第1610話 霧に覆われた塔
「そもそもこの空間で見えている太陽光それ自体が、アレキが既に操作した後の物なんだ。それに、もう一段階条件を追加してもらうというだけさ」
「確かに! アレキ様は、あの“くれーたー”のお花畑で、境界を隔てて春と夏を同時に再現していたりと、とっても器用な方でしたものね!」
「……言われてみれば、確かに既にヒントはあったのね?」
「最近仲間になったばっかだから、というか直前まで敵だったから、頭から抜けてたねー」
少し、意地悪な問題だっただろうか。いや、クイズはあくまで即興のオマケのようなものなので、そこまで公正さを求められても困るのだが。
彼女たちも『言われてみれば』と思い出したように、アレキは例の重力異常地帯における共同研究で、同一エリアを複数の区画に分けての季節の混在、という複雑な処理を実現させている。
少々情けないイメージが先行しているアレキだが、そんな感じで実は、能力的には凄いやつなのである。
「しかしそれは、ルール的には大丈夫なのかしら? 能力的に、容易く実現可能なのは分かったけれど」
「あー、そだねぇ。ルナちーの言う通り。ハル君の指示で気候を変えたら、特定のユーザーだけをヒイキすることになるんじゃない?」
「そこは、ハルさんの命令の方が、上位ということになるのでしょうか?」
「いえー。そこはそもそもー、私たちは正式な参加者ではありませんのでー。いくら有利にしても問題は出ないんですよー?」
「それこそトンチだ!!」
「まあ、何でもかんでもやり放題って訳にはいかないだろうけどね。とりあえずこのくらいなら、問題は出ないと思われる」
そんなアレキの能力により、天高くそびえる怪しげな塔を隠蔽することは可能となりそうだ。まあ実際はただの貯水池なのだが。
その水があれば、予定外に増えすぎた水田用の水も含め、過酷な夏を乗り切るだけの水資源の確保も可能となるはずだ。
そうした驚異的な力の持ち主が、このエリアの支配者であることを改めて実感したのか、ふとユキが今回の作業とは別方向の感想をぽつりと漏らす。
それはユキ特有の、『この能力を攻撃転用したら』という思いが表れたものだった。
「……んー。てことはつまりだ。レっきーはやろうと思えば、エリア内の光をぜんぶ一点に集めて、レーザー攻撃も出来る、ってこと!?」
「どうかね。まあ、やって出来ない事はないとは思うけど」
「最強じゃん! ロマンだロマン!」
「確かにとっても、強そうなのです!」
「そうね? ただぞっとしない話でもあるわね? その気になれば私たちも、その力で排除されていたのではと思うと……」
「いや、それはないよ。確かに強い力にはなるだろうけど、そこまで脅威とは思えないさ」
「ほんとかぁ~? またハル君の負けず嫌いじゃなくってかぁ~」
「失礼な。惑星全ての太陽光を集めたならさておき、今さら単純なレーザーで死ぬ僕じゃあないよ」
「そもそもー。自分の魔力圏の中に誘い込んだ時点で、もっと効率の良い攻撃はあるでしょうからねー」
「確かにそっか」
まあいずれにせよ、環境全てが敵になる可能性のある相手と、惑星上で全面戦争にならずに済んで良かったのは、本当にその通りだ。
ハルは強がりはしたが、もしエリア内の全ての光を収束したレーザーを撃たれたとしたら、普通に厄介である。
特に面倒なのが、相手が『光』である以上、万能バリアとしても大活躍の環境固定装置がほぼ意味を成さないのが痛い。
光の速度の前には、いかに空間を分割拡張したところで些事である。
そんな、あったかも知れない戦闘を夢想しつつ、ハルたちは来たる過酷な夏へと向けて、『溜め池』の準備を始めるのであった。
*
「にゃんにゃんにゃにゃーん、にゃんにゃかにゃーん」
「ご機嫌だねメタちゃん」
「にゃうにゃう!」
「ねこさんは大きな物を作るのが、大好きですもんね!」
「なう! なんなんなーん♪」
人間でいえば機嫌よく鼻歌でも歌うかのように、陽気なリズムを刻みながらメタ現場監督が作業を進める。
周囲には、そんなメタの分身たる大量の猫ロボットも集まって来ていた。
そんな、猫の手も借りまくった工事は順調に進み、真っ黒でつるりとした異様な壁面は、みるみるうちにその背丈を上へ上へと伸ばしていくのであった。
「また頭おかしい事考えるよな、ハル兄ちゃんはさ。メタもだけど」
「うにゃ!? みゃみゃーう!」
「いやおかしいだろ。水不足になるから死ぬほど水溜めて解決とか。もっとこう、スマートなやり方ねぇのー?」
「ふみゃっふー……」
「ため息つかれた」
「十分スマートだってさ。形が」
「そりゃ、形はなぁ……」
決定した作業内容を実行してもらうため、アレキもこの場に招集して実際に処理を開始していく。
その結果、やはり光を歪めることそれ自体は問題なく実行可能であるようだったが、ハルたちの予定そのままでは、実行できないとの報告が、彼の口から知らされたのだった。
「それで結局、何が問題になるのかな? 建造はこのまま、続けちゃっていいんだよね?」
「いいぜ。これを隠すこと自体は特に問題ねーし。ただ、この塔に当たる光を完全に捻じ曲げて、なんてーんだろ? 重力レンズみたいにしちゃうのは避けたいかな」
「みゃっ! みゃっ! しゅっ、しゅ!」
「メタはお前、何してんだよ?」
「鳥を捕るポーズだよねメタちゃん?」
「みゃあ♪」
「やっぱり、鳥の衝突とかを心配してるのか、ってことだね」
「いや別に。鳥なんか近寄らせないようにすりゃいいだけだし」
ジャンプして宙をかくポーズで頑張って主張したメタの予想は、大した事でもないように否定されてしまった。メタも残念そうに肩を落としている。
「じゃあ像がブレるとか? それこそ、重力レンズを通して見た星のように」
「ふにゅ~~?」
今度は目をぐるぐる回し、宙の星へと思いを馳せているかのようなメタだった。実に可愛らしくて、見ていて飽きない。
「いや、不可視化したエリアの体積がさー、全体の整合性を見出しちゃうのがダメなんだ。そーなると解消のために、オレは空間を歪めなきゃいけなくなるし」
「なるほど。そこで無駄なエネルギーを使ってたら、本末転倒だね」
「にゃにゃ」
しかし、そうなると困ったことにならないだろうか? 塔の周囲の光を迂回させて隠すことが出来ないとなると、どう解決するのだろう。
確かに、紙を折り畳んで描いた絵を隠すようなものなので、そこだけ世界が縮んでしまう。
かといってエリアを隠さずに塔を隠すには、完成予定図がどうにも大きくなり過ぎていた。今さら計画変更は出来はしない。
「……じゃあどうする? やっぱり透明にして、巨大なペットボトルにしたほうが良いのかい? 事故が起きないようにだけアレキに調整してもらって」
「にゃ!? みゃあ! みゃあ! ふなーご!」
「なに興奮してんだこの猫は。あっ分かった。メタにとっちゃ、巨大な猫除けが置いてあるようなモンなんだな! あははっ!」
「ふしゅー……!」
「わりーわりー。でも、ぶっちゃけんなもん効果ねーだろ、メタにはさぁ……」
「猫をやるのもたいへんだ」
まあ巨大なペットボトルはともかく、全て透明に作るのもそこそこ面倒くさい。
最近はガラス細工の技術も身につけてきているハルではあるが、さすがに超高層かつ内部に水を入れた状態に耐える強度は実現できそうにないのであった。
「結局のところ、どう解決するんだい? 僕らはこのまま、作っていていいのかな?」
「にゃにゃ?」
「ああ、だいじょぶ大丈夫。そのまま続けちゃってよ。そっちはオレの方だけで、なんとか出来るからさー」
「そっか。じゃあ任せるけど」
「あっ、ただしさ、中に溜め込む予定の水、一部はオレに使わせてくんない? それが条件ね?」
「ふにゃー? ごく、ごく」
「『なんだ水なんか飲みたかったのか』、じゃねーのよメタ。そんな訳あるかっての!」
「僕が捕虜に水も飲ませてやってないみたいな言いがかりつけないでくれる?」
「つけてないっての! ……あー、もー」
「悪いね。それで、水は何に使うんだい?」
やはり、外が話に聞くような過酷さになると、アレキも対処にそれだけ苦労するのだろうか。
その場合、ハルがこちらに来なかった状態では、どう夏を乗り切る想定だったかは気になるところだ。
ただ、アレキから返ってきた答えは、夏の過酷さとは特に関係のない内容だった。
「霧を作るんだよ。オレが塔の中の水分を一部霧状にしてさ、塔全体をすっぽり覆っちまえばいい」
「……ふむ?」
「……ふにゃ?」
「あー、つまりさ、兄ちゃんの領土には、常にぼんやりと霧の立ち込めた領域が出来上がるってわけ。霧の中は見通せないけど、光はそこを通って街まで届き、影を作ることはない」
「なるほど。ゲームで未開放のエリアを、霧で隠して誤魔化しておくみたいなものか」
「そーそー。見た目も神秘的だし、いい感じだろー」
「にゃー?」
「んー、神秘的というか謎が増して、怪しまれるような気もするけど……」
何にせよ、一応矛盾なく解決できる案があるようでなによりである。
そうしてハルたちの国には漆黒の塔改め、霧に隠された塔が出来上がるという流れになるようなのだった。




