第1613話 未だ敵と通じている捕虜
「という訳で謎のエネルギーの正体がダークマター関連であった場合、少々面倒なことになります。この惑星の重力や、こちらの太陽の重力との位置関係という推測が、ほぼ無意味になるからね」
「そうなの?」
「ええ。重要になるのはダークマターの分布図です。そしてそれは、自分らでは直接観測が出来ないから」
「なるほど。セレステやモノちゃんの探索も、的外れである可能性が出てくる訳だ」
ハルたちは現在、敵の潜伏位置を『前回の重力条件と一致するポイント』に絞って探索している。
しかし、もしシャルトの言う通り、潜伏を決める場所の条件が『見えない資源が存在するポイント』だとすれば、その予測は全く無意味なものになるのだ。
「よー分からん。ハル君、戦略ゲームに例えるとどんなもん?」
「うん。僕らだけが、石油の湧き出る大地を『ただの汚い沼』だと思ってスルーしてる」
「うわ」
「近代化が遅れて、ふるぼっこなのです!」
「大丈夫ですよーアイリちゃんー。石油を飛ばして、核融合まで突き進みますからー」
「ツリーが特殊すぎるのです!」
「何の話なのかしら……」
ハルの好きな戦略シミュレーションの話だ。
資源ポイントはゲーム開始時点から決定されているが、その資源についてを理解する知識が自分になければ、何の価値もない土地にしか表示されないのである。
今の状況は、ちょうどそんな気分。対戦プレイヤーだけが、石油の存在エリアを先んじて可視化出来るようになった、そんな状態に似ていた。
「シャルト様、なんとか、出来ないのでしょうか……!」
「大丈夫ですよアイリ。そのゲームと同じです。敵は確定で石油技術を持っているんだから、その敵から聞き出せばいい」
「スパイ、ですか!」
「いや、捕虜の尋問だねぇ」
「そうね? ちょうどここに、捕まえた敵の武将がいるようですし?」
「武将はちょっと、またゲームが変わっちゃいますかねールナさんー」
「やめろー! 捕虜虐待、反対!」
「いえいえ、虐待なんてしませんってアレキ、人聞きが悪い。ただ君を観察して、データを取るだけだから」
「それもそれでキメー。ストーカーか?」
「キモくありません。口の利き方に気をつけろよこいつ!」
「シームレスにキレんなって! 情緒どうなってんだ!」
つまりどういう事かといえば、未だ連合と繋がりのあるアレキの様子から、敵の技術を読み取ろうというもの。
半ば切り捨てられるように、ハル陣営に取り込まれたアレキではあるが、その行動の一部は強力な契約により縛られている。
彼の望むと望まざるに関わらず、アレキはこのフィールドを使ってのゲーム運営を止める事はできない。
それは、ハルたちにとって思い通りにいかぬマイナス面もありはすれど、逆に彼らにとっても不利な事態を生じさせていた。
「つまりですね。こいつは能力の発動を自分たちに隠せないんですよ。一切スパイをさせない気ならば、捕らえられた瞬間に全ての能力をロックする契約にしなくちゃいけなかった」
「……なるほど。ですがそれでは、このゲームの継続にも支障が出る、ということですね!」
「そうだねアイリ。そこからも、向こうも結構カツカツで動いているのが察せられる」
「だから貧乏だって言ったろぉ?」
「あー、なーる。だからシャルるんは、さっきからこの子をコキ使っていた訳だ」
「きちーぜシャルルン。可愛いなしゃるるん」
「はあ。『レッきー』がいっちょ前に煽ってきますか。覚えとけよクソガキ」
「だからヤバいってお前の情緒!」
まあ、つまるところはそういう事。先ほどからシャルトが立て続けにアレキに仕事を振っていたのも、その能力発動を観察するためという事である。
アレキの方も、もしその目論見に気が付いていたとしても、二重の縛りによって依頼を拒否することが出来ない。
ゲームの正常な進行を停止できない契約。そして、ハルによる強制支配。
そのどちらかに強烈に違反をしない限り、まずいと分かっていても行動を停止することは出来ない訳だ。
「……少し、悪いとは思うけどね」
「同情は不要ですよハルさん。むしろ明確に敵対したんだから、もっと厳しくいかないと」
「やめろやめやがれ。それより、なんか分かったのかよドヤ顔してさ、このシャルトは! これで分かってなかったら、恥ずかしいんじゃねぇの?」
「そんなすぐに何でも分かる訳ないでしょう。やはり子供には研究の大変さが理解できませんか。……だからお前、この後も休めるなんて思うんじゃないぞアレキさあ?」
「効いちゃってるんだよねぇ、しっかりとさぁ」
気の強い外見に準じて胆力が強いのか、それとも大人しくしていても結局やることは変わらないと分かっているのか。捕虜になっても生意気さの抜けないアレキであった。
だがそんなアレキがいくら強気に出ようとも、発動された魔法は嘘をつかない。
シャルトはそのデータをこの場でしっかりと観察し、望む答えへの鍵を慎重に探っていっていた。
「で、どうなんだいシャルト? 現段階での結論は」
「ええ。さすがにこれだけで全て分かるなんて言えませんが、成果ゼロでもありません。何も分からないなんて思われるのは、ちょっと自分をナメすぎですね」
「ほう?」
「色々と大規模な干渉をさせてみましたが、いくらなんでも消費魔力が低すぎです。低燃費をうたっている能力にしても、これはないよハルさん」
「いやそれはさぁ、既に実行中の能力の、方向性を少し変えただけだから」
「黙ってないてくださいね。そんな理屈が通るなら、自分は気候操作にあんなに神経使ってないんだよ!」
「今回はオレ煽ってねーぞ!?」
「まあ、シャルトは苦労してるってことだね。普段からそれくらいさ」
「しらねー……」
七色の国の内部を、人間が住むのに適した気候に、加えて日本の四季に合わせた風土に調整するのに、今まで相当量の魔力が消費され、またシャルトはその節約に常に頭を悩ませてきた。
そんな彼だからこそ、アレキの力は異常と分かるのだろう。
いくら技術の発案者であり、それに特化した神として最適化されているとはいえ、さすがにほぼ消費なしで好き放題に自然環境を弄れるというのは法外すぎるということだ。
「……つまり、シャルト? 今この瞬間にも、彼のこの能力に、そのダークマターとやらが利用されていると?」
「はい。そう言っていますよルナさん。だから、こいつを今後も観察していけば、他の連中にも繋がる何かが見えてくる。はず」
「だね。そのはずだ」
「だといーけどなぁ」
「見えますよ。じゃあなんです? あなたは通常の魔法のルールそれだけで、今の節制度合いを説明できるとでも? やれるものならやってみなよ、この節約の鬼の、自分に向けてさぁ? 妙な力挟まないなら、説明するのも問題ないはずだろ? さぁさぁさぁ」
「ハル兄ちゃん、こいつ怖いって!」
「うんまあ、たまに怖いのは確かだけど、今は質問に答えようかアレキ。僕も知りたい」
「あー、その、あれか? この荒れまくってる土地の自然エネルギーを活用することで、魔力の使用を極力まで抑えてる、とか?」
確かにそれは、ハルたちも考えていたことだ。土地が荒れに荒れている状態だからこそ、その力の方向性を少し曲げてやるだけで、環境操作の力と成せる。
逆にハルたちは、比較的安定した大地に七色の国を築いたため、そのぶん魔力消費が激しくなったという訳だ。理屈は、通らないでもない。
「無理ですね。そんな力でどうにかなるなら、この星はそもそもこんなに荒れていません。魔力使わずどうにかなるんだったら、星中がもう少し安定してるだろ」
「だめかー」
まあそんな感じで、アレキが今も謎のエネルギーをこっそりと活用しているのはほぼ確定だ。言い逃れはきくまい。
しかし、だからといってすぐにその正体が判明するわけでもなし。気長な解析が必要そうだった。
ただ、確実に一歩真相に近づいたのもまた間違いない。クロスワードや数独パズルのマス目が一つ埋まるように、これが次のマスのヒントになるはずなのである。
*
「ふにゃ! ふなーお!」
「問題かいメタちゃん?」
「みゃうみゃう!」
「ふむ? シャルトに言ってみようか」
「みゃおん!」
身振り手振りで現場の問題点を指摘するメタ監督の指摘を、何となく理解してハルは注水担当のシャルトへと伝える。
それは恐らくだが、持ってくる水に土砂が多く含まれすぎている、ということであるはずだった。おそらく、きっと。
「シャルト、メタちゃんが、小石や岩がさすがに多すぎるってさ」
「えーっ。そう言われてもですね。アレキ。なんとかして」
「いや無理だってば! 自由落下していく岩を除去するとか、さすがに環境整備能力の範囲を超えてる!」
「ですよね。知ってた」
「とりあえず試すのやめよーぜ……」
ことあるごとにアレキの能力限界を探っていくシャルトだが、さすがに大きすぎる物質の移動は難しいらしい。
彼の能力は粒子や小さな物質の操作を連鎖させてのものなのだろうか? そう考えると、エーテル技術と似ているともいえた。
「しかしですね。この勢いの放水をするとなると、濁流の中の石や岩が混じってしまうのも、仕方のないことです。ハルさんの方で、なんとか出来ない?」
「まあ、そうだね。そのくらいなら、こっちでやろうか……」
「はいはい! お手伝い、するのです!」
「おっ、水中ミッションか?」
「苦手だわ……」
「ここで、水着イベントというやつですよー。ルナさんもそう考えて、楽しみましょうー」
「そうね? それもいいかも知れないわね?」
いま、この塔の底には、次々と大小の石が積み上がっていっている。
ダムはそんなものとはいえ、これが重なれば貯水の予定量にも影響が出る。
ハルたちは水遊びがてら、それらの除去の為に、立ち上がるのだった。




