第1615話 平和な球技大会、狂気の球技大会
水中に潜り、プールの底に溜まった岩石を取り除く作業。突発的に始まったこの『水着イベント』を、積極的に楽しんでいるのはやはりユキやソフィーだ。
持ち前の運動能力により、巨大な岩を次々と抱え上げては高速で浮上。塔の上から地面に向け投げ捨てていっている。
しかし、次々に注がれ続ける水により塔もまた次々と高くなり、徐々に彼女らが往復しなければならぬ距離は長く険しくなっていく。
「にゃんにゃん、にゃかにゃか、みゃおんおーん♪」
「げっ! また階層が増えた!」
「にゃんこちゃん! ちょっと、休もう! そんなに頑張って建築しなくても、いいんじゃないかな!」
「ふーにゃっ。にゃうにゃう」
「だめかー!」
ソフィーの懇願にも、断固として首を振り、己の責務を全うすることを宣言するメタ。
それにより塔の容積は更に増し、彼女らが泳ぎきらねばならぬ距離も、今後更に増えることが確定したのであった。
黒い外壁は、それ自体がせり上がるように高さを重ねて行き、植物が成長するかのように天を目指す。
エーテル技術と魔法技術、加えて高度な材料工学を始めとした通常の科学技術。それらを総合し操るメタの力により、この巨大建築も、まるで砂遊びでもするように難なく行われていく。
「ぺた♪ ぺた♪」
「順調だねメタちゃん」
「なうなう♪」
「水の勢いが思った以上に激しかったから、もしかしたら溢れちゃうかと思ったけど、そんなことはなさそうだ」
「みゃおうん!」
「ああ、ごめんごめん。メタちゃんの技術を信じてあげないとね」
「なーご」
好き放題に魔法を使って建てているため、この方式ではこのゲームには『建築』として認識されない。
しかし、これはただの溜め池であるので問題ない、いや、逆に認識されないからこそ都合が良い。変にNPCなど生まれてしまっても困るのだ。
「徐々に移り変わる景色を、水辺から眺める。贅沢な休日の過ごし方ですねぇ。お酒とおつまみとか、欲しいかも……」
「……イシス? そんなことだと、おなかの油断がいつまでも落ちないどころか、更に育ってしまうわよ?」
「イシスお姉さんも遊ぼう! エクストリームビーチバレーで、勝負だ!」
「せめて普通のにしてねーヨイヤミちゃん」
いつの間にかまた、自動でせり上がる屋上にその身を預けて、徐々に離れて行く大地を見下ろし悦に入っていたイシス。
彼女もヨイヤミに呼ばれ、仕方ないといった感じに浅瀬部分に足を踏み入れた。
油断があるとはいえ、この中では明確に『大人のお姉さん』感のある彼女だ。しっかりとスタイルもよく、水に濡れるとよけいに艶めかしい。
「おっ?」
「どーしたのユキちゃん!」
「バレーボールか」
「うん! 楽しいよね! でも今は、石を片付けなきゃ!」
「そーだなソフィーちゃん。しかし、もし石を除去しながら、バレーが出来るなら?」
「おお! そうか!」
そんな、浅瀬でボール遊びを楽しむヨイヤミたちを見て、ユキが何かを思いついたようだ。どうせ、ろくなことではない。
それを証明するように、二人は岩が高速で落下してくる危険地帯である、プールの中央部へといそいそと移動する。
わざわざそんな危ない場所へと近づく理由は一つ。降って来る岩を、直接除去するためである。
「おっ、いい感じのが来た、よっしゃ、トスだ……、って、重おおおぉぉぉぉっ……!」
「ユキちゃーんっ!!」
「……何をやっているのかしら、あの子たちは」
「楽しそう!」
「良い子のヨイヤミちゃんは、真似しちゃダメだからねー。お姉さんたちと、こっちで遊んでようねぇ?」
「ぶー」
自由落下する巨岩の直撃を受けたユキは、その勢いのまま水中深くへと真っ逆さまに沈んでいく。
両手でバレーのトスのように、岩を跳ね上げようとしたところ、逆に押し切られてしまったというわけだ。
なんとか水中で体勢を立て直した彼女は、憮然とした表情でその岩を抱えて浮上してきて、ふてくされたように岩を地面に向けて捨て去った。
「ぶぅ。ナマイキな石めただ降って来るだけの分際でー」
「単純ですが、強力ですねー」
「わ、わたくしは、地道に水中へと向かうのです……! 行きましょう、カナリー様!」
「ちょっと疲れてきたんですがー。仕方ないですねー」
「がんばりましょう!」
往復が面倒ならば、水に入る前に叩き出してしまえばいい。実に効率的な手段を思いついたとばかりに、ユキとソフィーはプールの中央で身構える。
そして今度こそは自由落下などに負けぬと全力を込めて、またしても迫る巨大な岩を見据えて構えをとった。
「せーのっ、うりゃあ!」
「ていやー!」
ユキのパンチ、そしてソフィーの刀の一振りが衝突し、巨岩は空中でほぼ九十度、直角にその進行方向を切り替える。
衝突部分から破片を派手にまき散らしながら、岩は壁の外へと消えて行く。
ここからでは見えないが、きっと涙の代わりに破片をぽろぽろとこぼしながら、壁外の地面へと哀れ放り捨てられて行ったことだろう。
「よし!」
「うん!」
「……『よし』じゃないわよあなたたち。随分と破片を飛び散らせていたようだけれど、それがヨイヤミちゃんに当たったらどうする気なのかしら?」
「わぁー、びびったぁー……、弾丸並でしたねぇ……」
「そんなの叩き落としちゃうんだから! しゅっ! しゅっー!」
「まあその辺に関しては、僕が責任もって防御するけど。でも、ユキたちは浅瀬の方には破片を飛ばさないように」
「平気だよ? むしろ、刺激があって楽しい!」
「いやぁ、私が平気じゃないんでぇ。お願いしますねー……」
「悪かた」
「ごめんね!」
「んじゃ、こんどは叩き方と方向にも注意せんとなソフィーちゃん」
「だね! がんばるぞ!」
「……やり方を変える気は一切ないのねぇ」
まあ、ユキたちゆえ仕方なし。その辺はハルが、彼女らがのびのびと楽しめるよう気を配ればいいだろう。
そうして、彼女ら曰く『ビーチバレー』の、危なっかしすぎる落石処理が始まった。
*
「これだ! よーし、ホームラン! とんでけー!」
「ふみゃみゃー。みゃうみゃう」
「ん? どーしたのメタちゃん?」
「うにゃうにゃう」
「周囲に被害が出かねないから、あんまり遠くまで石をかっ飛ばさないようにねソフィーちゃん」
「そ、そっか! ホームランより、職人芸のヒット量産が求められると……」
「いやまず剣の使い方はそれでいいの?」
ソフィーは大物よりも小石に絞り、刀を振りぬいてそれらを次々に場外へと叩き出して行く。
小石といっても、両手で抱えるような大きさの物ばかり。それが突然上空から弾丸のように飛んで来たら、NPCは死亡を免れないだろう。ホームラン厳禁である。
「むっ! 良い角度! <次元斬撃>!」
更にはソフィーはタイミングを見計らい、時々<次元斬撃>もくり出している。
本来ならば岩だろうがなんだろうが両断し、二つに分かれてプールに落ちていくだけの結果にしかならぬそれを、彼女は器用に応用する。
落下の先、ほんの薄皮一枚の場所の空間を切断された落石は、その分断された空間断面、それ自体に弾き飛ばされる。
空中で無理矢理に方向転換させられた石は、きっと自分が急に横向きに落ちていっている事にも気付かないでいるだろう。
「ユキちゃん、動きが鈍いよ! そんなんじゃ、このまま私が優勝だもんねー!」
「甘いぜソフィーちゃん。私は大物狙いで、一気にポイントアップよ! あと、危ないから<次元斬撃>こっち向けるのやめてね……?」
ユキは水上に魔力の足場を構築すると、その上にどっしりと陣取り力を溜める。お尻を突き出した姿が眼福だ。
しかし、そのポーズはなにもハルへのサービスではない。来たるべき大物に狙いを定めた、必殺の一撃の構えであった。
「来た!」
そして、待ち構えた最大級の巨岩がユキの直上に影を落とす。
ユキはその直撃コースから一歩も退かず、ただ構えを深くし、足先で立ち位置を微調整した。
「うりゃあ! そーれ、レシーブっ!」
「おおっ!」
その大きな胸を弾ませながら、ユキはバレーのレシーブをするように岩を弾き飛ばす。
岩の落下エネルギーは完全に殺されて、ふわりとしたゆっくりな速度で、壁の外へと消えて行った。
これは、ポーズ自体はレシーブであるが、その実ユキは一度巨岩を完全にその身で受け止めている。そうハルは見抜く。
恐らくもっといい方法があったとは思うが、あくまでこれは、『ビーチバレー』であるというこだわりをもってプレイしているのだろう。
「よし! これで、私が一気にリードっしょ!」
「まけないぞ!」
一発が重いユキ、手数のソフィー。石の排除ゲームは、二人とも実にいい勝負でここまで進行している。
この先どちらが勝者となるかは、恐らく降って来る石のサイズがどう分布するかによるだろう。まさしく運しだい。
……しかし、二人とも一つ、忘れていることがあるのだった。
「あー、君たちね? 残念だけどこのままじゃ、優勝はどうあがいてもなさそうだよ?」
「なんですと!?」
「なんでさハル君!」
「それは、ほら」
ハルが指をさすのは、石の飛来する上空ではなく、プールの湖底。
そこにはいつのまにか水が巨大な渦を巻き、『流れるプール』を形作っている。これは、底へと潜った、アイリの魔法。
そんな流れの中には、大小さまざまな、石も同時に渦を巻いて浮上してくるのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




