第163話 魔王の牢獄
「試しに一度あたしを倒してみるってのはどう? もしかしたら、奪い取った分は消えるかも知れないわ?」
「おバカのキミがそんな提案をするって事は、既に消えないのを実証済みなんでしょ?」
「……む、相変わらず無駄に勘が良いんだから」
勘ではない。観察だ。
そして観察により、もうひとつ分かっている事がある。セリスは復活可能数を初期ブーストにより使い切っており、自爆や緊急ログアウトによる復活はもう叶わないという事だ。可能ならとっくにやっている。
そして頭に血が上っている今、安定ログアウトの事も頭から抜けている。幸いだ、そのまま忘れていて欲しい。
しかし、どれだけ巧みに思考誘導したとしても、終了までそれを思い出させずに終わる、というのは現実的ではないだろう。
彼女の意識を引き付けつつも、彼女がログアウトを思いつく前に仕留める方法を構築しておかなければならない。難しい問題だ。
ハルは並列思考を最大まで起動し、意識の一部を掲示板の書き込みに回す。セリスを倒すには、他のユーザーの協力が不可欠だろう。
久しぶりに、ハルの代名詞でもあったブラックカードが役に立ちそうだ。書き込んでいる所を悟られる訳にはいかない。黒いパネルで蓋をしたウィンドウの奥で、ハルは暗躍を始める。
「大変そうね? あたしを倒しちゃいけない、しかも逃がしてもいけないなんて? すぐ倒せるんでしょ、あたしみたいな雑魚なんて」
「ざーこざーこ。倒す価値も無い雑魚ー」
「うわっむかつくっ! ……ふっ、ふん! いいわ、特別に言わせておいてあげる。あたしが優位なのは変わらないんだから」
「そうだね。レアモンを倒さないように、逃がさないように少しずつ弱らせて捕獲してる気分だ」
「捕獲すんなぁ! 頭くるわねアンタ本当に!」
倒してはいけない、という部分がそれを思い出すハルだった。
捕獲でなくても、戦闘中に特殊な条件を満たす事でアイテム作成の条件を満たすものなどがある。
そういった条件のあるものは大抵、強敵だ。全力で戦っては条件を満たす前に倒してしまうし、条件に集中しすぎるとこちらがやられてしまう。
「『三つ首の雷帝竜の電撃をオーブに集めろ!』は面倒だったね。今ちょうど、そんな気分だ」
「あー分かる分かる。一緒に何度もやったよねぇハル君」
「分からないわ、どんな気分よ……」
直撃すると瀕死ダメージを受ける上に痺れて動けなくなる電撃を、あえて受けなければならない。何度も。
余談であった。しかし捕獲というのは試してみる価値はあるだろう。現状、ハルに必要とされているのはセリスの捕獲であるとも言える。
「空間魔法から試してみるか。……隔離空間、閉じた円環」
「えっなに? 何も起こってないじゃない」
ハルが行ったのは、セリスの周囲の空間を一部ズラして壁を作る魔法だ。一見何も変わっていないように見えるが、球体状に世界が断絶している。
元々は防御のために作った魔法だが、それを使って彼女を隔離、捕獲した。
「なになに何で? 出られないんですけど!?」
「成功か、あとは」
「せぁっ! 痛っったぁ!?」
「あっマズい」
空間の壁に向かって格闘術をくりだし、セリスは破壊を試みるが、逆にダメージを受けてしまっている。
普通なら問題ない、捕獲は成功だ。だが今回に限っては、ダメージが発生する事はマイナスにしかならなかった。
「っああぁ! たぁっ! せいっ!」
その事に気づいた彼女が次々に隔離空間の境界に拳を放つ。彼女のHPがだんだんと削られて行き、このままでは反射ダメージで退場してしまうだろう。
「ねぇハル? 最後の一撃で解除してコケさせるのはどうかしら?」
「いいね。コケた際の自爆ダメージなら僕が倒した事にはならない」
「素晴らしい案ですねルナさん!」
「ちょっと聞こえてるわよお姫様たち!? そんなマヌケな殺し方考えないでくれる!?」
まあ、拳法に長けている彼女だ、技の不発で転んだりするのは期待できないだろう。
ハルが魔法を解除すると、再び彼女はこちらの隙をうかがっての逃走を試みる。今は反射でHPが減っているので、妨害にも細心の注意を払わなければならなくなった。うっかり倒してしまってはご破算だ。
「獄門の鎖」
ならばと今度は絡みつく鎖によって、体の自由を封じる。
暗黒のオーラを揺らがせる冷たい鎖は、相手の魔法行使を封じる効果を付与されている。囚われたのが人間ならば、脱出はほぼ不可能だろう。
「うぎぎぎぎぎぐぐ……」
「姫にあるまじき顔」
「させてんのはアンタでしょーが!」
だが相手は使徒。しかも強化に強化を重ねている。基本的な身体能力が人間とは比べ物にならなかった。
徐々に鎖はきしみ、たわみ、引きちぎられてゆく。
「破ァ! っと、脱出成功!」
「お疲れ様。じゃあ次はこれ」
「まだあんの!?」
「当然だね、逃がす訳にはいかないし。時間いっぱい僕のマジックショーに付き合ってもらうよ」
手を変え品を変え、彼女をこの場に押しとどめる。
ワンパターンは厳禁だ。退屈は思考を冷静にさせる。『まだ数時間も猶予がある』という彼女の余裕に付け込み、しばらくは脱出ショーを楽しんでもらおう。
接待の時間の始まりだった。
◇
「はい脱出! 次はなにかしら!?」
「あー、そろそろ品切れかね」
「ふふん。あたしの敵じゃ無かったわね。でも中々面白かったわ、褒めてあげる」
「何が一番だった?」
「一番? 一番面白かったやつ……、じゃないわよね。意外にキツかったのは水の牢獄ね。窒息ダメージも入らないから、永久に水中から出られないかと思ったわ!」
プールで水中神殿を作る時に使った魔法、いや神力だ。呼吸可能な水を作るだけの技術だったが、その水の抵抗を異常に高める事で脱出不能な牢獄と化す事を思いついた。
単純だが効果は高く、高まった彼女の力と、培った技術がなければ突破出来なかっただろう。
良い発見だった。今度使おう。
「でも打ち止めじゃあ仕方ないわね。あっ、あの魔法は? 血が手みたいになるやつ。あれで拘束しないの?」
「血ではないが」
「……自分から提案するんだ。お姫ちん、縛られるの好きなん? <ドMのお姫さん>に称号替える?」
「まあ……」
「ユキ? アイリちゃんの教育によろしくないわ?」
「やめれっ! 好きじゃないっての!」
切られた腕を回収した、『血が手みたいになるやつ』、は出血をカモフラージュしただけで、魔法でも何でもない。
ハルの血液をナノマシンで操作して、自在に動かす“技術”だ。ハルがその身でもって、セリスを押さえ込んでいるのと変わらない。
まあ、女の子を押し倒して押さえつけるよりも、絵的には良いだろう。そんな事をすれば、セクシャル何とかで通報されて負けかねない。
セリスの思惑も読める。乗ってやることで時間稼ぎにもなるだろう。
ハルは細胞間に強引に隙間を作ると、血液を流出させる。次々と減って行く血を<物質化>して補う。これは意外ときつい。
それをセリスに向けて飛ばし、手足を拘束した。
「うわ、触手だ! ハル君、行け! そのままエロゲー展開するのだ!」
「ユキやめて、僕がBANされちゃう」
「大丈夫、相手も望んでる」
「放送してるから相手が望んでてもダメだよ」
「望んでないわよっ!」
がっちりと押さえ込むが、やはり先ほどまでの魔法による拘束と比べ、強度が足りない。
水密による圧力はそれなりの物だが、強化された使徒を縛り付けるには程遠かった。だが、セリスは拘束を逃れる気配は無い。
「……やっぱり。かかったわね! この触手、あんたの体の一部って扱いみたいね」
「触手ゆーなというのに……」
扱いも何も、体の一部である。
「大丈夫。触手出すのは魔王っぽいぞハル君!」
「……それはちょっと分からないけど、まあいいわ! 体が触れてるって事は、あたしの<簒奪>が使えるって事よ!」
知っている。むしろどうやって自然にセリスと接触するか、ハルの方で考えていたくらいだ。
他プレイヤーの力を奪うことに躍起になっていたが、彼女の目的はハルの討伐。ハルから力が奪えるならそれが一番手っ取り早い。
だが力量差がある相手からの吸収、つまり長時間接触するのを無意識で諦めていたのだろう。
それを思いつき、今は他プレイヤーの事を忘れている。劣勢には立たされるが、それは大変都合が良い。
彼女を倒す仕込みまで、まだ少しかかる。時間をかけてくれるなら願っても無い事であった。
「あはっ。離さなくて良いの? どんどんアンタの力、吸われてくわよ!」
「離して良いの?」
「あっ、だめっ! 待ってね、もう少しかかるから……」
「挑発するのは時と場合を選びなよ……」
ここで調子に乗ってしまうあたり、やはりおバカである。
しかし、ずいぶんと時間が掛かっている。ハルにとっては都合が良いが、少し解せない。正確なステータスは見えないが、彼女の方が上のはずだ。
格下から奪い取るのであれば、先ほど他プレイヤーから吸い取った時の様に即効でカタが付くはずだ。
「うーーん。うーん?」
「何か問題が?」
「分かんないけど、上手く入ってこないの」
ならば考えられる問題は、彼女の側の限界だ。ステータスの積載限界とでも言うべきか、それとも強化するにつれての難度の上昇か。
レベルアップと同じく、高く上がるにつれて指数関数的上昇していく。つまりは、実質的な限界値だ。
「仕方ない、じゃあこっちを……、あうっ!」
「調子に乗るなって」
ステータス以外の部分、要はスキルにまで手を伸ばした感覚が察知されたので、ハルは血の腕を爆破して切り離した。
今の爆発も、それなりに強力な攻撃となっていたはずだが、さほど効いている様子は無い。どうやら、強化の度合いは十分のようだ。
「これでっ! 趨勢は、逆転っ! あたしの勝ちね!」
「……へえ、これは」
強化された彼女の力、もはや確実にハルを上回っているだろう。剣速は人間の反応の限界を超え、エーテルで強化した視覚でなければ追いつかない。
受け止めるその剣閃は、パワードスーツの最大出力でもじりじりと押し込まれる強圧を与えてくる。神剣が無ければ、武器ごと断ち切られていたであろう。
「ははははっ! いいね! やっと面白くなってきた!」
「うそっ……、何で、対応出来るの……、何で受け止められるのっ!」
「武器と防具のおかげかな?」
首筋に、心臓に、的確に急所へと刀が振るわれる。強力な力を手に入れた反面、細かな制御が利かないようだ。訓練通りの基本の型を、超高速でひたすら繰り返す。
ワンパターンな攻撃だが、その威力は本物。セレステの一撃に匹敵すると言って良い。
次に何処を狙うかは非常に読みやすいが、それでも久々の緊張感と高揚感がハルを満たしていた。これが、プレイヤーの辿り着く先か。
「カナリーちゃん。アイリのガードよろしく」
「はーい」
魔法の気配を察知し、こちらも魔法で対抗する。
確実に魔法も強化されているだろう。出し惜しみしては押し負ける。
「倒れてよっ! <シャドウフレア>!」
「陽電子砲」
セリスの放つ闇の中級魔法、だが強大な魔力により極大へ強化された暗黒の奔流を、反物質砲で強引に押し返す。
爆圧と、自身の魔法の反射に飲み込まれたセリスは壁へと叩きつけられるが、そのHPは健在だ。閉所ゆえ加減したとはいえ、やはり防御力も並ではない。
「いいね! さすがの耐久性だ! さあ、これからだセリス。次はどうする」
「ダメ、こんなのじゃ……、まだ勝てないのね。もっと圧倒しなきゃ」
「興醒めなコト言うなって。それに、もう強化にも限界が見えてるんだろ?」
「そんなこと無い! 全員吸い尽くせばきっと、アンタも倒せる!」
現時点でも十分に勝負にはなっているが、どうやらセリスはそれでは不服のようだ。相手よりもずっと高みから睥睨し、圧勝しないと彼女の“勝負”ではないらしい。
「もう少し戦ってたかったんだけどね、残念だ。まあ、君の気持ちも分かるよ」
ハルにだってそういう部分はある。負けない為に事前準備を繰り返し、勝ち目の無い戦いはしない。セリスを責める権利は無いだろう。
欲を言えば今の状態の彼女と、もう少し戦いを楽しみたかったが。
「大丈夫、待ってなさいよ、すぐに戻ってきて戦ってあげる! ……今のあたしなら逃げられるしね」
「いいや、逃がさないよ」
「無理よ、止められないわ。攻撃は止められても、あたしを押し返すだけの力がアンタには足りない!」
その通りだった。意外と冷静に見ている。
今のセリスであれば、ただ全力で走り抜けるだけでハルを突破可能だろう。そこに技術の入り込む余地は無い。回避は容易かろうが、押さえ込むのは無理そうだ。
「まあ、そうだね。だから最後の手段だ。……さて、抜けられるかな? 停止しろ、強制物質化」
叶うならもう少し準備時間が取りたかったが、それなりに時間は稼げただろう。
ハルは切り札として残しておいた、回避不能の強制停止スキルをセリスに行使し、最後の仕上げへと移るのだった。
◇
今にも走り出しそうだったセリスが、急にその勢いを失い、プツリ、と糸の切れたようにその場に崩れ落ちる。
魔力の塊である彼女の体、その全てを対象にして<物質化>をかけた。現状、プレイヤーはこれに抗う術は無い。
物質として変性したその魔力式は意味を消失し、核からの命令信号を受け付けなくなる。完全な無力化魔法だった。
「勝ったん? 最初からこれやれば良かったのに」
「出来ればやりたくなかった。これ受けると、怖いしね」
主観的には、今セリスは無音の闇に放り込まれたようなものだ。五感が失われ、操作も効かない。戦闘中に突然バグったように感じただろう。
「それにやれること無いから、頭冷えて脱出方法もすぐ思いついちゃうだろうし。消去法で」
「何だったかしら? ああ、ログアウトね? ……もう理解したみたいね。案外バカに出来ないわ」
「頭の上に数字が出ているのです!」
ここで混乱のまま、強制ログアウトを選んでくれれば楽だったのだが、そう上手くはいかないようだ。動けない事で、落ち着いて思考する余地も生まれてしまったのだろう。
安全にログアウトするための準備時間として、五分程の時間がセリスの頭上に表示される。それを過ぎればマイルームへと体が再構成され、<物質化>の影響からも逃れてしまう。
「じゃあ五分間はやりたい放題な訳だ。ハル君、お姫ちんのおぱんつ大公開しちゃおう」
「やめんか。ユキは僕をそんなにBANさせたいの? コメント欄の君らも囃し立てない。警告来るよ? ねぇカナリーちゃん」
「そうですよー。運営さんが見てますよー」
「……急に皆いい子になった。現金すぎる」
それにこの五分間、そこが勝負の分け目だった。その間にハルにはやらねばならない事がある。セリスのおぱんつに気を取られている時間など無い。
「じゃあ僕らもログアウトするので一旦放送は切ります。掲示板も見てる人は手はず通りに。それじゃ」
手早く生放送を停止させると、ハル達も屋敷に<転移>する。セリスを倒しきるため、その最後の準備を整えるのだった。




