第1623話 書き換え可能な歴史と文化
ハルとアルベルトはその後も次々と同様の豪邸を作り続け、周囲一帯を『貴族街』として形成していった。
すると先ほどは『新たに呼び寄せろ』などと言っていたにも関わらず、数が増えてくると彼らはしれっと、『昔からここに住んでいましたよ』みたいな顔をしだし、プロフィールもそのように書き換えられた。
虚言もいいところである。経歴詐称どころの話ではない。
「……まあ、いいけどさ。実際に歴史を作るのに何代も重ねる必要がある、みたいに言われても困るしね」
「ですね。まだ苗の状態でいるのに既に『昨年のぶんの』米が貯蔵されているように、そういうものだと思うより他ありません」
ハルたちが家を作り、NPCを生み出すにつれ、そんな彼らの歴史背景も自動で作られる。
そうしたストーリーは文化となり、その文化に合わせて、国家は独自の方向性をもって更なる発展を遂げる事となるのだ。
「森に居を構えれば、代々森で暮らしてきた人々。山に鉱山を作れば、代々それで生計を立ててきた人々。海の中に街を作れば、作れば……、作れるのか……?」
「この調子だと、あってもおかしくないですね……」
「ま、まあ、少なくとも『海辺の街』は普通に出来るだろう。内陸だけど」
「内陸なのですけれどねぇ……」
そう考えると、例の『海』はなかなか扱いが難しそうだ。
海としての立地を生かすには、そのすぐ周辺にNPCの住居を建設しないといけない。しかしそうすると、今度はいたずらに海を拡大することが出来なくなる。
海を拡大してしまえば当然周囲の街はその奥底へと飲み込まれ、せっかく作った家が無駄になってしまうだろう。
となると領主としては、好き放題に広げてゆく訳にもいかず、せっかくの珍しい能力も持て余している可能性があった。
「案外、海があの状態から広がる様子を見せないのはそのせいもあるかもね」
「ええ。それは考えられますね。最終的に、国土と文明をどうデザインするか。それを悩んでしまうが故に動けない。その可能性は大きいと言えます」
「だよね。なら今後あの人が、海中文明なり海上文明なりを誕生させない限り、あの『海』は単に、内陸では珍しい魚が獲れるだけの水溜り、って感じで終わるかも知れないね」
「ははは。さすがに海中文明なんて、いかにゲームとはいえこのフィールドにおいて、非現実的に過ぎるでしょう」
「だよね。はははは」
一抹の不安を押し隠しつつ、乾いた笑いで現実逃避をするハルとアルベルト。
ただ内心では、突然そんなのが出てきても全くおかしくないと思っているハルなのだった。
なにせ、NPCは人間としての身体を持たぬ魔力体。しれっと、『エラ呼吸してます』とか言い出しはじめても驚きはしないのだ。
「……まあいいや。今は他国の脅威の心配よりも、自国の心配をしなくては」
「ですね。現状を見るに、ここでの街作りの要は独自の『文化』を、ひいては国の『歴史』をいかに作るか、それにかかっていると言えそうです」
「だね」
「ご覧ください。『貴族街』の誕生に合わせ、その影響が周囲の家々にも地味にではありますが、伝播をしていっているようです」
アルベルトの指摘したメニュー表示を覗いてみると、そこには確かに、先ほどまでは文化レベルの低い言わば『村人』としての生活を送っていた庶民が、いつのまにか『魔法の国の民』として進化を遂げていた。
これは、発生したこの国の独自文化に影響を受け、自動的に彼らの歴史背景も書き換わった。そう判断できる。
彼らの生活背景、つまりは『家』の条件は変わっていないにも関わらず、ということはやはり、住居の素材以外で生活レベルを決定付ける大要因は、この『文化』にあるのだろう。
そんな文化をデザインするため、この国はどういった歴史を歩んで今の形となったのか、それを明確に空想することが、このゲームを攻略する早道。そう思えてきたハルたちだ。
……そう考えると、『森でエルフを愛でている』などと揶揄されていたあのサコンは、実は最初からかなりの最適ルートを辿っていた可能性すらあった。
こだわったストーリー性を重視し、特定のNPCに焦点を当てることで、その国の歴史は詳細に形を浮かび上がらせてくる。軌道修正も容易だ。
「……僕らの国は、最初から完成系ありきで国土をデザインしているため、その辺がまだまだ不安定だね」
「ですね。文化が全体に波及する過程で、またひと悶着あるでしょう。しかも、その規模は国土に比例して大きくなってしまう」
「領主に要求される対応も、そのぶん膨大だってことだ」
「はい。しかし、なにも問題はありません。なにせこの国の国主は、ハル様であらせられるのですから」
「そう期待されてもねえ」
むしろ、アルベルトを始めとした神様たちが、全面サポートについていてくれる方が今回は心強い。
ハルは適当に指示を与えるだけでも、彼らの有り余る対応力によってチート気味に何でも解決してくれるのだから。
「みゃお! ふまーお!」
「おや、メタちゃん。何か問題かい?」
「にゃうにゃう!」
「おっとそうでした。ダイヤモンドの在庫がもう尽きるので、『悪魔の玉手箱』の追加生産をかけていたのでしたね」
「確かに。すっかりかけっぱなしにしちゃってたか」
「ふなーご……」
「ごめんごめん。すぐに行くよメタちゃん」
「にゃんにゃん♪」
そんな彼らの力を、また早くも借りることになるハル。
今後の文化の肝となる、『ダイヤで水増しされた家』を量産すべく、物質生成装置、『悪魔の玉手箱』の存在する初期地点付近へと向かうのだった。
*
「なうー……」
「いやはや。これはやってしまいましたね……」
「あはは……、圧巻ではある……」
玉手箱から取り出されたそのダイヤモンドは、実に奇妙で、そして非常にインパクトのある見た目をしていた。
その大きさはなんとも巨大で、まるで普通の岩石のようだ。
いや、その辺に転がっていそうな岩よりもはるかに大きく、一抱えでは足りなそうなそれは、子供の体以上はありそうである。
普段は物質生成を行っていても、『また領主様がなんかやってる』程度にしか思われぬこの場においても、このダイヤの岩塊は流石に目を引くらしい。
周囲にはNPCが群がってきており、地面にごろごろと転がるそれらを何ごとかと見物に来ていた。
「ちょっとアークを放置しすぎた」
「ですね。単純な内容だからと、自動運転が仇となりました」
「ふみゃー」
内部が空間拡張された、不気味な塔の内側。そこは先ほどまで、有り余るエネルギーを使って超高温、超高圧の環境に置かれていた。
その中には、あらかじめ生成された炭素が材料として、次々に投入される。
それは高温高圧環境下において見られる通常とは異なる反応を開始。規則正しい分子配列による整列を繰り返し、ダイヤモンドとしての結晶構造を作り出すのであった。
ダイヤの人口生成にはいくつか手法があるが、莫大なエネルギーを使えるハルたちにとっては、これが手間なく扱いやすいと判断した結果だ。
品質は求めず、『ダイヤであれば何でもいい』という要求基準の低さであることも理由としては大きいだろう。
これがもし、何か他の精密機器のパーツとして使うのであれば、そうもいかない。
例えばあの、学園の地下施設にあったような発電装置であったりブラックカードの生産機械。あれらに使われているような匣船家謹製の超精密パーツ。
繊細なプリズム抽出用などに用いられるダイヤは、もっと寸分の狂いも許さぬ緻密な構造が求められる。
余談であった。まあこのゲームのNPCは、そんな細かすぎる違いは気にするまい。ダイヤは、ダイヤである。
「……地殻の奥、マントルの中には、こんなのがゴロゴロしてたりするのかな?」
「にゃうにゃう! にゃおーん!」
「確かに、そう考えるとロマンがありそうですね」
「けど、まいったね、どうも。これじゃあ、建材に使うペーストには混ぜ込めない」
「ふにゃ~~?」
「そうだね。砕かないといけないよメタちゃん」
「なうなう! ふにゃぅっ!」
「こらこら。いくら丈夫なメタちゃんの爪でも、さすがに骨が折れるでしょ」
「なーご……」
「メタの爪とぎにはよさそうですね。しかしどうしましょうか。ダイヤといえど粉砕は容易ですが、今度は調整を誤ると、完全に蒸発させてしまいかねません」
「なーうっ」
いかにダイヤとて、破壊に困るハルたちではない。その攻撃力は、圧倒的。
しかし下手に丈夫であるために、破壊のための出力調整の方に課題がある。出力を高めすぎると、今度は蒸発させて作り直しとなってしまうだろう。
ハルたちは莫大なエネルギーを使って、ただ二酸化炭素を作り出しただけになってしまう、という訳だ。
「あっ! また何か面白そうなことしてる! まぜてまぜて!」
「ああ、ソフィーちゃん。ちょうどよかった」
「んん?」
そこに、騒ぎを目ざとく嗅ぎ付けて、元気にソフィーが飛び込んで来た。
彼女の<次元斬撃>とそれを操る手腕があれば、ダイヤであろうと何であろうと、容易く分解してくれることだろう。
ハルたちは彼女に事情を説明すると、当然のようにソフィーは、その仕事を引き受けてくれるのだった。
「まっかせて! 私がきれーに、ぶり大根だかなんだかにしてあげるから!」
「……ブリリアントカット?」
「そんな感じ!」
そうして大衆の前で、巨大ダイヤの生解体ショーが開始された。
……これも、何らかの形で、歴史と文化の一部に組みこまれたりするのだろうか?
そう考えると、この国の先行きが、少々不安になってくるハルたちなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




