第1647話 知らずに蒔いていた第二の種
思いもよらぬ過去の己の行動が、新たな突破口を開く鍵となることを知ったハルたち。
少々バグくさい気配もするが、構わずこのまま押し通すこととした。
いや、バグであるならば、運営たちの想定外であるならばむしろ都合がいい。
ハルたちはこのゲームをルールに則って遊びつつも、翡翠たちの想定を超えその制御下から飛び出ないといけないのだから。
この樹木と、イシスに任せた魚たちの二段構えで、なんとかその要件を満たさねばならないのだった。
「……さて? 光明が見えたはいいが、どうやったらイベントとしての進行を見るのだろうね?」
「んー。わかんね。とりあえずなんでも、やってみようぜハル君!」
「総当たりですね! 端からアイテムを、連打するのです!」
「少しは考えましょうねアイリちゃん? ユキの言う事ばかっかり、聞いていてはダメよ?」
「なんでさ! ことゲームに関しては、これが案外重要なんだってーの!」
「まあ、とはいえね? これは現実ベースのゲームでもあるんだし、『とりあえず実験』の前に理屈立てて計算することも重要だ」
「……おい。……そう思うならな? その木の頭の悪そうな奇妙な動きを今すぐ止めろ」
ハルたちの会話よりも、傍でうねうねと動く木のダンスに、気を取られてしょうがないといった様子のソウシ。
今後の方針を考える中でも、つい無意識に手慰みで木の操作を継続してしまっていたハルだった。
例えるなら、フレンドとの会話中にロビーで落ち着きなく自キャラをぐるぐると走り回らせるようなもの、といった所か。
「うんしょ! よいしょー!」
「ふなお! ふなーご!」
「かわいいかわいい。アイリちゃんダンスの効果できっとそいつも成長すんべ」
「ダンスではありません! 体操なのです!」
「……もし本当に育ったら、どうするのかしら? それをひたすら、継続すると?」
「みんなで、輪になって体操しましょう!」
「わ、私は遠慮しておこうかしら……? ほら、体力ないですし……?」
「……俺もここで失礼させていただこう。じ、自国の政務があるのでなっ!」
「あはは。クールキャラがキャラ崩壊の危機だ」
果たしてソウシはクールキャラなのだろうか? その疑問を口にするほど、空気の読めないハルではなかった。
いや、あえて口にして、ソウシからの小気味の良いツッコミを引き出すことが、この場においての空気を読んだ行動になるのだろうか?
「あっ! 止まってしまいました!」
「まあ、ソウシ君が気が気じゃなさそうだったからね」
「木が木では、ないのです!」
「そうだねアイリ。木だけにね」
「……実際に木とは思えんバケモノだったから手に負えん」
ハルが操り人形化を止めると、ようやく意味のない枝の伸縮運動はストップした。
それに合わせアイリの、大きく伸びをする可愛い運動も終わってしまったのは少々寂しい。
とはいえこの行動に全く意味は無さそうで、いくら動かしたところで成長も進化もしなさそうだ。
「やっぱし人任せじゃなく、こいつが自分で運動せんとな! 楽して筋肉は鍛えられんぞー?」
「ふなー。うみゃーお!」
「おっと、ダメだぞーメタ助。その木で爪とぎは、してはならん」
「みゃ、みゃーう……」
「これを使いましょう! ねこさん!」
「みゃっ! ばり♪ ばり♪」
「贅沢な猫ねぇ。というか、何で出来ているのかしら、その爪は……」
女の子たちはそれぞれ自由に、ダイヤモンドの爪とぎ板をひっかくメタと遊びはじめてしまった。
それを怪訝な顔で追いつつも、ツッコミを諦めたようにソウシは目を逸らして再び木の方へと向き直る。
どうやら、先ほどはああ言いつつも実際に帰るつもりはないらしい。体操の危機が去ったからだろうか?
まあそれもありそうだが、ソウシとしてもこの木の行く末は気になっているのであろう。
隣国との国境であることに加え、いずれ彼らの国でも、この疑似細胞によって作られた存在が関わってくるかも知れないのだ。情報は欲しかろう。
「……で? どのように変化を誘発する? ゲームだとこういう時は、どうするのだ」
「ああ。ソウシ君は普段、あまりゲームはやらないんだったね? んー。そうだね? 大抵の場合ユニットの成長は、敵を倒して行うかな」
「物騒だな」
「経験値を得る手段が、どんなゲームでも敵を倒した際に大きく設定されてるからね。こいつには攻撃手段が無いし、こうして僕が代わりに攻撃するか」
「…………」
「……冗談だよ」
ハルが枝を腕に見立ててシャドーボクシングの真似をすると、実に渋い顔をしてソウシがまた一歩半下がってしまう。
別に串刺しにして経験値の元にしたりはしないので、安心して欲しい。
まあ、このゲームは戦闘メインのゲームでもなし、木を操って敵を倒させる必要はないだろう。
……ただ、もしそれが有効だったら、ゲーマーとしてハルのやることは決まっている。
この木の周囲にひたすら家を生み出し続け、そこから生まれる住人たちを次々と生贄に捧げ続けるのだ。
決してソウシ君にはお見せ出来ない。効率を求めるゲーマーの悪行に、きっとドン引きであろう。
「まあ、実はなんとなく、有効そうな手は考えてあるんだ」
「……フンッ。だったらもったいぶってないで、さっさとそれを実行しろ。まどろっこしいんだよ、お前は!」
「いやすまない」
ソウシを弄るのが面白くてつい。とは間違っても口に出さないハルだった。
ただその遊びとは別に、木を操り色々と動かしてみることで何らかの経験値が入らないか試していたのも、また事実であった。
「じゃあ、やってみようか。準備はいいかい、アルベルト?」
「はっ! いつでも問題ありません!」
ハルは、エーテル操作に長け、この地でもエーテル建築により相当数の竣工をその手により終わらせてきたアルベルトと共に、その策を実行していくのだった。
◇
「……予想では、あのサコンの治める森の国と、この木がリンクしてしまったのはエーテル探査の為に木々の内部に深くエーテルを浸透させてサーチしたためだ」
「はい。つまりは、同じ行動を取ることで、同様にこの木とリンクした物体を作る事が可能。そしてそれは、新たな噂となってイベントの進行を手助けすると予想しています」
「ほお。つまりは、お前の国に生えている木々を片っ端からサーチしていくという訳だな」
「んー。それでもいいんだけど、うちの国って、そこまで樹木が豊富ではなくってね……」
平原を選び入植したのが裏目に出たか。それに加え、一大都市を最初から計画しその図面に合わせ行動を進めてきたため、その邪魔になる木々は容赦なく切り倒してしまっている。
あくまで住居を優先していたため、都市を彩る街路樹などの整備もまだまだ。対象となる木々は多くはなかった。
「ではどうする?」
「うん。その代わりね、この国には元からたっぷりエーテルの混入した物質がいくらでもある。なあ、アルベルト」
「はい。エーテル工法により建築された家々は、まさにうってつけの素材となるでしょう。元は土をペースト化して生成した家。その全てが、リンク対象です」
「……耳を疑いたくなる話だ。しかし、お前達の国の現代日本風家屋。あれを見ればむしろ納得か」
このゲームの正式な建築コマンドには、あんなモロに日本の一般家庭といった住宅様式は登録されていない。
だというのに、どのようにしてあれだけの数、次々と家を完成させていったのか、他国のプレイヤーなら誰もが気になる所だろう。
「プリセットはファンタジー風の建物ばかりなんだよね? こういうのって、やろうと思っても出来ない?」
「ああ。まあ、よしんば可能だとしても、俺たちでは材料が揃えられる気がせんがな」
「ただの土なのにね。ねえアルベルト」
「ハル様。それはダイヤモンドを指して、『ただの炭なのにねえ』と言っているのと大差ございませんよ」
「ふむ。嫌味になってしまうか。こいつは失敬、失敬」
「わざとやっているだろうお前らっ!」
全ては打てば響くソウシがいけないのである。気を抜くとつい弄りたくなってしまうハルだった。
「とにかく、そんな国中の家に残留したエーテルを再び動かせば、この木とリンクし噂に、ひいては『伝承』になる。かも知れない」
「しかし、エーテル粒子の寿命はどうなんだハルよ。初期の建築からはもう幾らか経った。既に死滅しているエーテルも多いだろうに」
「いえ、ご安心くださいソウシ様。そこは問題ございません」
「建築は詳しくないかな? ソウシ君も。現代の様式じゃ、完全固着化させずに半ば流体のまま内部も循環させておくものさ。“解体しやすいように”ね」
「それにより容易に建て直し、間取り変更も叶うのです。再開発にも非常に向いております」
「ふんっ! 貧乏人共が! これと決めた良い家に長く住むという発想がないようだな!」
まあ、その辺の考えは人それぞれ。そのおかげで、ハルたちもこの国を容易にデザインしなおせるというものである。
今の姿はあくまで仮のもの。いずれは、国の特色と世界観にあったファンタジー様式にしっかり作り変えてやる予定であった。
「さて、それではやってみよう。全部一気にとなると負荷が大きい。アルベルト、サポートは任せたよ」
「はっ! お任せください!」
そうして、ある意味今も『生きて』いるそんな家たちに、ハルは一気にアクセスをかける。
果たして、それに対しこの苗木は、何か反応を示すのだろうか?




