第1626話 魚しか神話のない世界
すみませんちょっと暑さでやられています。短めですー、すみませんー。
「なるほどね? つまりは、こちらで国の歴史だけでなく、神話もある程度コントロール可能だと。そういうことね?」
「まあね。ただ、言うほどコントロール出来るようにも思えないよルナ。今回の事だって、正直なとこ偶然だしさ」
「でもさでもさ? とにかく派手なことしてれば、NPC連中の噂にのぼるんしょ? なら、ハル君の得意分野じゃん。このまま目指せ、“ハルもにあ”帝国!」
「ユキはまーだハルもにあ帝国を諦めてなかったのか……」
ハルもにあ帝国はともかく、まあ確かにユキの言う通りではある。特殊で大規模なことをすればそれがNPCの噂になるというのなら、数撃てば当たると繰り返せばいいだけだ。
しかしながら、それには少々問題もあった。リソースの問題だ。
「……ただね。大規模なことをするには、そのぶんの物資が必要だ。たとえばどデカい神殿を作ったとしても、彼らはそれを認識しない」
「あ、そか。こっちの物質で作らないと、いいとこ『なーんか邪魔な障害物があんなー』くらいにしか思われないんだ!」
「なら、この塔はなぜ?」
「そりゃアレだルナちー。きっと、見えてないのが功を奏してるんだよ。霧だけ見えてる、もしくは、この中の大量の水だけが見えてんだ」
「なるほどね?」
「まあ正確なところは、僕にも分からないけどね」
ハルたちは日とメンバーを改めて、再びこの塔の頂上にてこの国の現状について考えている。
そう聞くと、まるで国の行く末を憂える指導者であるようだが、実態は民に振り回される哀れなプレイヤー。
どうすれば彼らのお気に召す神話や伝承が生まれてくれるのか、まだまだ手探りな状況なのであった。
「こいつらが必要なんかね?」
「そうね? 明らかに変わった部分があるとすれば、この子たちよね?」
ユキとルナは、足元で優雅に泳ぐ二匹の魚を見下ろしながら、なんとなしにそう告げる。
今日は世話係である、この塔の主、もといバカンス気分のイシスは不在であり、お菓子を投げ込んでくれる者は居ない。
しかし、元々何かを食べる必要などないのだろう。餌が投げ込まれない事を特に気にするでもなく、魚はマイペースな遊泳を続けているのであった。
「だとすっと、どーしよっか。この謎の『デミ生物』連中を、まず発生させる条件から探らんといかん?」
「いや……、別に、発生させたい訳でもないからなあ……」
「……そうね? 一応、『惑星開拓』という目的に賛同しているが故の、現在の協調だものね? このナノマシン生物の繁栄を承認するのは、ちょっと違うわよね?」
「だねー。それはそう。侵略者だ! エイリアンだ!」
「まあ、あのドラゴンを見た後だから、余計にね?」
この灰色の細胞たちが、またいつ寄り集まって巨大化し、ハルたちに牙を剥かないとも限らない。
ハルたちが現状、一応はゲームのルールに従ってプレイしているのは、運営であるアレキたちの目的に一応の賛同をしているから、という前提があるのだ。
もし今後、このナノマシン細胞の集合体、疑似生物たちを跋扈させる事に目的がシフトしていくならば、この現在の協調路線も考え直さねばならないかも知れない。
「……まあ、きっと翡翠だろ、これ作ってるのも。彼女に考えを聞きたいところだね」
「あのでっかいおっぱいを絞り上げれば、一発よ!」
「そうね? 中に何が詰まっているか楽しみだわ? まさかあれも、デミ細胞で出来ていたりしないでしょうね……?」
「デミおっぱい!! なんてこった、作り物だったのか! うちらはあの見た目に騙されてたのか!?」
「いや神様なんだから、そもそも最初から作り物に決まってるでしょ……」
相変わらずえっちな話題を見つけては盛り上がる女子たちはさておき、その翡翠の目的はむしろこの形だけの生物を拡散させる事とは遠いはず。
彼女がせっせとこの地に作物を<転移>させて来ていることからも、きちんとした生物の繁栄こそが主目的であるとは思われた。
プレイヤーの想像以上の進行速度により、その培養が追いついていないから、穴埋めにこのデミ生物で補填している。
それが、今のところのハルたちによる推測だ。もちろん間違っている可能性もあり、それはこの魚が神話に組みこまれたことからも可能性が高まっている。
「おっぱいはともかくさ、今のところ、この疑似生物が見られるのは例の海だけなんだよね」
「そか。それってつまり、『魚しか居ない』ってこと?」
「うん。そういうことになる」
「ふむん。つまりだ。この世界で今後生まれる神話は、全部がぜんぶ、魚関係!」
「……ちょっと嫌ね? ……それは」
「生臭いね?」
「え、いいじゃんー。この調子で、寿司も普及するかもしんないよー」
確かに寿司は魅力ではあるが、神が魚ばかりというのも問題だ。どんな愉快な魚が次々に出てくるか分かったものではない。
いつかの、マリンブルーの『お魚さんゲーム』を思い出すハルである。
またビームを放つマグロの群れを率いて戦争をすることになるのだろうか?
「まあ生臭さはともかく、神話、伝承を魚で纏めることは、あの『海』の拡大をこちら側からも承認することに等しいし」
「そうね? 出来れば、陸の生き物で神話を作りたいわ?」
「でもさでもさ? ベースとなる素材は、こいつら魚しか居ないんじゃん?」
「まあ、そこはやりようがないか、少し考えてはいるんだ」
「ほー」
「なら、見せてもらおうかしら? その考えとやらを?」
「そーだそーだ、もったいぶんなーハル君ー」
「ああ、ちょっと待っててね」
ハルはとある場所へと連絡をいれ、そしてルナとユキを引き連れて場所を移動する。
ベースが魚であることが問題ならば、まず魚以外の物に変換してしまえばいい。
その乱暴すぎる理屈を、この魚たちは可能とする。魚だろうがドラゴンだろうが、構成するその体内の細胞は、全て同じであるのだから。
*
「むっ。到着か」
「うん。この辺でいいだろう」
「このあたりは、まだ特に開発されていない平原ね? なんの変哲もないように見えるわ?」
「そだね。特別感なし。ここに何があるん? ハル君?」
「あるというよりは、ここには無いんだよ。水がほとんどね」
「ああ、確かにね? 周囲に川もなにも、見当たらないわ?」
「そいえばそーだ」
ハルたちが移動して来たのは、先ほどとはうって変わって水が一切存在しないエリア。
川の流れが見られないのはもちろん、水溜りのような物も周囲には無く、ついでにいえば地下水もない。
そのため草木も心なしか勢いが薄く、元気がなさそうなエリアである。そのせいもあって、開拓もまだ手つかず。後回しにされていた。
「ここで何すん?」
「うん。さすがに魚は、この辺では生きていけないと思ってね?」
「まあ、そうね? 水がないものね……?」
「なに当たり前のこと言ってんだハル君は、と言いたいが、なんか考えがあるんだね」
「もちろんだよユキ」
ハルはそこで、先ほど連絡を入れていた、天空城のエメへと再び通信を繋ぐ。
彼女に向けて、『サンプル』の転送をこの場に行うように、ハルは指示を出すのであった。
「エメ、いいぞ! サンプルを送ってくれ!」
「《らじゃっす! どんくらい送ります? ひとまず一匹っすか? まとめていっぱい送っちゃいますか? やっぱドサっといくっすかね!》」
「そうだね。チマチマやっていてもしかたないし、多少纏めてお願いしようかな?」
「《はいっす!》」
「いったい何をー、って、うおっ! 魚が降ってきた!」
「……これは、うちで解析用に保管していた魚、ということかしら?」
「うん。その通り」
ドサドサと送り届けられるのは、灰色の体色をした魚の数々。
あれから、あの『海』に再び赴き、ソフィーと捕獲してきたものだ。研究用サンプルとして、お屋敷で解析を行っていた。
「これを、こうする」
「あら。一思いにいったわね?」
「まあ、後でまたいくらでも獲れるしねー」
その魚をハルは刀で貫き、躊躇いなく解体していく。
すぐさまドロドロの細胞状態へと戻った魚たち。さて、問題はここからだ。
本来ならば、再び集まって、魚の形を取り戻すそれら。それが、この水のほとんどない空間においては、どんな挙動を見せるのだろうか。




