルエットもまた、浮かび上がって来たのであった。
「……あれは、建物、ですか?」
「そう見える!」
「そのようだね。人間の住むような建築物が、いくつも作られているようだ」
「海底人だ、海底人! 海底人の集落だ!」
「おお、ファンタジー」
そう、そこには数々の家々が存在し、明かりはその家を照らす生活の灯り。
家の上方にまるで街灯のように、魔法で作られただろう灯りが煌煌とその『街』を照らしているのであった。
「……えっ? マジで言ってんの? いや確かに、これはゲームで奴らはNPCだろうけどさぁ」
「一応問題は、ないのでは? 現に私たちも、こうして問題なく活動している訳ですし……」
「ばか。ソラの馬鹿。あいつら人間の生活可能な環境じゃないと、生きられないでしょ。空気がない、真水もない。こんな環境じゃ、消えちゃうどころかまず生まれないよ」
それを断言するミレは、ずいぶんとこのゲームのシステムを試したようだ。
そう、NPCの身体は魔力で出来ており、呼吸も飲食も必要がないはずだが、そのうえで彼らは徹底的に『人間』として行動する。
飲み水の手に入らない森の奥地に建てられた最初のサコンの家は廃墟になっていたし、ハルたちの国の住人だって、あれだけの米を必要としている。
実際にそれらを毎日口にしているし、足りなくなればメニュー内に要望という名の文句が次々飛んで来るのだ。
そんなNPC達が、海底になど住めるはずがない。例え家を建てようとも街灯を整備しようとも、そこに生まれるはずがないと、ソラたちは訝しんでいるのであった。
「……しかし、見てみぃお二人さん。あそこ海底を、住人が歩いとる」
「本当ですね……」
「しかも、一人や二人じゃないね」
「みんなここで暮らしてるんだ!」
その住人たちの雰囲気は、秘密基地だの軍事工場のメンバー、といった様子はない。
海底であることを除けばハルたちの国の街と同じように、皆それぞれ、平和そうに日常生活を送っていた。
隠れつつも近寄ってみると、野菜の代わりに海藻の養殖場があったり、魚を入れた水槽があったりする様子も窺えた。
「水中に更に、水槽……?」
「ハル君の気にするトコそこなんだ」
「だってそうだろう? 必要か? 水槽」
「それはほら、『貴様らは同胞ではなく食料である!』と明確に線引きするために、必要」
「なるほど……」
「いや納得するんですか、そこで……?」
「ハルとユキの論理は、よくわかんない」
「私も分かんないなー! その辺に泳いでるの、適当に捕まえれば済む話じゃん!」
それが出来るのはソフィーくらいのものではないか。海中の魚は、まさに水を得た魚。容易に掴み取り出来るものではなさそうだ。
「侵入してみようよ! ……戦争になるかな?」
「いや攻撃したりしなければ、急にそんなことにはならないはずだけど」
「領主次第だねー」
まあどうなるにせよ、近づいて更に情報を探らない手はハルたちにはない。こんな物を見て引き返すなどあり得なかった。
そうして、慎重に街との距離を詰めて行くと、途中で明らかに空気が変わった、いや『水が変わった』感覚があった。
これは別に、『潮目が変わった』といった例えの話ではない。明確に、水質そのものに変化があったのだ。
ユキたちはまだ、その事に気付いていないらしい。
それもそのはず。彼女らは、“呼吸を必要としていない”のだから。
そう、物理的に決してあり得ないことに、なんとここの海水は、息の出来る状態であるようなのだった。




