第1622話 田園魔法国家?
まるで地面から生えてくるように次々と形作られてゆく豪邸。
ダイヤモンドの粒をたっぷりと含んだペースト建材が柱や壁を構築していき、その間をまるで氷の膜が這うように、床や天井を構築する。
一見、そんな混ぜ物をしたら、砂利を多く混ぜ込んだコンクリートのように、表面にダイヤ粒が浮き出る仕上がりになるように思われるが、エーテル建築においてはその限りではない。
混ぜ物はしっかりと内部に押し込んだ状態で、表面上は通常の家と変わらぬ状態で仕上げるといった多層構造での分離も容易である。
「ただ、これは意外と難しいですね。混ぜ物があるせいで、どうしても構造躯体を均一な耐衝撃構造に構築できません」
「壁が無駄に分厚くなっているのはそのせいか」
「はい。現実でも、こうした混ぜ物を行ってコストダウンをしていない理由が良く分かるというものですね。きちんと、そこには理由があったと」
「大したコストダウンにならないどころか、逆に建築難度が上がってコストが上昇する可能性すらある訳か」
「ですね」
なお、今回は混ぜ物がダイヤモンドであるために、最初からコストダウンにすらなっていない。
直感的には、丈夫なダイヤを混ぜ込んでいるのだから壁の強度も上がりそうな気がするが、そう単純にはいかないのが実情だ。
エーテル工法の肝は、スライムのようなドロドロの建材を、エーテル操作で粒子レベルで的確に配列し、固め上げることにある。
それこそダイヤモンドがその分子構造の形によって丈夫な硬度を発揮するように、病的なまでに正確に整えらえた構造は、ミサイルすら弾き返す頑丈さとなるのである。
それを邪魔する混ぜ物が入ると、それがダイヤだろうが何だろうが、全てノイズにしかならないのだった。
「まあ、ゲームシステムとNPCにはどうせそんなこと分からん。ダイヤたっぷりで、きっと喜んでくれるさ」
「ですね。でしょうかね……?」
「知らん。そうだといいんだけどねえ……」
「ハル様が、ダイヤを有効活用するとしたらどうされますか?」
「うーん。やっぱりその場合、ダイヤの塊としてプリズムハウスを建てるしかないんじゃないの? ガラスの家でやったように、結晶構造をしっかり組み上げれば……」
「エーテル工法で可能ですか?」
「難しいね。分子構造を正確に弄りつつ、巨大な物体を組み上げ、かつ内部にエーテル粒子が混入してはならないとなると、技術的にどうしても相性が悪い。魔法を使わないと無理かも」
「やはりそれでは、今回のゲームには向きませんね」
「そもそも、やっぱり透明な家はダメだろ……」
いや、光の反射すら正確に調整すれば、内部の光景を透過しない壁が作れるだろうか? そうなると、また難易度が上がることになる。
そこまでやっても、強度的に大して優位を取れる気がしなかった。
などと、二人でまた頭の良さそうな馬鹿話をしているうちに、見た目は普通そうな豪邸が完成したようだ。
しかし、壁を<透視>してみれば、そこには無数のダイヤモンドの粒が、砂利の代わりに詰め込まれている。
普通を装いつつも、奥には分かる人だけは分かる奥ゆかしいお金持ち仕様。
これは、きっと生成されるNPCも分別のある奥ゆかしい成金に違いなかった。
「……さて、審判の時か」
「これで妙なのが生成されたらどうしましょうか……」
「その時は潰そう。即潰そう、すぐに潰そう」
「やり直しがきくのが良いところですね」
通常のプレイヤーだと、NPCが気に入らなくてもそうはいかない。
建築メニューを発動するにも、NPCの労働力任せにするにも、どうしてもそれなりに時間がかかる。
余程の拘りがなければ、いわゆる『住人ガチャ』は行えないはずだ。
そんなドキドキの生成結果が、いま屋敷の内側から戸を開こうとしている。
既に住人の生成は完了し、この家はシステム的にもこの地に根付いたということだ。
「第一関門クリアってとこだね」
「ええ。まあ、今さら失敗する要素はありませんし」
「ダイヤの詰めすぎで判定がバグるとか」
「そんな杜撰なシステムを組む神が居たら、文句を言ってやらねばいけませんね」
「そうか? 結構ありそうだけど、っと、出て来た」
扉を開き現れたのは、豪奢なローブに身を包んだ魔法使い風の男性。
見るからに身なりがよく、また落ち着いた佇まいが感じられ成金趣味でもなさそうだ。
これは、今のところ成功と考えてもいいかも知れない。
しかし、それはそれとして、やはり気になる部分は彼の人物背景プロフィール。そこには、その格好を裏付けるように、しっかりとこう記されていたのであった。
「……魔法使い?」
「ですね。そう記述されています」
「超能力ゲーじゃなかったのか?」
「さて。その辺の詳しい事情は、私にもまだわかりかねますので。とはいえ例の『防災施設』の件を考えれば、そういうこともあるかも知れません」
「確かに、魔法っぽい雰囲気を感じる施設だったね」
あれはソラの使う正式な建築コマンドにより生まれた物であるので単純比較は出来ないが、あの時も宝石類を要求された。
今回ダイヤモンドを建築に大量に用いたことで、それが『魔法っぽい』判定となり、魔法使いの彼が生まれたのであろうか?
そんな男がハルたちに気付いたようで、まずは恭しく一礼をとり、そうしてこちらへと歩いて来た。
所作から教育レベルの高さも伝わり、いよいよ求めていた人材であることを感じさせる。魔法使いであるというノイズを除けばだが。
「これはご領主さま。ご機嫌麗しゅう」
「やあ。こんにちは」
「建国のための視察ですかな?」
「うん、まあ。……って、建国?」
「ええ、その通りですよ。早々にこの地に、城を築き上げねばいけません」
「おい。勝手に答えるなアルベルト。何を話を進めてる」
「素晴らしい。しかしそのためには、まずは同胞たちを吾輩同様にこの地に呼び寄せ、その基盤を築かねばなりますまい」
「おい。お前も勝手に路線を決めるな。領主を無視して話を進めるな」
なんだか、ずいぶんと思想の強いNPCを生み出してしまったようである。アルベルトに都合の良い人材なあたり、彼の影響だろうか?
ともかく、端々に妙なノイズ要素を感じる以外は悪くない人材。このまま、この工法を採用し、この方向性で進めても良いかも知れないとは感じるハルだった。
*
「上々な結果ではありませんかハル様。このまま同様に、二軒目、三軒目と建築を進めてもよさそうですね!」
「そりゃ、お前にとってはね? まあ、国政に関わる気まんまんの人材であることは、歓迎すべきことか」
「そうですとも」
ここから彼と彼の家を消滅させて、次にもっと良い人材が出るとも限らない。
そう考えると、先の見えない住人生成の沼に踏み込むよりも、初回の成功を喜びこのまま進めるのもアリだった。
「しかし、魔法使いねえ。同じ工法でやるってことは、次もどうせ魔法使いが出るんでしょ?」
「その確率は高いかと」
「そうなるとこの国、自然と魔法国家ってことになるのか?」
「良かったではないですかハル様。求めていた独自の『文化』が、自然と出来そうですよ?」
「それはそうなんだけどさあ……」
とはいえ、いくつか問題がないでもない。そこが気がかりなハルである。
まず第一に、やはり超能力がメインとなるこのゲームと、相性の悪い可能性だ。言ってしまえば『ハズレ』の特殊能力。
どんなゲームにも、一つや二つどうしても不遇の能力はあるものだ。そしてこのゲームの目的からは、魔法がそうである可能性を強く感じる。
そして二つ目の懸念の方が本命。燃料問題である。
これは一つ目と被る部分もあるが、魔法というのは当然、魔力を消費して引き起こす奇跡であるので、このゲームの燃料、推定『ダークマター』を活用できない。
更にはゲームフィールドそのものである魔力を次々と食いつぶしていってしまえば、ゲームの存続にも影響が出る事となりかねない。
「……そんなものが、僕らの国のメインとなる文化で大丈夫か?」
「確かに、少々気がかりです。しかしハル様。かといって、このまま特色のない無能力の民のまま、というのもどうなのでしょうか?」
「むう……」
「それに、魔法であれば我々は専門家中の専門家です。オーキッドの奴もいます」
「確かにね。不遇であろうとも、慣れた技術であれば導くのも容易だし、応用も利きやすいとも言える」
「でしょう」
それ以外にも今はまだ考慮のうちには入れていないが、もしも今後、七色の国との国家交流が生じるとしたら。その時には、『魔法』という共通言語があった方がやりやすいともいえた。
まあ現状は、関わらせないのが一番であるというのがハルの認識であり、それは今後も余程の事がない限り変わらないはずだが。
「……まあ、いいか。なるようになるでしょ。なにより、最初の試行でアタリを引けたってのが大きい。まあ、面倒がって思考停止している面もあるが」
「とは言いますが、あまりここでコストをかけたくないのも本音ではあります」
「そうだね。色んな物質を探っていくとなると、骨が折れるし魔力も使う。ダイヤであったのは、歓迎すべきことかな」
「ええ。ダイヤモンドであれば、大した消費もなく量産出来ます。人類的に価値が完全に暴落しておらず助かりました」
そうして、半ば妥協を含みながらも、今回の上級建築計画は一応の成功をみた、という事となった。
今後は、先ほどの男のような魔法使いNPCが量産され、魔法使いの国としての側面もこの国は持つこととなるだろう。
……しかし、そうなるとこの国は、のどかな水田の広がる、古い日本的な魔法国家、ということになるのだろうか?
それはなんだか、想像するのが難しい、不思議な国になりそうなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




