第1611話 闇の工事現場
昨日今日と短くて申し訳ないです。ちょっと指を火傷してしまいましたので、溜め池で冷やしてこようと思います。
そうしてアレキの協力もあって、建設工事は順調に進んでいく。
既に見上げるほどの高さへと成長している漆黒の塔だが、その周囲に張り巡らされた霧の効果で、外部からはその異様は見通せない。
しかも、本来ならば霧の奥にはうっすらと黒い巨体が見えておかしくないはずが、奇妙なことにまったくその存在感を感じられない。
それどころか、霧はあくまでごく薄く、背後の景色を透過して見通せるほど。こうして見ると実に、奇妙な気分になるのであった。
「おー。こりゃーすごいね」
「はい! すごいですー……」
「ゲームで未開放フィールドを隠す霧って、現実に再現するとこんな感じなのかねぇ」
「ですがユキさん、あれはもっと、濃いもやもやなのです! これではなんだか、わくわく感が足りません!」
「確かにそーだ。『この先に未知の何かがある!』ってしっかり伝えてくれないとね」
「あの不自然さが、ちょうどいいのです!」
「いや伝えたら他のプレイヤー寄ってきちゃうだろ姉ちゃんたちさー」
ゲームあるあるのロマンを語るユキたちを、アレキが呆れた顔で諭していた。
現状でも違和感は無いとは言えないが、それでも『何だか霞がかっているな』といった程度。
奥の風景もしっかり見えるので、そこまで気にするものでもない。
特に更に遠方から見るとなれば、その違和感はほぼ無視できるレベルにまで下がるだろう。
「気にする者が出るとなれば、僕らの国の住人NPCくらいだけど。影響は出そうかいアレキ?」
「大丈夫だよハル兄ちゃん。この程度なら、奴らは気にせず生活する。日陰になれば、ぶーぶー文句言い出すけどなー」
「それなら安心か」
恐らくは、パラメータ的に問題が出ないレベルでの処置を考えた結果、この対策に落ち着いたという事なのだろう。
より完璧に隠蔽出来るはずの完全屈折を避けた理由は、そのあたりにあると考えられる。
きっと何か、目に見えぬ隠しパラメータに悪影響が出てしまうのだろう。
まあ、その辺りの詳細情報は、支配した今のアレキといえど、例の『攻略情報はお答えできません』状態で聞き出せないので推測する他ないのだが。
「ところでこれ、どんだけ伸ばすんだ兄ちゃん? オレの魔力圏つきぬけて高く伸ばしたら、さすがに面倒見切れねーよ?」
「その場合はどうなる? 塔が途中から、いきなり出てくるように見えるとか?」
「いや、ここの内部から見える風景は、まず一度全部外とは切り離して映写しなおしてるからそれはないけど」
「そこは、僕らの住む七色の国のバリアと同じだね」
「ああ。中に居る限り楽園と信じて暮らせる、ってね」
「じゃあまあ、このまま高さを重ねて魔力圏から突き出しても、構わないか……?」
「ふにゃっふっふ……」
「なんだよメタ。そんなにデカいもん作りたいのかぁ? 相変わらずだなぁ」
「大きくすれば、それだけ水も溜め込めるしね。そうしようかな?」
「オススメはしないなぁ。オレが守ってやんねーと、ダメージきついぜ? せっかく低コストで抑えようってのに、補強に余計な手間かけることになる」
「なるほど。それは確かに、本末転倒だ」
「『守ってやる』とか、押し付けがましいガキじゃのー」
「ユキさん! しー! なのです!」
まあ、外の過酷すぎる環境の激変から、守ってもらっているのはその通りだ。
……そんな環境にわざわざ拠点を設置して、そこでゲームを開催したのはアレキなので、押しつけがましいのもその通りなのだが。
ただ彼の言う通り、せっかくコストを抑えてダムを用意できそうなのに、わざわざ追加の費用がかかる事をする意味もないか。
「じゃあ、当初の予定通り、天井ぎりぎりで建設するとしようかメタちゃん」
「ふにゃー……」
「おー、泣くな泣くなメタ助。うりうり、うりうり」
「にゃっ、にゃっ♪ ふにゃうん♪」
しかしいずれは、そんな過酷な環境にまで飛び出した建築にも手を出していかねばならないのかも知れない。
その際の対策と、具体的な構想は、未だ見えてこないハルなのだった。
*
「ぺた♪ ぺた♪」「にゃんにゃん!」
「おお! ねこさんが、たくさん働いているのです!」
「霧の中は、まーたずいぶんと暗いね。夜の工事現場みたいだ」
「にゃっ!」
「はい! しっかり注意を払うのです! 監督のねこさん!」
現場監督として威厳を取り戻したメタが、びしり、と注意喚起を促す。
まあ、ユキに抱えられたままの状態では、キリっとしてもなお可愛さしか感じないのだが。
そんなメタによく似た猫たちが、ぺたぺたと黒い壁面を叩きながら建設作業に勤しんでいる。
一見猫の群れが思い思いに遊んでいるようにしか見えないが、これでもしっかり拡張工事は進行中だ。
そんな工事現場はまるで一気に夜が来たように真っ暗な中、更に真っ黒の壁をライトで照らし上げながら進行している。
これは、照らされる太陽光のほとんどが、霧の中を迂回して、ここまで届かずにそのまま反対側へと出て行ってしまうためだった。
「んー、霧に飛び込んだらいきなり闇の中とか、いよいよゲームの隠しエリアっぽいねぇ」
「隠された、異界、なのです……!」
「さしずめこいつは、神々の封印した遺跡ってとこか。中にはきっと、重要アイテムが眠っているに違いない!」
「まあ、入っても水しかないんだけどね」
「んな寂しいこと言うなよハル君」
「まあ、意図せずそれっぽいシチュエーションを作ってしまったのは確かか」
だが、別に誰かを招くためにこの塔を建てている訳ではない。そんな余計な設定は、追加コストがかかるだけなので却下である。
「この入り口から水が流れ出て、川になるんですね! 完成が今から、楽しみですー」
「にゃーにゃっ」
「えっ? 違うのですか、ねこさん?」
「にゃう!」
「最下部から流したら、水圧で大変なことになるから、流す時は上の方から滝みたいになるんだってさ」
「なうん♪」
「その様子も、きっと素敵なのでしょうね!」
「それはそれで、下の衝撃とかだいじょぶそ?」
「調整の方は、アレキにやってもらえるから」
「押し付けすぎなんだよなぁ、オレにさあー」
まあ、敗者の責務として受け入れて欲しい。これでも、ハルが与えた魔力で支配領域が広がっているので、アレキの収支はプラスのはずだ。
そんな超巨大ダムとなる塔の内部へ足を踏み入れると、そこは外部からは想像も出来ない広々とした空間が広がる。
空間拡張により広げられたこの広大な容積に溜め込んだ水を、夏の間に少しずつ放出していくのである。
「ひろいですー! これはもしや、大きな“ぷーる”、なのでは!?」
「泳ぐかアイリちゃん!」
「はい!」
「……別にいいけど完成したら、光の一切入らない真っ暗で出口の無い水槽になるよ?」
「やめとくかアイリちゃん!」
「は、はい! こわいですー……」
「魚でも保管しておく? 飛行場の街の水槽みたいにさ」
「ああ、どうだろう、それもいいのかな? アレキ、その場合って、NPCの食料資源としてカウントされるの?」
「んー? まあ、されっけど、この場合は滝から投げ飛ばされて、そのまま大地の肥料になるのがオチなんじゃね?」
「……やめておこうか」
「そだねぇ……」
「こわいですー……」
「にゃおん……」
魚と聞いて期待したメタも含めて、なんだか残念そうだ。
結局ここは文字通りの水を『プール』しておく溜め池でしかないので、そうした娯楽要素は、他で補うのがいいだろう。
気分転換に、空港の街に遊びに行ってもいいだろう。水の街としての側面も持つあの都市には、日本人によって設計された近代的なプール施設もあったりする。
「……そろそろ中に、注水も考えても構わないか。どうだいメタちゃん?」
「にゃおん!」
「そっか、じゃあ、作りながら入れていこうかね」
「にゃうにゃう♪」
「おー、ついにか。なんか、ワクワクするね!」
「ですね! だばだばと、この中が一杯になっていく様子が見れるのでしょうか!」
「ところで、水はどーやって入れるつもりなのハルさん? まさかそこも、オレに頼る気じゃないよな?」
「アレキがこの上部にだけ局所的に雨降らせてくれるんじゃダメ?」
「無茶言うなよ! 不自然すぎるし、さすがに追加コストかかりすぎ。環境の安定が崩れる」
「まあ、自分でやるしかないか。あれ? でも、例のワープゲートをこの上に開けば、簡単な話なんじゃないの?」
「いや、あのゲートはオレの能力じゃないし。って、ヤベっ。これ言ってよかったのかな? いや、口に出せたってことは、言っていいのか……」
「ふーん……」
ハルたちがこの地の存在を知ることになった、ヴァーミリオン北部から繋がるワープゲート。
あのゲートの存在も、未だに謎のままであり気になる所だ。
確かにあの時も、アレキによると思われる光学干渉とは別に、宇宙からプレイヤー目掛けて謎の力が降って来ていた。
その力も今のところ、重力と干渉する、ということくらいしか分かっていない。
まあ、今はまず、このプールを一杯にする水をどうやって運ぶかに頭を使った方がいいだろう。
単純ではあるが重労働なその作業に、今から頭が痛くなりそうである。




