第1639話 全ての魔法のその大元
「ユキは、魔法を使う時に使う式の中でさぁ、『基本的に絶対に欠かせない式』が何か、知ってるー?」
「あー。知ってる知ってる。任せんしゃい! あれでしょ。絶対頭に付いてるやつ。『これから魔法を使いますよー』っていう。『魔法の定義』、だっけ?」
「ぶっぶー」
「えーっ」
「実はそれは、省略可能な場合も多いのです! 使う魔法の種類によっては、時に別の宣言を行ったりもするのです!」
「ほえー」
「アイリ、せいかい。さすがは現地人で最高峰の使い手ー」
「えっへん! コスモス様に褒められて、わたくしも誇らしいのです! と、とはいえ、簡単な基本問題ではありますが……」
「そんな基礎レベルすら誤答した私はいったい……」
「んー。まーまー。引っかけ問題感はあったからねぇ~」
こう見えてユキは自己認識よりも魔法に対する理解は深い方だ。あとは慣れが足りないだけで、慣れさえすれば手動で魔法を自在に使えるようにもなるだろう。
異世界人の魔法使いでも、単に式を丸暗記しているだけ、という人間は多く、そうした者と比べれば、その意味まできちんと理解しているユキは優秀だ。
これは、現実でもプログラミングの知識を有しているということも大きいだろう。
ちなみに何でそんな知識があるのかというと、もちろんゲームプレイのためだ。レトロゲームを色々やっていると、必要になることもある。
「んじゃ正解は、その後の『世界への呼びかけ』とかかいな?」
「んっ。せいかーい。そこは基本的に、はずせない!」
「世界さんに魔法を使うことを、申請するおまじないなのです!」
「関数の呼び出しみたいなもんだな。んで、その『世界さん』ってけっきょくなんぞ?」
「せ、世界さんは、世界さんなのです……」
「そこが正直、はっきりとはしてないんすよね。とはいえわたしやオーキッドなんかは、分からないままでも特に不便はないので、なんだかんだ放置しちゃってるっす。それよりも、もっと実用面での洗練を目指す研究を優先しちゃってて」
「ねー。神の悪いとこ出てるよねぇ」
「コスモスは珍しくー、そこに興味を持っていましたねー」
「ん。その参照元がモノリスじゃないかと、コスモスは考えた! 違ったんだけどぉ……」
「まあ、こっちの世界のモノリス、もうぶっ壊れてったっすからね」
「いずれもっとあとかたもなく、ぶっこわしてやる!」
……保管し安置しているモノリスの欠片、その管理を厳重にすることを改めて誓ったハルだ。
まあ、今のコスモスには制限の影響でそもそも手出しは出来なくなっているのだが。
「でも実際、何を参照しているか知れたら大きいのではなくて? もし魔法の『大元』がそこにあるなら、それを見つけてしまえば、研究は飛躍的に進むのではないの?」
「んーっ。それはそうかもしんないんすけどねルナ様。そんな前時代でいうところの一括管理しているサーバーみたいな、データバンクじみた存在じゃないと思うんすよね。特に最近は、その『世界』はエリクシルネットじゃないかと、わたし思うんす」
「……確かにね? ……あの世界だと分かったところで、それが何なのという話よね」
宇宙の先にある太陽を手に入れれば、莫大な力を我がものに出来ます、なんて言われているようなもの。
正直そんなことに気を回すよりは、太陽光の有効活用について模索する方が実用的、ということだ。
「しかし、分かったぜいもすもす!」
「おー。わかったかー」
「どーやってるか知らんが、その世界への呼びかけする道筋さえ封じてしまえば、魔法禁止空間を作り出すことは可能って訳だな!」
「そゆことぉ」
「で、可能なん?」
「わかんなぁい」
「あらら」
なにせ、どこに呼びかけているのか実質不明なのだ。なにを封鎖すればいいのかも、また不明。
しかし、そこさえ押さえてしまえば、その後の式をどんなに工夫しようが、魔法のスイッチが入らない。
ハルが言ったスキルメニューを一括で封じるのと同じようにして、魔法全体を一律で抑え込めるのだ。
「ただまぁー、理屈が分かれば、対策も可能な気はするー。これからアメジストを拷問して、その為のデータを引き出してやればいいー」
「なぜわたくしですの!? 今回はわたくし、関わっておりませんが!」
「そりゃまあ、あの場に居て実際に影響を受けたのがアメジストだからっすね。その際のデータを解析すれば、どのように法則が変異し、どのように魔法効果が変質したかも分かるってもんっすよ」
「そうですよー? 体に聞いてやりますよー? よかったですねーアメジストー。痛いのお好きなのでしょー?」
「言いがかり! こじ付けですわ! あーん……、どうせやるなら、拷問官はハル様がやってくださいましぃ……」
「やっぱり変態じゃないか。よし、連行しろみんな。……まあ、あんまりやりすぎはしないようにね」
「はいー」
「燃えてきたっすよ! そのままついでに、魔法の深遠にも至ってやるっす!」
「ごきたいー」
カナリーたちにズルズルと鎖を引きずられ、研究室に連行されて行くアメジスト。まあ、言うほど酷いことにはならないだろう。
拷問だなんだと言ってはいるが、行われるのは超精密な身体検査、まあ人間ドックのようなものといっていい。
そんな解析により、何か画期的な新事実が判明すればよいのだが。
ハルに出来ることは、ただアメジストの無事を祈り待つだけである。いや、特に祈る必要もなく待つだけだろうか?
◇
「……さて、行っちゃったね?」
「行ってしまわれましたね! だいじょうぶでしょうか!?」
「この後、部屋からジスちゃんの悲鳴が響いてくるぜい?」
「嬌声かも知れないわ?」
「ふおおおおお……!」
「まあ、好きにすればいいと思うけど……」
さて、彼女らの解析結果は報告を待つとして、ハルたちの考えるべきことはまだ終わりではない。
今までの推測は、あくまでコスモスの意見を中心とした仮定のものだ。それが正しい保証はない。
もちろんハルはコスモスの頭脳を信頼しているが、それでも彼女は全知全能という訳ではない。時に間違うこともあるだろう。
それに、彼女はモノリスに強く固執している。無意識に、モノリスへと繋がる可能性が高そうな仮説へと誘導していないとも限らなかった。
「とにかくだ。なにせ分かっている事が少なすぎるからね。コスモスとは別の、あるかも知れない可能性も僕らで探っていかないと」
「といっても、なんか気になることあるんハル君? もしかしたら理屈なんかなく、『そーゆー超能力です』で終わりかも知んないぜ?」
「思考停止は良くないわユキ? 超能力だったとしても、そちらはそちらで何か法則があるはずでしょう?」
「しかし、その法則性が解き明かせるとも、限りませんしね……」
「そだねー。それよかさ、うちらもすっごい超能力身に着けて、それを強引にぶつけた方がいいかも知んないよ? 意味不明には、意味不明ぶつけるんじゃ!」
「力押しねぇ……」
「時に脳筋は、最強なのです……!」
まあ、それも悪くないと思う。相手と同様にこちらもぶっ飛んだ能力を身に着けて、それを強力なカードとして戦っていけばいい。
もしかすると、ゲームでよくある法則として、同質の力は封じることが出来ない。そんなルールがあるかも知れないのだから。
これを『ゲーム攻略』という視点で見るのであれば、ユキの言う事こそ真っ当な意見。
ゲームなのだから、敵プレイヤーが可能な事は、こちらも可能であると考えていいのだ。
しかし、ハルが気になっているのも、まさにその部分。『同質の力は封じられない』というゲーム的な制限の存在。
それと似た展開を、つい最近ハルたちは経験したことがある。
「……ちょっと、気になってるのがさ。この『スキル封印』、夢世界でもあったよね、ってことなんだけど」
「確かにそうね……? 皇帝が、いえ帝国が集めていた特殊なアイテム。それで封印された事があったわね……?」
「あの時は、ピンチ! だったのです! ハルさんがずばっと、<煌翼天魔>の力に目覚めてくれたので、なんとかなりました!」
「なんとかっていうか、逆に一方的な虐殺になったよねぇ」
既に少々懐かしい話だ。被害規模や緊急度でいえば、あの夢世界の方が今よりずっと緊迫感をハルに与えてきた。
しかし実のところ、あの封印アイテム他もろもろの存在については、全てがすっきりと解消した訳ではない。
他のアイテム類がほぼ登場しないまま、ゲームは進行半ばで強制終了されたのだから。
もしハルたちがあの先さらに攻略に時間を要していたならば、他にも『ゲーム外』から多様なアイテムが発掘され、猛威を振るっていたかも知れなかった。
「もし、もしだよ? ここで使われている超能力とやらと、あの夢世界の力に何らかの関連性があったなら」
「スキル封印も、実は同質の力にアクセスした結果の能力、ということも考えられるという訳ですね!」
「んー。今んとこハル君の妄想に近いけど、『絶対ない』とは言い切れないのが怖いかねぇ……?」
「そうね? ハルの直感ですもの。ただ……」
「んっ? どうかしたルナ? なにか気になる事があるかな?」
「いえ、ね? さっきの魔法の呼びかけの遮断にしろ、今のハルの仮説にしろ、どちらにしてもエリクシルネットなのね……、と思って……」
「確かにねぇ……」
「未だに謎が、多いのです!」
「全ての元凶空間ってこったな。よし! そこ攻略すればクリアだ!」
ユキの明るさとその意見の分かりやすさには、いつも救われている気がするハルだった。
実際はそうゲームのように単純な話ではないとはいえ、調べればまだまだ重要な新事実が転がっていそうなのがあの空間だ。
モノリスに導かれ、人々の意識が集うというエリクシルネット。エーテルネットや超能力の源となったというあの世界。
いやもしかしたら、魔法すらあの世界を発祥の地としている可能性ありとエメは語っていた。
「……またエリクシルに、会いに行ってみるか。いや、どうせ何もしゃべらないだろうけど、最近会いに行けてなかったしね」
「それがいいのです! エリクシルさんも、寂しがっているでしょう!」
「それはどうかなあ……」
最新の神である、エリクシルの座すその世界。そこに、ハルたちが求める答えは、何か眠っているのだろうか?
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




