第1651話 力持たぬ指導者の末路は
「という訳でここにお城を建てようと思う」
「ほーーいっ!」
「元気なお返事だねヨイヤミちゃん。何かいい案があるかな?」
「え? ないよ? でもみんなで一緒にがんばろう!」
「そうだね。きっと良い物が出来る、はずさ」
ハルが煮え切らない態度なのは、その『みんな』が無茶ぶりばかりするメンバーだからである。
その提案が今回はどれだけぶっ飛んだものになるのか、今から戦々恐々となっているハルだった。
放っておくとまた、変形合体する機動要塞など生み出されかねない。
「まあ、皆、あまり変な提案はしないように」
「心得ました」
「……お前が心配の筆頭なんだがなアルベルト。とはいえ、あまりに大人しすぎてもよろしくないというのが、今回の悩ましいポイントなんだよね」
「こいつらですねー?」
「そうだよカナリーちゃん。いざという時にこいつらに対抗するための力くらいは、備えておきたいのが難しいところだ」
ハルたちはそう語りながら、眼下に広がる壮大な街並みをぐるりと見渡していく。
いま皆で集まっている場所は、ルナの<近く変動>で整備された街を見下ろす台地の上。
この丘の上に城を建設、それを国中どこからでも確認できるシンボルとして設置し、この国はいよいよ完成をむかえる予定である。
そんな見下ろす街並みは、木造を基調とした、いや半ば樹木そのものと一体化した、まさしくファンタジックな代物。
木造であるからか、どこか和風の雰囲気を感じるのもまたハルたちの街らしい。
しかしながら、そうした家々を構築する素材は例の疑似細胞構造体。
爆発的に増殖を進めてしまったそれらは、いつハルたちの制御を離れ暴走しないとも限らない。
そうなれば、家どころか国そのものが、果ては世界そのものが、この樹に、いや疑似細胞の泥の中に飲まれてしまう事になりかねないのだ。
「そのために何らかの“力”は配備しておきたいところだけど……」
「うむっ。やりすぎは良くない、ということだね。この城は我々の管理する物ではなく、ここのNPCどもに与える物になるのだから!」
「そう、だね。もし暴走するのが、そっちなったら、今度はその力が世界に牙を剥く、ことになる、ね」
そう、もしこのセレステとモノの乗る宇宙戦艦のように過剰な兵器類など仕込んでしまえば、ボタン一つで周囲一帯が消滅する結末だって考えられる。
どういった思考ルーチンで動いているか分からぬNPC達に、その制御権を握らせるのは憚られた。
「かといってさっき言ったように、ノープランでもまずい。さて、この条件を踏まえた上で、良い案があったらよろしく頼むよ」
「ほーーい! まあ、私は無理そうだけどさ、あはは!」
「そんなことないよ。ヨイヤミちゃんの意見も、しっかり取り入れてあげるからね」
「わーお。お兄さん、女の子の扱いが上手いんだからぁ。このこのぉ~」
「別にそんな意図はないが……」
実際、ヨイヤミの意見だって貴重なものだ。神々を加えたそうそうたる面子の中でさえ、彼女の能力は特異である。
そんな彼女しか持ち得ぬ視点からの意見は決して無視できず、ハルも可能な限り採用してやりたいと考えていた。
そんな中、真っ先に発言したのは招集された神の一人ジェード。七色の国の『緑』担当、ハルたちにとっての経済担当だ。
「それならばハル様。兵器類およびそれに関わる機構は全て、魔法により生み出されてはいかがでしょうか」
「うん。それはありだね。あくまで城はただの城として作り、武装は魔法で<物質化>する」
「はい。その通りです。この世界では魔力由来の物質はシステム的に認められず無視される。その仕様を逆手に取ります」
「それならば、NPCに過剰武力が渡ることは決してない、か」
「まさしく」
ハル封じの反則防止機能か、それとも別の深遠な目的の為か、このゲームシステムでは<物質化>で生み出した物を建材として用いることが禁止されていた。
その仕組みはNPCの思考回路においてもまた同じ。魔法由来の物質は彼らにとってはただの『障害物』としてしか認識されず、それを活用する事はない。
例え手元に他国を一撃で滅ぼせる兵器を置いておいても、彼らにとってそれは、いいとこ『扱いづらい鈍器』程度にしか映らぬことだろう。
「でもでも。でもね? それでは結局この場に武器を置いておく意味がないと思うの。ええ、きっと無駄だわ!」
「マリーゴールドは反対ですか?」
「だってね? だってよ? どうせ誰も動かせないならば、ハル様や私たちがわざわざこっちに来るしかないわ? それならば、その時に一緒につよい武器を持ち込んじゃえば、済む話じゃないかしら?」
「痛い所を突きますね。確かに、自動迎撃を任せきりに出来ないのは効率も悪い。しかし、それは兵器自体をオート制御にしておけば済むとも言えるでしょう」
ジェードの言う事も、マリーの言う事も互いに一理ある。
確かに、どうせハルが制御しなければならないのなら、あえてこの城に置いておく必要もない。
それこそどうせ手間がかかるならいっそ、『天之星』で急行して片付けてしまえば良いだけの話なのだった。
「まあ、そうかもね? マリーの言う二度手間の面とは別に、この城に配置予定の権力者に一切の武力が渡らないのも、僕としてはどうかと思う」
「確かにそうですね。力ないトップはナメられますから。下手をすれば、大樹が動くまでもなくクーデターで城が陥落するかも知れませんね。はっはっは」
「笑いごとじゃないよ先生……」
「ええ。その通りなの。特にこの国は今、王ではなく大樹に守護されていると言えるじゃない? そんな中で大樹の侵食を拒否した城は、それに代わる相応の何かを持っていないといけないの!」
「そうでなければ、ただ大樹信仰を否定し民を弾圧するだけの、異端、ということですね」
「ふむ……」
ハルとしても楽そうなのは、見た目だけ整えた城にこっそり超兵器を仕込んでおく案だが、それでは都市運用が上手く回らない可能性もある。
国の中で唯一、大樹の侵食を受けていない城は、それに代わる、それを上回る権威を備えていなければならない。
「下手をすれば支配者どころか、大樹パワーを受けられぬ可哀そうな人たち、程度の存在になり下がるのか……」
「ははっ。これはお笑いだねハル。丘の上で、豪華な家に住んでるけど、その実守護者に見捨てられた存在か。国中どこからでも見える、晒しもの一家だね!」
「笑ってる場合じゃないですよーセレステー。その晒しものの上に立つのは、ハルさんなんですからー」
「おっと、済まない済まない」
「あっ、あのぉ……、気になってるんですけど、その王NPCの上に立つハルさんは、扱いとしてはどうなるんですかね……? 皇帝? 上皇?」
「神ですよー、神ー。当然じゃないですかー」
「えー……、それはちょっと……」
「なんですかー? ハルさんは、『神』を自称してる私たちが、馬鹿みたいだって言うつもりなんですかぁー?」
「おや? それは悲しいねハル。そんな目で見ていたなんて……っ! 酷いじゃあないか……っ!」
「目が笑ってるぞーセレステー」
もちろん、そんな事が言いたい訳ではない。カナリーたちの存在はそれこそ『神』として相応しい存在と思っているが、人間が自称し始めると途端に滑稽に見えるもの。
しかし、そんなハルの好き嫌いを置いて考えれば、政治とは分離した立ち位置として都合が良い立場なのかも知れないのだった。
「アルベルト。そうした設定は可能なのか? 僕を、というか僕らを、直接政治から切り離すのは」
「ええ。可能ですよ。自治権のほとんどを設定した代表者に委任し、自らは一線を退く。その設定はシステム上問題なく行えます。あとは、そうですね。立ち位置の扱いは例の噂の誘導次第でしょうか?」
「ふむ。なるほど。となると、城のデザインは宗教色を強めにしてみた方が良いかも知れないな」
「よいお考えです」
「あー。ハルさんもついに神様ですかぁ。遠くに行っちゃったもんですねぇ。応援してまーす」
「おや。何を他人事みたいに言ってるんだいイシスさん? 僕ら揃って領主なんだから、当然イシスさんも神だよ?」
「うえぇぇえぇっ!?」
「あはは! じゃあ私もかみさまだー。ひれ伏せー! あはははは!」
「ははぁっ!」
「アルベルト。お前それでいいのか?」
まあ、抵抗は未だ拭えぬが、これは仕方がないだろう。
神が嫌ならば、それこそ皇帝なりなんなりで、支配者構造の一部に組み込まれてしまう事になる。
そうなると完全にNPC任せの放置は叶えられず、常に君臨し続けなければならない。それこそ御免だ。
「まあ、それじゃあデザインは神殿のエッセンスを取り込みつつ、ある程度NPCにも扱える形の武力を配備するってことで」
「おーっ!」
「あっ、ちょっと待ってくださいハルさん。肝心の建材はどうするんです? お城を作るにあたって、<物質化>は使えないんですよね?」
「そうだね。全部<物質化>で行うと、前にも言ったかもだけど、『国の中心になんかデカい山がある』くらいにしか認識されなくなっちゃう」
「秘密の隠れ家みたいで面白いけどね!」
まあ、ハルたちが住むならそれでいいが、住むのはNPCだ。それではまずい。
「なので、建材に関しては既にあたりをつけてある。それを使って作って行こう」
「なんだろなんだろ!」
「もう既に、ヨイヤミちゃんも見た事があるよ」
それは、都合よくというべきか何というべきか、このゲームの開始以前にハルたちが開発した物質。
既に日本でも運用実績のある、ハルたちの会社の新製品だった。




