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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
4部2章 翡翠編

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第1627話 魚の木

 ハルの解体した魚達は、そのつるりとした灰色の断面を崩すと、すぐにドロリと不定形の粘土のような姿へと形を変える。

 ハルたちに『パン生地』と呼ばれているその状態は地面の上で寄り集まって、再び生物の姿をとって再生された。


「あっ。また魚だ」

「失敗かしらね?」

「ん、でも見てみなよルナちー。前回の状態とは、種類が違うぜ?」

「あら。本当ね。でも結局、そこに大きな意味はないわよね?」

「まあ、そうねー。どんな種類だろーと、ここで『びたんびたん』としてるだけだもんねぇ」


 生まれ変わった魚は多少姿や大きさを変えて、『生地』の中から再生した。

 それはまるで、纏めた生地をねなおして、ちぎって再び成形しなおしたかのよう。


 しかし、結局ここは丘の上。魚たちはびちびちと跳ね回るだけで、他には何も出来ることはないのであった。


むなしいのうハル君。介錯かいしゃくしてやれ」

「そうだね。まあ介錯しても結果は変わらない気もするけど……」


 ハルがまた魚の身にやいばを通すと、それらはまた一つのパン生地に戻る。

 そしてまた一部をちぎって魚になって、また大地の上を跳ね回るのであった。


「これが無限に繰り返される?」

「無限ループだ。無限ループ」

「毎回微妙に種類が違うのは、仕様なのかしら?」

「《そっすね。こちらで試した時も、まったく同じ魚には変化しませんでした。それが仕様、と言っていいかと思うっすよルナ様。ただ、合計の体積は変化することないらしくって、魚の合計はいつも同じっす!》」

「ふーん?」

「これはどうすればいいと思うエメ?」

「《はてさて。わたしも別に、転生のパターンについてをそこまで詳しく調べた訳じゃないっすから。今はとりあえず、細胞単位での観察を行ってるっす。特にエネルギー源とか、そのへんっすね》」

「ああ、そっちは引き続き解析を進めて欲しい。体積が一切減らないのも、普通に考えておかしいからね」

「《らじゃっす!》」


 その後もハルたちは、何度か魚を解体しては、その復活する様子を見守ってみた。

 しかし魚は何度溶けても、同じ魚として生まれ変わる。その結果だけは、変わらなかった。


「一匹だけ残してみよう!」

「面白そうだね」

「生きている物も取り込まれるかしら? ……どうやら、生きているのは避けて、溶けた物だけで集まるようね?」

「地に落ちて死なぬ魚は、一粒のままである」

「なに言ってるのさユキ……」

「魚の単位は『粒』なのね……」

「あと、地に落ちて死んだ魚は別に元々増えないよ?」


 ちなみに元ネタは魚ではなく『麦』である。一粒なのはそのせいだ。


「だからこうして、麦はパン生地にすればいいってことだ」

「時間差で潰しても同じだね?」

「《ならきちんと芽を出すように、地面に蒔いたらいいんじゃないっすかね?》」

「それいいねエメっちょ。死因が重要なのかもしれん。今までは斬殺しかされてなかったかんな」

「死因て」

「切られて死んだから魚、とかあるのかしら……」

「ほら、刺身的な?」


 何か、再生する土地の環境以外にも、ハルたちの知らぬ隠れた条件が存在していそうだ。

 もしかしたら、プレイヤーが手を下さず、自然と息を引き取るのを待つ必要がある、であったり。


 しかし、そうした条件の追及をひたすら繰り返すのは、これ以上はよくないかも知れない。

 ものが魚の形をしているだけに、心優しいルナがそれを“あやめる”のを見ているのが、忍びないといった気持ちを抱き始めた気配をハルは感じた。


「よし、魚の種、まきまき完了!」

「ユキは容赦ないねえ」

「ん? なんでさ。ゲームと割り切ってれば、こんなんいつもの事だし」

「……私も、もう少し慣れた方がいいのかも知れないわね?」

「いーのいーの。こーゆーのは私らがやれば。ルナちーはそのままでいてくれい」

「そうね……? 私も、『魚の種』なんて概念がいねんをすらっと理解できるようにはなりたくないわ?」

「そっち!? それも別に、ふつうじゃん?」

「いや普通ではない」


 蒔いたら何が出るというのだろうか。魚が生えてくるのだろうか。いや、ここは『魚の木』、だろうか?


 そんな馬鹿なやり取りを楽しみつつ、ハルたちは次の魚の再生を待つ。さて、その結果やいかに。





「魚の木だ……」

「魚の木ね……?」

「うわぁ。本当に生えるとはねぇ」

「ユキは、自分でやっておいて……」


 ハルたちが魚を“埋葬まいそう”した結果、土の下から姿を現したのは、本当に『魚の木』であった。

 ……いや、ただの木だ。魚とは一切関係のない、普通の植物である。そのはずである。


 相変わらず灰色をした木肌の小さな樹木が、魚を埋めた地面から知れっと芽を出して、これから更に育ってゆこうと枝を伸ばし始めた。そんなところのようだった。


「これが成長すると、枝に魚がるんだねぇ」

「生る訳ないでしょう……、生らないわよね……?」

「ない、と信じたいね」

「便利でよくない?」


 どうだろうか。まあ、常に新鮮な魚が生っていてくれるのなら便利かも知れないが、熟すと腐敗してきたり、地面に落ちた魚の身(実)が異臭を放つような木であったら、ちょっと遠慮したいハルだった。


「《いやこれは、なんとも面白い結果っすね。流石はユキさんっす》」

「やれって言ったのはお前だろうエメ。人に責任を押し付けるな」

「こーなるって予想してたん?」

「《いえ、条件を大きく変えてみてはどうかと思っただけでして。いきなり当たりを引いたのは、ただの偶然っすね》」

「当たりか? ハズレじゃないか、これは?」

「《ハル様は動物がよかったっすか?》」

「……いや、というより、植物に嫌な思い出しかない」

「あはは。世界樹だねぇ」

「これもまた、あり得ない程に巨大化するのかしら?」

「勘弁してくれ……、そしてリンゴなんて実らせないでくれ……」


 まあ今回は、ゲームの仕様上あの甘ったるいジュースを無限に飲み続けるハメにはならなそうだが。

 しかし、まだ触手を伸ばして最終的に敵対してくる可能性はゼロではない。油断は、出来ない。


「しかし、なぜ地面の下ならオーケーなのかしら?」

「《そこはなんとも言えないっすね。もしかしたら再生後、即座に圧死し続けたことで、それこそ無限ループ防止のための制御が働いて、魚であることを強制終了させられた、とか。もしくは単純に、即死によるエラー判定が一定数重なったら、種族を変更する設定だった、とかっすかね》」

「回数不足か。確かに」

「ありそうって言ってたしねハル君」


 そのあたりの実験は、あの塔の上の魚で試そうと思っていた事だった。計らずも、ここである種の成功を迎えてしまうこととなったが。


「しかし、どうするのかしら、この木。このまま、ここに置いて行く?」

「それもね」

「そだね。それもどーかね」

「《いちおう、そこにはなーんにも無いですし、誰もまだ手を付けてないっすけど。だからこそ、何かの拍子に他のプレイヤーにでも目をつけられたら面倒かもっすね。わたしとしては、持って帰ることを推奨するっす》」

「持って帰った結果、カゲツにでも目をつけられたら……?」

「トラウマになりすぎっしょハル君」

「その時は、カゲツの体をあなたがお料理してやる、くらいの気概でいなさいな。いつまでも気圧されていてどうするの?」

「いやお料理はしないけど、まあ、その通りだね」


 世界樹化に対する懸念けねんはなにもカゲツのみにあらず、アメジストという不安要素もあるが、そちらもまあ、今はハルの支配下にある。過剰な心配は不要だろう。


 ハルは地面から小さな木を引き抜き、根を傷つけないよう慎重に持ち上げる。もし地面の中で千切れて、細胞を残してしまったりしたら大変だ。

 それが『種』として残り、次に来た時にしれっと勢力を広げているかも知れない。


 引き抜いた木は根の先に至るまで灰色をしており、元はあの魚たちと同様に、謎の疑似細胞から作られている事をはっきりと示していた。


「……こうして見ると、魚よりも奇妙に見えるわね?」

「そーかな? 枯れ木だと思えば、こんなもんじゃん?」

「枯れ木というより、燃え尽きて灰になってる色だね」

「でも生きてんでしょ?」

「うん。植物だから、分かりにくいけどね」

「《そっすね。しっかり活動してるっす。しかしその細胞、動物細胞だけじゃなく植物細胞もいけるんすね。いやまあ、便宜的に細胞と言ってるだけで、実際にはどっちの細胞とも似ても似つかぬ物なんすけど》」

「ナノマシンの集合体のようなものだからね」

「体積、ってかその細胞数は同じなん?」

「《同じっすね! だから、あんまりでっかい樹にはなれなかったんすねえ》」


 そんな、まだ苗木の大きさの樹木を持って、ハルたちは街の方へと戻ることにした。

 可能な限り、すぐに目に留まる近場に植えておくのがいいだろう。


「どこに移植しましょうか? やっぱり、またあの塔の上?」

「んー、そりゃ良くないかもよルナちー。あそこはほら、もう伝承が生まれちゃってるし。二つおんなじトコは、よくないよくない」

「そうね? イシスさんの休憩所に、これ以上アイテムを追加するのも良くなさそうですし?」

「イシすん。すまん……」

「国の中央、これからお城を建設する予定地に植えればいいのでなくって?」

「また本拠地に変な樹が出来るのかね? まあ、今度は僕の家って訳じゃないしいいか……」


 そんな、最終的に何処に植えるかはまだ決まらないまま、ひとまずは初期地点にまで、ハルたちは灰色の樹木を持ち帰ったのであった。

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― 新着の感想 ―
お刺身実験は失敗でしたかー。お前の包丁捌きでは、死なん! というやつですねー。カゲツを呼んでこなければー。食材ではないからやる気が出ない? パン生地は、食材ではなかった……? はい。全ての魚を圧縮した…
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