第1654話 物理的に頂点に立つ
疑似細胞に対抗するには疑似細胞。ゲームのルール的にも、それを利用することにより補正が強く乗る、ということは十分に考えられた。ゲーマー視点でも妥当な結論だ。
しかしハルとしては、もしもの際を考えると疑似細胞を使わない存在をトップに置き、どうにか抑えておきたい所だった。
「……まあ、いいか。毒をもって毒を制すみたいなもんだよね。うん」
「割り切れハル君。結局お気に入りの編成をどんな工夫したとこで、普通に環境編成を使った方が強かったりすんだから」
「その『環境編成』が気に入らないって話なんだけどねえ」
「まあ分かる。つまらんよね」
「わたくし、知ってます! “ぎゃくばり”、なのです!」
「株の話かしら?」
ゲームの話である。ルナお嬢様は、あまり上品な会話で使われない『逆張り』のスラングはご存じないようだった。
「えーっとぉ……、ダメですかねぇ……?」
「いや、いいよイシスさん。やろうか。どのみち、他に妙案もないことだしね」
このような事態を引き起こしたのも、ノリでハルがはしゃぎすぎてしまったのが原因だ。その解消を手伝ってくれるというイシスの好意を、無下にするのも違うだろう。
それに結局あの貯水池の魚たちも、どうにかしなければならないのも事実。
ここにきて良い移設先が見つかったというならば、それは喜ぶべきことなのだろう。
このまま移住する先が見つからなければ、どうせあの天空魚たちもその地位(あるいは水位)が徐々に下がってゆき、いずれは単なる川魚に成り下がってしまうのだから。
「よし。じゃあ、そうと決まれば早速やってみようか。この王城に、魚たちを移動させる」
「わお。なんだか楽しみぃ。ねぇねぇハルお兄さん? 魚の住み家はどうすんの? 神の魚らしい、立派な住み家を作ってあげなきゃ!」
「えっ? うーん。僕は適当に池でも掘って、そこに放り込もうと思ってたんだけど。だめかな」
「ぶぅ~~。だめだめ、ダメだなぁハルお兄さん。水槽にはしっかりお金かけないと、逆にお客さんにマウント取られちゃうんだよ?」
「何の話だなんの……」
また学園で盗み聞きした話だろうか?
あの学園の学生たちは、その多くがお金持ちの家のご子息ご令嬢。そうした、金持ちエピソードには事欠かなかったのかも知れない。
確かに巨大な水槽やそれを飾る整えられたアクアリウムといった、魚を飼う趣味は非常に手間とお金が掛かると聞く。
ルナの母月乃はそのあたりに興味がないので、ハルとしてはあまり接点がなく実感はわかないが。
「ただマウントはともかく、あの魚は飼う魚じゃなくて信仰の対象に昇華させようってものだからね。たしかにデカいから、水槽に入れたら映えそうだけど」
「あははっ! ねぇ~。ピラルク飼ってるおうちみたいになって、迫力あるよ、きっと。白いし!」
「白いしねえ。まあ、今後色はどう変化するか分からないけどね」
「鮮やかなのもそれはそれで! その場合は錦鯉だよ! あっ。そう考えると、お庭の池もいい感じなのかも? このお城、けっこう和風っぽさも感じるし」
「うん。一応池は、王宮らしく豪華な物を用意するつもりではあるね」
「じゃーそれでいいのかなぁ?」
何だか乗り気なヨイヤミも話に加わってきて、積極的に水槽をどう構成するかを考察し、腕を組んで頭をひねっている。
もしかすると、魚を飼ってみたいのだろうか? だとしたら今度、紛い物ではない本物の魚を飼わせてやっても良いかも知れない。
そんな、また脱線しそうな事をハルが考えていると、現状の飼育員、いや天空魚の管理責任者たるイシスから、改めて待ったがかかった。
「ちょっと良いですかハルさん? 私も、そのぉ、普通の池はどうかと思っておりましてぇ」
「だめかいイシスさん? もしかして池じゃ深さが足りない? 僕は、あの魚の生態には疎くてね」
「いや深さは、分からないですが大丈夫じゃないですかね? あの子たち、そんなに深く潜りませんので。むしろ、普段から水面にばっか浮かんで顔出して来てますよ?」
……それは、イシスがお菓子を分けて投げ込んでやっているので、それを催促しに浮いてきているのではないか。
そう口には出さない分別が、ハルにも存在した。余計な事は言うものではない。
「じゃあ、何が問題に?」
「高さです。あっ、いえ、貯水塔並みに高くして欲しいってことではなく、その、天の使いであるお魚ちゃんたちが、位置的に王族よりも下位に生息してるのは如何なものかなぁ、と……」
「それこそ王族みたいな事を言うね……」
「頭が高いのです!」
「……とはいえ、重要かも知れないわね? それこそここには、その価値観を持っていそうな貴族や王族が生息しているのだから」
「んなルナちー。野生動物みたいに」
まあ、確かにそうした視点を持つ者の基準も重視しておいた方が良いのかも知れない。
王城より高い建物を建てるのはどうなのか、なんて話がつい最近ハルたちの暮らす梔子の国でもあったように、権力者は意外と物理的な高度を気にしがちだ。
となると、天空魚も自分たちよりも物理的に下位の池などに住んでいると、そんなものだと軽んじられるのではなかろうか? あり得る話だ。
「しかし、どうしますーそれならー? また貯水塔でも建てますかー?」
「あはは。良いかもね。それで国が水不足に困った時は、そっから水を放出して民に恩を売るのじゃ!」
「王族らしい性格悪いこと言うわねユキ。というか放出したら、結局天空魚も流れて行っちゃうじゃない……」
「はっ! しまった!」
「まあー、それ以前に影がやばくて苦情がきますかー。権威もだだ下がりですねー」
「むむむ……! 今回はあくまで、お城よりは高ければいいのでしょうか……?」
「あー、そこは、あの大樹より上なことも重要かもねアイリちゃん。どうなんですハルさん? あの樹ってこっから更に成長するんでしょうか?」
「さて……?」
正直、そこは分からない。今のところ成長は止まっているようだが、今後またあの世界樹のように更に巨大になったりするのだろうか?
だとするとイシスの言うように、あの樹を抑えるべき立場にいる王家の権威の象徴たる魚は、位置的にもそこより上に居た方が確かに格好がつくだろう。
「なのでですね、ここは、またハルさんのその素晴らしい建築技術のお世話になりたいかなぁと……」
どうやら、イシスには既にプランがあるようだ。
あまり主張の少ない彼女の頼みだ。出来ればこれも叶えてやりたい気持ちはある。
……いや、屋上プールだバカンスだと最近自由な彼女だが、主張自体は少ない。はずだった。
とはいえ既になんとなく提案に察しはつくが、さて、いかにハルといえどそのプランを実現できるだろうか?
*
「ハルさんと神様の合体技で、こうして神秘的な色を付けるのは凄いと思います。でも、わが社の自慢の新素材はガラス! その透き通った透明で自由な建築! それも表現しておくべきじゃないでしょうか!」
「おっ? どーしたイシすん、プレゼン始めて」
「ユキさん静かに! この提案が通るかどうかに、このプロジェクトの未来がかかってるんです!」
「そっか。まあ頑張れイシすん。よーわからんが」
熱弁を振るうイシスは、自身の提案をなんとかして通そうと必死のようだ。
別に、提案が通ろうが通るまいが、ハルからのイシスの評価が下がったりはしないのだが。
それとも、ハルが知らないだけで実は社内の評価に関わって来ていたりするのだろうか? 『ハルの役に立ったら給料アップ』だとか、ルナと密約がある可能性もあった。
「気分を出してあげなさいなハル。机と椅子を出して、スーツを着て険しい顔をするのよ?」
「いや別に。ルナがやりなよ、社長なんだし」
「そうね? じゃあ私も、一緒に着替えて座りましょうか」
「いえ……、胃が痛くなりそうなんで……、やめてくださると幸いです……」
「盛り上げてあげるって言ってるのに、難儀な子ねぇ」
「あんま深く考えんなイシすんー。この人、ペアルックでコスプレしたいだけだぞー」
「わたくしも、スーツで“こすぷれ”したいのです!」
それはとても可愛らしそうだ。アイリが加わると空気も一気に和らぐので、イシスの胃も多少は楽になることだろう。
ただ実際にやると本当に話が進まなくなるので、ルナには妄想の中で留めてもらうとして、ハルはイシスにプレゼンの続きを促すのだった。
「あっ、はい、すみません。続けますね」
「こちらこそ悪いね。お願いするよ」
「ではですね。こちらの資料をご覧ください。こんな風に、既存の城に被せるようにしてガラスの足場を組んで、その上に透明なプールを設置します。それにより、現状の景観を崩さずに『上』の『立場』を用意することが可能になるのです」
「まあ、予想はしてたけど。既に完成予想図が出来てるとは予想外だったよ……」
「いつ作ったんでしょうねー。この資料はー」
「超速で間に合わせました!」
目立たないが優秀な仕事をするイシスであった。投射されたモニターの中に映し出された完成イメージから、それがよく伝わってくる。
そこには城の外壁の一回り外から伸びたアーチ状のガラスが四方八方から天に続き、頂上で透明な円環のようなプールへと繋がっている。
その円環の内部に水を張り、魚を泳がせるという計画だろう。
実際にハルたちの新素材で実現が可能な構造であり、また透明のため既に完成済みの王城のデザインも邪魔しない。
いや、輝く城に輝く透明な薄布がかかったようで、更に神秘度を増しているようでもある。
「ど、どうですかね……」
「うん。いけると思うよ。流石はイシスさん。素材をよく理解してる」
「やった!」
ただ、問題があるとすれば、それはプールの方。そこに張る水の扱いだ。
果たしてハルは、このイシスの提案を実現する為のギミックを、どうにか用意できるのだろうか?




