第1648話 都市計画は急には止まれない
「何も起きないね」
「起きませんね」
「はっ。ダメじゃないか」
「待てまて。そう結論を焦るなソウシ君。思いついたことが何でもそう簡単に実現したら、ゲーマーは苦労しない」
「そんなものゲーマー以外も苦労しないんだよっ! あれほど自信満々だったというのに、なんてザマだと言っているんだ」
「自分の意見には、自信をもって臨むものだよ?」
「大切なことですね」
「はぁ……っ」
暖簾に腕を押すようなハルの反応に、ソウシもため息をつくしかない。
しかしながら、この程度の失敗で実際気落ちしてなどいられない。いや、この程度のこと、失敗のうちにも入らないだろう。
「方向性は間違ってないはずなんだよね」
「はい。事実、ハル様が敵地にて行動を行った時刻と、噂の発生時刻は一致しています。これは偶然とは考えにくいでしょう」
「今、まさにこの場で街の噂が発生しているということは?」
「お待ちください。調査いたします」
「いや、ここは、より適任にお願いしよう。メタちゃん!」
「にゃっ! にゃっ、にゃっ! ふにゃ~~?」
「よしよし。少し、お仕事を頼みたいんだ」
「にゃーお!」
「どしたんどしたん? なんかやってん?」
女の子たちと遊んでいたメタを呼び寄せると、つられてユキたちも再び集まってくる。
そんな『何か新しい遊びか』と目を輝かせている猫のメタに、ハルは街の調査をお願いしていった。
「今からメタちゃんにはだね、この街で噂が新しく生まれていないか、リアルタイムで聞き取りをして来てほしいんだ」
「にゃう!」
「いけそうかい?」
「にゃっふー!」
「そうか。頼もしいね? よろしく頼むよメタちゃん」
「……ただの猫ではないとはいえ、そいつ一匹で、どうにかなるものなのか?」
「まあ見てなってソウシ君。メタちゃんの真骨頂は、ここからだ」
ソウシが『何のことか』と首をかしげるその前に、すぐに視界の端から変化が訪れた。
まるで地平より迫りくる猫津波のように、色とりどりの猫の群れがこの場に集合する。
その集団はハルたちの足元を駆け抜けて、次々と街の中へと飛び込んで行った。
「にゃっ!」「にゃっ!」「にゃうーん!」「にゃおうん!」「なうなう!」
「……馬鹿なっ!!」
「ね? 一匹じゃないでしょ?」
「そういう問題か! まさか、こいつら全て、既に各地に潜入を……!?」
「まあね。といっても、全部がぜんぶこのエリア内に居た猫ちゃんじゃあないけどね」
「まさか……、あの猫も……?」
「さあ? それは普通の猫という可能性もある」
「順調に疑心暗鬼になっているようね? まあ、分からないでもないわ?」
「ルナちーも、街中でねこ見かけた時に戸惑ってんもんね?」
「あれは、わたくしたちの知るねこさんなのか……、それとも、ただの普通のねこさんなのか……、です……!」
「からかわないの」
それだけ、メタが普通の猫のように完璧に擬態をしているということだ。
ソウシも、自国内で見かけた猫が、果たして今のメタのどれかではないのかと気が気ではないようだ。
その答えは、残念ながらメタ本人しか知る由はない。
「にゃん!」
「北区への配置が完了したようです。南区は未だ発展途上ですので、既にあらかたの用は達せられると言っても構わないでしょう」
「おーけー。メタちゃん。何かこの木に関する新しい噂はないかな?」
「ふなぁ……」
「今のところ、無いようですね……」
「まあ、そうそう都合よく井戸端会議を始めるとも限らないか」
街の各ブロックをそれぞれカバーするよう配置されたメタたちでも、残念ながら新たな噂はキャッチできないようであった。
「んー。だめか」
「ふにゃおうん……」
「これはやはり、何らかのファクターが未だ不足していると思った方が良いかもね?」
「この木とおうちの間に、“りんく”を形成するには関係性が不足しているのです!」
「土造りではダメなんじゃないか? リンクさせたいというならば、やはり木造だろう」
「……あら? こちらの国へのアドバイスに、ずいぶんと積極的ね? 属国としての認識が芽生えてきたのかしら?」
「属国ではない! 同盟国だ! ……いや、俺は同盟関係を認めた訳ではないからな! くそっ! 藤宮のやりそうな汚い手だな」
「別に私はそんなつもりで言ってはいないのだけれどねぇ……」
「自爆、したのです!」
より下位の立場を否定させることで、なし崩し的に同盟国であることを認めさせるルナのテクニックである。いや、ただのソウシの独り相撲である。
しかしながら、そんなソウシの発言はもっともでもあった。
同じ木としかリンクしないというならば、ハルが土製である家屋内のエーテルをどれだけ活性化させたところで、徒労に過ぎない。
「ぶーぶー。んなこと言ったってよー。木と土は相性良いって相場が決まってんだぜーソウ氏よー」
「知らん。そんな相場を俺が知るものか。それに、いかにゲームとして常識であったとて、ここの運営もまたそれを採用するかは別のこと」
「確かにね。なにせ神様だから、天邪鬼でもおかしくない」
「……それは妖怪だろう」
「似たようなものよ? そう思っておきなさいな」
「ふん。確かにな。こうして化け猫もいることだ」
「ふなぁっ!?」
唐突に化け猫扱いされたメタが、その流れ弾にショックを受けていた。
……そんなメタには申し訳ないが、以前日本でイベント設営を手伝ってもらった際の、メタの入った人型ロボットはまさに『化け猫』としか言いようがなかった。
なのでメタの弁護には、積極的に回れないハルなのだった。
「それでは、木造のおうちを作ってみますか?」
「うーむ。それもねえアイリ、簡単にはいかない」
「基準が分からん。簡単ではないか。普通に木材を組んで家を作り、その中にエーテルを通せばいいだけの事。木の内部にも浸透させ得ることは、お前が既に証明している」
「そうなんだけどね?」
「ソウシ様。木造建築は、申し訳ないのですが我々の守備範囲外となります。我々がこうして家を量産できるのも、全て現代的なエーテル工法あってのこと」
「職人芸の木造は、そうそうね? そもそも、エーテル工法じゃ木材を持ち上げるのにも一苦労だよ」
「はっ! 便利な技術ばかりに堕落するからこうなるのだ!」
「返す言葉もないねえ」
あの学園でずっと学んでいただけはある。エーテルに頼り切るハルたちを、自らの学びにより否定する気の強いソウシであった。
エーテルは巨大な物を動かす出力を発揮することが不得意で、その部分は魔法に劣る。
ゆえにこれから家を全て木造に建て替えるのは、根底から都市計画を一新せざるを得ず、イベントのためとはいえ非現実的だ。
「……せめて木材がペースト状ならね。……いや待てよ? 木だってペースト状にしてしまえばいいじゃないか。そうすれば、木造だって問題なくエーテル工法できる」
「素晴らしい考えですねハル様。仕上がりも、今とほぼ変わらぬ物が再現可能なことでしょう。あとは、材料の調達のみでございます」
「ああ。仕入れを急ぐぞアルベルト」
「問題大ありだ馬鹿どもが! それでは木造建築ではなく、紙造建築ではないか! あとせっかく木で建てるのなら、木の雰囲気を大切にしろ馬鹿がっ!」
「あはは。怒られちゃったねハル君」
「こだわりが、たっぷりなのです!」
「……まあ、確かに材料を変えてまで、またこの現代建築を繰り返すというのも、どうにもね?」
確かに。次はファンタジー風の様式に変更するといった己の発言を、すっかり無視する形であった。
しかしながら、今から木造に建て替えるのも先に語った通りリスクが大きい。さて、どうすべきか?
予定を早めNPCの建設業者を作り、彼らに木造で少しずつ建て替えさせていくべきか。
それもそれで、現実の時間が掛かってしまう。公式の建築コマンドが使えないことが、ここで響いてきたようだ。
「ねーねー、そんじゃさぁ。“この木で家を建てちゃえばいいんじゃない”?」
「ふむ。そうなるか……、出来ればそれは最後の手段にしたかったが……」
「切り倒すのか? いやそうだとしても、このサイズでは建築には足りないだろうが」
「それは問題ないよソウシ君。こいつらは、嵩増ししやすい構造だからね。それに、全部は使わないさ。ねえメタちゃん?」
「ふにゃっ! みゃおーんっ!」
ハルの意図をくみ、若木の枝に向かって勢いよくジャンプして食いつく猫のメタ。
その勢いによって、枝はポキリと折れてメタの口に咥え取られた。
「よし! 疑似細胞が溶けちゃう前に、その枝を近所の家に移植だ!」
「ふなー!」
枝を咥えて一生懸命走るメタが、近所の家に向かって頭から体当たりする。
既にドロドロと溶け始めていたその枝が、壁に向けて叩き込まれた。
ここまでならただの迷惑な嫌がらせだが、重要なのはここから。
既にハルにより内部構造が活性化し半流体になっていたその家は、枝をするりと飲み込むように内部へと吸収していく。
そうして内部ですっかり溶けた疑似細胞を、さらにバラバラに分解し、細かく家全体へと行きわたらせていくのであった。
「……さて、どうだ!?」
「ふにゃにゃん!」
「どうだもなにも、だからといって何かが起こるはずが……、なんだと……!?」
驚愕に見開かれたソウシの眼前で、家は一気に、そして家主の許可なく変異していく。
その姿は現代風から徐々にファンタジー風の木造住宅へと変移し、内部の細胞も爆発的に増殖を始めた。
そして、変化が生じたのは家だけではない。ハルたちの傍の若木も呼応するようにその根を勢いよく伸ばすと、なんとその家と、根を通じて融合してしまったのだった。




