第1655話 覆水は当然盆には返らない
「ちなみに水はどうする予定?」
「あっ……」
「うん。やっぱりあまり気にしてなかったか」
「そこはいい感じにこう雨水とか溜まって……、こう、いい感じに何とかなりませんかね……?」
「うん。『いい感じに』を二回言うくらいに無茶な話だね」
「ちなみに雨が降ると逆に溢れますよー?」
「雨漏りだ! あははは!」
雨漏りする豪華なお城を想像したのか、ヨイヤミがとても楽しそうだ。
ちなみに実際は雨漏りというより滝のように流れ落ちるだろうから、実害はより悲惨な事になるかも知れない。
「うー……、ちょっとデザイン優先で考えすぎちゃいましたかね……」
「実際見栄えは悪くない。というか、ゲームなんだから本来はこれで正解だ。本来はね」
「普通のゲームは水が増えたり減ったりしませんからねー。まあー、そういうゲームもありますけどー」
「そうね? 悪いのはイシスじゃないわ? このゲームよ?」
「社長のフォローがいたたまれない……」
このゲームは異世界の現実空間をゲーム仕立てに仕上げたものであるので、物理法則も当然通常通りに働くことになる。
……まあ、その物理法則も最近、ちょっと信用ならなくなってきてはいるのだが。
「じゃあさじゃあさ? 今の普通の池ってどーやって維持してるん? やっぱほっといたらダメなん?」
「ユキの反応は、これはこれで『ザ・現代人』という感じよねぇ……」
「なんでさ。わ、私もさすがにほっといたらアカンということは、分かる……!」
「わたくしも、気になります! 日本の方々は、どうしているのでしょうか!」
「そうね。といっても、あまり面白い話でもないのよ? 多くは単に、水道から水を流して注ぎ足しているに過ぎないわ?」
「確かに。つまらんオチかも知れぬ」
「もっとこう、もの凄い未来技術で! お水を完全に制御しているのかと思いました!」
「そういったものも、中にはあるわ?」
「なんだよー、もったいぶらずに教えろよなールナちーさぁ」
「別にもったいぶっている訳ではないのだけれど……」
「そもそもほとんど、誰も使わないのですよね? 費用が莫大すぎるとかで」
「知っているのかイシすん!」
「まあ、『そういう技術もある』くらいですが。私のお仕事では、とんと縁がなかったですけど」
「そうなのよ。一応可能というだけで、コスパの面では最悪よ? 目立たぬように水道を通してしまえば解決するだけに、お金持ちであっても選ぶ人はほぼ居ないみたいね。だって誰も気付いてくれないでしょうし」
もはや完全に、自己満足のための浪費にしかならない。
ただ本当に一応、活用事例が無い訳ではない。どうしても水道を通すことが難しいような事例において、その技術を使わざるを得ないといったパターンで役だっていた。
ちなみにそうした例はたいていイベント用の出し物であり、今回のように常時維持し続ける事を選ぶ者はほぼいない。
「それはいったい、どういった原理で実現しているのでしょうか!」
「え!? え、えーっとですねぇ。なんかこう水分子を、エーテルの力で強引に蒸発しないようにがっちり押さえ込んでぇ……」
「ふんふん!」
「ハルさん~、お願いしますぅ~~」
「といってもね。それが全てではある。より詳細に言うなら押さえ込んでいる訳ではなくて、通常はランダム分布になる分子の運動量を、強引に全体で均一になるようにすることで自然蒸発を防いでいるんだ」
「なるほど! お日様の下に干しているのに、洗濯物が乾かないのですね!」
「そうだよアイリ。大変だね?」
「それはとっても、困るのです!」
「まあお日様の力に打ち勝つのは実際大変で、ちょっぴりエネルギーがかかっちゃう。エーテルエネルギーはつまり現代ではお金次第だから、それだけお金が掛かるって事さ」
「お日様は偉大なのです!」
付け加えていうならば、それでも完全な水位の減少は防げないため、空気中から水分を補給する機構も追加で備わっている。
そのため、追加でよりコストも掛かってくるのであった。
「それってアレかなハル君? 学園のボンボン達が、今みたいな真夏の日差しの中でも涼しい顔してお茶会してるような」
「近いね。涼しい顔の裏で、凄い勢いで冷房代が飛んで行ってる。お財布の我慢比べだ」
「表面は涼し気だけど、内心では冷や汗だらだらなんだよね! ばっかみたい! あははっ!」
ヨイヤミもそうした姿を、よく覗き見して楽しんでいたらしい。
ちなみに本人の身体は冷房の効いた室内で。外に出られなかったとはいえ、よいご趣味である。
「ちなみにハル君なら無料で?」
「まあ、出来るかできないかで言えば出来るけど、ここでやりたくはないね。これから超長期にわたってリソースを割かれ続けると思うと、こいつらに使いたくはない」
「ううぅ、すみませんん~~、企画練り直しますぅ……」
「いや、そう言わないでよイシスさん。せっかくのイシスさんの立ててくれた企画だ。実現させてあげたい」
「そこは、イシスさんが責任をもって、毎日バケツで水を運んできなさいな。ペットのお世話でしょう?」
「えっ、普通に嫌ですね。絶対飽きます。やっぱり企画立て直しましょう」
「こらこら……」
まあ、ここでは魔法だって使えるのだ。別にいくらでもやりようはあるだろう。
ハルはとりあえず解法は後回しにして、まずはイシスのデザインしてくれた施設の側だけを仕立ててしまう事にしたのであった。
*
「んー、まあ、こんなところかな。とりあえず『仮組み』にしておくけど」
「わぁ! 流石、凄いですねハルさん、私の想像の通りです……!」
「すごいですー!」
「細部は微妙に違うけどね」
強度が高い素材とはいえ、どうしても力学的に無理な造形も出て来てしまう。
しかし、イシスの書いた元のデザインが既に四方から支えるアーチという優れた構造だったため、多少の手直しのみで後はほぼ企画書通りに完成できた。
実際に作って見ると、陽光を透かした光の煌めきが元々薄く輝いていた城の壁に更なるコントラストを追加し、より見た目の豪華さが増したように感じられる。
「あとは、魚を貯水塔から放流してと……」
「だばぁ! なのです!」
「うわぁ……、こっちは神秘性の欠片もない登場……」
イシスに呆れられながらも、雑に塔の上の天空魚も頂上部に投入される。
水が溜まるように窪んだ円環に水が注がれ、より光が屈折し更に輝きは複雑さを増す。
その姿は、まるで城が頭上に光輪や後光でも纏っているかのような、やりすぎなくらいの神秘性を演出しているのだった。
「さて、あとは僕らが手出しすることなくこの『水槽』の環境維持をする方法だが。アルベルト」
「はっ!」
「なにかいい感じにNPCに任せることは、可能か?」
「はいハル様。可能、ではありますね」
「えっ。なんだ、設定出来るのか。なら、解決か」
「解決じゃん?」
「ですがハル様、ユキ様。できればではありますが、その方法はお勧めしかねます」
「なんでさベルベル? 勝手にずっとやってくれるんだから、楽でよくね?」
「そうだね。それが理想だ。なんでさ?」
「そこは、神秘性の維持の観点からですね。最上部は可能なら、『不可侵』としておきたいのです」
「……まあ確かに。自分達が『世話してやってる』と思うと、物理的にも立場的にも、下に見てしまうかもね?」
「はい」
ついでに、こちらもリソースの問題は存在する。あくまで国と民を管理するために生み出した王族NPCだ。そのリソースを、魚の世話の為に割いては本末転倒。
それよりもアルベルトとしては自分らしく、機械によって解決することを提案してきた。
「こちらもセオリー通りに凝ったことはせず、水道を通して解決してはいかがでしょうか?」
「出来るのか?」
「はい。地下に、特注のポンプを埋め込みます。ハル様には支柱に、中空の管だけ通していただければ」
「まあ、それは容易だね」
ハルはまだ固定されることなく半ば流体で留まっているペースト建材を動かし、その内部に『水道管』を通していく。
アルベルトが既に完成済みのポンプ機械を<転移>で持ってきて、その中空部に仮のホースを接続すると、問題なく水は頂上部と循環し始めた。
「これで、我々はこの機械さえ整備してやれば問題ありません。かかる手間はゼロではありませんが、最小限で済むかと」
「うん。まあ、ねえ。問題ないといえば、問題ないか」
「そうね? 柱の中の水の流れも、よくよく注視してみないと気付かないでしょうしね? 逆に言えば、普段からここで暮らす人間は気付くでしょうけど……」
「どうでしょう! イシスさん!」
「うーん、そのぉ、大変申し訳ないんですが、もし贅沢を言っていいなら、『ナシ』、かなぁ、と」
「まあ、やっぱりね」
「うん。私もそーだと思った。神の正体がポンプだと知ったら、興醒めじゃ!」
「“でうす、えくす、まっきーな”! ですね!」
「そうそー。マッキーナぁ!」
「難しいものですね」
自分達も似たようなものだ、と言いたげなアルベルトを、ハルは無言で制しておいた。
正体を知ってもなおカナリーたちへの信仰心を失わないアイリの前では、無粋な発言であるだろう。
神といえば、この地域そのものを管理しているアレキにやらせるというのも考えたが、まあ自分が嫌な事を他神に押し付けるのも悪かろう。
今は支配下に入ったとはいえ、未だにゲーム運営の一員でもある彼だ、一つの勢力に肩入れしたくもないはずだ。
「うーん……、どうしたらいいんでしょう……、私じゃ、そもそも出来ることはないですし……」
「まあ、なんとかするさ。任せておいてよ」
「といっても、いつもお任せしっぱなしも……」
「ちょい待ち! 見てみ? 上うえ! なーんか、様子が変じゃない?」
そんなイシスの悩みに、ペットである魚たちが応えたのか、それとも自分の住居の環境は自分で整備する気なのか。
天に浮かぶ盃のようなそのプールが、ハルたちの前で怪しく発光を始めたのだった。




