第1614話 不意打ちの夏、対応出来ぬ身体
「“ぷーる”、ですね!」
「なうなう!」
夏真っ盛り、というには少し早いが、しかし日差しは十分に夏らしくなってきたこの六月の日。
ハルたちは水着に着替えると、この溜め池の底に溜まりつつある石や岩の除去のため、水中作戦の決行に乗り出した。
……というのは半ば建前であって、実際はこの機会に、皆で水着で遊びたいというだけである。
「おっ。メタちゃんも水着を着ちゃって、やる気満々だね」
「にゃんにゃん!」
猫のメタもまた、体をぴったりと覆うスイムスーツに加えてゴーグルまでもを身に着けて、やる気ばっちりだ。
なお、もちろんそんな装備は、神であるメタには必要のないことは言うまでもない。
「いやぁ。もうプールの時期ですかぁ。急に言われたって、こういうのは困っちゃうんですよハルさん?」
「そんなこと言って、イシスお姉さんめっちゃヤル気じゃん! そんな気合入ったオトナの水着着ちゃってー」
「き、気合なんて入れてませんー。大人なんだから、そう、このくらい普通なんですぅ。別にもっと普通のを用意してなかったとか、そんなことはないんですぅ」
「まあ、ありがちよね? 勝負水着は時間を掛けて選んだけど、気楽に着ていく水着は準備していなかったとか」
「勝負水着ってなにさルナちー。あとヤミ子よ。おぬしはそれでよいのか?」
「これこそ私だけに許された、勝負水着だよお姉さんたち! お姉さんたちはもう学生じゃないから、『スク水』は着れないもんねー!」
「いや現代ではそもそも学生でも使っとらんがそんなん」
「いーの! 私も学校らしいことしたいの!」
ずっと病棟に居たヨイヤミにそう言われてしまうと、なんとも言い返せなくなるハルたちである。
例え、それが確実に自身の奇行の言い訳であると分かっていてもだ。ズルい少女なのである。ヨイヤミ。
そんな彼女の『学校らしさ』はもちろんゲームで身に着けたもので、装備するのはシンプルな紺色の水着。
その胸には、『よいやみ』と名前が縫い付けてある。どこかで見た形だ。普通そこは、本名ではないのか、というツッコミは飲み込んでおくハルであった。
「他のみんなは、バカンスにでも行くような素敵な水着だね。言っては悪いが、ヨイヤミちゃんの格好が一番目的に即していると言うしかない」
「よしっ!」
「いやヤミ子の目的も別方向でのセクシーアピールで変わんないっしょ」
「それにー、ぶっちゃけ『目的』なんてプール遊びが九割でしょうー? 土砂の除去とか、やろうとしたら一瞬じゃないですかー」
「……まあ、そうなんだけどね」
「いいや! 負けちゃダメだよハルさん! ミッションにはしっかり、私みたいに装備を整えないと!」
「ソフィーちゃんの格好も、それはそれでどうなの……?」
「えっ!? なにかへん!?」
ハルと共に、バカンス気分に異を唱えたソフィーの格好も、また少々奇妙なものだった。
確かに水着は、他の皆のように布地の少ないビキニ等ではなく、どちらかといえばスポーツウェアに近い。メタのものと似ている。
ぴったりと体に張り付いたタンクトップ型とスパッツ型の組み合わせは動きやすそうで、引き締まったおなかもセクシーというよりは健康的。
しかし、そこに巻きついているある物にどうしても皆、目が行ってしまう。
「そのベルト……、邪魔では、ないのでしょうか……! かっこいいですけど……」
「うん! 大丈夫だよアイリちゃん! “これ”はもう体の一部といってもいい物だからね!」
そんなソフィーの腰に巻きついたベルトには、当然のように日本刀が下げられて、臨戦態勢もばっちりだ。しかも両側に一本ずつ。
こちらはこちらで、『ミッション』を何か勘違いしていた。
「まあ、その刀が無かったら? あまりに身体のラインがはっきりしすぎて、えっちすぎるかも知れないものね?」
「うひゃん。ルナちゃん、急に触っちゃだめだってばー」
「確かにおしりが、とってもくっきりはっきりなのです!」
「刀を装備することで、目立たせなくしてるんだね! ……でも何で今日は二刀流なの?」
「それは、水の中でバランスがとりやすいようにだよ!」
「あくまで合理的、ではあるんですねぇ……」
そんな『理解に苦しむ』と言いたげなイシスの視線は、しかし刀でも、強調されたお尻や胸のラインでもなく、ソフィーの引き締まったおなかに注がれていた。
逆にそんなイシスのおなかに目線を移してみると、そこには若干、“油断”が表れた部分が見て取れる。
最近は、ハルたちと共にあることで、色々と美酒美食に溺れる機会も増えた。
それに加えて、不意打ちじみた夏には早い時期の水着招集。『準備』がしきれなかったのは、なにも水着の種類だけではなかったようだ。
本人も、そんな油断の結晶には気付いているようで、常に腰の引けた姿勢でなんとか乗り切ろうとしている姿が微笑ましい。
しかし、彼女は気付いているのだろうか? その姿勢がむしろ、油断に更なる厚みを持たせ、マニアックな肉質を演出してしまっていることに。
「……まあ、実際格好なんて何でもいいのは確かだったりする。それじゃあみんな、さっそく仕事に取り掛かるとしよう」
「おー!」「おーっ!」「はい!」「なう!」
……あまり、えっちな視線を送っていては逆にルナたちに目ざとく察知されてしまう。
ハルは皆の水着姿から努めて意識を引きはがすと、まずはさっさと任務を終わらせるべく、足元の水へと飛び込んでいくのであった。
*
「とりゃ! お先!」
「あー。だめだよユキお姉さん。きちんと準備運動しないとさー」
「ふっふっふ。悪いなヤミ子よ。魔力体の我々には、そんなもの不要なのだ……!」
「ずっるーい! ふーんだ、いいもーん。そうやってユキお姉さんは、準備運動にかこつけて、そのおっきなおっぱいとか強調して見せびらかす好機を失ったんだもんねー。私が一人で、やっちゃうんだから!」
「なん、だと……! ヤミ子め、おこちゃまのくせに、そんな高等テクを……!」
「はいはい。真面目におやりなさいな。それにヨイヤミちゃん? あなたは体操もそうだけど、まずは水に慣れるところからね? 初めてでしょう? こんなのは」
「えーっ! だいじょうぶだよー!」
「だーめ。ほら、こっちにいらっしゃいな」
「ぶー。は~~い」
まあ、確かに最近は自在にその肉体を操作し、普通の人々と同じに、否それ以上に肉体の運動性能を引き出せているヨイヤミだが、いきなりこんな深い水の中は危険だろう。
ここは本人も水中は苦手と宣言しているルナに任せて、少しずつ慣れていく練習をしてもらうのがいい。
「ただの溜め池と聞いてたので期待はしてなかったですが、この降り注ぐシャワーのような滝と、高所から見渡す眺め。なかなかのバカンススポットかもですねぇ……、はぁ落ち着く……」
「あははは! イシスお姉さん、はたらけー!」
「何しに来たのかしら……」
「いやーその、本当にプール遊びのようなものだとしか思っておらずー……」
「まあ、それは別に構わないのだけれども。でもあなたは、ご機嫌に寝そべってないで少しは泳いだ方がいいのではなくって?」
「そだよー。おなか、たぷたぷだもんねぇ?」
「た、たぷたぷじゃあありません! その、ちょっと、全盛期には及んでないだけです!」
「……なるほど? つまりもっとお肉をつけて、ここからある種の『全盛期』を演出していくのね? まあ、そういう趣味も、否定はしないわ?」
「ちーがいますってぇー……! うぅ、泳ぎますよぅ。運動しまーす……」
「よろしい」
イシスもまたルナやヨイヤミと共に、上部の波打ち際付近での水泳教室に参加するようだ。
そこにはメタが、専用の足がつく浅瀬を建設してくれているので安心。一気に、こちらの深みにはまることはない。
実際、イシスの言うように、単純な施設ではあるが頂上からの眺めはいい。
高所からの眺めが雄大なのはもちろん、目隠しの霧がすぐ足元を覆う様は、まるで雲の上にでも顔を出している気分になる。
内側に目をやれば、『注水』による雨が絶え間なく、プールに向けて降り注いでいる。それも一種の、アトラクションだろう。
更なる上空より降り注ぐ濁流は、そのまま水の塊としては落ちてこない。
空気に衝突するように弾け飛んで、またアレキの力によって分離され、最終的には細かな雨粒となってプールに降り注ぐのだ。
……そこまでならいいのだが、問題は、アレキでも取り除けない砂利や大きめの石や岩、その数々。
暴れ狂う大河川を水源としているために、それらが次々と流れ込んできてしまう。
「けっこー凄いよこれハル君! まるで隕石攻撃だ!」
「このまま攻撃に、使えるでしょうか!」
「そうだね。シャルトがその気になれば、敵国の上空から土砂の雨を降らすなんて真似も出来そうだ。やらせないけど……」
「自由落下のエネルギー、恐るべしだね! 重力すごい! ダークなんちゃらも、強いわけだ!」
「まあ、そうだね? ダークマターと直接関係しているかはともかく、頭上注意だよみんな」
「はい! 気をつけます!」
「にゃっ!」
「メタちゃんはきちんとヘルメットも完備だね」
「なぁーご!」
「僕らにも付けろって? 工事現場だから? いや、さすがに水着ヘルメットは、意味が分からないよメタちゃん」
「うみゃー……」
それはイシスのおなかよりもマニアックが過ぎるというもの。
そもそも水着の時点で、現場を舐めた格好なのだ。この際ヘルメットがどうこうは、勘弁していただきたい。
そんな危険な落石が、ボトボトと音を立てて次々と入水し続ける。
このままだと底にどんどん溜まっていき、水のプール量を阻害し続けることだろう。
「よーし、やるぞー! 潜って岩を、取ってくればいいんだよね! とう!」
「わたくしも、行くのです!」
「なんかミニゲームみたいだねぇ」
「私は上で遊んでていいですかー?」
「カナリーちゃんも、この機会に運動しようよ」
「えー。もう神じゃないので、運動機能は貧弱なんですけどー」
お腹周りが心配なのは、カナリーとて同じである。いやむしろ、元祖お腹周り組であるといっていい。
とはいえ、やはり戦力の中心はソフィーやユキであるのは間違いない。
元気娘二人は、その大きな胸をものともせぬ高速潜水にて一気に水底にまで到達。その胸を押しつぶすような大きな巨岩を抱えて、今度は一気に水面に向け浮上していった。
「ぽーいっ!」
「やるなソフィーちゃん! デカさで負けた!」
「スコアは私が一歩リードだね! ……スコアでないの!?」
「まあ、出してもいいけど、岩の体積でいいの?」
「まあ、いいんでない? 個数もカウントしとく?」
「一個何ポイントだろ! 小石いっぱい拾った方が、効率いいのかな!?」
どこにでもゲーム性を見出す二人は、競うようにその自慢の身体能力を発揮していく。
そうして次々と底から岩を水面に持ち上げるが、このゲームには一つ、プレイヤーを妨げる恐ろしい仕掛けがあった。いや、別にそのために仕組んだものではないのだが。
それは、絶え間ない注水により徐々に上昇する水位。時間と共に遠くなる、水面への距離なのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。
見直してみたらミスではなかったので再修正しましたが、ルナがヨイヤミちゃんの名前を連呼する場面は確かに分かりにくかったので、呼びかけを一回に変更しました。




