第1612話 節約するか法外に稼ぐか
「今のところ自分にも、例の謎エネルギーは解析できていませんね。けど、まあ安心してよハルさん。もう二度と、こいつらにバリアは抜かせはしないからさ」
「オレ今は味方な? 『こいつら』じゃなくて『あいつら』だって!」
「やかましい。調子が良いですよアレキ。そう簡単に信じられますか。そもそも、自分たちに直接的に喧嘩を売ってきたのは、今のところ君だけなんだから」
「いやその『謎エネルギー』はオレじゃねーってば!」
巨大な『溜め池』に注水するにあたり、いい案がないかと知恵を借りるため、またついでに、例の『最初の攻撃』の解析についても進展を聞こうと、ハルはシャルトを呼び寄せている。
カナリーの『黄色』の髪と、梔子の国の守護を受け継いだ、三つ編みを後ろに流した少年。
シャルトは現状の塔の頂上から溜め池内部を覗き込みながら、解析の経過を教えてくれた。
「一応、微かとはいえ魔力で検知できるのが幸いですね。これで検出不能だったら、まずそこからだったからね」
「ある程度の予測はついているのかい?」
「ええ。その解析不能であること、また、セレステの持ってきた重力に影響を受けるという事も考えると、何らかのダークマターの一種なのではないかと」
「ダークマター」
「ええ」
「それってつまり、『何も分かりません』って言ってるのと同じじゃね?」
「うるさいですよ。なら君が教えなよアレキ」
ダークマター。重力と相互作用する物質であると計算上は存在は示唆されていながらも、検出不能なため謎に包まれた物のことだ。
確実に“在る”のに、どうやっても“見る”ことが出来ない。この世界における、魔力のようなものである。
「つまり、あれは魔力やエーテルのような法外なエネルギーではなく、この宇宙に元々あった力である可能性が?」
「さて? そこまでは分かりません。分からないからこその、ダークマター扱いだからね」
「それをプレイヤーに撃ち込むことで、何故か超能力を引き出すことが出来る……」
「それがこの異世界限定なのか、それとも元の日本で、人間の生身の肉体にも作用するものなのか、それは分かりません。まあ、そこはこれから調べるとして、今はあのゲートのことでしょハルさん」
「そうだね。再現は可能そう?」
「なんとか」
シャルトの制御するバリアを突き抜けて撃ち込まれたダークマターの影響を受け、その地に居たプレイヤー達が生み出した転送ゲート。
その発動原理は謎ではあれど、ゲートその物は今も同じヴァーミリオンの地に維持されている。
つまりはシャルトたち神様が解析し放題であり、同様の現象の再現についても、彼らは研究を行ってくれていた。
「あれを望んだ場所に繋げる技術が確立できれば、状況によっては魔力の節制になりますからね。まあ、魔力を使って発生させてる時点で、自分たちはまだまだなんだろうけどさ」
「いや、十分に凄いよシャルトたちは。現物のサンプルがあるとはいえ、もう再現できるようになってるなんて」
「けどよー。その動機が相変わらず『節制』なんだな? なんつーか、シャルトらしいよな!」
「だからうるさいですよ。まあアレキには世話になっているので、我慢してやるけど」
「お二人は、仲がよろしいのでしょうか!」
「ん? いや、そうでもないですよアイリ。陣営の外だしね、こいつは」
「まー、なんか分かる気もする。アレっきーも、なんかケチだし」
「節約家と言ってあげなさいなユキ」
「別にオレはそんな気はねーって! 節約したい訳じゃなくて、貧乏なだけ……!」
「……言ってて悲しくならない?」
こうして領地を持ってはいるが、その魔力運用の範囲は七色の国のそれとは比較にならない。
他の神々の無駄遣いを諌め日々節約に努めるシャルトと、そもそもの絶対量が少ないので節約せざるを得ないアレキでは確かに事情は違うだろう。
しかし、そんなアレキの環境制御能力は七色の国でも活かされており、内部の気候維持機能などを見ると、立ち上げ当初にはアレキの協力もあったことを感じさせる。
思った以上に、神様たちは色々な場面で繋がり、互いに協力しあってここまで来たのだろう。
……顔を合わせれば、いがみ合いばかりではあるけれど。
「まあ、自分らのことはいいんです。それよりハルさん、この場所にゲートを繋げて、水を持って来ればいいんですね?」
「ああ、いや、そこはもっと上にしようか。この位置はまだ、完成予定図から考えると中腹あたりだ」
「なるほど。……まあ、責任は負えませんけど、ハルさんがそういうなら。問題はアレキに押し付ければいいってことでね」
「オレは便利屋じゃねーんだぞ!」
「何でも屋ですよねー?」
「にゃんにゃもにゃー」
どうやら何か問題があるらしいが、アレキがどうにか出来るようなのでハルもそこは何も言わずに、全てアレキに押し付けることにする。
少々可哀そうな気もするが、直前まで敵であった彼だ、このくらいの対応がちょうどいいのかも知れない。
「では、始めましょうか」
皆で揃って<飛行>し塔の先端がくる予定の高度までやってきたハルたちは、そこにシャルトにより、転送ゲートが開かれる様子を、空中に並んで見学していくのであった。
「おお! すごいですー! お水が、いっきにぶわっと、出て来ましたー! ……お水? お水、ではありますよね!」
「アイリちゃん? さすがにこれは、『泥水』と称していいと思うわ?」
「汚水!」
「汚れてはないですよー、ユキさんー。ちょーっと土が、混じってるだけですー」
「ちょっとかなぁ?」
「アレキの魔力圏の外、荒れ放題の川底に繋げたゲートですからね。その濁流の勢いを利用してるんで、仕方がないですね。まあアレキがなんとかするでしょ」
「もっとやりようなかったのかよ! なんとかはするけどさぁ……」
「清流ではどれだけ経っても一杯にならないですし、なにより勿体ないです。いやしかし、いい仕事をしましたね自分は。これだけの量を<転移>で運ぶとなると、魔力消費も馬鹿にならないからね」
「くっそもうひと仕事終えた気でいやがる! オレはこれから大変なのに!」
天空から流れ落ちる滝、というには、少々見た目が悪い水が大量に、地面に向けて雪崩れ落ちてゆく。
その中には荒れに荒れた外の環境の、洪水じみた川で削られた土砂も大量に混じっていた。
当然、そのままでは問題が出るので、アレキは必死にこのフィールド一帯に張り巡らされた魔力、その中に走るプログラムを調整し、それを清水へと変質させていくのだった。
「あー、えっとー。内部の土をいったん砂ぼこりにでもして、水気を切ってどっか飛ばしてー……」
「あっ! 空中に虹が、出来ているのです!」
「泥の滝に架かる虹かー」
「いまいち風情に欠けるわね?」
「なんとかしなさいー、アレキー」
「やってるよ! それよりハル兄ちゃんも、なんとかしてくんないかなー? シャルトでもいいから」
「どうしたの?」
「高度が高すぎて、水が周囲に散りまくっちゃってる。先に空間拡張するか、ゲートの位置をもっと下げるかしてさ」
「え、嫌ですけど。せっかく節約出来るゲートなんですから、何度も出したり消したりしたら意味ないじゃないですか。アレキがなんとかしなよ」
「僕の方も、あれだね? 外壁が出来てない状態で空間拡張したら、最終結果がなんか変になっちゃいそうだし。そんな無責任な真似は出来ないね? ねえメタちゃん?」
「ふにゃおん」
「出来るだろ絶対! ゲートの方も、一回や二回、大した消費じゃないだろ絶対! あー、どうすればいいってんだ!」
空中で水蒸気のように拡散していく滝の飛沫を、アレキはなんとか制御し小さな、規模感の割には小さな筒の中へと的確に収めていく。
揃って意地悪をしてしまっているが、その環境操作の能力はやはり高精度であり、思った以上に応用がきく。
それでいて、大して魔力を消費せずに一連の操作を行っているというのだから、これは恐るべき力と言えよう。
そんなアレキの奮闘もあって、なんとか大きな消費もなしに、この溜め池を一杯にする算段はついてきた。
あとは、外壁を水が溜まる前に完成させて、内部の空間をしっかりと拡張し、その容積を確保するだけである。
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