第1633話 神樹と森の王者
また投稿遅くなってしまい申し訳ございません。ちょっと本格的に暑さにやられてしまっています……。
本質的にはただの飾り、あるいはロボットであったり魔力体と同様の非生命。そう考えていた疑似生物達。
しかしそれらは実は、翡翠の生み出した新種の生命を生育補佐する、大がかりすぎる『添え木』なのではないか。そうした疑惑が、ハルたちの間に浮上してきた。
「……そういえば彼女と以前話したとき、遺伝子そのものに魔法式を組み込んだ生物は上手く育たないって、そんな事を言ってたっけ」
「それは、そうでしょうね? しかし、育たないならば育つまで強引に補助してやればいいとは、また思い切ったことを考えたものですわね」
「そうだね。そのうち、動物でもやってきたりするんだろうか?」
「どうでしょう? あの子は植物メインのような印象がありましたが。ですが先に言った通り、不可能ではなさそうですね」
例えばそれこそドラゴンのような、魔法生物、ファンタジー生物も再現可能なのかも知れない。
完成系を重視しすぎるあまり、幼体の生育過程をまったく無視したようなメチャクチャな遺伝子であったとしても、この方法なら問題ない。
完成系の雛形により包み込んで、それに至るまで過保護に守ってやることで、どれだけ無茶な成長過程を経たとしても、まるで蛹のように守ってやれる。
極論、産道を通ることを考慮せず、卵に構造を詰め込むことも考慮しなくても問題ない。
またはどう考えてもその後の生存が成立しない未熟すぎる状態で産み落とされても、問題がなくなるのだ。
それは生命としての方向性を、爆発的に広げることを可能とするだろう。
「ふむ? そう考えると、翡翠は産道というボトルネックを取り払い、進化の行き詰まりを解消することに成功した、まさに偉大な神と言えるのか?」
「……また何か、おばかな理論を展開していそうですねぇハル様は。神がパン生地を作るのを止めた瞬間に、絶滅ですよそんな生物」
「生かすも殺すも翡翠次第だね」
「まあ、まさに神っぽくはありますわ? とりあえず、そんな哀れなドラゴンが本当に出てこないことを祈るばかりです」
「おや。アメジストのくせに倫理観の強そうなことを言う」
「わたくし、こう見えていのちはだいじに致しますの」
普段は平気で人体実験をしておいて何を言っているのだろうか。
まあ、それでも確かに、学園生たちには決して危険の及ばぬよう、ゲームのルール整備はしっかり行っていたのは確かである。事実として命は大事にしてくれていた。
「とりあえず、これもサンプルが欲しいところですわね」
「だね。とはいえ、どうしたものかね……」
「また抜いて帰ればよろしいのではありません?」
「さすがにデカいよ。あと、ちょっと得体が知れなすぎて天空城に持ち帰るのは憚られるなあ……」
「それならば、実験区画にでも送っておきましょうか」
「結局抜くのね……」
樹を引っこ抜くのが癖にでもなったのだろうか? アメジストは、その小さな体でおもむろに曲がりくねった大樹の足元へと近づいてゆく。
そうしてまた、一息に引き抜こうと彼女が構えたその瞬間。それを制止するように、森中に響き渡るような大声がハルたちに叩きつけられたのだった。
◇
「待てやァーーっ!! なーぁにやってんだテメェらぁ、そこ動くなぁあン!?」
「あら。チンピラ」
「チンピラだね」
「不法入国者がナニ言ってやがる! いや森林窃盗犯が! 神樹から手ェ放しやがれ女」
「ふんっ。ではお望み通り、離しましょうかね」
「だぁーっ! 抜くな! 戻せ戻せ! 手ェ放すなよ? 放すなよ!?」
「注文の多い輩ですねぇ」
そびえ立つ大樹の一本、その頂上に出現したプレイヤーは、ガラの悪いこの地の支配者サコンその人。
ハルたちの無法を察知し、慌ててログインし駆けつけた、というところだろう。
「ったく……、寝たばっかだってのによぉ……」
「そこを狙って来たからね」
「しかしそれなら、どうやって察知を?」
「さて? リアルと繋がるようなそんなシステム、このゲームにあったっけ?」
「どうやら知らねぇようだな。その様子だと。詳細は教えてやんねぇが、他のプレイヤーが領地に侵入した場合、アラート鳴らせる機能があンだよ」
「なるほど。それで飛び起きたと」
「なんだか、大昔の陣地防衛ゲームみたいですわねぇ……、この時代に……」
「確かに。寝る間を惜しんで張り付いて、敵襲のアラートが来たら飛び起きる。まさにそんな感じだ」
「哀れですわ?」
「いいじゃないか。夢中になれるゲームがあって」
「好き放題言ってくれてんな!? だが何と言われようが構わねぇよ。睡眠時間削る価値が、この世界にはあンだろ」
なるほど。ただのゲーム廃人という訳ではなく、この異世界の価値を正しく理解し、その中で自らこそが最大限の利益を得る立場となれるよう奮闘しているという訳だ。
そんなサコンはこのゲームを、率先して他国に攻め入り資源を奪い、逆に自国への侵攻は睡眠中であっても防衛に出向くという、張り付き型の城攻めゲームと理解したようだ。
そこに現れたハルたちの存在は、許されざる窃盗犯として即座に敵対判定されたのだろう。
……以前は自分がまさに盗賊としてハルの国を強襲した事は完全に棚に上げているが、まあゲーマーの主観など、そんなものだ。ハルも人のことを言えない。
「……で、何しに来たよ? あれ以降アンタらの国からは、別にヘイト買ってないはずだぜ?」
「もちろん窃盗に来ました」
「斥候ね? 話をややこしくしないでねアメジスト」
「いや実際、窃盗してたろそのコスプレ女は……、窃盗というのも生ぬるい……」
「失礼な。コスプレではございませんわ。これは普段着です」
「ヘンタイだったか。うちの国はヘンタイお断りだ。ヘンタイは間に合ってる」
「ハル様? 殺ってしまいません?」
「まあまあ。君が変態なのは事実だし」
ふりふりのゴスロリ衣装に、首輪と鎖を追加したアメジストの衣装は確かにちょっと特殊な感じがする。
そんなアメジストが大木を引っこ抜いてしまったシーンを押さえられたことで、敵対判定の言い訳もきかない状況になってしまったか。
まあ、暫定的に最もぶつかる可能性の高くなっているサコンだが、だからといって別にハルもすぐさま開戦したい訳ではない。
何か穏便に、この場を収める上手い言い訳はないだろうか?
そう頭を巡らせていると、都合の良いことに最近ハルたちの国に生まれた新たな存在が、ちょうど理由として使えそうなことに思い至った。
「いや、ね? 僕らの国に最近、ちょっと妙な木が発生してさ。それがイマイチ謎すぎるもので、それについて何か情報が得られないかと、この森に調査に来た訳さ」
「木といえばまずは、ここですからね?」
「妙な木だぁ?」
嘘ではない。事実、仮想敵国の事前調査の他にも、あの木に関する情報を得ることも今回の調査の目的だ。
そして目論見通りに、この国は既にあの木よりも立派に成長したファンタジー樹木を有し、しかもその量産にも成功している。
それは恐らく、この国の文化や伝承が、『森の国』としてハル国よりもずっと深く、成熟した文化を有している証拠であろう。
その内情を知りたいという思いは、偽らざるハルたちの真実でもあった。
「そうなんだよ。そんな時、この樹を見つけてね。何か関連性があるのかと」
「興味深くて、つい引っこ抜いてしまいました。ごめんあそばせ? 引っこ抜いたものはしょうがないので、このまま持って帰ろうと思いますわ?」
「……アメジスト。ややこしくなるから、少し黙っていようか」
「ですがハル様? どうせこんな男と、交渉したところで良い結果にはなりませんわ? ここは力ずくで、戦果を持ち帰ってしまえばよろしいのでは。それが、相手の流儀でもあるのでしょうし」
「女、オレはそこまで蛮族じゃねぇよ。だが、今回に限りゃ同感だ。その木とやら、引っこ抜いて持ってきちまえばいい話だろ?」
「蛮族じゃん……」
「ほら、蛮族でしょう?」
だが、以前一度ハルには正面から敗北しているサコンである。ここでまた、敵対の選択を取るということは、あれからよほど実力が向上したのであろうか?
それに、仮にあの木をサコンが盗み出すことに成功したとしても、完全に敵対状態となったハルたちから、今度はそれを守り通さねばならない。
そうなると、いよいよもって彼の睡眠時間は悲惨なこととなり、ゲームどころか現実の生活も犠牲となりかねないが。
こう見えて立場のある人物であるサコンなので、そうなると色々残念なことになりそうだ。
だが、サコンの雰囲気からはそうした不安はまるで見られない。戦えば確実に、今度はハルに勝てると確信しているかのような、そんな自信に溢れた気配があった。
さて、それはスキルの成長から来るものか。それとも、この場の謎の『神樹』が何かしら関係しているのか。
何となく、その根拠についても興味の出て来たハルであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




