第1656話 天は願いを聞き届けた?
目もくらむような後光でも放つような発光が収まると、頭上の魚たちには明らかな変化が表れていた。
その色は白色から黄金に変わり、身体の形状や大きさも微妙に変異している。
いうなればより相応しい形状に『進化』したとでもいうことなのだろうが、正直なにが切っ掛けになったのか分からなかった。
イシスの気持ちを汲み取っての進化なのか、それとも城の頭上に移されるという、このシチュエーションに沿っての進化を起こしたのか。
システムメッセージもなにもないのは、ハルたちが非正規の参加者であるが故か? だとしたら面倒なことだ。
「うわっ。お魚ちゃんが成長しましたね。新しい水槽、気に入ってくれたって事でしょうか?」
「イシスさんはマイペースで癒されるね。まあ、そうだといいね」
「あんな場所、見せ物にしかなっていないと思うのだけれど。気に入るのかしらねぇ?」
「だめだぞルナちー。魚の気持ちが分からんと、いい女にはなれぬ。ほら、魚心あれば乙女心? みたいに言うじゃん?」
「そ、そうなのね……」
「水心! なのです!」
「あっ、実際は種類によっては人の目がストレスになるお魚も居るらしいですよ。調べました」
「だよねー! 私だって、やんなっちゃうもん!」
ヨイヤミが、ぷくー、と膨れて不満を表す。フグのようだ、などと言ってはいけないのだろう。
病棟では常にスタッフの監視下にあり、辟易していたのだろうか。
「ねっ、ねっ! 見に行ってみようよ! イシスお姉さんも見に行きたいもんね!?」
「そうね。行こっか、ヨイヤミちゃん」
「おー!」
「……という訳で、連れてってください、ハルさん~」
「締まらないお姉さんだなあ」
ハルたちは纏めて<転移>で頂上の円環部を目指し、今度は魚を見下ろす形になる。
黄金の魚は太陽の光を反射して神々しく煌めきを放っており、宗教的な象徴として十分な威厳をたたえているとハルとしても保証できた。
「しかし、とはいえ俗っぽいというかなんというか。まあ王族っぽくて良いのかも知れないけどさ」
「ははっ。ハルは、変異するならどんなものが良かったのかな?」
「そうだねセレステ。せっかく二匹いるんだし、片方は白のまま、片方は黒くして、リアル陰陽魚、なんていいんじゃない?」
「うむっ。シャレが効いていていいね。しかし、神社の雰囲気を取り入れた城だ。少々宗教観が違うかも知れない」
「確かに」
イシスやヨイヤミが、生まれ変わった魚と元気に戯れているその奥で、落ち着いた様子のセレステが隣に並んで来る。
いや、これは『落ち着いた』というよりも、少々深刻な様子だ。和やかな雑談をするにしては表情が硬い。
「……何か気になる事があったか?」
「うむっ。例の宇宙から来る未知のエネルギー。アレと思われる強烈な反応を検知した」
「あの魚、ただ色と形が変わった訳ではないわ? ええ、きっとそうなの! 見えないところでもっと何か、異変が起こっているはずよ? そのはずなの!」
「マリーちゃんもこの件に関して調査を?」
「そうよ? そうなの。私はほら、メニューというか、ログインシステムをメインで担当しているじゃない? 彼らはそれも流用しているのだから、そちらの方向から調査を進めているわ?」
「元はといえば、このゲームのプレイヤーは我々のユーザーだ。例のメニュー空間を必ず経由している。そこから探れないかとね、マリーに頼んで調べてもらっている訳さ」
「あの妖精郷ね……」
日本人たちはこの異星の地にプレイヤーとしてログインするに際し、エーテルネットから直接各自のキャラクターボディに接続している訳ではない。
その前にワンクッション、共通のシステムを挟んで中継点としている。『メニュー空間』などと呼ばれるシステムだ。
以前このマリーゴールドがそこを使って悪さを企てていたように、使いようによってはそのシステムも危険になり得る。
なので、今回そちらの問題は無いか、システムに詳しい彼女に調べてもらっていたようだ。
「そういうことは報告しろと……」
「ごめんなさいねハル様? でも今のところは、成果はなくって」
「いや、マリーよりも、セレステがだな?」
「はっはっは。だってハルは忙しいだろう、色々と。その心労を軽減すべく動くのが、君の剣である私の役目なのさ」
「お前の場合逆に心労増やしてる時があるからな!?」
まあ、確かにハルとはいえその処理能力は無限ではない。信頼する者が、自動で仕事をこなしてくれるならそれに越したことはないのだ。
今はまず、目の前のこの事象についてをチェックしていく事としようか。
「ウィスト。何か異変は?」
「……少なくとも、魔法により何らかの効果を発揮した形跡はないな。つまりは、オレの出る幕ではない」
「あらあら、困ったものね? この魔法バカは。ハル様が求めているのよ? もっとお得意の魔法を使って、調査をするべきなの! するべきよ!」
「そうとも! 使えない魔法バカだね、まったく!」
「フン。何とでも言うがいい。興味がないものは、興味がない」
「まあまあ。少なくとも、既存の魔法による仕込みではないことは確実みたいだね」
「そこはオレが保証しよう」
ウィスト、あらゆる魔法を知り尽くしたといっても過言ではない、『魔法神オーキッド』だ。その見立ては信用できる。
つまりはやはり、神々が今まで主武装としてきた魔力および魔法、それとはまるで系統の異なる技術を、彼らは操っているに違いなかった。
「となるとエメ。それにアメジストもか。お前たちの領分かな?」
「っす! 頑張らせていただくっす! ほら、アメジスト! ハル様がお呼びっすよ! へばってる場合じゃないっす。ここで活躍しなくて、いったいどうするんすか!」
「はぁいっ。がんばらせていただきますわぁ。でもその、今は本当にしんどいので、このお水にぷかぷか浮いて、快適さを確かめるお仕事でもいいでしょうかぁ~」
「別にいいけど……、お前も一緒に見せ物になるぞ……? まあ、お大事にね……」
アメジストは今使い物にならなそうなので、エメに魚とその周囲の環境調査をお願いすることにするハル。
イシスたちが楽しそうに魚に餌を、お菓子をちぎって分けてやっている場面を解析させる。
……ついでに、そのお菓子を我が物顔で頬張りまくっているカナリーも、こちらへ呼び寄せることにした。
「らんれふかー、ハルさんー? はらひいま、ひふぉふぁふぃーろれふらー」
「……お仕事の時間だよカナリーちゃん。君もエメたちと一緒に、あの森の戦いについて解析してたよね? 出番だよ、働こうか」
「むー。この場に来てるぶん、部屋で寝ぼけてるコスモスよりマシですよー?」
「あの子は頑なに来ないよねえ……」
暑い日は外に出たくないらしい。数度の外気温変化など誤差にすらならない神の身で何を言っているのかという話だが。まあ、気持ちは分かる。
なお、来ないといえばマゼンタも来ていない。あちらも、怠け者らしい対応だ。
「ほら、データ送るっすから、カナリーも解析手伝うっすよ!」
「はいはーい。頭使うには糖分が必要ですからねー。私にもっと、お菓子を持ってくるんですよー?」
「投げていい? カナりん?」
「ですよー?」
「うむっ。餌付けだね、これは」
「餌付けよねぇ?」
魚のようにぱくぱくと開かれるカナリーの口の中に、ユキが正確なコントロールでお菓子を投げ入れる。
そんな、地上と水中でお菓子が飛び交う奇妙な光景がしばらく続き、どうやら、この場の異常が明らかとなったようだった。
*
「分かりましたよー。ここの水、既に『水』じゃあありませんー。なにか別の、なにかですー」
「ええっ!? 何かってなんです!? だいじょうぶなんです!? 私もう、結構触っちゃいましたよ!?」
「落ち着いてくださいイシスさんー。触ってもたぶん、問題はありませんー。物質の構造上は、ほとんど水と同じなのでー」
「水じゃないですか!」
「ちょーっと違うんですよねぇ~」
「どういうことだろう? 詳しく説明してくれるかなカナリーちゃん」
「はいはーい」
そう言うとカナリーは、水槽の縁に寄って行って自らその『水』を掬いあげる。
そうしてそのまま手の中の水をプールに戻すと、ぷるぷる、と腕を振って濡れた水気を払っていった。
「ねー? 変な感じでしょー?」
「うん。カナちゃん、ぜんぜんわからん!」
「どこか、普通の水と違うのかしら?」
「私分かるよ! この水ね、冷たい感じがしないんだ!」
「まあ、常温っぽいですからねぇ」
「もー! そうじゃないよイシスお姉さん! もっと素肌の感覚に集中して!」
「えっ、ええぇ……、そう言われても……」
「ああ、なるほど。蒸発していかないんだ」
「えっ、ええっ!? それって、さっき言ってたお高い超技術……」
「うん。使ってないけど、同じかもね」
肌に触れた水が、気化する際に体表の熱を奪う。だから水が降りかかると、温度以上に涼しく感じる。この水にはそれがなかった。
「例の、森のフィールドと同じですー。物理法則が、一部変化してるんでしょー。状況から見ても、発動者はイシスさんですかねー」
「わ、私まったくそんな感覚ないですよ!?」
「無意識の能力発露ですかー。すごいですねー?」
「というかせっかくのフィールドスキル、私の微妙過ぎません!?」
特別な機構なしで、この水槽の水量を維持したい。そんなイシスの願いが、届いたとでもいうのだろうか?
この地の水は物理法則を一部無視し、自然蒸発をしない構造へと、変化をしてしまったようなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




