第1630話 逆向きに育つ不思議ないきもの
投稿遅れてしまい申し訳ありませんでした。
森の国。粗暴な言動と態度で暴れまわる自由なプレイヤー、サコンの作り出した領地がそこにある。
領主自ら各地に略奪に出るという破天荒さ以外には、国の運営自体は予想外に、と言ったら失礼かもしれないが予想外にまとも。
街作りの基本を崩さず、またゲーム慣れを感じさせる手際で、非常に整った国を森の中に作り上げていた。
正式サービスが確定する前から入植をスタートさせているあたり、現実的な利益だったり派閥争いなどよりも、純粋にこのゲームを楽しんでいる様子が伝わってきた。
「とはいっても、プレイスタイルが迷惑極まりないから、全然歓迎できないんだけどね」
「元気でいいではないですか。盤面の停滞を防ぐ。良い駒です」
「なに目線だ。お前は今は運営じゃなくてプレイヤーの一人だっての」
「そうでした」
ハルはアメジストを伴い、二人でその森の国に訪れている。
国といっても、森の入り口であるこの場はまだただの森と変わりない。
森の全てが自分の領土と主張しているサコンだが、実際は自然のまま手つかずで広がっているエリアも多い。
もし木材を切り出して行く他国の者がいたとしても、すぐさま軍隊が差し向けられることはないようだ。
……まあ、気分次第でサコン本人が飛んで来るかも知れないが。
「今日もどこかに出かけているようだね。忙しい男だ」
「周囲がストラテジーゲームをやっている中、一人だけアクションゲームでもやっているつもりなのでしょうか?」
「まあ、そこに関しては僕も、人のことを言えないけど」
「レベルが違いますわ。ハル様とは比べるべくもございません」
「まあ確かに僕は、他国の畑から作物を奪ってくる、なんてことはしないけどさ」
「ハル様は国ごと奪いますものね?」
「そういう意味じゃないってーの……」
そういえば、最初の接触以来サコンがハルたちの国に現れた事はない。
あの敗北で実力差を知って、勝てないと悟って避けているのだろうか?
そういう所がチンピラっぽい、などと言ってはいけないだろう。勝てる相手から的確に奪い取る。効率の良いプレイスタイルはゲーマー特有の行動そのものといえた。
「それよりこの辺だ。アメジスト、分かるか?」
「お待ちくださいませ。少々お時間、いただきますわ?」
「ああ。任せた」
そんな森の中に踏み入っていくと、ハルたちは今回の訪問の目的である調査を始める。
今日はなにも、開戦に備えての敵情視察に来た訳ではない。もちろんそれも兼ねてはいるが、それ以外にも明確な目的があるハルたちだった。
今ハルたちの居るこのポイント、それはかつて、遠隔にて森林の伐採が一度確認された土地である。
サコンの民により、開拓の資源として、木材調達の豊富な供給ポイントとなったのだ。
そこまでは普通の事だ。普通なら、そうして徐々に森は切り拓かれ、人の住みやすい環境へと整備されてゆく。
賛否はあろうがそれが『開拓』。このゲームの目的も、遠からずそこにあると最初は思われていた。ところがだ。
「いつのまにか、切られた樹木が再生している。いや再生というよりは、総入れ替えと言った方が正しいんだろうけど」
「ですわね。これらの木々は、残った切り株などから芽を出して復活したものではございませんわ」
「何か分かったかアメジスト?」
「ええ、まずまず。分かっていた事ではありますが、これは翡翠により<転移>させられてきた樹木に違いありません。この大きさまで、即席で栽培できるとは意外でしたね」
「キャベツの成長にはてんやわんやしてたのにね」
「ねぇ~~?」
言いたい放題であった。ハルたちの畑連打により納期が間に合わなくなったその未熟なキャベツであっても、十分に未知の技術でスピード出荷している偉業には変わりない。
なお、ここのところは時期が終わったので、もう翡翠はキャベツに頭を悩ませる必要はなくなった。ほっと一安心である。
「……ビニールハウスでも配備しはじめて、不意打ちで季節外れの生産でも始めてみるか?」
「なにを突然お一人で悪だくみを? わたくしも、いじめっこグループに混ぜてくださいな?」
「アメジストが入ると『ガチ』感が出るからだめ」
「あーん……、不当な評価……」
別にハルも、可愛い翡翠にちょっかいをかけて楽しみたいから言っているのではない。彼女の生産スペックを調べたいだけなのだ。
……などと言うと、今度は『ならば実際に行動に移すべき』などと言われてしまいかねないので、この辺にしておこう。
本気でする気もないのに嫌がらせの計画を妄想するあたりが、いじめっこ気質だと突っ込まれてしまいそうだ。
「……しかし、解せない部分はあります。キャベツ程度が出来ないのに、なぜここまで生育した樹木は用意できたのか」
「ふむ?」
「いえもちろん。こちらは想定された事態に備えてのストックがあった、と言ってしまえはそこまでですが」
「確かにね。最長でも一年見ればいい作物と違って、樹はそうもいかない」
ハルたちの調査するエリアの樹木は、しっかりと生育を終えた元と比べても遜色のない物。ハルとアメジストの背丈よりもずっと高い。
当然、キャベツの栽培などとは比較にならない手間がかかるのは言うまでもなく、成長の早い品種でも数年は要するはず。
もちろん、このゲームの為に在庫を準備しておいたのだ、という可能性だってある。キャベツと違って、腐る心配もないだろう。
「年輪は?」
「しっかりありますね。それを信じるならば、少なくとも二十年はかけて準備を進めていたと、そういうことになりますわ?」
「なるほど。二十年前からこのゲームの開発を。ご苦労なことだ」
「思わず涙が出てきますわね? ぐっすん……」
「……まあそんな訳ないんだよね」
「……ですわ? カナリーたちの成功が周知されてからまだ数年。それにあやかって生まれたゲームの開発期間が、それより長いとは思えません」
「まあ、何か別の計画からの転用という側面はありそうだけど」
このゲームは、初めて異世界と地球を繋ぐ成功例となったカナリーたちの『エーテルの夢』、そのシステムを流用している。
その前提ゆえ、独自の遠大な計画という可能性はそれだけ薄くなっていく。
ならば、今度はこの樹が促成栽培された、ということになり、どちらにしろ謎を残す。
要はいかに信じがたくとも、どちらかをハルたちは肯定しなくてはいけないのだ。
「恐らくは、促成栽培の方でしょう。奴らは、というかきっと翡翠はですね? 超速栽培でこの樹を育てられる技術を、何か見つけたのでしょう」
「根拠を聞こうか」
「まず、この年輪はフェイクです。通常、一年ごとに刻まれる、生育速度の差異からくる歪みですが、この樹には年輪部分にも成長の遅れが見られません。しれっと普通に成長し続けていますわ」
「……ふむ? つまり、年輪の輪には『ただ色がついているだけ』と、そういうこと?」
「ええ。ハル様の仰る通り」
「うわあ……」
まるで、チープな模造品に塗装して誤魔化し、真作に見せかける詐欺師のような。その更に三次元的で高度な贋作テクニック。それを見せられた気のするハルだった。
その技術に感心すればいいのか、そのあさっての努力の方向性を呆れたらいいのか。判断に迷う。
「まあ、促成栽培する以上、わざわざ年輪を刻むために成長を遅らせるのはロスでしかないからね。気持ちは分かる」
「ですわね。ただ問題なのは、その方法。いったいどんな手品を使ったやら? はてさて、ですわね?」
「……詳しく調べてみようか。今回、年輪は嘘をついたがそれでも細胞は嘘をつかない。この樹がどういった生育過程を辿って、ここまで成長したかは内部に刻まれているはずだ」
「ですわね。お任せしても?」
「ああ、エーテル操作となれば、僕の出番だろう」
ハルはアメジストと立ち位置を入れ替え、その身からエーテル粒子を放出していく。
すぐに樹木に取り付きその内部に浸透したエーテルは、その細胞構成を詳細に読み取り、そのデータをエーテルネットへと送り解析をかけていく。
エーテルネット上に記録された、数々の本物の植物のデータ。それとの比較を高速で行い、その差異から、この樹の成長の異常を導き出すのだ。
その処理は、僅か数秒で終わることとなった。なったのだが、どうにも問題のある内容だ。
「……なんだろうか。バグか、エラーか? いやこんな植物データに無いから、エラーを吐いても仕方ないんだが」
「どうされまして? ……ふむふむ? これは、『外側から内側に向けて成長している』、そう読み取れますね」
「まさしくそう書いてある。だから、何か間違ったかなって」
「……逆に考えましょう。実際にこの樹は、外側から、内側に成長した。それが真実」
「つまり、最初にこの状態の完成系が決まっていて、後から辻褄を合わせた? どうやって?」
「さて? わたくし、専門家ではないので、翡翠に聞いてくださいまし」
「聞ければ苦労しないんだよねえ……」
とはいえ、何となくあの、謎の灰色の疑似細胞が関わっている。そう感じるハルだ。
あれを使って、通常とは異なる生育が行える、そう考えれば一応の説明はつく。
しかし、あれは正確には生物とは全く異なる存在。それをどう活用すればいいのか、まだ現状答えは見えないのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




