第1652話 輝ける虹の一昼城
ハルたちが料理イベントの設営の際に使った、ガラスのように透明な液状建材。あれを使い今回、この地に築く城の建設を行っていく。
材料としての有用性は実証済み。あの時は一日のみの運用で解体してしまったが、素材は短期の運用に限らずに、実は長期間に渡り強度を維持し続けるといった用途にもしっかり対応しているのであった。
「しかし、あの透明さんで作ったら、すけすけのお城になってしまいます! いえ、ガラスのお城は、綺麗だとわたくしも思いますが!」
「僕もそのせいで最初はどうかなと思っていたんだけどね。でもどうやら、魔法的な処理を加えることによって、好きな色に変化させられるらしいんだ。そうだよね、ウィスト?」
「ああ。場所と色を指定すれば、オレが処理を行ってやる。任せろ」
「頼もしいね」
「すごいですー!」
「しかし、大丈夫なのかしら? たしか魔法はNGだったのではなくて?」
「そこは大丈夫だよルナ。魔法で生み出しさえしなければ加工に魔法を使うことは問題がない」
その点は実証済みだ。あくまで<物質化>を病的に排除しているだけで、全ての魔法が禁止されている訳ではない。
そうでなくては、『魔法合成ダイヤモンド』など許されてはいないだろう。
そもそも、ゲーム内でも普通に魔法は使われており、魔法なしではゲームは回らないのだから。
「それもだけどさハル君。材料の出どころの方はだいじょぶなん? 確かあれ、<物質化>ででっち上げてたよね?」
「甘いなユキ。それもまた、過去の話さ。今はあのペーストもうちの社の立派な商品。既にきっちり、正規のルートで合法的に生産中さ」
「いつの間に……」
「いやぁ。私も頑張りました。まあ任せてくださいって。良さげな物件抑えて、契約含めもろもろの手続き進める作業は、慣れたもんですしー」
「ほえー。すごいすごい! イシスお姉さんって、実はお仕事できる人だったんだ!」
「貴重な人間語の出来る事務員よ? 優秀だわ?」
「そーそー。皆さん気を抜くと、宇宙語や魔法語で喋り出すんですからー。って! 揃って人をどーゆー目で見てるんですかぁ!」
「ゲーム語が抜けてるぞイシすん」
異世界人も含め皆例外なく日本語で喋っているはずなのに、なぜか何を言っているか分からないというのが専らのイシスの悩みであった。
「僕ら社会的な常識に疎い所があるからね。頼りにしてる」
「うー……、あんまり頼りすぎないでくださいよぉ……? ただでさえ、食品メーカーに務めたと思ったら建築メーカーの仕事してて、てんやわんやなんですから……」
「プール付き高層屋上の対価よ。働きなさいな」
「社長は容赦してくれそうにないですねぇ」
対人関係に難ありの人間ばかりが揃うハルたちだ。広く世間と取引するようになって、イシスの存在には非常に助けられている。
さて、そんなイシスも製造から販売まで頑張ってくれているハルたちの会社の新たな商品。
それは、日本を拠点に物理的にきちんと製造が行われている。
もちろん<物質化>で在庫をぱぱっと出してしまえば楽ではあるが、万一立ち入り調査でも入った時に製造拠点が無いことがバレたら事だ。
そんな関係で、こちらは問題なくシステム的に判定されるようになっていた。
「まあ、お城を作るだけ使っちゃうと一気に在庫が枯渇しちゃうから、そこは<物質化>して倉庫の中身を入れ替えるんだけどね」
「結局<物質化>はするんじゃーんっ」
「在庫“ろんだりんぐ”、なのです!」
まあ、魔法生成を判定されるのは、このゲームの中でのみ。地球側の視点では、それを見分ける手段が無い。分子レベルで一致しているのだ。
そんな完璧な模造品を、このゲームはどうやって見分けているのか。その謎についても、いずれは解き明かしていく必要があるだろう。
「まあ今は、とりあえずやれることを進めていこう」
「おおっ! たくさんの透明スライムさんが、送られてきています!」
「ドロドロですねー? ぶよぶよですねー?」
「アイリ、カナリーちゃんー? あんまり遊ばないの。特にカナリーちゃん、くずもちじゃないからね?」
「あまりお肌にいい物ではないわ? 離れなさいな」
「でもしょっかんは良いですよー?」
「触感、だよね?」
既に食感を確かめていないことを祈るばかりだ。
見た目は透明なスライムのような、どんな形にも建築可能なペースト状の建材が倉庫から次々と<転移>されてくる。
次々と積み重なり寄り集まるそれは、大型ボスのヒュージスライムであるかのようだった。
ハルはそれを本当のスライムのように、盛り上がらせて威嚇行動など取らせて遊んでみる。アイリやヨイヤミ、そしてユキが大喜びだ。
そうやって何でも自由な形に変形させて、この素材はどんな建築物にでも成れるのだ。
当然、正規品であるために土を溶かした即席の代替品とは品質が天地。
ハルはそれを使い、この国を統べるべく君臨する支配者の象徴を、一気に成形していくのだった。
*
「これは、もう彩色を始めても構わんか?」
「いや、少し待ってくれウィスト。色味の変化を与えた後は、そのまま不動の状態でその場に定着させたい。まずはしっかり、位置が決まってからだね」
「フン。あまり待たせるな、早くするがいい」
「ああ、すまないね」
「相当大きな物です。基礎はそれだけしっかりするよう、注意してくださいねハルさん?」
「了解、現場監督さん?」
「なんなりとお申し付けください。イシス様」
「ふー、みゃっ!」
「もー。メタちゃんまでぇ。私だって慣れたくて慣れた訳じゃないですよぉ」
かつては多数のアルベルトやメタを率いて、陣頭指揮を行っていたバイトリーダーイシス。
その経験と数々の建築業界との取引は、彼女を立派な建設業の事情通へと進化させていた。
ハルはそんなイシスのお眼鏡にもかなうよう、ルナの<近く変動>にも助けられてしっかりと地盤を構築していった。
「すてきですー……、まるで氷の神殿、なのです……」
「まあ、完成した時には、透明じゃなくなっちゃうけどね」
「そうじゃないと、人が住めないですからねー」
「ですね! すけすけ、なのです!」
「これってハル君、神社的なにゅあんす?」
「ああ、そうしたエッセンスも取り入れてはいる。なにせ周囲の街並みが軒並み木造風になってるからね。やっぱり和風テイストが似合うんじゃないかと」
「素晴らしいです! ハルさんたちのお国とお揃い、わたくしとっても、羨ましいのです!」
「あはは、まあ、今はぜーんぜん、こんなのじゃないけどねぇ」
それでも例外的に、神社はずっと昔のままだ。
そんな日本の神殿、神社の様式も取り入れつつ、ファンタジーなお城が下から“せり上がって”ゆく。
スライムが自在に形を変化させるように組み上がるエーテル工法。それにより従来では決して実現不可能な、一切の継ぎ目のない建物も実現可能。今回は特別さの演出も込みで、そのように仕上げていこう。
「まあドアは無理か」
「当然でしょうに……、何を言っているのかしらこの人は……」
「<転移>使い専用ハウスかな?」
「あははっ! 難易度たかーい。流石王族だねぇー」
「むむむ! わたくしも王族のはしくれとして、ヨイヤミちゃんに笑われぬよう精進しなければ……!」
「いや、そんな家にはしないから……」
正直ハルでも嫌である。<転移>をマスターしているとはいえ。
そんな家に住みたがるのは、マゼンタのような何が何でも自分の足で歩きたくなさそうな、怠け者タイプか。
どちらかといえばファンタジー住宅というより、各部屋ごとに転送装置のありそうなSF住宅に思えてくるハルだった。
「……よし、こんなところか」
そんな風に城のデザインが固まってくると、いよいよ仕上げの彩色の時だ。
今は幻想の氷の城とでもいった見た目のこれを、色づける事によってようやくこの世界に地に足のついた存在へと昇華させる。
その方法は、まるで焼き入れをするかのように、このガラスの結晶構造を特別な配列に変化させるのだ。
それにより素材その物がある種のプリズムとしての働きを持ち、その反射により美しい『構造色』を放つようになるのであった。
「構造色ってあれでしょ? 色が付いてるように見えるけど、実はそれ自体の色は透明! ってやつ!」
「透明とは限らないけどね。しかし、相変わらず博識だねヨイヤミちゃん……」
「ふっふーん。伊達に学園の授業を暇つぶしに覗き見してないもーん!」
ヨイヤミが答えた通り、そうした特殊構造を作り出すことにより通常の塗装と遜色なく、いやむしろ通常では再現出来ないような発色まで、見ようによっては神秘的な輝きを建物全体が発していた。
「おー、なんかこう、壁そのものが自然に輝きを放っているようじゃ! 苦しゅうない!」
「何を言っているのよユキは。でも、そうね? 神殿のような神聖なオーラを発している、と言われても納得するわ?」
「んー。しかし神聖っちゃ神聖かも知れんが、この感じ、どこかで見た気もしないか? いや具体的にどーかと言えば、分からぬが……」
「ふっふっふ……、ユキさん、わたくしは、知っているのです……!」
「知っているのかアイリちゃん!」
「はい! そう、これは、“しーでぃー”の反射の輝きなのです!」
「おお! 確かにそうだ!」
「……なーんでお二人が知ってるんですかねー? CDなんて、私の時代ですらもうほぼ使われていませんでしたよー?」
何故知っているのかといえば、それは勿論アイリとユキがレトロゲームが大好きだからだ。
その中にアイテムとして、七色に光を反射するディスク状メディアが幾度も登場したのだろう。
実際そうしたCDなども、構造色により不思議な輝きを放つ物質の代表例として有名だった。あくまで過去では、だが。
「……ウィスト。この輝きもうちょっと抑えられる? 生活部だけでもいいからさ。さすがに日常がこれだと、なんかイライラしそうだ」
「ああ。心得た。処理のために表面に薄くもう一層積層しろ」
「了解」
「えー。止めちゃうん? 常に『ガチャ石』に囲まれてるみたいで、気分よくない?」
「ユキはなんでもゲームで例えようとするのやめようね?」
ゲーム内通貨として用いられる魔法の石は、七色に輝くのがお決まりなのだ。
しかし確かに加減を間違えさえしなければ、そうした魔法の輝きを魔力もなしに再現可能な素晴らしい方法といえよう。
虹色という部分も、七色の神々の合作を物語っていそうでなんだか感慨深くもある。
そんな落ち着いていながらも神聖に輝く不思議な城が、またもごく一昼夜たたぬうちに、このフィールドへと姿を現したのだった。




