第1635話 光合成の極地
「これは恐らく、局所的に物理法則がねじ曲がっていますわね?」
「またぶっ飛んだことを言うね、君は。スキル無効ではないと?」
「そう考えれば説明が付くからですわ。そもそも、このわたくしにスキル無効など通用するはずがございません」
「本質的にはお前も理解し切れていないくせに、よく言ったものだこと……」
とはいえ、スキルシステムの開発者にして、スキル研究の第一人者には違いない。
そのアメジストならば、“正式な”スキル封印の技術についても複数の候補を思いついているはずだった。
そのどれにも該当しない今回のジャミングフィールド。それは確かに、『法則の改変』と言われればしっくりくる。
いきなり大それた、というよりぶっ飛んだ結論ではあるが、ここの運営の行動を考えればあり得ない話でもない。
わざわざ宇宙に巨大建造物を作り、そこから謎エネルギー、推定ダークマターをかき集めて送っているのだ。そのくらいの事はしてくるかも知れなかった。
「面倒な理屈はさっぱりだ! いーんだよンなこたぁ! 今重要なのは、オレだけは力を使えて、テメーらは力が使えない! そこだけよ、そこだけが揺るがぬ真実よ!」
「確かにそうかもね」
「嫌ですわハル様。あんな男に賛同しないでくださいまし」
「いや主義主張で結果が変わるフェイズじゃないからなあ……」
ここから誰がどう言葉を取り繕ったところで、目の前の現象が変化することはない。彼の言う通り、明確な有利不利が生じてしまっている、それだけが真実。
とはいえ、アメジストの語る推測がまるきり無意味かといえば、それもまたそんなことはない。
理屈が分かり、法則が分かれば、そこに弱点や突破口も見えてくる。
特に今は、『サコンだけはフィールド効果の例外』という非常に分かりやすい条件があるのだ。
「要するに、その例外処理の条件さえ探ってしまえば、こんなフィールドなど問題なくなるっていう訳だ」
「ですわね。ただ問題がひとつ」
「なにかな?」
「あの短期そうな男は、そんな悠長な時間を与えてくれそうにはないってことですわ」
「たりめぇだろぉが! オラァ! 食らえっ!」
大樹の上に陣取るサコンから、以前の戦い同様に<念動>の応用だろう衝撃波が放たれる。
相変わらずミサイルじみた威力の高火力攻撃。それがこの世界のプレイヤーの基本攻撃となっているのは、実に脅威だ。
常であればそんなもの、直撃したところでダメージを負うハルではない。しかし今はまさに、直撃を受ければミサイルが直撃したのとほぼ同義。
「一発たりとも、貰う訳にはいかないか。逃げるよアメジスト、ほら、ボサっとするな」
「ぐえっ……! あ、あーんハル様ぁん。もっと優しくぅん、ごふっ……!」
「そのキャラを貫こうとする根性だけは尊敬してやる」
「いや怖ええだけだってハタから見てっと……」
ハルはアメジストの首輪を、そこに繋がれている鎖を引っ掴むと、まさに首根っこを引っ張るように引き寄せ移動する。
高速で首を引っ張られつつも、あざとい猫なで声でハルに語り掛けようとする姿勢を崩さない健気な姿勢だけは、ハルも評価せざるを得なかった。
「だが! その全力回避がどこまで続くかな!? 飛べもしねーだろ、このエリア内じゃあよぉ!」
「そっちこそ、そんな見え見えの衝撃波いくら撃ったところで、僕に届くはずがないだろう。それこそ何十時間でも、僕はこのまま回避できるけど?」
「デタラメを! ……言ってる、訳じゃねぇンだよな、こいつの場合よ」
「調べたか。その通り、その手の実績は山ほどあるさ」
「ハル様は良くても……、わたくしの首が、そこまでたぶん持ちませんわぁ……」
呼吸は必要ないというのに、ぜいぜい、と荒く息をあげて抗議するアメジスト。まあ、まだまだ余裕そうだ。
とはいえ、このまま振り回していてはハル自身が彼女にダメージを蓄積させ消滅させてしまう。何か考えた方がいいかも知れない。
「……さて、どうされますかハル様。周囲は『魔法の成立しない宇宙』に置き換えられたと、わたくしは仮定していますが、その状況でもハル様はなんとかできる戦闘力をお持ちで?」
「僕をナメるなよアメジスト。お前のゲームでも、魔法なしでなんとかしただろう」
「ですわね。流石はハル様」
「とはいえ、今すぐ突破口を見出せるわけでもなし、まずは耐久か。お前の時も、時間をかけたからこそって感じだったからね」
「わたくしの首の為にも、早めになんとかして欲しいものですわ……」
だったら、自力で回避して欲しいところであるが。あくまでアメジストは、自分から激しい肉弾戦に参加する気はないらしい。
「悪りぃが、耐久なんかさせっかよ。こちとらもう眠ぃンだ。さっさとデスペナ送りにして、ゆっくり寝かしてもらうとするぜ!」
悪いがハルも、そうはいかない。この今の体でデスってしまうと、本当に死んでしまうのだ。肉体的に。その際のペナルティは、ゲーム以上に少々面倒。
まあ、普通の人間はその状態から蘇生など出来ないので、まだマシと思わなければいけないのだろうが。
さて、敵も小手調べは止め、安眠のため速攻で勝負を決めに来るようだ。
ここはひとつ、逆にデスペナルティに追い込んで、望み通り彼を安らかな眠りにつかせてやるとしよう。
*
「……お気をつけくださいハル様。また、空間が変質しておりますわ。主に、わたくしの首にお気をつけください」
「善処しよう」
「あーん……、善処した結果最終的に考慮されないやつ……」
サコンの立つ神樹を中心にして、その奇妙な曲がりくねった大樹たちがざわめきはじめる。
風もないのにこすれるその葉に目を向けてみると、それは目に見える速度で広く大きく成長し、巨大にその身を拡げていった。
その葉に日光をたっぷりと受けた葉は満足そうに美しく発光を始める。それは、別に光合成の成功に満足している様を表現している、なんて詩的なオチなどないだろう。
「……何かまずい。これはマズい」
「あっ、わたくしも今感じました。わたくしの首のマズさおおおおおおおおぅっっ!!」
有無を言わさずアメジストの首根っこを引っ掴むと、ハルは全身全霊をもって元居た位置を離脱する。
その危険感知はやはり正しく、その位置と周囲をカバーする広範囲を、大樹の葉から放たれたレーザーが一斉に焼き払ったのだった。
「これも避けやがったか! どんなスペックしてんだテメーの体ぁ!」
「そりゃあ、まあ、植物が日光集めてればそう来ると思うさ。お約束ってやつだ」
「ゲームいっぱいやってて……、助かりましたわね……、ハル様……」
「うん。君は助かってなさそうだね。黙ってていいよ」
光を集め収束したレーザー光線。文字通りの光速で放たれる攻撃は、見てからでは決して回避不可。
予兆を察し、放たれる前に回避を始めなければ、原理上避けられない必中の攻撃だった。
「分かりやすい予兆で助かったね」
「だが次はどうかな? 別に、オレは一斉発射せずタイミングをズラすことも、フェイントかけて遅らせることも出来んだぜ?」
「まあ、キツいよね実際。光速は」
あの無敵のバリア、環境固定装置すら突破する攻撃がこの光速攻撃だ。更に今は、その装置すら停止している。距離による威力の減衰さえ狙えない。
環境固定装置は魔法ではないが、装置の出力維持のための燃料は魔法で準備している。大元を断たれた今、頼みのバリアも停止していた。
「アレキに向けて、『今さらレーザーなんて通用しない』なんてドヤ顔しなければよかった」
「それを聞いたあいつの嫌がらせなのではなくって? やりかねませんわ?」
「もしそうだったら後でシメよう。それよりも今はだ」
「わたくしの首にいかに負担をかけずに、この窮地を乗り切るかですわね?」
「……分かったよ。首も考慮してやる」
「あ~ん。流石はハル様ぁん。嬉しぃん~~」
「絞め殺したくなってきた……」
アメジストの首はともかく、いかなハルとて、この光速攻撃を完全に回避しつづけるのは不可能かも知れない。
敵は冷静に狙いをつけさえすれば、走り回るハル相手であってもヒットさせることは可能だろう。
となると、持久力の面での優位が消失する。ハルの人外じみた回避速度を生み出しているのは、体内のエーテル。魔法は封じられても、エーテル技術は健在のようだ。
しかし、そのエーテルを高速で増殖させるには、やはり魔法によるバックアップが不可欠。乱用のしすぎは、エーテル的なスタミナ切れを起こすかも知れない。
「おっと、いいのか、立ち止まっちまって! まぁ観念したならそれもよし、食らいやがれィ!」
「観念はしてないさ」
「……はえ?」
ハルは迫りくるレーザーの群れに対し、今度は回避をしなかった。
代わりにアメジストを優しく抱き寄せて、そうしてその身の背後にかがみ込む。
アメジストの身体を盾として、降り注ぐレーザーの雨から身を守ったのだ。
「あつつつつつつっつ! 熱い熱いですわハル様! ひどくないです!? ひどくないですわたくしの扱い!!」
「文句言うなアメジスト。首は守ってやったろ、注文通り」
「それは! そう! ですけど!」
「それに、やっぱり熱い程度だっただろ? まあ、一帯を完全に夜にするレベルでもなければ、レーダーなんてこの程度」
「だったら人を盾にしないでくださいまし!」
「さすがにオレも、それは引くわぁ……」
別に、レーダーなら何でも貫通する訳でも、切断される訳でもない。収束する光の出力次第である。
葉が集めた光量程度では、見掛け倒しと踏んだハルだ。
さて、そうしてアメジストが身を挺して守ってくれているうちに、反撃の策を考えるとしよう。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




