第1625話 神となった魚?
「このお魚なんなんだろーね。もう海のお魚じゃないよね?」
「ですね! この“ぷーる”でも、問題なく過ごしていますし!」
「だれかこっそり塩水にしたー?」
「それはないよヨイヤミちゃん。ここの水は今も、変わらずに真水のままだ」
「だよねー」
「ここを全部塩水に変えるには、とってもたくさんのお塩が必要なのです……!」
「ねーねーハルお兄さん? もしさぁ、ここのお水に、お兄さんが魔法でお塩を作って入れたとしたら、その扱いはどうなるのっとー」
「いい発想だねヨイヤミちゃん。実際にやりはしないけど、結果次第では面白いことになる」
「本当は塩水なのに、“えぬぴーしー”の方々には普通のお水に見えるのでしょうか!」
「うっわぁ。原因不明の塩分過多で、みんな死んじゃうよぉ」
恐ろしいテロであり、また彼らには解析不能な完全犯罪である。
逆に、塩水だと判別されてもそれはそれで面白い。
それはつまり自然なのは物質の一部のみであっても、問題なく世界に認識されるということになるからだ。
混ぜ物で水増ししてもオーケーならば、ハルたちのとれる手段は格段に増えることとなるだろう。
「イシスお姉さんがスープいっぱいこぼしちゃったとかだと思ったのにー」
「イシスさん、どんだけ濃い味付け好きなんだい……?」
「そっ、そういえば、イシスさんはしょっぱい“おつまみ”もお好きでした! と、止めませんと!」
そんな、とんだ風評被害も今はいいとしよう。ただ、この魚の成長に、イシスが関わっている、更にいえば彼女が原因であるという可能性は、捨てきれないのも事実であった。
「……あの子、魚に餌をやっていたみたいだけど。いったいなにをあげていたやら」
「んとねー。主にお菓子かなぁ。シュークリームの切れ端とか、カットした果物とかー」
「ぜいたく、なのです!」
「良い物食べてんなーこいつら……」
お菓子となると魚の餌にはそぐわない物ばかりだが、彼らにとっては特に問題になることもあるまい。
この魚の身体を形成するのは、単一構造の灰色をした細胞。その集合体として動作している。
ケーキだろうがシュークリームだろうが、全てはそれに合成しなおされ、元の材料が何だったかなどは関係なくなることだろう。
「……ん? となるとこいつらって、貴重なこの土地の物質を、勝手に自分の灰色の体細胞に変換してしまう、そんな邪悪な存在なのでは?」
「駆除する? ねーねーお兄さん、駆除しちゃう!?」
「ま、待ってください! イシスさんが、悲しんでしまうのです……!」
「許せイシスお姉さんー。世界のために、こいつらには死んでもらわなきゃならないんだー。あはははは! あっでも、そういえばお姉さんの食べてたケーキってさ、魔法で出したやつじゃなかったっけ? ……ねーお兄さん、こいつら、使えるのでは?」
「ふむ……」
「なるほど! つまり、彼らは物質ロンダリング装置になると、そういう、ことなのですね!」
この魚はNPCにも、きちんと『魚』として認識されているらしい。
どうやら例の『海』を観察するに、現地の民がそこで漁を行い、食料として魚を採取していることが確認できた。
つまりは魚の細胞は正当な物質としてシステムに判定を受けているという訳で、この魚の身を通すことで、魔法で<物質化>した不正な物質もまた、この地で利用可能になる、そんな可能性も出てきたのであった。
「まあ、だとしても、効率が良いかどうかはまた別か」
「だよねー。それに、仮に変換効率100%だとしても、食べた質量と同等の体積が増えてもそれはそれで巨大化して困るしー。かといって大量のフンを出すとか、鱗がバラバラ死ぬほど落ちるとか、そんな変換のされかたしても困るもんねー」
ハルの言いたいことを、瞬時に察して具体例として問題部分を提示するヨイヤミだ。
幼く見えても、その頭脳は数々の学園生や大人達に憑依してきた大人顔負けのものを持っている。それを、こうして時おり覗かせる彼女であった。
「まあ、皮算用の活用法なんて探る前に、今は変異した原因についてを探っていこうか」
「ですね! 場合によっては、大変なことになりかねません!」
イシスの餌やりが無関係とはいわないが、根本的な原因はどこか他の所にあると感じているハルだ。
そしてそれは、きっといま下界で起こっている国の文化の変異、それと連動しているのではないかと、そう思われるのだった。
◇
「……気になっているのは、君たちが街で聞いてきた噂話、その中の神様のことだね」
「霧のてっぺんには、神様が住んでいる、というやつですね!」
「そうだねアイリ。あれが、この魚を指しているんじゃないかと、僕は思っている」
「なーんだ。イシスお姉さんじゃないんだー」
「ないでしょ……、というか彼女、『住んでる』って言われるレベルでここに入り浸ってるの……?」
「んー。けっこー居るよ? なんでも、『屋上プールは夢のうちの一つ』、だとかなんとかー。叶ってよかったねぇ」
「よく分かりませんが、叶ってよかったですね!」
「しょーもないことだから、二人とも深く考えないよーに」
まあ、彼女の中での、お金持ちのイメージのうちの一つなのだろう。別に否定も止めもしはしないが、後でからかってやろうとは思うハルなのだった。
「まあ、イシスさんじゃないはずさ。住んでる住んでないかは関係なく」
「根拠はー? 神様って、人間っぽいやつじゃないのー?」
「うん。ヨイヤミちゃんの言うように、こっちの世界の『神』はカナリーたちのように、基本的に人の姿をしているものだ」
「はい! みなさま、とっても神々しいお姿なのです! あっ、例外的に、ねこさんもいますね!」
「そうだね。ただ、どうもここで言う『神』は、それとはまた違った雰囲気を感じる。言うなれば、僕らの世界、日本的な信仰の形に近く感じるんだ」
「万物に神が宿る、ってーやつねー。うーん確かに。それだと高いとこに住んでる生き物を、勝手に神様認定したりしそうだよねぇ」
「わたくし、知ってます! “えんしぇんと”な、“すぴりっと”、なのですね!」
「そんな感じだね?」
「そんな感じかなぁ?」
まあ、ゲームの話だが、大筋では間違っていないだろう。アイリが理解しやすいならばそれでいい。
「それに、当のイシスさんが街にくり出しても、特に敬われたりはしていない」
「一発で反証されてしまいました!」
「あははは! むしろ、お酒屋さんの常連さんだよねぇ~」
こちらで作られたお酒も、気に入っているらしいイシスであった。
「でもさおにーさん? それでも分からないことあるよ。連中はどうやって、ここで飼ってるお魚のこと知ったのさ」
「確かに! 誰にも、話していないはずなのです!」
「うん。それだけどね。多分だけどNPCは、この世界で起こっていることを内部的に全部知っている可能性がある」
「なんと!」
「じゃあ、お兄さんとアイリお姉ちゃんが、えっちな気分を我慢できなくて岩陰に隠れていちゃいちゃしてたのも!」
「してないからね?」
「今のを聞かれて変な噂になったらどうするのですかヨイヤミちゃん!」
「あっはは~~」
今のは完全なあてずっぽうだが、ずいぶんと具体的なイメージを伴っていたようにも見えた。
学園に居た頃、そんなシーンをヨイヤミに覗き見られた憑依先の男女がいたりしたのだろうか。ご愁傷様である。
「まあ、ヨイヤミちゃんの能力とは違って、彼ら自身が見ている訳じゃない。それ故に、実際に中の具体的な構造を知っている発言をした人は居なかったろう?」
「たしかにー」
「ですがシステム的には全てを知っているので、それが『噂』という形で姿をあらわしたと……」
「その噂が現実になって、お魚が神化しはじめた?」
「それは分からないな。もしかしたら、こいつの進化が理由で噂が発生したのかも知れないし」
「卵が先か、牛乳が先かってやつだねー」
「……何を言ってるんだい?」
「きっとお菓子作りの、手順のことなのです!」
正しくは『卵が先か鶏が先か』のことだろう。
子供ゆえ本当に分かっていないのか、ヨイヤミなので全て分かったうえでボケているのか、判断に困るのが彼女であった。
ソフィーのボケにも似ているので、もしかしたら彼女の真似をしているのかも知れない。そう考えるとなかなか尊い話、なのだろうか?
「……まあいいや。ともかく、どちらが先かに関わらず、こいつはいつの間にか僕らの国の『文化』として、取り込まれてしまった可能性がある」
「天空に住む神秘的な魚とか、それっぽいもんねー」
「これは、もしかすると狙って国の文化をコントロールする、ヒントになるのでしょうか?」
「おー。確かに。じゃあ、同じように高い所に動物置きまくったら、神様いっぱい出来るかな! あはは!」
「安直が、過ぎるのです……!」
「それはさすがにしないけど、意味深な施設や現象を作り出す事で、勝手に伝承が生まれ、勝手に歴史が形作られる、のかもね?」
そうして深まった歴史は、ハルたちの国のレベルを強化する礎となるだろう。
それを考えると、この塔を次々増やして、その上に次々動物を置いて行くのも、案外ありかも知れないのだった。
「……しかし、そうすると困ったことが一つある」
「……はい! せっかく生まれたこの『神様』、夏が来れば、この“ぷーる”の水が抜かれて、住む場所を失ってしまうのです!」
天空に住まう神の伝承を守るために、水不足を招いては本末転倒。
さて、すぐそこに迫った夏の到来、ハルたちはこの魚たちを、どう扱うべきなのだろうか?




