第1653話 権威不足の王族
それから、完成した城に対して、神様たちが守護の魔法をかけてくれる。
これはハルたちの住むお屋敷に施してもらったものと同じような、いわばセキュリティのための魔法であった。
完成を祝い儀式を行うその様は、なんだか神職を招いての竣工式でも行っているかのようだった。
……いや神職もなにも、一応神様たち本人か。
「あぁー……、やってますねぇー……」
「ああ、アメジストか。ずいぶんとグロッキーだな」
「……えぇ。……まぁ。さんざんいじめられましたもので」
「ビシバシやったっすよ! しかし、そのせいで遅刻しちゃったっすかね!」
「いや、まだガワが出来ただけだから。機能の設定はここからさ」
「よかったっす!」
今までずっときつい取り調べを受けていたらしいアメジストと、その拷問官たるエメもここで合流。
もしもの際の対処兵器を考えていくのに、二人の頭脳も借りたいところだ。
しかし、そのアメジストの様子は尋常ではなく、いつも余裕たっぷりの彼女の姿とはかけ離れている。
息は絶え絶えで頬は上気し、まるで長距離を限界まで疾走した後のようだった。
「……なんだかえっちだわ? いったい、どんな取り調べをしていたのかしら、あなたたち?」
「別に、えっちじゃないですよー? そのバカが、勝手に卑猥な雰囲気出してるだけですー」
「わ、わたくし、そんなつもりなんてありませんわ……」
「じゃあ存在自体がエロなんすね。歩くわいせつ物っす」
「くっ……、好き放題に……」
「でも神が疲労する姿なんて本当にレアだよね。実際なにしたの?」
「大したことじゃないっすよ。アメジストを構築する魔法構造を、隅から隅まで徹底的にサーチしまくっただけっす。その際に負荷がかかるので、まあそのせいっすね。人間で言うなら、全身の細胞を電気刺激かけてビクビクさせたようなもんすかね?」
「うわあ……」
強制的に全力の全身運動を誘発させたようなものか。それは確かに、全身疲労からの筋肉痛地獄まったなし。
ハルはアメジストが手術台の上で電気を流されてビクビクと痙攣する様を想像して、さすがに少々哀れに感じた。
いつも優雅な彼女の尊厳が、いや、今更か。最近は愉快な姿を見せる事の方が多くなっている気もするので。
「まあ、お疲れ。そんなアメジストは、何かこの城に対してのいい案とかあるかな?」
「今はちょっと、正直考えが纏まりませんわ……、わたくしここでお休みしているので、皆様で決めてくださいまし……」
「おや。よっぽどだね」
「ジスちゃんがこーなるなんて、相当だねぇ~」
「あははは! アメジストちゃん、元気だせだせー!」
「あっ、あっ、だめですわヨイヤミちゃん……、叩いたり、近くで元気な声を響かせると、ううっ……」
「なんだか二日酔いの人みたいねぇ……」
そんな満身創痍のアメジストを隅の方で休ませつつ、ハルたちは作業を再開する。
城の形が出来ただけで満足してはいけない。この建物を、きっちり行政の中心として機能するように設定しなければ意味がないのだ。
「建物として成立した途端に、勝手に中にNPCが生まれ始めましたね。どうしますハルさん? いったん邪魔なこいつら消し去って、じっくり詰めていってもいいけど」
「いや、再生成も面倒だ。シャルト、出来たらこいつらに役職を与える形で、アルベルトと協力して設定を始めちゃってよ」
「いいえ、ダメですね。自分一人でやりますので。アルベルトが入ったら、予算無尽蔵に膨れ上がっていくらあっても足りなくなっちゃうよ」
「いえ私も別に、『増殖』だからといってそこまで無節操ではありませんが」
「いーや。無節操ですね。今までの自分の行いを振り返りなよ!」
王族NPCの設定、および彼らがこの国にとってどのような立場となるのかについては、『節制』を得意とするシャルトが詰めてくれるようだ。
彼に任せておけば、浪費家の王族が国庫を食いつぶして国が破綻、あわやクーデター、なんて展開は確実に避けられることだろう。
……まあ、その代わり、支出があまりに抑制されて政策の首が回らない、なんて展開になりかねないが。
あとでこっそり、設定内容をチェックしておこうと思ってしまうハルなのだった。
「……ふーん。どうやら、王侯派と国民議会で、相互監視するような構造になるみたいですね。上手く設定しないと、泥沼の対立構造を生むよハルさん」
「なに。いや、まあ仕方ないか、それは。言うなればあれだろ? 『王城派』と『大樹派』」
「ですね。自分らが明らかに大樹におもねらない勢力を生み出したせいで、権利意識も二分されたようです。まあ『大樹信仰』みたいな意識を持つ民だ、それを受け入れない勢力は邪魔だよね」
「しかも上の立場だからね。これが下だったら、哀れんで優しくもしてやったんだろうけど」
家ごと大樹に取り込まれ、それこそ物理的に大樹に守られる形になった国だ。
あの巨大な樹はもはや信仰対象であり国の象徴。はっきりいえば、大樹こそを頂点に戴く権力構造であるといっていい。
それを差し置いて、いきなり王城だ王だと言って頭を押さえつけられれば、面白くないのは当然である。
「あっ、やっぱりダメですね。これはこじれますよハルさん。下手したら、大樹管理の貴族か、もしくは樹の世話する家系とかが『自分こそが』と王位を主張するかも」
「あの、いつの間にか代々あの樹を世話してる事になったNPCか……」
大樹のすぐ傍の家に住む者達は、先日めでたくそのように歴史改変されたのだった。
「……なにせ国全体に根が伸びている樹だ。それこそ『根回し』は、完璧だろう」
「街全体が勢力下ですからね。いかがしましょうかハル様。いっそ貴族街は一度破壊して、王城と同じ構成で作り直しては?」
「いや、それもね、アルベルト。第一もうガラス細工の在庫が無いよ」
「これだけ使いましたからね……」
見上げる程の立派な王城を構築するのに、保管してあったペースト材料の在庫は全て放出してしまった。
それに、せっかく上手く生み出せた貴族階級を作り直すのも気が引ける。次も、同様に望み通りのNPCが生まれるとは限らない。
「……とはいえだ。だからといってこのまま完全に大樹を頂点とする国家構造を承認する訳にはいかない」
「ですね。監視機構は絶対に必要です」
「まあつまり、望みの権力マップを描くには、王宮側にもっと権威を持たせる必要があるって事ですね。んー、予定通りに、対大樹の兵器類を配備すればそれで済むんじゃないかな?」
「武力で押さえつける形か……」
「それでは権威付けというよりも、圧制ですよシャルト」
何か、もっと正当な権威を考えなくてはならない。
しかし、追加で増築するにも材料不足。純粋に城の拡大で権威を嵩増しするのは今は厳しい。
追加生産は可能だが、魔法とは違い時間が掛かる。その間、国が荒れてしまうのは避けたいハルだった。
「あのぉ~」
「おやイシスさん。どうかした?」
「いえですね。今のお話、もしかしたらなんとかなるかもなー、って思いまして」
*
ハルたちの会話を横で聞いていたイシスが、おずおずと自信なさげに加わって来る。
どうやら彼女には、この捻じれた権力構造を解消する何かいい案があるようだった。
「えーとですねぇ。例のお魚ちゃん、その権威付けに利用したらいいんじゃないでしょうか?」
「なるほど。神聖な神の遣いの天空魚。王族は大樹の代わりに、それに承認されたって伝承を付け加えるのか」
「まぁそんな感じです。良さげじゃないですか? ……上手くいけばですけどぉ」
「いや、まあ可能だとは思う。だよねアルベルト?」
「はい。こちらで噂の発生がしやすいようにプロデュースしてやれば、なんとかなるかと。方向性のコントロールをするための、パターンも多少は掴んできました」
「おおすごい! それじゃあ!」
「……んー、いや、しかしねえ」
「ダメなんです?」
「ダメとまではいかないけど、どうにも気乗りがしない。僕はできれば、一切『パン生地』の関わらない勢力にこの地を治めて欲しい訳で……」
「あー、確かに。大樹を抑えられても、お魚ちゃんが暴走したら意味ないですもんね」
「そういうことだね」
結局、疑似細胞が暴走を起こしてしまったら元も子もないのだ。本末転倒である。
しかし、そもそも押さえ込めていない現状、あまり贅沢を言ってもいられない事も確か。
それに、こう考えることも出来る。疑似細胞を制すのは、同じ疑似細胞。以前に語った改造人間理論だ。
怪人と同じ細胞を移植されたヒーローが、その力を正しい方向に使い怪人を征する孤独な戦い。
そう考えると、まさに相応しい、天啓のような提案なのではないかと思えてきた。
……まあ、全てただの妄想なのだが。
現実は大樹も暴走しそれに呼応した天空魚も暴走する、二重に手の付けられなくなる大惨事が発生するのがオチである。
「まあ、せっかくだ、どういう噂の流れになるのか、やってみるだけやっておこうかね?」
「そうそう、その意気ですって。きっと、上手い感じにまとまりますよ。たぶん」
そんなイシスの勘を信じ、ハルは天空魚二匹を、この城へとどうにか移住させて来ることにしたのであった。




